上 下
3 / 3

後編

しおりを挟む


妹が婚約者であるバルデル公爵の嫡男とお会いする場がようやくもうけられた。
彼をこの場に引きずり出すのには随分と難儀したらしい。
それはもう得意げに妹は語ってくれた。

「私の可愛らしさに今にも卒倒してしまいそうですとか、お手紙に書いてくださったのよ。お姉さまはこんな気の利いたお手紙頂いたこともないでしょう」

にんまりとこれみよがしに笑う顔も今日が見納めだ。
なにせ屋敷にやってきたのは、公爵家ご嫡男ではなく伯父上夫妻だったのだから。
父は伯父上が大の苦手だ。
早くから武門で身を立てた伯父上にものすごい引け目を感じている。
一時は、商姫と呼ばれた母と結婚し、その引け目も少しは和らいだそうだが、母への愛がついぞ生まれなかった父は伯父上への反発を強めた。

「なぜ兄上がここにいるのです! ここは私の屋敷だ。もう二度とここへは来ないと仰っていたでしょう!」
「ふん。可愛い姪御を迎えに来ただけだ」
「お、おじ様……わたくし、今日はここで自分の婚約者を待つつもりですの」

マヌエラは久しぶりに見た伯父上のいかつい顔に父の後ろで震えている。
ふとマヌエラは伯父上の背後に控える若者に目をとめた。
金髪碧眼の麗しい出で立ち。背は高くすらりとして、所作に無駄がなく美しい。

「あ、あの……もしかしてあなたがバルデル公爵さま、ですの?」

正しくは次期バルデル公爵だ。まだ嫡男で爵位を継いでもいないのだから。
しかし本日の婚約で舞い上がった妹には、そんな冷静さもない。
継母も彼の美しさにほう、と見とれていた。

「まさか、私はクローディアさまの婚約者です。本日は私の婚約者を迎えに参っただけです」
「嘘よ! 有り得ないわ! あの地味で暗いお姉さまにこんな美しい方が婚約者だなんて!」

彼が話し終えるより先に反論しだす始末。
礼儀作法をちゃんと学んでおくべきだったわね。マヌエラ。

「バロー伯爵家の末娘どのは貴族と対する時の礼儀も知らないらしい」
「ふん! それがなに? 私は次期にバルデル公爵夫人となるのよ。あなたこそ礼儀をわきまえたらどうなの?」
「あなたの仰っている公爵なら、今頃、王都の地下牢に捕らえられていますよ」
「なんですって!?」
「ば、ばかな……ありえん!」

これには父や継母も驚いていた。
さもありなん。
私が嫁がされそうになっていたバルデル公爵家など元から存在せず、婚約者は家名を騙って女性の持参金目当てで婚約を繰り返す常習犯だったのだ。
私は初めて会った時から、妙に貴族らしくない男だと父に伝えていたが、父はろくに調べもしてくれなかった。
その結果がこれだ。
まさに自業自得だ。

「嘘…………嘘よ。私、実際にお会いしたもの!」
「あなたがそう信じたいのなら信じれば良いのではありめせんか? 私はクローディアに用があるので失礼」

彼は颯爽と駆け出し、私の前でひざまずいた。
端麗な容姿をさらに輝かせて、懐から小さなジュエリーボックスを取り出す。
情熱的だが上品な赤いベルベット生地の奥には、白く透明で美しく細工された鉱石が輝いていた。

「これはあなたの指にこそふさわしい。受け取ってくださいますか? クローディア」

初めて名前を呼ばれて胸が高鳴る。
興奮で胸がはりさけそうだ。

「あなたの商才に見合う力を手に入れてからと思いましたが、待っていられなかった。お許しください」
「いいえ、私こそ伯爵令嬢では、あなたの本当の家柄に見合うと思っていませんでしたもの」

彼がにこりと笑った。

「ではお互いさまですね。……こほん、隣国ブルムントのベルナール公爵家が嫡男マキシム・フォン・ベルナールよりクローディア・バロー嬢に今より婚約を申し込みたい。受けてくださいますか?」

今まで自信満々だった彼の瞳がほんの少しだけ不安に揺れていた。
断られると思っているのだろうか。
あれほど時を忘れて、宝石のこと、商売のこと、それに生き方の話まで語り合ったのに。
私はとびっきりの笑顔を浮かべて、答えた。

「はい。お受けいたします」

今年見つかったばかりの鉱石を美しくカットしてできあがった婚約指輪をはめてもらう。
シンプルな一連の指輪でそこに彼の一途な愛が込められている気がした。
そっとあしらわれた石に口づけを贈る。
古来より婚約を受けた時の礼儀作法と教えられてきたが、こんな指輪を贈ってもらえたら誰だってやりたくなる。

「ふふ。こんな指輪を贈っていただけて、私は果報者です」
「気に入ってもらえて本当に良かった。これをあなたに渡すまで私もずっと不安で……」

確かに彼の目元は化粧で隠してはいるが、疲れが目に見えていた。
その疲れをぬぐいとるように指先でなでると、彼は頬を赤らめる。

(ふふ、可愛い)

会った時からずっとカッコイイ人と思っていたが、こういう反応をされると胸がムズムズしてしまう。

「おじさまの屋敷でおいしい紅茶をいれて差しあげます」

そう。これからは伯父上の屋敷に移って、婚儀や披露宴の話を進めていくのだ。
この屋敷には一分一秒だってもういたくない。

「お、おい。クローディア今の話、本当なのか? その、マキシム殿と婚約する、というのは。私は何も聞いておらんぞ!」
「お父様には全て手紙でことづけておりましたわ」
「て、手紙だと!? そんなものは知らん! そ、それに妹がこんな目に遭ったばかりだと言うのに、お前だけ婚約を進めるなど、できん。絶対にやらせんぞ!」
「そうよ! 私を可哀想とお思いなら、お姉さまも自重すべきだわ!」
「あなたも伯爵令嬢なら少しはマヌエラのことを考えるべきではなくて!?」

