アルファだけど愛されたい

屑籠

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 起きたのは突然だった。何かに刺激されるような気がして一気に目が覚めて、上体を起こす。
 警戒していたら、ちょうど寝室の扉が開く。

「あれ?起きてたの?ちゃんと寝たかな?」
「こん、の?」

 なんだ、とその顔を確認して俺は体の力を抜く。
 思っていたよりも、体は強張っていた。

「ん……なに……?のり……?」
「よく眠ってたね、ゆき。春はまだお眠かな?」
「んー、りっくんのフェロモン眠くなるからねぇ……まだ、目覚めないんじゃない?」

 春の方を見てみれば、まだ気持ちよさそうに眠っていた。

「眠くなる?」
「そう、リラックスできる?なんか、凄いよね」

 ぐっと背を伸ばして、ベッドから降りた陸は、眠そうな顔を隠そうともせず紺野に近寄る。

「それに、ほら……発情期のフェロモンが治まってる」

 気だるげに、にっこりとゆきは紺野へと笑いかける。
 紺野は、ゆきの発情期の日程を知っているのだろう、そのことにとても驚いていた。

「オメガの発情期を治めるフェロモン……?」
「そうみたいだね~、不思議~」

 腕を組み、あごに手を当てて、考えている。
 と言うか、アルファのフェロモンとは何ぞや?
 アルファのフェロモンが何をするっていうのか。

「不思議、というか本当に君は突然変異らしいね……ますます興味が出てきた」
「うわ、出たよ。のりの研究気質。りっくんに嫌がられない程度にしなよ?」
「わかっているよ。それに、これは彼にとってもwin‐winの取引になるんじゃないかと思っているよ」

 俺のあずかり知らぬところで話が進んでいく。
 呆然とそれを眺めていたら、ベッドがかしいで、背中に衝撃が走る。

「あの二人は研究肌だからね、諦めたほうがいいよ」
「春くんだっけ?俺は諦めるも何も、まだ状況がいまいちの見込めていないんだけど」
「……そのまま流された方が気楽かもね」

 どういう事!?と思うが、春のしゃべり方は独特で、ふんわりと眠そうで、肝心なことは話してくれない。
 というか、この人たち皆、俺の話をしているんだろうけれど、俺は一人置いてきぼりだ。
 どういう状況だよ、それ。

「ということで、フェロモンくれるかな?」
「どういうことだよ?」

 二人の話を全く聞いてなかった、というか理解できていなかった俺はどんな流れでそんなことを紺野が言ってきたのか理解できない。
 馬鹿なのこいつ?

「君のフェロモンを研究したいから、端的に言えば精子くれる?っていうことなんだけど」
「は……?」

 意味が分からない、という顔をしていた数秒の間に、後ろから覆いかぶさっていた春に拘束され、素早く下半身の布をすべて取り払われてしまった。

「お、おいちょっ!」
「まぁまぁ、いいからいいから」

 何が?という前に止めるすべもなくそこへゆきの手が這わされる。
 が……

「あれ~?反応しないね」

 くたん、としたままのそれ。
 ため息を通り越して、泣きたくなった。
 こんな衆人環境でっていっても、俺のほかに三人しかいないけど、その中で立たない自分の息子を見せられるなんて。

「もしかして、ED?」
「……」
「そっかぁ、いや、どうしようかな?」

 ねぇ?とゆきは紺野を見る。
 紺野もそれをみて、ふむ、と考え込んでいた。

「後ろ、いじってみる?」
「は?」
「そうだね、それがいいかも」

 はぁ!?と俺が理解しだすより先に近づいてきた手が、ローションを纏ってそこへと触れる。
 必死に逃げようとするが、ぬめりで拒み切れない指が入ってきて思わず……吐いた。
 気持ち悪いのと、痛み、そして何より本能としての拒絶。
 俺は、アルファなんだと思い知らされた。

「あ……」

 指を入れていたゆきは思わずといった感じで指を抜き、紺野と顔を見合わせてから頬を掻いた。

「ごめん、りっくん。性急すぎたよね……」
「……いや」
「私のほうも済まない。つい、夢中になってしまって先をせいてしまっていた。良ければ明日、私の会社に来てくれないかな?」
「……」
「もちろん、今日のようなことはしないよ。ただ、簡単な健康診断だと思ってくれればいい」

 どうかな、と真顔で言われ、まぁ、それなら、と一つうなずく。
 というか、俺の本能すごい。やっぱり紺野は警戒する相手なんじゃないかと思い知らされる。
 その日は、とりあえずシーツをキレイにして、俺はゲストルームで眠った。
 というより、この家の部屋、多すぎだろ……。

「……会社?」

 私の会社、と紺野に連れてこられた場所は、どう見ても病院にしか見えない。
 患者らしき人も多数出入りしているし、ナースもいる。
 え?と俺はその施設と紺野を見比べた。

「あぁ、表はバース専門の病院になってるんだ。あっちは、番を解消させられたり、無理やり番わされたりしたオメガの介助施設。私たちのこれから向かう場所はこれらの施設の裏側だね」

 白い病院と併設されるように建っている施設を指さして説明を受ける。
 これらの建物の裏にある場所は、入り口は同じらしい。
 中央玄関から入り、左に行けばオメガの介助施設、右に行けばバース専門病院。
 そして、その三又のまっすぐ前の道を進む。もちろん、玄関を入りすぐの場所に認証IDと指紋認証など様々なセキュリティがあり、患者などが入れない仕組みとなっていた。
 その奥では、それじゃあと紺野と別れ、指定されるがまま、場所を転々としていく。
 健康診断みたいなもの、と言うのは言いえて妙で、MRIやレントゲン、血液検査、身長体重測定などなどの検査を受けた。
 血液に至っては、少し多めにもらいますね、とアンプル三本分取ってた。

「んで、これ何なの?」
「君の今の状態と、フェロモンの状態を記録しておきたくてね。基本、アルファのフェロモンというのは、威圧系のフェロモンが多いんだ。あとは、オメガに出す方のフェロモン。あちらは、オメガを発情させるフェロモンが多いね。だが、君のフェロモンは性質がまるで違う。それが、オメガであるあの二人がいたからなのか、常からそうなのか。まずはそこから知らなければならない」
「待て待て待て」

 突然、矢継ぎ早に話し出したが、きらきらとした少年のような瞳で話す紺野。

「それに、君のフェロモンを研究すれば、オメガにとって害の少ない抑制剤が作れるかもしれない。これは画期的な事だよ?従来の抑制剤は、発情期を抑えるだけで、発情期そのものをなくすものはなく、それでもオメガの体に負担をかける副作用が多かった」
「おーい、話をきけー?」

 話すことに夢中で、俺の言葉が耳に届いていないのだろう。
 話聞けや。

「だが、君のフェロモンは発情期そのものを鎮静化させてしまった!しかも、そのフェロモンだけだというのだから、オメガのあの二人にとっても副作用など感じてはいないはずだ。それに、君とあの二人は番ではない。番でない者同士のフェロモンに反応して、アルファ側がオメガの発情期を抑えてしまうのなんて、前代未聞のフェロモンで」

 落ち着けよ、と思ったところで、紺野の話はピタッと止まった。

「はぁ……」
「って、あぁなるほど」

 紺野はため息を吐いた俺を見て、ふむ、と一つうなずく。

「あ?」
「これが、沈静作用のあるフェロモンか。うん……これはなかなか……」

 まずい、と思った時には紺野の膝はがくっ、と折れ、とっさに受け止めた俺の耳元にはすぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきた。

「……え、マジで?」
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