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第2部 母と娘の関係

4-2子猫のほうが私よりも贅沢な生活してるんですが

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 水曜日の午前中。今日は仕事が休みなので、ナギサちゃんと一緒にお出掛けしていた。フィニーちゃんとは、現地で合流する約束になっている。

 私たちは今〈西地区〉に来ていた。とても大きな敷地と、シンボルマークの風車がある〈ウィンドミル本社〉に来ているのだ。ここに来るのは、魔法祭の準備の時以来だから、二回目だ。

 それにしても、何度見ても、あまりの大きさに圧倒される。まるで、一つの町のような大きさだ。個人企業の〈ホワイト・ウイング〉とは、スケールが段違いなので、改めて大企業の凄さを感じる。

 ちなみに、今日ここに来たのには、大事な目的があるんだよね。先日、三人でお茶をしている時に、ナギサちゃんが見つけた子猫が『その後どうなったのか?』という話題になった。

 その際、フィニーちゃんが『直接、見に来ればいい』と提案してきた。実際、どうなったのか見てみたいし、他の会社を見学する、貴重なチャンスでもある。

 普通なら、部外者が気楽には入れないんだけど〈ウィンドミル〉は特別だ。ちゃんと許可さえとれば、誰でも敷地内に入ることができる。

 私はもちろん、その提案に一発返事でOKした。どうせ、休日は暇だからね。ただ、ナギサちゃんは『そこまでしなくても』と、煮え切らない様子だった。

 でも『見つけた人が、最後まで見守る責任があるのでは?』と私が言うと、渋々了解した。ナギサちゃんって、責任感が強いから、規則や責任の話になると、絶対に断らないんだよね。何より、根は凄く優しいから。

 私たちは会社の入口に着くと、フィニーちゃんが来るのを、じっと門の前で待った。しかし、時間になっても姿を現さないので、ELエルで連絡してみることに。すると、少し時間を置いて『今起きた』と返事がきた。

 何となく、こうなりそうな予想はしてたんだよね。休日は、かなりのんびり寝てるみたいだし。ただ、時間に几帳面なナギサちゃんが、激怒したのは、言うまでもない……。

 しばらくすると、いつも以上に眠そうな表情のフィニーちゃんが現れた。何ていうか、完全に気が抜けて『休日モード』になっている。

「ちょっと、フィニーツァ。時間厳守だと、あれほど言ったでしょ! それに何よ、そのだらしない格好は? 制服を着るなら、もっとビシッとなさい!」

 制服の右肩部分が下がり、襟もひん曲がっていた。さすがに私でも、ここまで酷い着方はしない。

「休日なんだから、私服でも良かったんじゃないの?」
 私が訊ねると、  

「昨日の夕方ランドリーに行って、私服ぜんぶ洗っちゃった」
 フィニーちゃんは、大きなあくびをしながら答えた。

「ランドリーなら、乾燥器で、すぐに乾くでしょ?」
「乾燥機に入れたまま、取りに行くの忘れてた」

 ナギサちゃんの、やや苛立ち混じりの厳しい声も気にせずに、眠そうな表情で答える。いつものことだけど、二人の温度差が激し過ぎる……。

「あははっ、フィニーちゃんらしいね」

 私も家事は苦手なので、あまり人のことは言えない。でも、シルフィードになってからは、掃除や洗濯はマメにやるようになった。

「まったく、笑い事じゃないわ。少しはシルフィードとしての、品位を持ちなさいよ。髪もボサボサじゃないの」

 ナギサちゃんは小言をいいながら、フィニーちゃんの制服を綺麗に整えた。バッグからブラシを取り出し、髪もとかして行く。一通りやり終えると、様々な角度から確認して『よし』と、満足げに頷いた。相変わらずの几帳面さだ。

 私たちが、フィニーちゃんについて敷地内を歩いて行くと、時折り社員の人とすれ違う。今日は休日のせいか、私服の人が多いが、擦れ違うたびに明るい笑顔で挨拶してくれた。

 以前きた時にも感じたけど、物凄く穏やかで、アットホームなんだよね。会社というより、実家に帰ってきたみたいな感じ。

「そういえば、子猫の里親って、見つかりそう?」
 私は歩きがら、フィニーちゃんに話し掛けた。

「見つかったけど、会社で飼うことになった」
「えーっと――どういうこと?」

 会社で預かるのは『里親が見つかるまで』って話だったけど。里親のほうに、何か問題でもあったのかな?

「里親の応募が多すぎたから、みんなで面倒見ることにした」
「へぇー、そんなに沢山集まったんだ? みんな、ここの社員の人だよね?」
「うん……三十人以上」

 フィニーちゃんは、表情を変えずに淡々と答える。

「って、凄!! そんなに、ネコ好きな人が多いんだ?」

 里親が見つかるかどうかのレベルの話じゃない。逆に、たくさん集まり過ぎて、決まらくなっちゃったのだ。

「それも凄いけど、会社で猫を飼うことを許可したほうが、ずっと凄いわよ。〈ファースト・クラス〉では、絶対にあり得ないわ」
「まぁ、サービス業だし、衛生面とか考えると、ちょっと難しいよね」

