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未来を、変える

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 闇の魔剣を手に、前を見据える。


 丘の向こうが、蠢いた。



 来る────!!



 丑三つの闇を裂くように、魔物軍が現れる。


 迸る気魄と、殺気に、肌が震えた。



 茫然と、隊列を組む軍を見あげる。

 先の軍が、いかに暴虐を楽しむ心積もりでいたのか、痛いほど理解した。



 格が違う。


 触れたら斬れそうな殺気が、辺りを圧し拉ぐ。


 歴戦の猛者が、殺すために、出陣している。



 指が、足が、震えた。

 唇が、ふるえる。


「……ろー」

 僕の恐怖を心配するように、クロが見あげてくれる。


 クロを抱き締める腕も、震えてた。



 索敵の魔法を使うまでもない。

 最奥に陣取る将の魔力が、世界を圧するように広がった。


 将を守る精鋭たちだけでなく、前線の突撃部隊までも、物理だけでなく魔撃にも強い。

 肌で感じるほど、圧倒的な力が、押し寄せる。


 僕の勝機は、闇の魔剣と、クロの爆速だけだ。
 




 負けるかもしれない。

 死ぬかもしれない。


 僕は、誰ひとり、救えないかもしれない。




 それでも、立ち向かわないなんて、絶対だめだ。




 前世で僕が頑張れたのは、コンビニバイトだけだった。
 生きていくために、必要だったから。
 砂利を噛み締めても頑張ると決めていたから、何とかかんとか、踏ん張れた。


 その他のことは、だめだった。


 ぶさいくだから、コミュ障だから、頭がよくないから、いじめられるから、僕には無理。

 いつも、尤もらしい言い訳を振り翳し、僕は、あんまり頑張れなかった。



 頑張っても、頑張っても、叩き潰されてきたから。

 どんなに頑張っても、僕には無理なんだと、泣くことしかできなかった。



 だから、僕の周りには、誰もいなくなって。

 僕は、いつも、ひとりぽっちだった。




 突然死んで、異世界転生なんて、夢みたいだけど。

 もう一度、やり直す機会を与えられたから。



 僕に、笑いかけてくれた皆のために、僕に、できることがあるなら。


 今度こそ、僕は、逃げたりしないで、立ち向かいたいと思うんだ。





 僕の命を、削っても。


 ここで、僕が、息絶えても。


 僕ができる限界を超えるのは、僕だけだ。






 指の震えを、振り払う。



「僕が死んだら、クロは逃げてね」


「ろー!!」

 クロの悲鳴に、微笑んだ。





 闇の魔剣から、闇の光が立ち昇る。



 ああ、僕の、命の光だ。




「突撃」


 巨大な刃を、振り翳す。



 最奥の将の真後ろに現れた瞬間、ぽふりと僕の頭に、大きな手がのった。




「ろー!」

 最奥の将が、もふもふの手で、抱きしめてくれる。


「よく耐えた」

 僕の頭を撫でてくれたジァルデと、ゼドと、歴戦の戦士たちに、息を呑む。


「…………魔王軍……?」


「攻撃しようとしただろう。
 気魄はよかった」

 喉を鳴らして、ジァルデが笑う。


 強張った僕の頬が、引き攣った。
 くずおれる僕を、クロが抱きとめてくれる。


「…………クロ、わかってた……?」

 茫然とする僕に、クロは、こくこく頷いた。


「ろー、きんちょー、してた。
 じっち、くんれん?」

 いつものにこにこのクロに、力が抜ける。


「よくやった」

 抱きしめてくれるゼドのもふもふの毛に、顔を埋めた僕は、声をあげて泣いた。




 殺したことも。

 死ぬと思ったことも。

 皆を、守れないと思ったことも。



 引き千切られそうなくらい、怖かった。




 ゼドから僕を引き離すことなく、ジァルデが嗚咽に震える背を、撫でてくれる。


 僕を抱っこしたまま、辺りを見回したゼドは、呟いた。

「……残ってないな」


「すげえな、ろー」

 ジァルデのおっきな手が、僕の頭をわしゃわしゃ撫でてくれる。

 余計に泣きそうになった僕は、慌てて声をあげた。


「さっき、気持ちわるい声が──!」


 すがる僕に、ジァルデとゼドは顔を見合わせた。
 ジァルデの魔力が、爆発する。

 気配を探ったジァルデは、首を振った。


「逃げたな」

 ジァルデの言葉に、ゼドも頷いた。


「大丈夫だ」

 ふたりが大丈夫と請け負ってくれて初めて、恐慌が遠くなる。

 凍っていた背筋が、溶けてゆく。



「ふえぇええ」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる僕を、クロが、ゼドが、ジァルデが、抱きしめてくれた。


「よくやった」

「えらいんじゃね?」

「ろー、えらい!」

 ゼドが、ジァルデが、クロが笑ってくれたら、未来なんて簡単に変えられる気がして、魔力のなくなった僕の身体が崩れ落ちる。



「ひめさま──!」


 駆けてくるちいさなエォナは、無事だ。

 きっと、森に逃げた村人も、無事だ。




 …………よかった



 この手が、血に塗れても










 ジァルデのおかげで、16歳な見た目だけど、ほんとは僕、赤ちゃんなので!
 魔物軍、一個大隊殲滅するほど魔力使うと、死んじゃうよね。

 魔山羊のお母さんのミルクのおかげで、死にませんでした。

 おかあさん、ありがとう!


 でもひと月くらい、倒れてたよ。

 魔山羊のお兄ちゃんが、自分の分のミルクを譲ってくれるほど、心配してくれた。


「お母さんのミルクを奪いまくりの弟でごめんなさい!」

 泣いて謝ったら


「めええ」

『はやく元気になるんだ』


 かっこいー横顔で、鳴いてくれた。








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