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第4部 理想と現実

3-7元シルフィードクイーンは全てにおいて次元が違ってた

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 本日は水曜日なので、会社はお休みだ。でも、休日でも、普通に早起きしている。というのも、これから『朝市』に行くからだ。まぁ、毎度のことだけど、お金がない。食費だけでもギリギリなのに、他にも色々お金が掛かる。

 コインランドリーで洗濯するお金とか、銭湯に行ったりとか。普段は、会社のシャワーを借りてるけど、休日は使えないし。たまには、お湯に浸かりたいからね。

 あとは、やっぱり、友達付き合いのお金だ。これは、絶対に削れない、必要経費だよね。お茶や食事には、よく行くので、徹底的に切り詰めなければならない。

 でも、今日は運がいいことに、一階まで下りたらノーラさんに会って、朝食をご馳走してもらうことになった。ただし、ノーラさんのガレージの掃除を、手伝うのが条件だ。

 もちろん、私は一発返事でOKした。掃除は、仕事で毎日やってて得意だし。ご飯がタダで食べられるなら、雑用ぐらい安いものだ。

 そんなわけで、朝食が終わったあと、私はノーラさんのガレージに来ていた。アパートの裏門を出て、ほんの少し歩いたところにある。

 シャッターのしまった、大きな建物があるのは、上空から見て知っていた。何かの倉庫だと思っていたが、ノーラさんの所有物だったのだ。

 シャッターを開けると、物凄く広々した空間に、たくさんの機体が置いてあった。〈ホワイト・ウイング〉のガレージより大きいし、置いてある機体数も多い。

「うわぁー、凄い数! シルフィードの仕事が、できるぐらい有るんじゃないですか? 会社でも、やるつもりだったんですか?」

 これって、下手な個人企業よりも、機体数が多い。その気になれば、すぐにでも、営業が開始できそうだ。

「そんなもん、興味ないよ。ただ、趣味で集めただけだ」
「趣味で、こんなに沢山……」

 色々な機体が置いてあるけど、中には物凄く凝ったデザインのものや、見たことのない機体もある。以前、乗せてもらった、青い流線型の機体もあった。置いてある『エア・カート』は、どれもスポーツタイプだ。

 スポーツタイプは、かなり高価で、数百万から、物によっては一千万ベル以上する。あまり詳しくは知らないけど、エンジンや機体の素材が違うらしい。

 ここにある機体を全て合わせたら、数千万ベル。いや、一億ベル以上になるかもしれない。ノーラさんって、実は物凄いお金持ちなのでは――?

「まぁ、昔は入った給料、全てカートやドルフィンに、つぎ込んでたからな。新機を買ったり、カスタムしたり」

「そういえば、ノーラさんって、昔レーサーをやってたんでしたっけ? 自分で機械いじりもするんですか?」

 現役時代は『疾風の剣』ゲイルソードの二つ名で、最速のシルフィードって言われてたんだよね。色んなレースでも、優勝してたみたいだし。

「レーサーじゃなくて、ただの趣味だ。プロにならなくたって、レースは出られる。あと、機械いじりは、子供のころから、やってたからな。シルフィードだって、メンテでいじったりはするだろ?」

「いやー、私、マナ工学とか機械いじりは、苦手なんですよ……」 

 最低限の整備はするけど、いつもマニュアルと、にらめっこしながらだった。

「お前、本当に何もできないな。得意なもん、1つも無いんじゃないのか?」
「んがっ――。た、体力と運動神経は、自信あるんですけどね」

  相変わらず、ノーラさんは手厳しい。確かに、得意なものって、私何もないよね。運動が得意といっても『ノア・マラソン』では、散々だったし……。

 私はふと、ある機体に目がとまった。銀色の流線型の機体だ。ボディに光が反射し、綺麗な光沢が浮き出ている。私は顔を近づけて、ジーッと観察した。

「傷つけるなよ。お前の給料、十年分でも足りないぐらい高いからな」
「えぇっ?!」
 私は慌てて飛びのく。見るからに、高そうな機体だった。

「あのー、つかぬ事をお聴きしますが。ノーラさんって、現役時代、月にいくらぐらい、お給料もらってたんですか?」
 
 こんな質問をするのは、失礼かもしれない。でも、お金の出どころが、ちょっと気になったので。それとも、アパート経営って、そんなに儲かるんだろうか――?