〈ホワイト・ウイング〉でも、流石にペットは無理だと思う。本当に〈ウィンドミル〉って、大らかな会社だよね。

 しばらく歩いて行くと、見覚えのある建物に到着した。以前『魔法祭』の衣装を作る時に来た〈風車会館〉だ。

「ここで飼ってるの?」 
「うん、本館から離れてるし、部屋の中で飼ってるから大丈夫」

 中に入ると、フィニーちゃんは入口のそばにある受付に行き、入館の手続きをする。手続きが終わると、私たちに、来客用のバッジを渡してくれた。

 私たちは、胸に風車型のバッジをつけると、右奥に続く長い廊下を進んで行く。廊下を進んだ突き当りには、両開きの扉があった。

 ガラス窓から中をのぞくと、すでに先客が来ていた。扉の上には『スノウの部屋』と書かれたプレートが付いている。

 フィニーちゃんが扉を開けると、緑のカーペットが床一面に敷かれ、その上には猫のおもちゃが、いくつも置いてある。寝床と思われる、タオルの入ったバスケットや、猫用のトイレも設置してあった。

 棚には、粉ミルクの袋と、猫缶がたくさん積まれている。部屋を見ただけで、いかに可愛がられているかが、よく分かった。

 奥のほうには、大きなソファーが設置されていた。部屋はとても広々しており、私の屋根裏部屋の、四倍以上はあった。間違いなく、私よりもいい生活をしている。嬉しいような悲しいような、ちょっと複雑な気分……。

「フィニーちゃん、おはよう」

 先に来ていた二人の女の子が、笑顔で声を掛けてきた。私服だけど、ここの社員のようだ。

「おはよう」
「そちらの方は、お友達?」
「うん、他の会社のシルフィード」

 フィニーちゃんは、言葉少な目に、ゆっくり答える。

「ようこそ〈ウィンドミル〉へ」
 二人はスッと立ち上がって、挨拶してくる。

「はじめまして。私は〈ホワイト・ウイング〉所属の如月風歌です」
 私も慌てて挨拶を返した。

「お招き、ありがとうございます。私は〈ファースト・クラス〉所属のナギサ・ムーンライトと申します」
 ナギサちゃんは、いつも通り落ち着いて、優雅に挨拶をする。

「お二人とも、名門企業にお勤めなんですね」
「流石はフィニーちゃん、顔が広いわね」
 二人は、とてもにこやかな表情を浮かべていた。

 ここの社員の人たちは、皆とても優し気な笑顔で声を掛けてくれる。『大らかな社風だからかなぁ』と思っていたけど、どうやら、フィニーちゃんが一緒にいたからのようだ。

 会う人はみんな、フィニーちゃんを知ってる様子だし、かなりの人気者みたい。見た目も可愛いし、不思議と気になる存在なんだよね。

「それにしても、ここ広いですねぇ。子猫を飼うためだけに、用意したんですか?」
「元々は、休憩室だったんです。置いてあったテーブルや椅子をどかして、子猫用のスペースを作りました」

「あー、なるほど」 
 どうりで、広いわけだ。置いてあるソファーは、休憩室の名残りらしい。

「以前の休憩室よりも、心が休まるって、みんなからも評判がいいんですよ」
「分かります。子猫を見てると、心が和みますもんね」

 世界が違っても、猫に癒されるのは、皆同じようだ。

「毎日、何十人もきて、大盛況」
 フィニーちゃんは、しゃがみこんで子猫をなでていた。

「物凄く愛されてるんだね。いい所にもらわれて、本当によかった」
 私も隣にしゃがみこんで、子猫の背中をなでる。モフモフして凄く気持ちいい。

「ねぇ、ナギサちゃんは、触らないでいいの?」
 遠巻きに見ていたナギサちゃんに、私は声を掛ける。

「私は、別にいいわよ。様子を見に来ただけだから」
「でも、見つけたのナギサちゃんだし、撫でてあげたら?」

 そういえば、以前この子を見つけた時も、ナギサちゃんは、触ろうとはしなかった。もしかして、猫が苦手なのかな?

「あなたが、この子を見つけてくださったのですか?」
 先に来ていた女の子が、声をかけて来た。

「えぇ、飛行中に鳴き声が聞こえたので」
「そうですか。見つけてくださって、ありがとうございました」
「そんな、偶然、見つけただけですから」

 偶然とは言うけど、飛行中に、あんな分かりにくい路地裏で見つけるって、相当な聴力と注意力だよね。普通なら、聞き逃しちゃいそうだもん。

「でも、あなたのお蔭で、この子の命が助かりました。それに、この子に会わせてくれて、本当にありがとうございます」
「い、いえ――」

 二人に頭を下げられ、ナギサちゃんは困惑した様子だった。相変わらず、お礼を言われるのは弱いみたい。

「ナギサ、スノウ抱いて」 
 その時、フィニーちゃんが、スノウをそっと抱え上げ、差し出してくる。

「ちょっ、私はいいわよ。抱いたことないし」
「どうか、抱いてあげてください。この子も喜びますから」

 隣の女の子に声を掛けられ、ナギサちゃんは、恐る恐る受け取り、腕に抱いた。

「どう、ナギサちゃん?」
「……小さくて、ふわふわしてて――なんか弱々しくて、壊れてしまいそう」 

 私が訊くと、緊張した声が返って来る。

「それを『カワイイ』って言うんだよ」
「これが、可愛い……」

 最初は、緊張で強張っていたナギサちゃんの表情も、徐々に緩んできて、いつの間にか微笑んでいた。

 スノウが、いいところに引き取られて、とても幸せそうで、本当に良かった。でも、全ては、ナギサちゃんが、見つけてくれたお蔭だよね。

 子猫も助かったし、新しい縁も出来たし、無事にハッピーエンド。ナギサちゃんも、フィニーちゃんも、会社の人たちも、みんなありがとう……。


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次回――
『全く知らなかったうちの大家さんの隠された過去』

 何人たりとも俺の前は走らせねぇ!
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