85 / 363
第2部 母と娘の関係
5-12私リリーシャさんの事もっと深く知りたい……
しおりを挟む
『蒼海祭』の翌日。私は、平常運転にもどり〈南地区〉の上空を、練習飛行していた。昨日は食べ過ぎたせいか、さすがに胃がもたれており、時折、お腹をさすっている。
実は、打ち上げのあと、予約していたレストランでの『後夜祭』もあったんだよね。フィニーちゃんは、あれだけ飲食したあとも、モリモリ食べてたけど……。
いやー、本当に、よく食べたイベントだった。いくら太らない体質とはいえ、しばらくは節制しないと。金銭的な問題もあるので、今日からまた、慎ましい生活のスタートだ。
町を眺めていると、あちこちで『蒼海祭』で使った看板や出店を、片付けている様子が見えた。お祭りが終わった翌日って、何か空虚な感じというか、ちょっぴり寂しいんだよね。花火を見終わった、直後のような感じ。
この町の場合、毎月イベントがあるから、すぐに次のお祭りが始まる。けど、お祭りが終わったあと、ちょっと感傷的な気分になるのは、それだけ楽しかったからだと思う。
私は、ゆっくり飛行しながら、片付けをしている人や、町を歩く人たちを、じっくり観察した。みんな、黙々と仕事をしており、はしゃぎ過ぎたのか、お疲れの様子の人もいる。
昨日までに比べれば、人は少ないが、観光客らしき人たちの姿が、結構、目に付いた。流石は〈南地区〉だけあって、普段から観光客が多い。
私が通りを眺めていると、視界の端に、何やらこっちに、手を振っているっぽい人を発見した。かなり高度もあるし、だいぶ離れているけど、私はとても視力がいい。
元々視力は、2.0あったんだけど、こっちに来て練習飛行をしてから、さらに良くなった気がする。毎日、上空から遠くを見ているから、良くなったのかも。
私は、目を凝らして観察しながら、手を振っている人物に、ゆっくり近づいて行った。
「あれって、ツバサさんだよね? あんなに離れた場所から、私のことが分かったんだ」
流石は、シルフィード・プリンセス。私以上に、凄い目を持っているようだ。
少し速度を上げ、目的地に向かうと、スーッと地上に降りて行く。ツバサさんは、カフェのテラス席で、優雅にお茶をしている最中だった。お昼には、まだ早い時間だけど、仕事中の息抜きかな?
「ツバサさん、おはようございます! お仕事、お疲れ様です」
私は、エア・ドルフィンを降り、ツバサさんの前に進むと、頭を下げ、元気いっぱいに挨拶をする。
「おはよう、風歌ちゃん。いいね、今日も気合が入ってて」
「元気や気合だけは、自信ありますから」
ツバサさんは微笑むと、
「もし良かったら、お茶に付き合ってくれないかな? 何でも好きなものを、ご馳走するよ」
私をお茶に誘ってくれた。
「はい、喜んで」
ツバサさんのような、大人気シルフィードの先輩と話すのは、とても勉強になる。それに、私と同じ『体育会系思考』の人なので、話が合うんだよね。
私が席に着くと、ツバサさんは、すぐにウェイターを呼んで、私の注文をしてくれた。相変わらず、さりげなく気が回るところも凄い。しっかり、見習わないとね。
「まだ、お昼には早いですが、お仕事は、大丈夫なんですか?」
時間は、十一時を回ったところだ。
「お客様が、昨日の後夜祭で飲み過ぎて、体調を崩したらしくてね。急遽キャンセルが入ったんだ。当日のキャンセルは、全額入って来るから。こうしてお茶を飲んでいても、僕はちゃんと仕事をした扱いになるってわけ」
ツバサさんは、微笑みながら両手を広げる。
「あぁ、そういう事だったんですか。お客様、大丈夫ですかね?」
