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二章 能力専門学校

32話 アクセル、韋駄天

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(このままじゃ、勝てない)

 緑谷は未だに目的の人物が来ない事に苛立っていた。
 青界が戻って来て攻撃を仕掛けるが、一瞬で肉薄し、緑谷の連撃でかなりのダメージを受けて吹き飛んだ。

「千秋⋯⋯」

 静かに眠る千秋。
 緑谷は千秋の髪を引っ張って顔を上げる。

「⋯⋯ニィ」

 そのまま蹴り飛ばす。

「ッ。硬いな」

 人物を呼ぶ為に強引な手段に出た緑谷に対して結菜は激しい怒りを覚えた。

「緑谷ッ!」

 肉薄するが、一瞬で緑谷にアッパーを決められ、腹を蹴られて吹き飛ぶ。
 地面を転がるが、立ち上がり再び突き進む。
 千秋にその手が及ばないように、ただ我武者羅に突き進む。
 だが、その度になんの成果も無く反撃される。

 制服は所々破れ、土によって茶色く汚れ、血も滲んでいた。
 それでも立ち上がる。

(攻撃出来ない。勝てない。緑谷は速い。でも、あたしがもっと速く成れば。もっと、もっと)

 土を握るように立ち上がり、低姿勢のまま突き進む。

(もっと速くもっと速く)

 速く成りたい。相手に攻撃が届くくらいには速く成りたい。
 結菜の中にはそれだけが巡っていた。

 時には反撃を受けて反撃しようとしたが、それも無意味に終わっていた。

「はぁはぁ」

 緑谷は飽き飽きした様子を見せながら千秋に再び暴力を振るおうとしていた。

「止め、ろ!」

 掠れる声を喉から絞り出し、地面に倒れながらも這いつくばり、緑谷に手を伸ばす。
 止めてくれ、千秋を虐めないでくれ、そんな思いは声に出る事が無かった。

「あ⋯⋯ま、みや」

 助けを呼ぶ声を出すが、その声を聞き入れてくれる人は居なかった。

(なんでだよ。なんで⋯⋯畜生)

 他人を頼らないと友も助けられない自分に絶望する。
 緑谷の不可思議な圧倒的な力に絶望する。
 たった一人に強い部類の黄雅、青界がねじ伏せられた現状。

「いち、げき、でも」

 速く動け。速く助けに行け。速く守りに行け。動け動け。
 結菜は暗示を掛けるように心の中で復唱する。
 もう既に限界が来ている体は結菜の思いを拒むように動かなかった。

「一歩でも、動け」

「あぁん? まだ立つのか?」

「肉が切れようとも、骨が砕けようとも、そこに悪があるのなら、立って正義を通せ」

「何を言って?」

 自分の姉である莉奈が言っていた言葉を思い出し、声に出す。
 結菜の意識はだいぶ薄れている。
 本能的に動いているのだ。

「⋯⋯この命尽きるまで。アクセル、韋駄天!」

 結菜が青色のオーラに包まれる。

「ヒュー」

「お? 土壇場で覚醒か?」

 結菜は一歩、動き出す。
 刹那、結菜の回し蹴りは緑谷の腹を見事に蹴り飛ばしていた。

「ごふ」

 予想外の一撃を受けた緑谷は防御する事も出来ず、横に吹き飛んで行く。
 地面を何回もバウンドして止まる。

「き、さまあああ!」

 揺らりとブレた結菜は一瞬で緑谷に接近していた。
 だが、緑谷はアビリティを使っていた。
 ブレた瞬間に使っていのだ。

「流石に、接近してからは間に合わない。まさか、動いた瞬間に使ったのに、もう目の前にいるなんて」

 ドロップキックの体勢で停止している結菜の横を駆け抜ける緑谷。

 緑谷のアビリティは一定範囲内の時間を10秒間停止させる能力である。

 緑谷以外の人間は一瞬の出来事で緑谷がとてつもなく速いと感じる。

「悪いけど、こいつを盾にさせて貰うよ!」

 千秋へと手を伸ばした瞬間、停止空間に亀裂が入り、砕けた。

「は?」

 それに一早く反応したのは結菜であり、緑谷を背中から蹴り飛ばした。前転するかのように転がる。
 緑谷は立ち上がるが、その目は焦点が合わず、焦りに包まれていた。

「何が、起こった!」

 再びアビリティを使う。
 だが、また同じように空間に亀裂が入り、そして砕ける。

「何が⋯⋯ゲフッ」

 今の結菜に一秒のも隙も与えては成らなかった。
 さっきとは打って変わって緑谷が一方的にボコられていた。

(クソが。これは使いたく無かった)