一世にぴーちく、ぱーちくとさえずり出した家族を冷めた目で見つめる。

「私、この家にも皆様にも未練はありませんの。次期当主の座はマヌエラに譲ります」

その言葉に継母の顔がパッと輝いたが、これで終わりではない。

「これからバロー家を出れば、私はもう法的にも世間的にも自立した女になる訳ですよね。お母さまの事業は全て私が受け継ぎますし、代理経営者の欄からお父様の名前はもう外しましたので、経営に頭を煩わされることはないと思いますわ」

そもそも父が経営に関わったことなど一度もない。
ただ私の保護者であり代理人として、その収益を受け取っていただけに過ぎない。
あの莫大な収入が一気になくなると今の言葉で気づいたのだろう。
父の顔は呆然を通り越して、今やまっさおだった。

「ど、どうしたのよ。あなた! ねえ、ちょっと! なんであの娘に何も言い返さないの!」

継母がわめき散らして、こちらを睨みつけてきたが、怖くもなんともない。
きわめつけはなんと言ってもマヌエラだった。
この状況を理解する気もないのか、よりにもよってまた・・言い出したのだ。

「お姉さまのものは私のものでしょう? でしたらマキシム様は私と婚約するのがふさわしいわ!」
「お断りします。私はチビで礼儀知らずな子どもに興味ありませんし、私が愛を誓ったのはクローディアただ一人ですので」

キッパリと彼に断られて、見る見るうちに目に涙が溢れる。
自分の思うようにいかなかったとき、いつも妹は泣く。
こちらの感情を逆撫でにする泣き声で場を支配しようとするのだ。
できるかぎり憐れに聞こえるよう、微細に調整された泣き声で人を操ろうとする。
しかし伯父上はそんなものに騙されなかった。

「いい加減にせんか! もしも今後クローディアに近づけばわしが黙っておらんと知れ! 金輪際きさまらとは縁を切る!」

伯父上の大音声が屋敷のロビーを震わせた。
さすがは戦場を駆け抜けた王国の勇。
その見事な一喝で事態は決した。

そのまま私はマキシムと共に伯父上の屋敷へ向かい、幸せな時を過ごした。


(完)



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

aYaKo
2024.09.12 aYaKo

 ?
 妹が公爵かと誰何してるのに、その後「会ったことがある」って、何故?
 妹のボケなのか嘘なのか気になりました。
 姉への対抗心の嘘かなぁ。

解除
まぁ
2021.06.21 まぁ

自分の親の兄にあたるなら『伯父』と、弟の場合には『叔父』と書いた方が関係性が分かりやすいと思います。楽しかったです。

雲丹はち
2021.06.21 雲丹はち

伯は迫なり、ですね。
勉強になりました。

楽しんで読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございました~。

解除
法螺がい
2021.06.20 法螺がい

楽しく読ませて頂きました

どうしても主人公以外のバロー家の人達を見ると「バーロー」家に見えてしまう
(ノ∀`)

雲丹はち
2021.06.21 雲丹はち

ふふっ。
私も笑ってしまいましたw

バロゥ家にしとけば良かったのかな~

解除

あなたにおすすめの小説

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

王太子殿下に婚約者がいるのはご存知ですか?

通木遼平
恋愛
フォルトマジア王国の王立学院で卒業を祝う夜会に、マレクは卒業する姉のエスコートのため参加をしていた。そこに来賓であるはずの王太子が平民の卒業生をエスコートして現れた。 王太子には婚約者がいるにも関わらず、彼の在学時から二人の関係は噂されていた。 周囲のざわめきをよそに何事もなく夜会をはじめようとする王太子の前に数名の令嬢たちが進み出て――。 ※以前他のサイトで掲載していた作品です

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

【全4話】私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。私は醜いから相応しくないんだそうです

リオール
恋愛
私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。 私は醜いから相応しくないんだそうです。 お姉様は醜いから全て私が貰うわね。 そう言って妹は── ※全4話 あっさりスッキリ短いです

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

【完結】殿下の本命は誰なのですか?

紫崎 藍華
恋愛
ローランド王子からリリアンを婚約者にすると告げられ婚約破棄されたクレア。 王命により決められた婚約なので勝手に破棄されたことを報告しなければならないのだが、そのときリリアンが倒れてしまった。 予想外の事態に正式な婚約破棄の手続きは後回しにされ、クレアは曖昧な立場のままローランド王子に振り回されることになる。

「期待外れ」という事で婚約破棄した私に何の用ですか? 「理想の妻(私の妹)」を愛でてくださいな。

百谷シカ
恋愛
「君ならもっとできると思っていたけどな。期待外れだよ」 私はトイファー伯爵令嬢エルミーラ・ヴェールマン。 上記の理由により、婚約者に棄てられた。 「ベリエス様ぁ、もうお会いできないんですかぁ…? ぐすん…」 「ああ、ユリアーナ。君とは離れられない。僕は君と結婚するのさ!」 「本当ですかぁ? 嬉しいです! キャハッ☆彡」 そして双子の妹ユリアーナが、私を蹴落とし、その方の妻になった。 プライドはズタズタ……(笑) ところが、1年後。 未だ跡継ぎの生まれない事に焦った元婚約者で現在義弟が泣きついて来た。 「君の妹はちょっと頭がおかしいんじゃないか? コウノトリを信じてるぞ!」 いえいえ、そういうのが純真無垢な理想の可愛い妻でしたよね? あなたが選んだ相手なので、どうぞ一生、愛でて魂すり減らしてくださいませ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。