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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

5-8一人前になってもこの三人の友情は変わらないだろうか?

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 二十八日の夜。私は〈東地区〉にある、イタリアン・レストラン〈アクアマリン〉に来ていた。今日は、恒例の女子会だけど、特別な意味がある。明日、行われる『送迎祭』の、前夜祭だからだ。

 明日の『送迎祭』は、朝からずっと、お祭り騒ぎになる。なのに、しっかり『前夜祭』でも、本番さながらに、盛り上がっていた。これは、この町の、古くからの伝統だ。お祭り好きの私にとっては、凄く素敵な習慣だと思う。

 町中のレストランや飲食店は、どこも『前夜祭』のお客さんで、満席だった。最近は、地元の人だけではなく、大陸や向こうの世界から来た人たちも、この前夜祭に参加しているらしい。

 あと〈グリュンノア〉の年越し行事は、世界的にも有名だ。わざわざ、年越しのために、この町に来る観光客も、非常に多かった。そのため、人の数が一気に増え、町中がお祭りムード一色に染まり、大変な活気に包まれていた。

 普段でも、観光客の人たちで、盛り上がっているけど。今日は、どこもかしこも人だらけ。尋常じゃない数の人たちが、町中にひしめいていた。『魔法祭』の時と同じか、場合によっては、それ以上の、観光客の人たちが訪れるらしい。

 年間を通しても、最大級のイベントだ。でも、明日の『送迎祭』が終われば、しばらくは、のんびりなんだよね。というのも、三十日が『仕事納め』だからだ。

 シルフィード業界は『三十一日』から翌年の『六日』までは、協会のルールで、丸々一週間、お休みになっている。私たち見習いには、あまり関係ないけど。人気シルフィードたちは、年に一度ゆっくり休める、非常に貴重な期間だ。

 私は、家にいても、何もやることないし。できれば、仕事をしてたいんだけどね。でも〈ホワイト・ウイング〉も、一週間、完全に閉めちゃうんだって。

 まぁ、街をウロウロするのもいいけど。外は凄く寒いし。屋根裏で、ゴロゴロしているのも、暇なんで。年末年始、どう過ごすかは、まだ決めていなかった。あとで、ユメちゃんにでも、相談してみようかな……。

 ちなみに、今座っているテラス席は、私たち三人が、初めて『女子会』をやった時に座った席だ。予約する時に、このテーブルを、お願いしといたんだよね。

 今でも、多少の意見の対立はあるけど。この一年、とても楽しくやって来たし。私たちが親しくなる、きっかけになった、大事な場所なので。

 ただ、十二月なので、外はかなり寒い。でも、相変わらず、テラス席は満席だった。会議も祝い事も、外でやるのが、この町の伝統だからだ。

 でも、テラス席には『ACS』が付いているので、そんなに寒くはなかった。これは『エア・コントロール・システム』のことで、周囲に『マナ・フィールド』を展開して、温風を発生させるものだ。もちろん、夏なら、冷風を流すこともできる。

 区切られたフィールドなので、外でも思ったより温まるだよね。あと、透過型フィールドなので、普通に通り抜けられるし、風もある程度は入って来る。なので、外にいる感覚も、普通に味わうことができた。

 ま、寒いのは変わらないけど、我慢できる程度にはなる。向こうの世界にはない、とても便利な装置だ。やっぱり、魔法って便利だよねぇ。

 食事が一段落して、デザートが来たところで、私は会話を始める。もっとも、フィニーちゃんは、コース以外で注文した、大盛りデザートを食べるのに、夢中になっていた。

 この寒いのに、なぜか、特大の『デラックス・パフェ』を食べている。見てるだけで、体が冷えて来そうだ……。

「それにしても、一年って、あっという間だよねぇ。私がこっちに来てから、もう九ヶ月になるんだもんね」  
「一年なんて、そんなものよ。だからこそ、計画が大事なのよ」 

 いかにも、ナギサちゃんらしい、真面目な答えだった。
 
「まぁ、そうなんだけど。私の場合は、知らないことだらけで、計画どころじゃなかったよ。毎日が新しい経験の連続で、まるで、冒険してるみたいな感じだったもん」

 二つの世界は、とても似ている部分が多い。異世界と言っても、同じ地球が、別の方向に発展した『並行世界』だからだ。でも、文化や習慣、特に魔法に関する知識などは、全く違うものだった。

 最初は、魔法機械を使うたびに、滅茶苦茶、驚いてた。でも、今じゃ、ごく当たり前になっている。空を飛ぶのも、光が宙に浮いてるのも、まるで、生まれた時からの、常識のように感じている。どんなことでも、慣れるもんだよね。

「確かに、知らない世界に来たのだから、しょうがない部分もあるけど。風歌は、根本的に、勉強不足なのよ」
「んがっ……。私も、かなり勉強してるもん。覚えることが、多すぎるだけで」

