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急襲
しおりを挟む世界を巡り、エルフをたすける旅に、出発です!
キュトの転移魔法で、人界の人里離れた場所に降り立ち、エルフの住処へ向かおうとした時だった。
なまぬるい風が、吹き抜ける。
キュトの手のなかで、エルフ探索機が、光を失くした。
「──……え?」
キュトが魔道具を振る。
機械の調子が悪いと、つい振っちゃうよね! めちゃくちゃわかる!
ちなみに僕は、振ってみて機械が復活したことは、一回もない。
キュトお手製、レトゥリアーレ鼻血特製エルフ探索機の光も、戻らなかった。
グィザの鼻が、ぴくりと動く。
「……匂い……」
気配を探るように目を閉じたレトゥリアーレが、蒼の瞳を見開いた。
「──っ!」
レトゥリアーレが、駆ける。
その後を、クロに乗せてもらった僕と、グィザ、キュトが慌てて追った。
精霊の樹を懐かしんだのか、大きな樹の傍に、ちいさな家が佇んでいる。
扉は、開け放たれていた。
住み心地よく整えられた家は、血の匂いがした。
「ノェス──!」
レトゥリアーレが、床に倒れ伏したエルフを抱きあげる。
レトゥリアーレの前では、とろけるように笑い、僕を受け容れたように見せかけて、僕を殺意を籠めて睨んでいたエルフ、ノェスだ。
レトゥリアーレがいなくなった瞬間、僕に
「さっさと死ね」
憎悪の塊のような、氷の攻撃魔法をあてたエルフだ。
レトゥリアーレは、エルフのやさしいところを、信じるから。
ノェスだけは、僕をわるく言わないと、喜んでいた。
レトゥリアーレ以外は、きっと、皆、知ってた。
ほんとうは、誰よりも、僕を殺したかったエルフだろう。
レトゥリアーレを苦しめるのが解っているから、そんなこと、言えない。
その胸には、穴が開いていた。
心臓だ。
抉り取られた。
壊死したものであっても、その人の臓器がないと、蘇りは、できない。
「ヒヒヒヒヒ────」
遠くから、響くように声がした。
あの夜と、同じ声だった。
ゲームでよくある、たまらなくむかつく悪役の、たまらなくむかつく笑い方だった。
ラスボス戦まで絶対に倒せない、憎悪ではらわたが燃える悪役の、笑い方だった。
ノェスの亡骸を抱えたレトゥリアーレを、僕とクロとキュトとグィザが守るように転移する。
レトゥリアーレは亡骸を、精霊の樹のもとへと運んだ。
精霊の樹は、エルフたちに類稀な恩寵を与える。
不老長寿の精霊の泉が沸くのは、精霊の樹が傍にあるからだ。
清浄な気で辺りを満たし、エルフたちを悪意から守る。
その木の葉は、蘇りさえも可能にする。
エルフに多くを与える精霊の樹の栄養は、エルフの魔力であり、エルフの亡骸でもあるらしい。
だからエルフは亡くなると、精霊の樹に捧げるという。
今まで戴いた恩寵を、お返しするように。
精霊の樹は、エルフの死を悼むようにさざめいた。
常盤緑の木の葉が、さやさや揺れる。
精霊の樹は、枝を伸ばした。
心の臓を失くしたノェスが、レトゥリアーレの腕から離れ、精霊の樹に包まれる。
レトゥリアーレが、歌う。
死を悼み、安らかな眠りを願う、古代エルフ語の歌が、ノェスに降りそそぐ。
ノェスの身体が、金の光に包まれた。
精霊の樹から、翠金の光が、あふれゆく。
心臓を失くしたノェスが、輝く光に溶けてゆく。
歌うレトゥリアーレの瞳から、涙が落ちた。
「弔いか」
ちいさなジァルデの声に振り向くと、もふもふのゼドも心配そうに立っていた。
レトゥリアーレは、目を伏せる。
「すべてを投げ出した私に、ひとことも文句を言わず、ただ肩を叩いてくれた、友でした。
こんな風に殺されるなど、一番あってはならないエルフなのに──!」
レトゥリアーレの叫びを、僕は冷たい心で聞いていた。
ノェスは、僕を、一番殺したかっただろうエルフだ。
レトゥリアーレに気に入られることばかりを願って、レトゥリアーレの前でだけ、最高の笑顔を繕って、レトゥリアーレの信頼を笠に着て、立場の弱いエルフを蔑み、虐げてた。
赤ちゃんの僕でさえ、見えたんだから、相当だ。
いや、僕には意識なんてないと思っていたのかもしれない。
違う、僕に見せて、牽制のつもりだったのかもしれない。
容貌は、とても整っていて、やさしげに微笑むけれど。
その笑みは、いつも、僅かに、歪んでる。
ノェスの中身は、真っ暗だから。
死屍に鞭打つのは、あんまりだと思って、言えないけれど。
レトゥリアーレの恋人に、どうしたってなりたかったみたいだから。
レトゥリアーレの前だけでは、最高の友であろうとしてたから。
レトゥリアーレの言葉を、すべて、肯定していた。
レトゥリアーレには、解らなくて、仕方ないのかもしれない。
思った僕の目の前で、レトゥリアーレの周りが、僅かに歪んだ気がした。
…………なにか、ある…………?
レトゥリアーレの目を塞ぐ、何かが。
僕への虐待を、レトゥリアーレに解らなくさせた何か。
ゲームの通りに、お話を進めようとする何かが。
僕以外には、ノェスは、やさしい、心清らかなエルフに見えるのだろう。
俯いたキュトは、呟いた。
「僕らは、殺して生きるから。
どんな災厄が降ったって、当然なんだ」
紫紺の瞳が、まっすぐ、レトゥリアーレを見つめる。
「僕の生きてきた道が、僕の死に方を決める。
どんなに理不尽だと思える死に方でも、それは、僕への試練であり、僕の周りの者への試練でもある」
レトゥリアーレが握り締めた拳が、震えてる。
キュトは、ちいさく頷いた。
「でも、あんまりだって気持ちは、わかる。
ダークエルフに堕ちるような輩が殺されればよかったのに」
唇を噛んだ僕は、顔をあげる。
「レトゥリアーレさま、エルフの名簿はありますか。
緊急通報魔道具をもらってくれたエルフと、ダークエルフに堕ちたエルフ、すべてを書き出してみましょう」
キュトが、目を瞠る。
「他にも殺されたエルフがいるって?」
悪寒にざわりと、僕の背が震える。
「……おそらく、かなりの数」
レトゥリアーレの顔から、色が消えた。
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