「そんなこと聴いて、どうするんだ?」
「いや、ここにある機体、どれも高そうですし。相当、稼いでいないと買えないかなぁー、なんて思ったので」

 そういえば、ナギサちゃんが以前、上位階級のシルフィードは、全然お給料が違うって、言ってた気がする。『シルフィード・クイーン』ともなれば、相当な額をもらっていたはずだ。

「あまり、気にしたことがなかったな……。映像公開権やCM出演料。あと、レースの賞金が、まとまって入って来た時は、確か、一億、超えてたと思うが」
「ちょっ?! それって、年収じゃなくて、月収ですか?」

「お前が、月いくらって訊いたんだろ。まぁ、明細とか、あまり見てなかったから、ざっくりだけどな。通常は、月に四、五千万ぐらいだったと思うぞ」
「なっ……?!」

 私は完全に固まった。桁が違いすぎて、私の頭では計算不能だったからだ。そもそも、今の私にとっては、十万ベルでも物凄い大金だ。次元が違いすぎて、訳がわかんないよ――。

「シルフィード・クイーンって、そんなに儲かるんですか……?」 
 単に人気が凄いだけだと思ってたから、お給料のこととか考えもしなかった。

「もっと、稼いでるやつもいたぞ。私は基本、メディアに出るのは、好きじゃなかったからな。取材や広告も、付き合いで、仕方なく出てただけだから」

「す、凄い世界ですね……。私も、シルフィード・クイーンになったら、そんなに一杯、お給料もらえるんですか?」 

 もしそうなれば、毎日、お腹いっぱいご飯が食べられる。って、ご飯のことしか思い浮かばない、私の想像力の貧困さが、ちょっと悲しい。

「そういうのは、なってから言え。上位階級になれるのが、ほんの一握りなのは、お馬鹿なお前だって、分かってるだろ?」
「ですよねぇー。って、お馬鹿は止めて下さいよ!」

 すっかり、お馬鹿キャラ扱いされている――。いや、頭は良くないけどさ。毎日、勉強も頑張ってるんだし。私だって、いつまでも、無知なままじゃないんだからね。

 私は手渡されたフワフワのはたきで、機体を一つずつ、丁寧にホコリを落としていく。最初にホコリを落として、そのあとは、各機体を雑巾で拭いて行く、地道な作業だ。

 機体の掃除なら、毎日の仕事で慣れていた。とはいえ、高級車が多いので、ちょっと緊張する。

 台数は〈ホワイト・ウイング〉に置いてあるより多いけど、今回は二人でやっているので、順調に進んでいた。そういえば、いつも一人でやっているから、二人で掃除をするのって、初めてかも。誰かと掃除するのって、結構、楽しい。

 私は一台ずつ、横に移動しながら進めて行く。すると、黒色のシートが被っている機体を発見した。

「ノーラさん、何でこれだけ、シートが被っているんですか?」
「それは、最近、全く使っていないからだ。試しに、シートを外してみな」

 私は言われるままに、そっとシートを外してみる。すると、中から出てきたのは、エア・ドルフィンだった。いつも見かける機体とは、少し形が違うので、古い型だろうか?

「普通のエア・ドルフィンと違う気が……。デザインも、物凄くシンプルだし」
「計器類と、ハンドルを見てみな」

 私がハンドルに顔を近づけると、何か違和感があった。

「あれっ――これって『スターター・ボタン』がない。それに、アクセルも付いてないじゃないですか。これ欠陥品ですよね?」

 いつも見慣れているパーツが、ごっそり抜けているのだ。エンジンを起動するボタンがないし、スピード調整するアクセルが、ハンドルに付いていない。こんなんじゃ、どう考えたって、飛べるわけがないよね。

「そんな訳あるか。それは『フルマニュアル機』だ。エンジンの起動も、スピード調整も、全部、自分の魔力コントロールでやるんだよ」
「えっ……そんなこと出来るんですか?」

「それが出来なきゃ、エア・ゴンドラやエア・ボードは、飛ばせないだろうが」
「あぁ、確かに――そう言われて見れば」

 会社にも、エア・ゴンドラは置いてある。オールもないし、操作系の装置は、一切ついていない。リリーシャさんは、立ったまま、何もいじらずに操縦していた。

「お前、少しは魔力コントロール、できるようになったのか?」
「はい。毎日エア・ドルフィンで空を飛んでますから、バッチリですよ。ウォーター・ドルフィンの時も、かなり練習しましたし」