 実際、こっちに来てから、すっごく勉強したよね。この九ヵ月で、小中学校の時の数倍、勉強に時間を費やしてきた。

「やってれば、そのうち覚える。勉強はいらない」
 特大パフェを食べていた、フィニーちゃんが、ボソッと呟く。

「そんな訳ないでしょ! 勉強しなければ、大事なことは、何も覚えられないわよ」
「そんなことない。勉強はおまけ」

 まぁ、勉強が大事なのも、経験が大事なのも、どちらも一理ある。私は、ずっと経験だけで生きて来たから、フィニーちゃん派だ。でも、今では、勉強の大切さを痛感している。一流のシルフィードたちは、みんな、物凄く勉強しているからだ。

 リリーシャさんの持つ、豊富な知識や礼儀作法なども、間違いなく、勉強で得た知識だと思う。そもそも、シルフィード学校時代は、首席だったみたいだし。

「フィニーツァは、勉強も仕事も、もう少し、真剣に取り組みなさいよ」
「ほどほどに、やってる。楽しくやるほうが、大事」

 いつものことだけど、二人の意見は、見事にすれ違い続ける。価値観が、極端に違うから、一生、意見は合わないと思う。でも、何だかんだで、仲はいいんだよねぇ。もし、本当に嫌いなら、毎度、一緒にいるわけないし。
 
 そもそも、ナギサちゃんもフィニーちゃんも、好き嫌いが、物凄くハッキリしている。それに、自分の主張は、絶対に曲げない性格だ。だから、衝突は避けられない。

「まぁまぁ、前夜祭なんだから、楽しくやろうよ。明日はもう、年越しなんだから」
 取りあえず、いつも通り、止めに入る。

「でも、明日の『送迎祭』で、大騒ぎするのに。今日も、凄い大盛況だよね。やっぱり、翌朝まで、ワイワイやってるのかな?」

「ほとんどの人は、そうでしょうね。むしろ、前夜祭のほうが、好きな人もいるぐらいだから」 
 
「この町の人たちは、本当にタフだよねぇ。お祭りのたびに、何日も宴会をやったり、徹夜したりとか。それでいて、しっかり仕事もしてるんだから」

 この町は、ただでさえイベントが多いのに、前夜祭も、しっかりやっている。後夜祭は任意だけど、やっぱり、やる人が多いみたいだ。結局『前夜祭』『本番』『後夜祭』の三つを、一つのイベントでやるんだよね。

「非効率的だとは思うけど。この町の伝統なのだから、しょうがないわ。伝統とは、ちゃんとした、歴史的な理由があり、受け継いでいくものなのよ」

 真面目なナギサちゃんでも、イベントやお祭りごとには、必ず参加している。それは、伝統を大事にしているからなんだね。
  
「それって、仕事が終わったあと、毎晩みんなで、宴会をやってたって話?」
「おぉっ、毎晩、おまつり! 食べ放題!」

 フィニーちゃんが、激しく反応した。相変わらず、食べ物の部分にだけは、食い付いてくる。でも、毎晩、宴会なんて、凄く楽しそうだよね。 
 
「宴会というほど、立派なものではないわ。昔は何もなかったし。ただ、あり合わせのものを持ち寄って、皆で食事をしていただけよ。会議なども、含めてね」

「昔は、本当に、貧しい町だったのよ。それでも、色々と工夫をして、力を合わせながら、お祭りなども開くようになった。どれも、今に比べれば、とても地味なものだったけどね」

 ナギサちゃんは、お茶を飲みながら、淡々と説明する。

「でも、凄いよね。ただの無人島が、ここまで大都会になるなんて。それに、毎月、お祭りをやってる町なんて、ここぐらいだもんねぇ」

「全ては、先人たちのお蔭。だから、全てのお祭りやイベントも。こういった、前夜祭などの習慣も、馬鹿にはできないのよ」

 そう言われてみると、ちょっと厳粛な気持ちになる。

「昔の人、単にたのしいから、お祭りやってただけ」
「そんな訳ないでしょ! 色んな想いや願いがあったのよ」
 
「お祭りは、たのしければいい」
「違うわよ。神聖な儀式から始まったものも、多いのだから」

 またしても、二人がぶつかり合う。どちらも、正論だと思うんだけどね。

「どっちも、同じぐらい大事だよ。私のいた向こうの世界だって、元は神事だったのが、楽しいお祭りに、変わったものもあるし。時代によって、変わっていくのは、しょうがないんじゃないかな?」

「みんなが、楽しいからやってるのは、今も昔も同じだと思う。でも、今の人だって、神聖な気持ちや、感謝の気持なんかは、ちゃんと持ってるよ」

 向こうの世界も、年末年始のイベントは、みんな楽しくてやってたもんね。でも、お参りに行く時だけは、妙に信心深い気持ちなったりとか。まぁ、今の人は、大体そんな感じだよね。

「それにしても、変わらないよねぇ、二人とも」
「何がよ?」
「ん?」
 
 二人とも、不思議そうな表情で、私に視線を向けて来る。
 
「覚えてる? 私たち三人が、初めて顔合わせした日のこと? その日も、ここと同じテーブルだったんだよ」

 私は、今でもあの日の出来事は、鮮明に覚えている。二人とも、物凄くぎくしゃくしてて、途中、かなり気まずくなった記憶がある――。

「……そういえば、そんなことも、有ったわね」
「言われてみれば、ここだったかも」

 二人とも、周囲を確認したあと、静かに答える。

「あの時は、大変だったよ。二人とも、完全に意見が対立してて。でも、何だかんだで、今はとっても仲良しだもんね」

 私は、二人とも大好きだから、二人が仲良くしてくれるのは、凄く嬉しい。

「はっ?! ただの腐れ縁よ」 
「仲良くない――ふつう」

 そして、この反応である。いやいや、どう考えたって、仲いいでしょ? 仲がいいから、遠慮なく、言いたいことが言えるんじゃん? まぁ、ナギサちゃんは、素直じゃないから、認めないだろうし。フィニーちゃんは、気付いてないだけかも。

「私たち、今年一年の間に、何回、一緒に行動したか覚えてる? お茶に行ったり、イベントに行ったり、一緒に色々準備したり」

 二人とも黙り込む。

「向こうの世界でも、そうだったけど。本当に、仲のいい友達って、腐れ縁なんだと思う。あと、本当に身近で大事な人ほど、普通に思えるんじゃないかな? 一緒にいるのが当り前な、まるで、家族みたいな感じで」

 私にとって、二人は、大事な親友であると共に、家族のような存在でもあった。いて欲しい時に、いつもいてくれる。そんな、当たり前な存在になっていた。

 考えてみたら、学生時代に仲のよかった子たちも、そんな感じだったかな。特別『仲がいい』って、意識してたわけじゃなくて。気付いたら、いつも一緒にいるのが、当り前で。

「来年も、また、その次の年も。私たち、ずっと、一緒にいられるといいね」
 私は、笑顔で二人に声を掛ける。

 だが、ナギサちゃんは、顔を横に向け、フィニーちゃんは、黙々とパフェを食べ続ける。

 って、ここ、超重要なところなのに! ちょっと、その反応は何? まぁ、いつもの二人らしいと言えば、らしいけど……。なかなか、こういう踏み込んだ話題には、乗ってくれない。

「そもそも、来年からは、私たち一人前なのよ。一人前になったら、毎日、お客様の対応をして。もう、練習なんか、している暇ないのだから。分かってるの?」

 ナギサちゃんは、咳払いのあと、厳しい表情で話した。

「それは、分かってるけど。一緒にお茶したり、ご飯食べたり、できるじゃない?」
「ご飯! ご飯は、いつでも食べにいく」

 こう言うところだけ、しっかり、フィニーちゃんが反応する。

「まぁ、何にしても、私たちが自由にできる、最後のイベントなのよ、今日は。それを、よく覚えておきなさいよ」  

 ナギサちゃんは、サラッと言い放つ。

 確かに、ナギサちゃんの、言う通りなのかもしれない。もう、来年からは、私も一人前になるんだ。自由に練習したり、自由に友達に会ったりも、できなくなっちゃうんだよね。別の会社なら、なおのこと、会う機会が減ってしまう。 

 ずっと、一人前になることを、望んでいたはずなのに。何だか、ちょっぴり寂しい気がして。もうしばらく、このままでもいいかな、何て思ってしまう――。

「そんなの、関係ない。私は、来年も自由にやる」
「何言ってるの? そんなの、出来るわけないでしょ!」

「シルフィードは、風のように、自由な仕事。だから選んだ」
「逆でしょ。シルフィードは規律正しい、誰もが尊敬する存在なのよ」

 やっぱり、二人の価値観は、正反対だ。でも、どっちも、一理あると思う。というか、シルフィードが、どうこうというより、二人の考え方の違いだよね。実際、色んなシルフィードがいるわけだし。

「あははっ、やっぱ変わらなよね。きっと、二人は永遠に変わらない気がする」
「どういう意味よ?」

 ナギサちゃんは、複雑な表情を浮かべる。

「来年も、再来年も、十年後も。二人とも『今と同じ感じかなのかなぁー』って思って。もちろん、いい意味でね」

 二人が、今と違う性格になっているイメージが、全くわいてこない。

「風歌に言われると、何か、イラッとするわね……」
「んがっ――。何でー?」

 徹底して、規律を守るナギサちゃん。全てにおいて、自由なフィニーちゃん。この二人は、今後も変わらないだろう。まぁ、そのほうが、らしくていいけどね。

 でも、私は、どうなんだろう? 生活環境が変わって、色々成長したかと思ったけど。性格とか価値観は、ほぼ昔のままだ。相変わらず、勢い重視だし、深いことは考えないし。人って、そう簡単には、変わらないもんだよね。

 一人前になれば、少しは大人になるのかな? それとも、一生、この性格のままだったり?

 先のことは、まだ、よく分からない。ただ、色んなものが、時と共に、少しずつ変わっていくはずだ。

 でも、この三人の関係だけは、永遠に変わらないでいて欲しいなぁ……。


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次回――
『異世界で初めての年越しイベントは最高にハッピーだった』

 みんな一緒の未来が、きっと私の…ウルトラハッピーなんだって
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