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第5章 旅立ちは蒸気ボート

第39話 アキナ先輩の追及

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 案内された店は割とカジュアルな感じの店だった。サンドイッチ等の値段も高くは無い。アキナ先輩の案内だからもっとお高い感じかなと警戒していたのだけれども。
 席について俺はミックスサンド、先輩はオレンジジュースを頼む。
 店員さんが離れていったところで先輩が口を開いた。

「そういえばミタキ君にお伺いしたい事があるのですけれど、宜しいでしょうか」

 何だろう?

「どんな事ですか?」

 先輩はあくまでいつもと変わらない口調で俺に尋ねる。

「ミタキ君はどんな世界から来たのでしょうか。その世界は何処にあってどうやって来たのでしょうか。それを教えていただきたいなと思いまして」

 えっ! どういう事だ! 聞き間違いではないよな。
 アキナ先輩は口調も表情もいつもと変わらないように見える。だからこそ今聞いた台詞が信じられない。

「どういう意味でしょうか」

 できるだけ自然にそう聞き返すのがやっとな状態だ。

「前から気になっていたのです。ミタキ君が作り出したものの発想はどこから来たのかなという事に。
 例えば石鹸、ミタキ君の製法は私が知っている限りこの国にも周辺にもありません。確かに品質が良いものを作れますが、製法として自然な方法では無いと感じます。ここにあるものをそのまま使うのでは無く、知っている材料を手に入る物で何とか作り出して、それからやっているかのようです。まるでこの国よりも色々技術が進んでいて、いろいろな材料がある国で作る場合の作り方。そう考えると色々と納得できるのですわ」

 まさかそんな考え方をするとは思わなかった。でも確かに俺がやった石鹸の作り方は先輩の言うとおりだ。過去の世界の知識にあった材料を作り出すところから始めている。
 だから灰で石鹸を作る方法を使わなかった訳だ。この世界ではその方がむしろ自然だっただろうに。

「機械類もそうです。特にあの蒸気を使って動かす方法。単に蒸気を使ってその反動で動かすだけなら思いつくかもしれません。でも蒸気の圧力を受ける羽根車の構造や、その軸を支える軸受けの構造。そのあたりまで一括していきなり考えつくとは思えません。つまりそんな機械を全体像として知っていた、そう考えた方が自然な気がします」

 あの蒸気機関については考えなしに作ってしまったなと反省している。蒸気圧力で動くという発想だけで無く、タービンの羽根車の構造や軸受けを冷却する必要性とか、一度で思いつくには多すぎる工夫があちこちに入っているから。

「そしてあの船の事を『この世界の魔法と技術で製造可能』と言っていましたね。普通は『この世界』なんて単語は使いませんわ。この世界に生きていてこの世界しか知らない人にとっては当たり前の前提ですから。別の世界の魔法や技術を知っている場合にしか必要ない単語です。
 さらに言うと『スイッチを自分の手で押す事になるのが怖い』。あの言葉で私は確信したのですわ。ミタキ君はきっと、この技術が広まった結果どうなったかという事を仮定では無く事実として知っている。だから怖さを感じるのでしょう。
 さて、私の考えにどこか間違いがありますでしょうか?」

 アキナ先輩の考えは正しい。俺の負けは見えている。将棋で言えばもうあと何手で詰むか確定している段階だ。

「でも俺はウージナを離れた事はほとんど無いですよ。勿論人間が入れ替わったという事も無い。その辺はミド・リーに訊いてもらえばわかると思います」

 俺は悪あがきをしてみる。
 アキナ先輩は素直に頷いた。

「ええ、ミタキ君が入れ替わったりしたらミド・リーさんが間違いなく気づくでしょう。その通りなのです。そういう意味ではミタキ君自身が他の世界に行ってきたという可能性は極めて低いのです。
 それでも私は信じたいのです。他の世界があって、そこに行くことが出来るという夢を」

 合宿中の夜に聞いた話を思い出す。今いる場所ではない場所に行きたいか。
 かつての俺も入院中そんな事ばかり考えていた。あの時の俺は病院敷地から外へ出ることが出来ない状態だったけれど。
 あれと似たような閉塞感をアキナ先輩も感じているのだろうか。置かれた状況はかなり違うけれど。


 もしそうだとしたら残酷な、しかし事実として正しい台詞を俺は問いの形で口にする。

「他の世界はある、あるいはあった。でも行くことは出来ない。それが答えだとしたらどうしますか」

「もしもそれがミタキ君の答えでしたら。そしてその答えが正しいとしたら。私はこの世界を私の知っている世界とは別のものにしようと試みるでしょう。
 今の答えの中には『ミタキ君は違う世界を知っている』という事実が含まれています。ですので私はその知識を最大限に使って、この世界をその違う世界に近づけようとします。この世界を違う世界に変えることによって私は違う明日を迎えることが出来る。それが夢のような世界なのか悪夢のような世界なのかわかりませんけれど」

「悪夢のような世界でも?」

 聞き返した俺に彼女は頷く。

「悪夢も夢のうちですから。ただ実際はきっとそんな事は無いのでしょう。ここと同じくらい良くて、ここと同じくらい悪い世界なのだろうと思います。それでも私は違う明日を迎えたいのです。今と違う明日を見たいのです。
 例えば船や石鹸製造に使っている蒸気を利用したあの機械。あれが広まるだけで世界は少し変わるでしょう。今回は内部を公開しませんでした。でもああいう物が存在するという事を知るだけで物事は動き始めます」

「なら蒸気ボートの件はその事も考えて」

「ええ」

 アキナ先輩は頷く。

「ここまで話がうまくまとまるとは思いませんでした。これで少しは世界が変わったと思います。まだまだ見たい明日には遠いですけれどね」

 変えたいという先輩の気持ちはわかった。でも疑問は色々ある。

「でも何故世界を変えたい、違う明日にしたいと思うのですか。先輩は家の階級も、失礼ですけれど見た目も学力も恵まれていると思うのですけれど」

「私やヨーコさん等は恵まれている故に自由が無いのです。学校では優等生でなければならないですから、家庭教師をつけられたりして無理やり努力させられます。将来も自分の好みに関わらず軍に進み、そのうち家柄とか自分の意志以外で選ばれた相手とくっつけられる。そんな面白くない未来に向かってがちがちに進路が固められているのです。だからこそそれを壊せる何かを求めている訳ですわ。
 よくある無い物ねだり、そうかもしれません。私が錬金術研究会でホムンクルスを作ろうとしていたのもホムンクルスの知識で世界を変えるためです。フールイさんが亡くなった父親を蘇らせるために賢者の石を錬成しようとしていたのと同じ。きっと人は自分に無い物を欲しがるものなのでしょう」

 無い物ねだりと言えば否定は出来ない。何せ俺やシンハ君なんて『金が欲しい』で色々始めた訳だし。
 俺の場合はそれプラス病院から外に出られなかった前世の俺の影響も大きい。自分の手で何かを作りたいとか、知らない物を探したいとか。

 店員がサンドイッチと冷たいお茶、そしてジュースを持ってくる。

「ではいただきましょうか」

「そうですね」

 俺は頷き、ミックスサンドの右側野菜サンドから手に取って口に運ぶ。案外美味しい。一口食べると俺も少し頭の中が落ち着いた。
 そのおかげで思い出す。そういえば先輩に言いたいことがあったなと。
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