「ただの二日酔いだと思うから、たぶん大丈夫じゃないかな。お祭り明けは、割と多いんだ、こういうこと。お祭り中は一杯働いたから、のんびり休めて、ラッキーだけどね」
ツバサさんらしい、考え方だ。何事も、物凄くポジティブな捉え方で、どんな状況も、楽しんでる感じがする。
「ツバサさんは、お祭り中は大忙しですもんね。でも、お祭りを楽しんでいただけの新人の私が、お祭り明け早々に、こんなにのんびりして、いいんでしょうか?」
私は逆に、お祭り中は楽しみまくったから、ちょうど気を引き締めようと、思っていた矢先だ。
「それで、いいと思うよ。僕も新人時代は、かなりのんびりやってたし。『楽しむのが新人の仕事』って、アリーシャさんにも、よく言われてたからね」
そういえば、ツバサさんも子供のころから、よく〈ホワイト・ウイング〉に遊びに行ってたんだよね。リリーシャさんと、幼馴染みだし。
「リリーシャさんも、同じことを言ってました。でも、リリーシャさんが、遊び回ってる姿って、想像がつかないですね。昔は、割と遊んでいたんですか?」
ナギサちゃんほど硬くはないけど、仕事をしている姿しか、全く思い浮かばない。
「リリーは真面目だから、子供のころも、会社の手伝いとか良くしてたなぁ。見習い時代も、勉強や練習ばかりだったし」
「だから、僕が無理やり、お祭りやら何やらに、引っ張り回してたんだ。アリーシャさんにも『リリーをお願い』って、頼まれてたから」
確かに、リリーシャさんって、物凄く真面目だよね。私には物凄く甘いけど、自分には厳しいのかもしれない。
「ところで、アリーシャさんって、どんな方だったんですか? やっぱり『伝説のシルフィード』と言われるぐらいですから、物凄かったんですよね? リリーシャさんに、似てる感じですか?」
ツバサさんなら、直接、会っていたから、よく知っているはずだ。
「リリーから、アリーシャさんの話は、聴いてないの?」
「ほとんど、話はありませんね。リリーシャさんは、あまりプライベートなことは、話しませんし。こちらから訊くのも、失礼かと思いまして」
お茶の時に世間話はするけど、あまり突っ込んだ話って、しないんだよね。私の家庭の事情についても、詳しくは訊いてこないし。
それが、リリーシャさんの優しさであり、距離感なんだと思う。だから私も、リリーシャさんのプライベートについては、触れないようにしている。
「そう……何も話していないんだ」
ツバサさんは、口元に手を当て少し考えたあと、
「アリーシャさんは、一言でいえば『自由闊達』な人かな。細かいことには捕らわれず、とても大らかで楽天的で、リリーとは真逆の性格だね」
「それに、何をやるのも楽しそうで、見てるこっちまで、楽しくなって来るんだ。『アリーシャ・スマイル』って言葉が流行したぐらい、いつも楽しそうに笑っていてね」
ツバサさんは、とても嬉しそうに説明する。きっと、アリーシャさんのことが、大好きなのだろう。
「私は、まだ会ったことが無いので、リリーシャさんみたいな人を、想像していました。でも、リリーシャさんの笑顔も、とっても素敵ですよ。いつも、ニコニコしてますし」
私の中では、リリーシャさんが、最高のシルフィードだと思っている。笑顔も、最高に素敵だしね。
「リリーとは違って、アリーシャさんのは、物凄く自然な笑顔なんだ。リリーの場合は、作り笑顔が多いからね」
「えっ、そうなんですか!?」
意外な言葉に、私は驚いた。だって、凄く素敵な笑顔だもん。
「リリーは基本、感情を表に出さないからね。だから、どんなに嫌なことや、悲しいことが有っても、笑顔を浮かべるんだ。むしろ、悲しい時ほど、笑顔になるんだよね」