 懐から注射器を取り出す。
 迷宮産ドーピング剤である。

「アクア、ショット」

 だが、その注射器は水の弾丸に貫かれて破壊される。
 液体は地面にこぼれ、染み込んで行く。
 緑谷は倒れている青界を睨む。

「この雑魚がああああ! 止まれえええ!」

 止まっても、無理矢理その空間は破壊される。
 ガラスが割れる音を響かせて停止空間が一瞬で無効化されるのだ。

「なんで」

 天を仰ぐ緑谷の視界には、踵が映っていた。
 顔面を砕かん勢いの踵落としを受け、気絶して地面に倒れる。

「⋯⋯」

 拳を天へと掲げ、勝利尊厳をその姿で示す結菜。
 周囲は静まり返り、皆は結菜を見て、そして雄叫びと呼べる叫び声が校内を埋め尽くす。
 これで緑グループは敗北した事になる。
 そんな最後を決めた結菜は全く動かなかった。

 仲間の一人が近づいて、顔を覗き込むと、笑顔で目を瞑っていた。
 立ちながら気絶していのだ。

 それから二時間後、外はそろそろ夕日になると言う時間帯であり、体育館には沢山の人が寝転んでいた。
 緑グループの魔道具は無理矢理剥ぎ取り、教師に没収されている。

「⋯⋯ん、ん~」

「結菜さん。起きましたか?」

「雪姫? 千秋は?」

「そこです」

 指で示された方向を見ると、近くで寝ている千秋の姿があった。
 結菜の瞳から涙が零れる。

「良かった」

「貴方が助けたんですよ」

「え? ⋯⋯ん~途中から全く記憶が無いや」

 えへへ、と笑う結菜に雪姫も笑い返す。
 そんな中、千秋もゆっくりと起き上がる。

「アビリティ、斬撃生成、か」

 そう呟いた。
 その姿にキョトンとする二人。そんな二人に気づいた千秋は目を丸くする。

「どったの? てか、ここは⋯⋯体育館! え、人多ッ!」

「おはようございます千秋さん」「おはよ千秋!」

「え、うん。おはよう」

 そして、次々と起き上がって行く人達。
 そのまま解散とは行かず、体育館に校長と生徒指導の教師、各担任が現れる。
 今回は互いの暴力行為と言う事になった。

 そして、証言により千秋はただの被害者、雪姫は正当防衛扱いになった。
 学校の評判や日頃の行いで、結菜は罰せられた。無論、他の不良達も同様である。
 自宅謹慎一週間の罪が課せられた。

 今回の抗争や前々の不良狩りにより、赤、黄、緑、青グループの制度は完全に廃止され、今後は派閥を作らずに行く事になった。
 変態仮面と呼ばれる不良狩りトップを一番上に置き、黄雅、青界、緑谷が目を利かせて不良達の行為を制限する方向に決まった。
 今までの加藤並とは真逆の方向へと進もうとするのだった。

 そして、魔道具を失った緑谷や緑谷グループの面々は正常な思考を持っていた。
 千秋達の帰路、千秋に対して緑谷は土下座していた。

「すまない! 謝って済む事では無いのは重々承知している! 仁義外れな事をした。本当にすまない!」

「だ、大丈夫ですよ。あんまり記憶ないですし、さっき謝ってくれたじゃないですか」

「あれは教師が近くに居たし、本当に気持ちが伝わっているか不安で」

「大丈夫ですから、顔を上げてください! 恥ずかしいです」

「うぅ」

「千秋さん。もう少し鬼に成ってください」

「千秋甘いよ」

「えぇー!」
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