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第4部 理想と現実
3-7元シルフィードクイーンは全てにおいて次元が違ってた
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本日は水曜日なので、会社はお休みだ。でも、休日でも、普通に早起きしている。というのも、これから『朝市』に行くからだ。まぁ、毎度のことだけど、お金がない。食費だけでもギリギリなのに、他にも色々お金が掛かる。
コインランドリーで洗濯するお金とか、銭湯に行ったりとか。普段は、会社のシャワーを借りてるけど、休日は使えないし。たまには、お湯に浸かりたいからね。
あとは、やっぱり、友達付き合いのお金だ。これは、絶対に削れない、必要経費だよね。お茶や食事には、よく行くので、徹底的に切り詰めなければならない。
でも、今日は運がいいことに、一階まで下りたらノーラさんに会って、朝食をご馳走してもらうことになった。ただし、ノーラさんのガレージの掃除を、手伝うのが条件だ。
もちろん、私は一発返事でOKした。掃除は、仕事で毎日やってて得意だし。ご飯がタダで食べられるなら、雑用ぐらい安いものだ。
そんなわけで、朝食が終わったあと、私はノーラさんのガレージに来ていた。アパートの裏門を出て、ほんの少し歩いたところにある。
シャッターのしまった、大きな建物があるのは、上空から見て知っていた。何かの倉庫だと思っていたが、ノーラさんの所有物だったのだ。
シャッターを開けると、物凄く広々した空間に、たくさんの機体が置いてあった。〈ホワイト・ウイング〉のガレージより大きいし、置いてある機体数も多い。
「うわぁー、凄い数! シルフィードの仕事が、できるぐらい有るんじゃないですか? 会社でも、やるつもりだったんですか?」
これって、下手な個人企業よりも、機体数が多い。その気になれば、すぐにでも、営業が開始できそうだ。
「そんなもん、興味ないよ。ただ、趣味で集めただけだ」
「趣味で、こんなに沢山……」
色々な機体が置いてあるけど、中には物凄く凝ったデザインのものや、見たことのない機体もある。以前、乗せてもらった、青い流線型の機体もあった。置いてある『エア・カート』は、どれもスポーツタイプだ。
スポーツタイプは、かなり高価で、数百万から、物によっては一千万ベル以上する。あまり詳しくは知らないけど、エンジンや機体の素材が違うらしい。
ここにある機体を全て合わせたら、数千万ベル。いや、一億ベル以上になるかもしれない。ノーラさんって、実は物凄いお金持ちなのでは――?
「まぁ、昔は入った給料、全てカートやドルフィンに、つぎ込んでたからな。新機を買ったり、カスタムしたり」
「そういえば、ノーラさんって、昔レーサーをやってたんでしたっけ? 自分で機械いじりもするんですか?」
現役時代は『疾風の剣』の二つ名で、最速のシルフィードって言われてたんだよね。色んなレースでも、優勝してたみたいだし。
「レーサーじゃなくて、ただの趣味だ。プロにならなくたって、レースは出られる。あと、機械いじりは、子供のころから、やってたからな。シルフィードだって、メンテでいじったりはするだろ?」
「いやー、私、マナ工学とか機械いじりは、苦手なんですよ……」
最低限の整備はするけど、いつもマニュアルと、にらめっこしながらだった。
「お前、本当に何もできないな。得意なもん、1つも無いんじゃないのか?」
「んがっ――。た、体力と運動神経は、自信あるんですけどね」
相変わらず、ノーラさんは手厳しい。確かに、得意なものって、私何もないよね。運動が得意といっても『ノア・マラソン』では、散々だったし……。
私はふと、ある機体に目がとまった。銀色の流線型の機体だ。ボディに光が反射し、綺麗な光沢が浮き出ている。私は顔を近づけて、ジーッと観察した。
「傷つけるなよ。お前の給料、十年分でも足りないぐらい高いからな」
「えぇっ?!」
私は慌てて飛びのく。見るからに、高そうな機体だった。
「あのー、つかぬ事をお聴きしますが。ノーラさんって、現役時代、月にいくらぐらい、お給料もらってたんですか?」
こんな質問をするのは、失礼かもしれない。でも、お金の出どころが、ちょっと気になったので。それとも、アパート経営って、そんなに儲かるんだろうか――?
