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中編
しおりを挟む伯父上は若い頃から武勇で鳴らした人物で、いかつい外見のせいか、はたまた頬に大きな刀傷を持つせいか、軍務以外で王都に顔を出すことはない。
幼いころ、伯父上の頬の傷を見ても怖いと泣き出さなかった私が印象深かったのか、会うたびに可愛がってもらっている。
なにより伯父上は母のことを悪く言わない。
むしろ生前の元気だった母の話を会うたびに仕入れてきてくれて、私には気の良いおじさんという印象だった。
「まったくばかげている! たかだか女狐の娘にお願いされただけで、お前の婚約をひっくり返すだと? あのバカ弟めが!」
鼻息荒く伯父上がティーカップの紅茶を一気に飲み干して、テーブルに叩きつけた。
ぴしりとカップにひびが入るのが見えた。
これは怒髪天だ。
ここまで怒っている伯父上は初めて見る。
「ほらほら。あまり血気盛んになりすぎると、クローディアに嫌われますよ。ただでさえその顔が怖いんですから」
「そ、そんなことはないだろう? なあ。わしの顔、怖くないよな? クローディア」
伯母上が隣で替えのティーカップを用意するよう、侍女に申しつけた。
伯父上の屋敷ではよくあることなのか、ティーサロンに待機する者達は驚きもしない。
「あなたも大変だったわね。私たちにできることがあったら、なんでも言ってちょうだい」
伯母上の目も心なしか本気に見えた。
「そうだぞ。わしらにやれることなら、なんでもやってやる。何せ、お前はあの商姫アデリーンの一粒種なんだからな。戦場ではどれほど世話になったことか」
そう。
私の母は商姫という称号を持つほどの商売上手だった。
戦場での物資補給に始まり、冒険者へのマジックアイテム、果ては宝飾品までと貴族にも平民にも人気だった。
父と結婚を決めたことが母の唯一の汚点だが、結婚していなかったら今私はこの場にいないから、なんとも複雑だ。
さらに母は腐っても商売人。
父との結婚に目がくらんでも、自分が稼いだ富はきちんと私に残してくれていた。
それを元手にして、私も今では宝石商をこっそりと家族に内緒で営んでいる。
最初のお客は伯父夫婦だった。
「でも私、少し肩の荷がおりたと思っているんです。バルデル公爵家との婚約なんて伯爵令嬢の私には重荷ですし、これからは仕事を頑張っていこうと思ってるんです」
むん! 両手の拳を握りしめてガッツポーズを取る。
すると伯父夫婦は微苦笑してくれた。
私が家族と呼べるような存在は、伯父上と伯母上だけだ。
彼らとこれからも付き合っていけるなら、それだけで十分だった。
しかし――。
「バルデル公爵家だと? 聞いたこともない家名だな」
「え?」
伯父上は軍務で国王陛下とも親しい。
その伯父上が王家の親戚筋に当たる公爵家を知らないはずはない。
眉間に深いシワを寄せて、伯父上は数秒考え込むと、執事を呼びつけた。
「少し気になる。この件、わしに任せてくれんか? クローディア」
「はい。おじさまとおばさまがついて下さっていると思うと百人力です」
「そうか、そうか! なあ、聞いたか? いまクローディアがわしのことを百人力と言ってくれたぞ」
目尻を下げまくって笑う姿は、軍務で厳しい稽古をつけている鬼将軍と同一人物にはとても見えない。
「えぇ。私のことも百人力と言ってくれましたよ」
しっかりと伯父上とはりあうところが、似たもの夫婦でとってもほほえましい。
「あなたの仕事で思い出したのけれど、私たちが懇意にしている若手の宝石商が明日やってくるの。あなたも会ってみない? なんでも今年発見されたばかりの鉱石を取り扱っているそうなの」
「本当ですか! それはぜひ」
今年発見されたばかりの鉱石は残念ながらまだお目にかかったことがない。
それを取り扱っているともなれば、なかなかのやり手だ。
ぜひ会っておきたい。
私の熱意を汲み取ってくれた伯母上はすぐに出会いの場をもうけてくれた。
意外にも伯父夫婦の屋敷にやってきた若手の宝石商は、私と年齢の近い男性だった。
話してみて数分で私たちは意気投合した。
商売の取り組み方、扱う宝石の好み、さらに彼は私の考えを父や継母のように否定したりもしない。
特に爵位に対する考え方がユニークだった。
立ち居振る舞いは明らかに上流貴族のものなのに、それをひけらかすこともしない。
まさかこんな良い出会いに恵まれるとは思わず、気づけば彼と長い時間語らっていた。
去り際に左手の薬指にキスをされ、次にお会いする時にはこの指に似合うとっておきの宝石をご用意してきます、なんて言われたら、頬がまっかになってしまった。
隣に立っていた伯父上がものすごい顔で彼を睨んでいたのには、ちょっと笑ってしまったけれど。
彼は伯父上の睨み顔にも動じず、後日正式に婚約の儀を進めたいという手紙をくれた。
しかも今年発見されたばかりの鉱石と一緒に。
私の答えはもちろんイエス。
父や継母、それに妹には絶対に知られてはならないと、彼との婚約は伯父夫婦主導のもと秘密裏に進んでいった。
公爵家との婚約に継母と妹は浮かれきっていて、屋敷ですれ違う度に自慢してくる。
「あら。お姉さまももう少し化粧しないと、新たな婚約者を手に入れられないのではなくて?」
「全くだわ。屋敷のなかぐらい、伯爵令嬢らしい恰好ができないのかしら。母親と同じで、本当にじみね。あなた」
そもそも婚約者がいなくて、父にせびったのは妹だ。
私のため、などと抜かしていたけれど、結局は自分が次期公爵夫人とちやほやされたいだけだ。
そして継母のいやみったらしい表情。
さすが母が亡くなったあと、すぐ父に再婚を迫っただけはある。
伯父上が女狐と言ってはばからないのも良く分かる。
私は気の良い長女のふりを演じて、にこりと笑って済ませた。
どうせ審判の日はすぐにやってくる。
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