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一章
誤解されました④
しおりを挟むシリウスが広間のドアをノックすると、中にいたヒツジ執事のオーランドがドアを開ける。緩慢な動作で部屋の中に進み、朝食を食べている両親に視線を向けてお辞儀をした。ゆっくり顔を上げて背を正すと、腕を後ろで組みながら自分の定位置の椅子に座る。
「遅れて申し訳ありません」
「あら。公女は一緒ではないの?」
「サラ…野暮な事を聞くものでは無い…」
出入口をチラチラ見てにこにこしている母上の口から公女の存在を聞かれてしまい、気まずい気持ちになってしまう。公女本人がアスカと偽名を使い身分を偽っている事を、両親に伝える事は出来ない。シリウスが困惑気な表情を浮かべると、父上が助け舟を出してくれたので母上はそれ以上聞く事は出来なくなって食事に戻った。父上に視線を向けると、何故かフッと愉しげな笑みを浮かべている。シリウスは、それに気付いていないフリをして出された料理に手を付けた。
「シリウス。ヴァルディオン公は何と言っておった?」
「条件を呑みました」
父上が手拭いで口を拭きながら視線を向ける。威圧感の漂う王の存在感、息子のシリウスでも頭が上がらなくなってしまう程。聞かれた事に素直に答えると、父上は満足そうに笑みを浮かべた。シリウスは、昨日行った島国のヴァルディオン国の王と公女を思い出す。先王がギャンブル好きだったせいで国は、貧困で傾きかけていた。だが、あの時に会ったヴァルディオン公とリリアス公女の服は、煌びやかで贅沢三昧している様に見えて、シリウスは怪訝な気分にさせられたのを思い出す。
「リリアス公女は貴方の運命の人で間違いなさそう?」
「――はい」
母上の言葉に、シリウスはアスカの幸せそうな寝顔を思い出し口元が弛みながら返事を返すと、両親は顔を見合わせて驚いている。そんなに変な表情をしていたのかと、シリウスは気恥ずかしくなってワザとらしく空咳を数回してデザートを口にした。
****
朝食を終えたシリウスは一室の部屋の中に入ると、そこは何の家具も無い。ただ、カーテンが掛けられた部屋だ。奥に進み、目の前のカーテンを引くと大きな鏡が置かれている。シリウスは躊躇する事もなく手を鏡に触れさせる。パッと光り、鏡の中にアスカが現れた。起きたらしく、双子のメイドに驚いている様子に無意識に小さな笑いが零れる。これは、王家に伝わる王家にしか反応しない鏡。他人が触れても自分しか映らない。だが、王家の王子が触れれば鏡は自分の運命の人を映してくれるモノで、代々受け継がれている大切な王家の宝物だった。
「……本当のお前はどっちだ」
王家の宝である大鏡は、嘘を映し出す事は有り得ない。だが、リリアス公女の時の高飛車な感じが、アスカの時は素直な少女となり全く異なった性格になっていた。彼女は演じるのが上手いのだろうか。鏡に映し出されたメイドの尻尾を撫でているアスカの笑顔を見ながら、雲泥の差がある二人の違いに悩ましい気持ちになってしまう。リリアス公女以外に同じ顔が二人もいる筈が無い。そう頭で否定しているのに、何故かシリウスの胸が別の人物だと否定し続けていた。
「逃げ出そうとした公女に気を遣う必要は無いのにな…」
エクステリア国王が、ヴァルディオン国の援助で提示した条件は『公女の処女』。シリウスの運命の相手なら援助の条件等必要無いのだが、王家の大鏡は門外不出な宝物。運命の相手だからと、簡単に援助してしまう事を懸念した国王の補佐官からの意見で条件を提示することになったのだ。ヴァルディオン公は嬉々とし直ぐリリアス公女を差し出すが、彼女は身支度の最中に逃げてしまい、昨夜、酔っ払った騎士団の一人に襲われそうになる。危機一髪で助け出されたのだが、目が覚めた時からアスカという少女を演じていたのだ。シリウスはまた逃げられる前に媚薬を使用して処女を奪おうとまで思っていたのだが、実際は知らないフリをされた事にイラついてしまい媚薬を使用してしまった。アスカの処女を奪おうと思えば奪えたのに何故か無理矢理奪う事を躊躇ってしまい、結局連れて帰るだけに留めてしまっていた。そんな初めての感覚に戸惑いを感じながらシリウスは苦笑を浮かべたのだった。
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