「そんなこと聴いて、どうするんだ?」
「いや、ここにある機体、どれも高そうですし。相当、稼いでいないと買えないかなぁー、なんて思ったので」
そういえば、ナギサちゃんが以前、上位階級のシルフィードは、全然お給料が違うって、言ってた気がする。『シルフィード・クイーン』ともなれば、相当な額をもらっていたはずだ。
「あまり、気にしたことがなかったな……。映像公開権やCM出演料。あと、レースの賞金が、まとまって入って来た時は、確か、一億、超えてたと思うが」
「ちょっ?! それって、年収じゃなくて、月収ですか?」
「お前が、月いくらって訊いたんだろ。まぁ、明細とか、あまり見てなかったから、ざっくりだけどな。通常は、月に四、五千万ぐらいだったと思うぞ」
「なっ……?!」
私は完全に固まった。桁が違いすぎて、私の頭では計算不能だったからだ。そもそも、今の私にとっては、十万ベルでも物凄い大金だ。次元が違いすぎて、訳がわかんないよ――。
「シルフィード・クイーンって、そんなに儲かるんですか……?」
単に人気が凄いだけだと思ってたから、お給料のこととか考えもしなかった。
「もっと、稼いでるやつもいたぞ。私は基本、メディアに出るのは、好きじゃなかったからな。取材や広告も、付き合いで、仕方なく出てただけだから」
「す、凄い世界ですね……。私も、シルフィード・クイーンになったら、そんなに一杯、お給料もらえるんですか?」
もしそうなれば、毎日、お腹いっぱいご飯が食べられる。って、ご飯のことしか思い浮かばない、私の想像力の貧困さが、ちょっと悲しい。
「そういうのは、なってから言え。上位階級になれるのが、ほんの一握りなのは、お馬鹿なお前だって、分かってるだろ?」
「ですよねぇー。って、お馬鹿は止めて下さいよ!」
すっかり、お馬鹿キャラ扱いされている――。いや、頭は良くないけどさ。毎日、勉強も頑張ってるんだし。私だって、いつまでも、無知なままじゃないんだからね。
私は手渡されたフワフワのはたきで、機体を一つずつ、丁寧にホコリを落としていく。最初にホコリを落として、そのあとは、各機体を雑巾で拭いて行く、地道な作業だ。
機体の掃除なら、毎日の仕事で慣れていた。とはいえ、高級車が多いので、ちょっと緊張する。
台数は〈ホワイト・ウイング〉に置いてあるより多いけど、今回は二人でやっているので、順調に進んでいた。そういえば、いつも一人でやっているから、二人で掃除をするのって、初めてかも。誰かと掃除するのって、結構、楽しい。
私は一台ずつ、横に移動しながら進めて行く。すると、黒色のシートが被っている機体を発見した。
「ノーラさん、何でこれだけ、シートが被っているんですか?」
「それは、最近、全く使っていないからだ。試しに、シートを外してみな」
私は言われるままに、そっとシートを外してみる。すると、中から出てきたのは、エア・ドルフィンだった。いつも見かける機体とは、少し形が違うので、古い型だろうか?