「そう――だったんですか。私はてっきり、自然な笑顔だとばかり、思ってました」
自然で柔らかいし、とても作り笑顔には見えない。私はてっきり、いつも心から笑っているんだと思っていた。
「まぁ、僕たちの仕事は、笑顔が大事だから。毎日、作り笑顔をしていれば、自然な笑顔に見えるようになるんだ。特に、リリーの場合は、子供のころから、あんな感じだったから。年季が違うんだよね」
「確かに、シルフィードにとって、笑顔は大事ですよね。私って、すぐ表情に出ちゃうので、ちゃんと笑顔の練習しておかないと……」
私って、素で笑ってるから、ちゃんとした、お客様向けの笑顔になってるか、全く自信がない。サービス業をやっている以上『営業スマイル』も、覚えないと。
「無理に練習しなくても、接客するようになれば、自然に身につくよ。僕も、感情が出やすい性格だから、接客の時は、気を付けるようにしてるんだ」
「でも、リリーの場合は、仕事もプライベートも関係なしに、ずっとあんな感じだから。ある意味、才能なのかもね」
ツバサさんは、少し複雑そうな表情で微笑む。
「いつも笑顔でいられるなんて、やっぱり、リリーシャさんって、凄いですよね」
私は喜怒哀楽が激しいので、常に笑顔でいるのは、絶対に無理だと思う。
「凄い――か。でも、感情を表に出さないって、物凄く辛いことじゃないかな? 自分の本当の気持ちを、周りの人に理解して貰えないし。本当は、泣きたいほど辛くても、笑っていたとしたら、誰も助けてくれないじゃない」
「確かに、そうですね……。でも、リリーシャさんに、そんな辛い悩みとかって、あるんですか? 器用で何でも出来ちゃうから、特に悩みがあるようには、見えませんけど。それとも、接客とかで、ストレスが溜まってたりするんでしょうか?」
リリーシャさんは、何をやっても、本当に上手くこなす。シルフィードの仕事はもちろん、料理や掃除などの、家事も完璧だ。
人当たりも良く、話術も素晴らしく、全てにおいて器用万能。全てが不完全な私とは、正反対だ。そんな完璧な人に、悩みなんて有るんだろうか?
「リリーだって、普通の人間だから、悩みはあるよ。ただ、実際、何でも一人で出来ちゃうし。負の感情は、全て笑顔で隠しちゃうから、気付きにくいだけで」
「周りに迷惑を掛けないのは、優しさでも有るんだけど。その分、全てを自分一人で、背負うことになってしまうんだ。ある意味、面倒な性格だよね」
ツバサさんは、軽くため息をついた。
「でも、それって――。私には、悩みを隠している、ってことですか?」
「風歌ちゃんだけじゃなくて、僕に対してもね。親友にぐらい、愚痴をこぼしてくれてもいいのに。真面目さや優しさも、度を超えると、困りものだよね」
ツバサさんは、少し困った顔で苦笑する。
リリーシャさんのこと、だいぶ理解したつもりに、なっていたけど。もしかして、全然、分かっていなかったのかな? 困った表情一つ見せないから、気付かないだけで……。
「最近、リリーはどう? 特に変わったところとかはない?」
「んー、いつも通り、ニコニコしてますし、仕事も完璧です。でも、ここ最近、外を眺める回数が、少し増えたような気がしますけど。何か、悩んでいるんでしょうか?」
私も、よく外は見るから、特に気になるほどじゃ無いんだけど。
「――まぁ、そうかもしれないね」
ツバサさんは、私から視線をそらし、空を見上げながら静かに答えた。
「やっぱり、私が頼りないから、相談してくれないんでしょうか?」
まだまだ、私は知らないことが多すぎるし、ただの見習いだし。実際に、頼りない存在だと、思われているんだろうか……?