 以前に比べて、上昇や下降もスムーズになったし、安定して加速できるようになった。乗り始めたばかりのころに比べると、雲泥の差だ。

「なら、試しにそれに乗ってみな。ま、今のお前には、まだ無理だろうが」 
「そんなこと有りませんよ。私、すっごく練習してますから」

 私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、自信満々にハンドルを握った。

「って、あれ……? これ、どうやって起動するんですか?」
 いつも通り『スターターボタン』を押そうとするが、あるべき場所に何もない。

「自分で魔力を流し込んで、マナ・フローター・エンジンを、起動するんだよ」
「え、えーっと――?」

 理屈は分かるんだけど、スイッチを押さずにエンジンを起動するイメージが、まったく分からない。

「普段、機械に頼りっきりだから、そうなるんだ。昔の魔女たちが、どうやって空を飛んでいたか、知ってるか?」

「ほうきに乗って、飛んでたんですよね? でも、本当にほうきなんかで、空を飛べたんですか?」

 ほうきに乗って空を飛ぶ魔女って、ただの作り話だと思ってた。向こうの世界でも、そういう架空の物語は、結構あるからね。

「ほうきは、魔女の象徴的な道具に過ぎない。乗れりゃ、何でもいいんだよ。あとは、魔力コントロールしだいだからな」

 魔力コントロールが、重要なのは分かる。でも、それだけで飛べるイメージが、全く湧いてこない。普通のエア・ドルフィンですら、乗るのにかなり苦労したし。いまだに、魔力の存在は、何となくしか分かっていない。

「ぐぬうぅぅー!」
 命一杯、気合を入れて、魔力を込めてみる。でも、機体はピクリとも動かなかった。

「やっぱ、お前には、まだ無理だな。もしかしたら、一生、無理かもしれないぞ」
「そんなこと有りませんって。絶対に、乗りこなして見せますから!」

 意識を集中して、手のひらから機体に、魔力を流すイメージをする。だが、全く反応がない。その後も色々やってみるが、さっぱり動かなかった。

 くぅー、悔しいー! なんで動かないのよー? これじゃ、リリーシャさんやツバサさんみたく、かっこよく操縦できないじゃん……。

 私がうんうん唸りながらやっていると、
「ちょっと、どいてみろ。見本を見せてやる」
 見かねたノーラさんが、近くにやってきた。

 私が機体から降りると、ノーラさんはサッと飛び乗り、ハンドルを握る。次の瞬間、エンジンの起動音がして、フワッと浮き上がった。

「す、凄い! そんな簡単に――?!」

 そのまま、空中で方向転換すると、スーッと外に飛んでいった。いともたやすくやっているが、ホバーしながらの方向転換は、物凄い高等テクニックだ。

 私の場合は、浮いたまま止まることは出来ないし、曲がる時も、かなり大回りしないとダメだった。

 外に出て機体を見ると、空中で停止してから、180度向きを変えると、再びガレージの中に戻って来た。そのまま、元の場所に進むと、再び方向転換して静かに降りる。停めてあった場所と寸分たがわない、見事な着地だった。

 速くて正確な、驚異的な操縦技術だ。あと、魔力コントロールが、段違いに上手い。それに比べたら、私の操縦など、お遊びに感じてしまうぐらいだ。

「凄すぎです! 今まで見た誰よりも、操縦が上手いです。リリーシャさんだって、ここまでは、できないと思いますよ」
「仮にも、元シルフィード・クイーンだぞ。この程度、できて当然だろ」
 
 ノーラさんは、さも当たり前そうに答える。

「どうすれば、こんなに上手く操縦できるんですか? 子供のころから、才能があったんですか?」

「馬鹿いえ。最初から出来るやつなんか、いるわけないだろ。お前なんかとは、練習量が桁違いなんだよ。どうせ、勤務時間しか練習してないんだろ?」

「まぁ、そうですけど。それが、普通じゃないんですか?」 

 勤務時間は、一生懸命、練習しているつもりだ。常に魔力コントロールを意識してるし。狭い場所の飛行や、難しい着陸なんかにも、挑戦している。空中で停止する『ホバー飛行』は、まだ全然できないんだけど……。

「私は、勤務時間はもちろん、普段の使える時間の全ては、練習に充ててたぞ。気になることが有れば、夜中に跳ね起きて、飛びに行ったりとかな。飛行技術ってのは、飛んだ時間に比例するものなんだよ」

「えっ、夜中もですか?!」 

 なるほど、全然、練習量が違いすぎる。私は、プライベートで散歩することはあっても、流石に練習まではしていなかった。 

「ま、この程度もできないんじゃ『グランド・エンプレス』なんて、永遠に無理だな。それ以前に、お前の場合、一人前の昇級すら、無理なんじゃないか?」
「んがっ――」 

 ノーラさんはゲラゲラ笑うが、私は言葉を返せなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、さらに練習量まで負けていては、ぐうの音も出ない。やっぱり、上位階級になる人は、つくづく凄いと思う。

 でも、私も負けてはいられない。ただでさえ、異世界出身で、専門の学校に行っていないハンデもあるんだから。

 もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……。


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次回――
『防災用品は備えあれば憂いなしだよね』

 最高を望みながら、最悪に備える。そしてその中間にある物事に驚かぬよう
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