「普通のエア・ドルフィンと違う気が……。デザインも、物凄くシンプルだし」
「計器類と、ハンドルを見てみな」
私がハンドルに顔を近づけると、何か違和感があった。
「あれっ――これって『スターター・ボタン』がない。それに、アクセルも付いてないじゃないですか。これ欠陥品ですよね?」
いつも見慣れているパーツが、ごっそり抜けているのだ。エンジンを起動するボタンがないし、スピード調整するアクセルが、ハンドルに付いていない。こんなんじゃ、どう考えたって、飛べるわけがないよね。
「そんな訳あるか。それは『フルマニュアル機』だ。エンジンの起動も、スピード調整も、全部、自分の魔力コントロールでやるんだよ」
「えっ……そんなこと出来るんですか?」
「それが出来なきゃ、エア・ゴンドラやエア・ボードは、飛ばせないだろうが」
「あぁ、確かに――そう言われて見れば」
会社にも、エア・ゴンドラは置いてある。オールもないし、操作系の装置は、一切ついていない。リリーシャさんは、立ったまま、何もいじらずに操縦していた。
「お前、少しは魔力コントロール、できるようになったのか?」
「はい。毎日エア・ドルフィンで空を飛んでますから、バッチリですよ。ウォーター・ドルフィンの時も、かなり練習しましたし」
以前に比べて、上昇や下降もスムーズになったし、安定して加速できるようになった。乗り始めたばかりのころに比べると、雲泥の差だ。
「なら、試しにそれに乗ってみな。ま、今のお前には、まだ無理だろうが」
「そんなこと有りませんよ。私、すっごく練習してますから」
私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、自信満々にハンドルを握った。
「って、あれ……? これ、どうやって起動するんですか?」
いつも通り『スターターボタン』を押そうとするが、あるべき場所に何もない。
「自分で魔力を流し込んで、マナ・フローター・エンジンを、起動するんだよ」
「え、えーっと――?」
理屈は分かるんだけど、スイッチを押さずにエンジンを起動するイメージが、まったく分からない。
「普段、機械に頼りっきりだから、そうなるんだ。昔の魔女たちが、どうやって空を飛んでいたか、知ってるか?」
「ほうきに乗って、飛んでたんですよね? でも、本当にほうきなんかで、空を飛べたんですか?」
ほうきに乗って空を飛ぶ魔女って、ただの作り話だと思ってた。向こうの世界でも、そういう架空の物語は、結構あるからね。
「ほうきは、魔女の象徴的な道具に過ぎない。乗れりゃ、何でもいいんだよ。あとは、魔力コントロールしだいだからな」
魔力コントロールが、重要なのは分かる。でも、それだけで飛べるイメージが、全く湧いてこない。普通のエア・ドルフィンですら、乗るのにかなり苦労したし。いまだに、魔力の存在は、何となくしか分かっていない。
「ぐぬうぅぅー!」
命一杯、気合を入れて、魔力を込めてみる。でも、機体はピクリとも動かなかった。
「やっぱ、お前には、まだ無理だな。もしかしたら、一生、無理かもしれないぞ」
「そんなこと有りませんって。絶対に、乗りこなして見せますから!」
意識を集中して、手のひらから機体に、魔力を流すイメージをする。だが、全く反応がない。その後も色々やってみるが、さっぱり動かなかった。
くぅー、悔しいー! なんで動かないのよー? これじゃ、リリーシャさんやツバサさんみたく、かっこよく操縦できないじゃん……。
私がうんうん唸りながらやっていると、
「ちょっと、どいてみろ。見本を見せてやる」
見かねたノーラさんが、近くにやってきた。
私が機体から降りると、ノーラさんはサッと飛び乗り、ハンドルを握る。次の瞬間、エンジンの起動音がして、フワッと浮き上がった。
「す、凄い! そんな簡単に――?!」
そのまま、空中で方向転換すると、スーッと外に飛んでいった。いともたやすくやっているが、ホバーしながらの方向転換は、物凄い高等テクニックだ。
私の場合は、浮いたまま止まることは出来ないし、曲がる時も、かなり大回りしないとダメだった。
外に出て機体を見ると、空中で停止してから、180度向きを変えると、再びガレージの中に戻って来た。そのまま、元の場所に進むと、再び方向転換して静かに降りる。停めてあった場所と寸分たがわない、見事な着地だった。