「それは違う。それどころか、風歌ちゃんのことは、物凄く頼りにしているよ。ただ、君に心配させないための、リリーの優しさだから」
「私はもう、充分すぎるほど、優しくして貰っています。だから、リリーシャさんの力に、なりたいんです。もし、リリーシャさんの悩みを知っているなら、教えて頂けませんか?」
私はいつも、リリーシャさんに与えて貰ってばっかりだ。この世界に来て、リリーシャさんに会ってから、ずっと助けてもらっている。でも、私はまだ、何一つ返せていない。
「リリーのことは、好きかい?」
ツバサさんは、少し考えたあと、私に訊ねてきた。
「もちろん、大好きです。シルフィードの先輩としても、女性としても、一人の人間としても。全てにおいて尊敬していますし、超大好きです」
私は迷わず即答した。
「そこまで想われてるとは、リリーが羨ましいよ。でもね、好きだからと言って、全てを知る必要があるかどうかは、別の問題だ」
「悩みを知るとは、自分もその悩みを一緒に抱える、ということだからね。苦しみや悲しみ、痛みを共有する覚悟は、あるのかい?」
ツバサさんは静かに語ると、私をジッと見つめて来る。
「覚悟はあります! リリーシャさんのためなら、私何でもやりますから」
私は本当に、何でもやるつもりだ。だって、リリーシャさんは、私の命の恩人だもん。
「本当に風歌ちゃんは、いい子だね。リリーが君を、過保護にする気持ちが、よく分かるよ。でも、これからも、リリーと共に歩むのであれば、いずれは知ることだからね――」
ツバサさんは目を閉じ、しばし黙り込んだ。次に目を開いた瞬間、真剣な表情になり、雰囲気がガラリと変わっていた。
「重い話になるけど、大丈夫かい?」
私はコクリと無言でうなずいた。
「なら、一年前に起きた、ある事件を話さないといけないね」
ツバサさんは一呼吸すると、重みのある言葉で、少しずつ語り始めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第3部 予告――
「……なるほどね。ようやく全てが理解できたよ」
「この天使像って、アリーシャさんがモデルなんだよね」
「えっ……そんな、嘘っ――?!」
「引退って、シルフィードを辞めるつもりだったんですか?」
『でも、それって、なんか違うと思う』
「だから私は、毎日こうして空を見上げてる」
「そのこと、ちゃんと言葉で伝えたかい?」
「憧れの人の背中を追うことの、何が悪いんですか?」
「疲れた……もう帰りたい」
「軽い気持ちでやっている子たちとは違いますよ。人生賭けてますから」
『名誉のため? 意地のため?』
「風歌、生きてる……?」
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー……」
coming soon
実は、打ち上げのあと、予約していたレストランでの『後夜祭』もあったんだよね。フィニーちゃんは、あれだけ飲食したあとも、モリモリ食べてたけど……。
いやー、本当に、よく食べたイベントだった。いくら太らない体質とはいえ、しばらくは節制しないと。金銭的な問題もあるので、今日からまた、慎ましい生活のスタートだ。
町を眺めていると、あちこちで『蒼海祭』で使った看板や出店を、片付けている様子が見えた。お祭りが終わった翌日って、何か空虚な感じというか、ちょっぴり寂しいんだよね。花火を見終わった、直後のような感じ。
この町の場合、毎月イベントがあるから、すぐに次のお祭りが始まる。けど、お祭りが終わったあと、ちょっと感傷的な気分になるのは、それだけ楽しかったからだと思う。
私は、ゆっくり飛行しながら、片付けをしている人や、町を歩く人たちを、じっくり観察した。みんな、黙々と仕事をしており、はしゃぎ過ぎたのか、お疲れの様子の人もいる。
昨日までに比べれば、人は少ないが、観光客らしき人たちの姿が、結構、目に付いた。流石は〈南地区〉だけあって、普段から観光客が多い。
私が通りを眺めていると、視界の端に、何やらこっちに、手を振っているっぽい人を発見した。かなり高度もあるし、だいぶ離れているけど、私はとても視力がいい。
元々視力は、2.0あったんだけど、こっちに来て練習飛行をしてから、さらに良くなった気がする。毎日、上空から遠くを見ているから、良くなったのかも。
私は、目を凝らして観察しながら、手を振っている人物に、ゆっくり近づいて行った。
「あれって、ツバサさんだよね? あんなに離れた場所から、私のことが分かったんだ」
流石は、シルフィード・プリンセス。私以上に、凄い目を持っているようだ。
少し速度を上げ、目的地に向かうと、スーッと地上に降りて行く。ツバサさんは、カフェのテラス席で、優雅にお茶をしている最中だった。お昼には、まだ早い時間だけど、仕事中の息抜きかな?
「ツバサさん、おはようございます! お仕事、お疲れ様です」
私は、エア・ドルフィンを降り、ツバサさんの前に進むと、頭を下げ、元気いっぱいに挨拶をする。
「おはよう、風歌ちゃん。いいね、今日も気合が入ってて」
「元気や気合だけは、自信ありますから」
ツバサさんは微笑むと、
「もし良かったら、お茶に付き合ってくれないかな? 何でも好きなものを、ご馳走するよ」
私をお茶に誘ってくれた。
「はい、喜んで」
ツバサさんのような、大人気シルフィードの先輩と話すのは、とても勉強になる。それに、私と同じ『体育会系思考』の人なので、話が合うんだよね。
私が席に着くと、ツバサさんは、すぐにウェイターを呼んで、私の注文をしてくれた。相変わらず、さりげなく気が回るところも凄い。しっかり、見習わないとね。
「まだ、お昼には早いですが、お仕事は、大丈夫なんですか?」
時間は、十一時を回ったところだ。
「お客様が、昨日の後夜祭で飲み過ぎて、体調を崩したらしくてね。急遽キャンセルが入ったんだ。当日のキャンセルは、全額入って来るから。こうしてお茶を飲んでいても、僕はちゃんと仕事をした扱いになるってわけ」
ツバサさんは、微笑みながら両手を広げる。
「あぁ、そういう事だったんですか。お客様、大丈夫ですかね?」
「ただの二日酔いだと思うから、たぶん大丈夫じゃないかな。お祭り明けは、割と多いんだ、こういうこと。お祭り中は一杯働いたから、のんびり休めて、ラッキーだけどね」
ツバサさんらしい、考え方だ。何事も、物凄くポジティブな捉え方で、どんな状況も、楽しんでる感じがする。
「ツバサさんは、お祭り中は大忙しですもんね。でも、お祭りを楽しんでいただけの新人の私が、お祭り明け早々に、こんなにのんびりして、いいんでしょうか?」
私は逆に、お祭り中は楽しみまくったから、ちょうど気を引き締めようと、思っていた矢先だ。
「それで、いいと思うよ。僕も新人時代は、かなりのんびりやってたし。『楽しむのが新人の仕事』って、アリーシャさんにも、よく言われてたからね」
そういえば、ツバサさんも子供のころから、よく〈ホワイト・ウイング〉に遊びに行ってたんだよね。リリーシャさんと、幼馴染みだし。
「リリーシャさんも、同じことを言ってました。でも、リリーシャさんが、遊び回ってる姿って、想像がつかないですね。昔は、割と遊んでいたんですか?」
ナギサちゃんほど硬くはないけど、仕事をしている姿しか、全く思い浮かばない。
「リリーは真面目だから、子供のころも、会社の手伝いとか良くしてたなぁ。見習い時代も、勉強や練習ばかりだったし」
「だから、僕が無理やり、お祭りやら何やらに、引っ張り回してたんだ。アリーシャさんにも『リリーをお願い』って、頼まれてたから」
確かに、リリーシャさんって、物凄く真面目だよね。私には物凄く甘いけど、自分には厳しいのかもしれない。
「ところで、アリーシャさんって、どんな方だったんですか? やっぱり『伝説のシルフィード』と言われるぐらいですから、物凄かったんですよね? リリーシャさんに、似てる感じですか?」
ツバサさんなら、直接、会っていたから、よく知っているはずだ。
「リリーから、アリーシャさんの話は、聴いてないの?」
「ほとんど、話はありませんね。リリーシャさんは、あまりプライベートなことは、話しませんし。こちらから訊くのも、失礼かと思いまして」
お茶の時に世間話はするけど、あまり突っ込んだ話って、しないんだよね。私の家庭の事情についても、詳しくは訊いてこないし。