速くて正確な、驚異的な操縦技術だ。あと、魔力コントロールが、段違いに上手い。それに比べたら、私の操縦など、お遊びに感じてしまうぐらいだ。
「凄すぎです! 今まで見た誰よりも、操縦が上手いです。リリーシャさんだって、ここまでは、できないと思いますよ」
「仮にも、元シルフィード・クイーンだぞ。この程度、できて当然だろ」
ノーラさんは、さも当たり前そうに答える。
「どうすれば、こんなに上手く操縦できるんですか? 子供のころから、才能があったんですか?」
「馬鹿いえ。最初から出来るやつなんか、いるわけないだろ。お前なんかとは、練習量が桁違いなんだよ。どうせ、勤務時間しか練習してないんだろ?」
「まぁ、そうですけど。それが、普通じゃないんですか?」
勤務時間は、一生懸命、練習しているつもりだ。常に魔力コントロールを意識してるし。狭い場所の飛行や、難しい着陸なんかにも、挑戦している。空中で停止する『ホバー飛行』は、まだ全然できないんだけど……。
「私は、勤務時間はもちろん、普段の使える時間の全ては、練習に充ててたぞ。気になることが有れば、夜中に跳ね起きて、飛びに行ったりとかな。飛行技術ってのは、飛んだ時間に比例するものなんだよ」
「えっ、夜中もですか?!」
なるほど、全然、練習量が違いすぎる。私は、プライベートで散歩することはあっても、流石に練習まではしていなかった。
「ま、この程度もできないんじゃ『グランド・エンプレス』なんて、永遠に無理だな。それ以前に、お前の場合、一人前の昇級すら、無理なんじゃないか?」
「んがっ――」
ノーラさんはゲラゲラ笑うが、私は言葉を返せなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、さらに練習量まで負けていては、ぐうの音も出ない。やっぱり、上位階級になる人は、つくづく凄いと思う。
でも、私も負けてはいられない。ただでさえ、異世界出身で、専門の学校に行っていないハンデもあるんだから。
もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『防災用品は備えあれば憂いなしだよね』
最高を望みながら、最悪に備える。そしてその中間にある物事に驚かぬよう
コインランドリーで洗濯するお金とか、銭湯に行ったりとか。普段は、会社のシャワーを借りてるけど、休日は使えないし。たまには、お湯に浸かりたいからね。
あとは、やっぱり、友達付き合いのお金だ。これは、絶対に削れない、必要経費だよね。お茶や食事には、よく行くので、徹底的に切り詰めなければならない。
でも、今日は運がいいことに、一階まで下りたらノーラさんに会って、朝食をご馳走してもらうことになった。ただし、ノーラさんのガレージの掃除を、手伝うのが条件だ。
もちろん、私は一発返事でOKした。掃除は、仕事で毎日やってて得意だし。ご飯がタダで食べられるなら、雑用ぐらい安いものだ。
そんなわけで、朝食が終わったあと、私はノーラさんのガレージに来ていた。アパートの裏門を出て、ほんの少し歩いたところにある。
シャッターのしまった、大きな建物があるのは、上空から見て知っていた。何かの倉庫だと思っていたが、ノーラさんの所有物だったのだ。
シャッターを開けると、物凄く広々した空間に、たくさんの機体が置いてあった。〈ホワイト・ウイング〉のガレージより大きいし、置いてある機体数も多い。
「うわぁー、凄い数! シルフィードの仕事が、できるぐらい有るんじゃないですか? 会社でも、やるつもりだったんですか?」
これって、下手な個人企業よりも、機体数が多い。その気になれば、すぐにでも、営業が開始できそうだ。
「そんなもん、興味ないよ。ただ、趣味で集めただけだ」
「趣味で、こんなに沢山……」
色々な機体が置いてあるけど、中には物凄く凝ったデザインのものや、見たことのない機体もある。以前、乗せてもらった、青い流線型の機体もあった。置いてある『エア・カート』は、どれもスポーツタイプだ。
スポーツタイプは、かなり高価で、数百万から、物によっては一千万ベル以上する。あまり詳しくは知らないけど、エンジンや機体の素材が違うらしい。
ここにある機体を全て合わせたら、数千万ベル。いや、一億ベル以上になるかもしれない。ノーラさんって、実は物凄いお金持ちなのでは――?
「まぁ、昔は入った給料、全てカートやドルフィンに、つぎ込んでたからな。新機を買ったり、カスタムしたり」
「そういえば、ノーラさんって、昔レーサーをやってたんでしたっけ? 自分で機械いじりもするんですか?」
現役時代は『疾風の剣』の二つ名で、最速のシルフィードって言われてたんだよね。色んなレースでも、優勝してたみたいだし。
「レーサーじゃなくて、ただの趣味だ。プロにならなくたって、レースは出られる。あと、機械いじりは、子供のころから、やってたからな。シルフィードだって、メンテでいじったりはするだろ?」
「いやー、私、マナ工学とか機械いじりは、苦手なんですよ……」
最低限の整備はするけど、いつもマニュアルと、にらめっこしながらだった。
「お前、本当に何もできないな。得意なもん、1つも無いんじゃないのか?」
「んがっ――。た、体力と運動神経は、自信あるんですけどね」
相変わらず、ノーラさんは手厳しい。確かに、得意なものって、私何もないよね。運動が得意といっても『ノア・マラソン』では、散々だったし……。
私はふと、ある機体に目がとまった。銀色の流線型の機体だ。ボディに光が反射し、綺麗な光沢が浮き出ている。私は顔を近づけて、ジーッと観察した。
「傷つけるなよ。お前の給料、十年分でも足りないぐらい高いからな」
「えぇっ?!」
私は慌てて飛びのく。見るからに、高そうな機体だった。
「あのー、つかぬ事をお聴きしますが。ノーラさんって、現役時代、月にいくらぐらい、お給料もらってたんですか?」
こんな質問をするのは、失礼かもしれない。でも、お金の出どころが、ちょっと気になったので。それとも、アパート経営って、そんなに儲かるんだろうか――?
「そんなこと聴いて、どうするんだ?」
「いや、ここにある機体、どれも高そうですし。相当、稼いでいないと買えないかなぁー、なんて思ったので」
そういえば、ナギサちゃんが以前、上位階級のシルフィードは、全然お給料が違うって、言ってた気がする。『シルフィード・クイーン』ともなれば、相当な額をもらっていたはずだ。
「あまり、気にしたことがなかったな……。映像公開権やCM出演料。あと、レースの賞金が、まとまって入って来た時は、確か、一億、超えてたと思うが」
「ちょっ?! それって、年収じゃなくて、月収ですか?」
「お前が、月いくらって訊いたんだろ。まぁ、明細とか、あまり見てなかったから、ざっくりだけどな。通常は、月に四、五千万ぐらいだったと思うぞ」
「なっ……?!」
私は完全に固まった。桁が違いすぎて、私の頭では計算不能だったからだ。そもそも、今の私にとっては、十万ベルでも物凄い大金だ。次元が違いすぎて、訳がわかんないよ――。
「シルフィード・クイーンって、そんなに儲かるんですか……?」
単に人気が凄いだけだと思ってたから、お給料のこととか考えもしなかった。
「もっと、稼いでるやつもいたぞ。私は基本、メディアに出るのは、好きじゃなかったからな。取材や広告も、付き合いで、仕方なく出てただけだから」
「す、凄い世界ですね……。私も、シルフィード・クイーンになったら、そんなに一杯、お給料もらえるんですか?」
もしそうなれば、毎日、お腹いっぱいご飯が食べられる。って、ご飯のことしか思い浮かばない、私の想像力の貧困さが、ちょっと悲しい。
「そういうのは、なってから言え。上位階級になれるのが、ほんの一握りなのは、お馬鹿なお前だって、分かってるだろ?」
「ですよねぇー。って、お馬鹿は止めて下さいよ!」
すっかり、お馬鹿キャラ扱いされている――。いや、頭は良くないけどさ。毎日、勉強も頑張ってるんだし。私だって、いつまでも、無知なままじゃないんだからね。
私は手渡されたフワフワのはたきで、機体を一つずつ、丁寧にホコリを落としていく。最初にホコリを落として、そのあとは、各機体を雑巾で拭いて行く、地道な作業だ。
機体の掃除なら、毎日の仕事で慣れていた。とはいえ、高級車が多いので、ちょっと緊張する。
台数は〈ホワイト・ウイング〉に置いてあるより多いけど、今回は二人でやっているので、順調に進んでいた。そういえば、いつも一人でやっているから、二人で掃除をするのって、初めてかも。誰かと掃除するのって、結構、楽しい。
私は一台ずつ、横に移動しながら進めて行く。すると、黒色のシートが被っている機体を発見した。
「ノーラさん、何でこれだけ、シートが被っているんですか?」
「それは、最近、全く使っていないからだ。試しに、シートを外してみな」
私は言われるままに、そっとシートを外してみる。すると、中から出てきたのは、エア・ドルフィンだった。いつも見かける機体とは、少し形が違うので、古い型だろうか?
「普通のエア・ドルフィンと違う気が……。デザインも、物凄くシンプルだし」
「計器類と、ハンドルを見てみな」
私がハンドルに顔を近づけると、何か違和感があった。
「あれっ――これって『スターター・ボタン』がない。それに、アクセルも付いてないじゃないですか。これ欠陥品ですよね?」
いつも見慣れているパーツが、ごっそり抜けているのだ。エンジンを起動するボタンがないし、スピード調整するアクセルが、ハンドルに付いていない。こんなんじゃ、どう考えたって、飛べるわけがないよね。
「そんな訳あるか。それは『フルマニュアル機』だ。エンジンの起動も、スピード調整も、全部、自分の魔力コントロールでやるんだよ」
「えっ……そんなこと出来るんですか?」
「それが出来なきゃ、エア・ゴンドラやエア・ボードは、飛ばせないだろうが」
「あぁ、確かに――そう言われて見れば」
会社にも、エア・ゴンドラは置いてある。オールもないし、操作系の装置は、一切ついていない。リリーシャさんは、立ったまま、何もいじらずに操縦していた。
「お前、少しは魔力コントロール、できるようになったのか?」
「はい。毎日エア・ドルフィンで空を飛んでますから、バッチリですよ。ウォーター・ドルフィンの時も、かなり練習しましたし」
以前に比べて、上昇や下降もスムーズになったし、安定して加速できるようになった。乗り始めたばかりのころに比べると、雲泥の差だ。
「なら、試しにそれに乗ってみな。ま、今のお前には、まだ無理だろうが」
「そんなこと有りませんよ。私、すっごく練習してますから」
私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、自信満々にハンドルを握った。
「って、あれ……? これ、どうやって起動するんですか?」
いつも通り『スターターボタン』を押そうとするが、あるべき場所に何もない。
「自分で魔力を流し込んで、マナ・フローター・エンジンを、起動するんだよ」
「え、えーっと――?」
理屈は分かるんだけど、スイッチを押さずにエンジンを起動するイメージが、まったく分からない。
「普段、機械に頼りっきりだから、そうなるんだ。昔の魔女たちが、どうやって空を飛んでいたか、知ってるか?」
「ほうきに乗って、飛んでたんですよね? でも、本当にほうきなんかで、空を飛べたんですか?」
ほうきに乗って空を飛ぶ魔女って、ただの作り話だと思ってた。向こうの世界でも、そういう架空の物語は、結構あるからね。
「ほうきは、魔女の象徴的な道具に過ぎない。乗れりゃ、何でもいいんだよ。あとは、魔力コントロールしだいだからな」
魔力コントロールが、重要なのは分かる。でも、それだけで飛べるイメージが、全く湧いてこない。普通のエア・ドルフィンですら、乗るのにかなり苦労したし。いまだに、魔力の存在は、何となくしか分かっていない。
「ぐぬうぅぅー!」
命一杯、気合を入れて、魔力を込めてみる。でも、機体はピクリとも動かなかった。
「やっぱ、お前には、まだ無理だな。もしかしたら、一生、無理かもしれないぞ」
「そんなこと有りませんって。絶対に、乗りこなして見せますから!」
意識を集中して、手のひらから機体に、魔力を流すイメージをする。だが、全く反応がない。その後も色々やってみるが、さっぱり動かなかった。
くぅー、悔しいー! なんで動かないのよー? これじゃ、リリーシャさんやツバサさんみたく、かっこよく操縦できないじゃん……。
私がうんうん唸りながらやっていると、
「ちょっと、どいてみろ。見本を見せてやる」
見かねたノーラさんが、近くにやってきた。
私が機体から降りると、ノーラさんはサッと飛び乗り、ハンドルを握る。次の瞬間、エンジンの起動音がして、フワッと浮き上がった。
「す、凄い! そんな簡単に――?!」
そのまま、空中で方向転換すると、スーッと外に飛んでいった。いともたやすくやっているが、ホバーしながらの方向転換は、物凄い高等テクニックだ。
私の場合は、浮いたまま止まることは出来ないし、曲がる時も、かなり大回りしないとダメだった。
外に出て機体を見ると、空中で停止してから、180度向きを変えると、再びガレージの中に戻って来た。そのまま、元の場所に進むと、再び方向転換して静かに降りる。停めてあった場所と寸分たがわない、見事な着地だった。
速くて正確な、驚異的な操縦技術だ。あと、魔力コントロールが、段違いに上手い。それに比べたら、私の操縦など、お遊びに感じてしまうぐらいだ。
「凄すぎです! 今まで見た誰よりも、操縦が上手いです。リリーシャさんだって、ここまでは、できないと思いますよ」
「仮にも、元シルフィード・クイーンだぞ。この程度、できて当然だろ」
ノーラさんは、さも当たり前そうに答える。
「どうすれば、こんなに上手く操縦できるんですか? 子供のころから、才能があったんですか?」
「馬鹿いえ。最初から出来るやつなんか、いるわけないだろ。お前なんかとは、練習量が桁違いなんだよ。どうせ、勤務時間しか練習してないんだろ?」
「まぁ、そうですけど。それが、普通じゃないんですか?」
勤務時間は、一生懸命、練習しているつもりだ。常に魔力コントロールを意識してるし。狭い場所の飛行や、難しい着陸なんかにも、挑戦している。空中で停止する『ホバー飛行』は、まだ全然できないんだけど……。
「私は、勤務時間はもちろん、普段の使える時間の全ては、練習に充ててたぞ。気になることが有れば、夜中に跳ね起きて、飛びに行ったりとかな。飛行技術ってのは、飛んだ時間に比例するものなんだよ」
「えっ、夜中もですか?!」
なるほど、全然、練習量が違いすぎる。私は、プライベートで散歩することはあっても、流石に練習まではしていなかった。
「ま、この程度もできないんじゃ『グランド・エンプレス』なんて、永遠に無理だな。それ以前に、お前の場合、一人前の昇級すら、無理なんじゃないか?」
「んがっ――」
ノーラさんはゲラゲラ笑うが、私は言葉を返せなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、さらに練習量まで負けていては、ぐうの音も出ない。やっぱり、上位階級になる人は、つくづく凄いと思う。
でも、私も負けてはいられない。ただでさえ、異世界出身で、専門の学校に行っていないハンデもあるんだから。
もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……。
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次回――
『防災用品は備えあれば憂いなしだよね』
最高を望みながら、最悪に備える。そしてその中間にある物事に驚かぬよう
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父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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