それが、リリーシャさんの優しさであり、距離感なんだと思う。だから私も、リリーシャさんのプライベートについては、触れないようにしている。
「そう……何も話していないんだ」
ツバサさんは、口元に手を当て少し考えたあと、
「アリーシャさんは、一言でいえば『自由闊達』な人かな。細かいことには捕らわれず、とても大らかで楽天的で、リリーとは真逆の性格だね」
「それに、何をやるのも楽しそうで、見てるこっちまで、楽しくなって来るんだ。『アリーシャ・スマイル』って言葉が流行したぐらい、いつも楽しそうに笑っていてね」
ツバサさんは、とても嬉しそうに説明する。きっと、アリーシャさんのことが、大好きなのだろう。
「私は、まだ会ったことが無いので、リリーシャさんみたいな人を、想像していました。でも、リリーシャさんの笑顔も、とっても素敵ですよ。いつも、ニコニコしてますし」
私の中では、リリーシャさんが、最高のシルフィードだと思っている。笑顔も、最高に素敵だしね。
「リリーとは違って、アリーシャさんのは、物凄く自然な笑顔なんだ。リリーの場合は、作り笑顔が多いからね」
「えっ、そうなんですか!?」
意外な言葉に、私は驚いた。だって、凄く素敵な笑顔だもん。
「リリーは基本、感情を表に出さないからね。だから、どんなに嫌なことや、悲しいことが有っても、笑顔を浮かべるんだ。むしろ、悲しい時ほど、笑顔になるんだよね」
「そう――だったんですか。私はてっきり、自然な笑顔だとばかり、思ってました」
自然で柔らかいし、とても作り笑顔には見えない。私はてっきり、いつも心から笑っているんだと思っていた。
「まぁ、僕たちの仕事は、笑顔が大事だから。毎日、作り笑顔をしていれば、自然な笑顔に見えるようになるんだ。特に、リリーの場合は、子供のころから、あんな感じだったから。年季が違うんだよね」
「確かに、シルフィードにとって、笑顔は大事ですよね。私って、すぐ表情に出ちゃうので、ちゃんと笑顔の練習しておかないと……」
私って、素で笑ってるから、ちゃんとした、お客様向けの笑顔になってるか、全く自信がない。サービス業をやっている以上『営業スマイル』も、覚えないと。
「無理に練習しなくても、接客するようになれば、自然に身につくよ。僕も、感情が出やすい性格だから、接客の時は、気を付けるようにしてるんだ」
「でも、リリーの場合は、仕事もプライベートも関係なしに、ずっとあんな感じだから。ある意味、才能なのかもね」
ツバサさんは、少し複雑そうな表情で微笑む。
「いつも笑顔でいられるなんて、やっぱり、リリーシャさんって、凄いですよね」
私は喜怒哀楽が激しいので、常に笑顔でいるのは、絶対に無理だと思う。
「凄い――か。でも、感情を表に出さないって、物凄く辛いことじゃないかな? 自分の本当の気持ちを、周りの人に理解して貰えないし。本当は、泣きたいほど辛くても、笑っていたとしたら、誰も助けてくれないじゃない」
「確かに、そうですね……。でも、リリーシャさんに、そんな辛い悩みとかって、あるんですか? 器用で何でも出来ちゃうから、特に悩みがあるようには、見えませんけど。それとも、接客とかで、ストレスが溜まってたりするんでしょうか?」
リリーシャさんは、何をやっても、本当に上手くこなす。シルフィードの仕事はもちろん、料理や掃除などの、家事も完璧だ。
人当たりも良く、話術も素晴らしく、全てにおいて器用万能。全てが不完全な私とは、正反対だ。そんな完璧な人に、悩みなんて有るんだろうか?
「リリーだって、普通の人間だから、悩みはあるよ。ただ、実際、何でも一人で出来ちゃうし。負の感情は、全て笑顔で隠しちゃうから、気付きにくいだけで」
「周りに迷惑を掛けないのは、優しさでも有るんだけど。その分、全てを自分一人で、背負うことになってしまうんだ。ある意味、面倒な性格だよね」
ツバサさんは、軽くため息をついた。
「でも、それって――。私には、悩みを隠している、ってことですか?」
「風歌ちゃんだけじゃなくて、僕に対してもね。親友にぐらい、愚痴をこぼしてくれてもいいのに。真面目さや優しさも、度を超えると、困りものだよね」
ツバサさんは、少し困った顔で苦笑する。
リリーシャさんのこと、だいぶ理解したつもりに、なっていたけど。もしかして、全然、分かっていなかったのかな? 困った表情一つ見せないから、気付かないだけで……。
「最近、リリーはどう? 特に変わったところとかはない?」
「んー、いつも通り、ニコニコしてますし、仕事も完璧です。でも、ここ最近、外を眺める回数が、少し増えたような気がしますけど。何か、悩んでいるんでしょうか?」
私も、よく外は見るから、特に気になるほどじゃ無いんだけど。
「――まぁ、そうかもしれないね」
ツバサさんは、私から視線をそらし、空を見上げながら静かに答えた。
「やっぱり、私が頼りないから、相談してくれないんでしょうか?」
まだまだ、私は知らないことが多すぎるし、ただの見習いだし。実際に、頼りない存在だと、思われているんだろうか……?
「それは違う。それどころか、風歌ちゃんのことは、物凄く頼りにしているよ。ただ、君に心配させないための、リリーの優しさだから」
「私はもう、充分すぎるほど、優しくして貰っています。だから、リリーシャさんの力に、なりたいんです。もし、リリーシャさんの悩みを知っているなら、教えて頂けませんか?」
私はいつも、リリーシャさんに与えて貰ってばっかりだ。この世界に来て、リリーシャさんに会ってから、ずっと助けてもらっている。でも、私はまだ、何一つ返せていない。
「リリーのことは、好きかい?」
ツバサさんは、少し考えたあと、私に訊ねてきた。
「もちろん、大好きです。シルフィードの先輩としても、女性としても、一人の人間としても。全てにおいて尊敬していますし、超大好きです」
私は迷わず即答した。
「そこまで想われてるとは、リリーが羨ましいよ。でもね、好きだからと言って、全てを知る必要があるかどうかは、別の問題だ」
「悩みを知るとは、自分もその悩みを一緒に抱える、ということだからね。苦しみや悲しみ、痛みを共有する覚悟は、あるのかい?」
ツバサさんは静かに語ると、私をジッと見つめて来る。
「覚悟はあります! リリーシャさんのためなら、私何でもやりますから」
私は本当に、何でもやるつもりだ。だって、リリーシャさんは、私の命の恩人だもん。
「本当に風歌ちゃんは、いい子だね。リリーが君を、過保護にする気持ちが、よく分かるよ。でも、これからも、リリーと共に歩むのであれば、いずれは知ることだからね――」
ツバサさんは目を閉じ、しばし黙り込んだ。次に目を開いた瞬間、真剣な表情になり、雰囲気がガラリと変わっていた。
「重い話になるけど、大丈夫かい?」
私はコクリと無言でうなずいた。
「なら、一年前に起きた、ある事件を話さないといけないね」
ツバサさんは一呼吸すると、重みのある言葉で、少しずつ語り始めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第3部 予告――
「……なるほどね。ようやく全てが理解できたよ」
「この天使像って、アリーシャさんがモデルなんだよね」
「えっ……そんな、嘘っ――?!」
「引退って、シルフィードを辞めるつもりだったんですか?」
『でも、それって、なんか違うと思う』
「だから私は、毎日こうして空を見上げてる」
「そのこと、ちゃんと言葉で伝えたかい?」
「憧れの人の背中を追うことの、何が悪いんですか?」
「疲れた……もう帰りたい」
「軽い気持ちでやっている子たちとは違いますよ。人生賭けてますから」
『名誉のため? 意地のため?』
「風歌、生きてる……?」
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー……」
coming soon
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる