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第三幕 子猫はもっと遊びたい
秘密の抜け路 4
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「えー、兄者たちの事はまぁ、あれとして……。少し考え方を変えてみましょう。亀宗兄者が愛姫に鉄下駄で歩けるようになれと言ったのが『足腰を鍛える』という目的のためじゃないとします。だとすると何が目的でそのように言ったのか、ということなんですが」
「体を鍛えることが目的じゃない場合ですか……。もしかして秘密の抜け路には鉄下駄を履かないと通れないような所があるとか? 地下から熱泉が噴き出ていてものすごく熱くなっている部分があるのかも?」
「熱ですか……でも、それだとむしろ鉄下駄を履いている方が熱くなる気がしますね。鉄は熱をすぐ通しますし」
「そうですわねぇ」
「鉄下駄を履かないと通れない場所があるのだとすれば……鉄下駄で足を守らないと通れない針山のような場所があるとか? ……いや、違うな。秘密の抜け路は緊急時の脱出用として作られたものだ。それなのに途中で針山のような罠を仕掛けていたのでは脱出するのに不都合が生じる。それでは本来の用途に使えない、本末転倒じゃ」
「針山ですか……もしかして罠として針山を作ったのじゃなくて、歴代の将軍様が底を放置しているうちに自然に針が生えちゃっただけかもしれませんよ?」
「自然に針が生えるって、どんな状態ですかそれ」
「なんとなく言ってみただけです」
菊花はぺろっと舌を出しておどけてみせた。どうやら張り詰めた状態の余三郎の心を解そうとしてわざと冗談を言ったようだ。
年上だけれど相変わらず可愛い人だなぁ……。
あざといほどの可愛らしさに余三郎は心を丸ごと持っていかれそうになったが、ハッと我に返った余三郎はブンブンと頭を振って慌てて気を引き締め直した。
「もぉ……菊花さん真面目に考えて下され。わし、命を拾えるかどうかの崖っぷちなんですよこれでも」
「そうでしたわね。でも、私思ったんですけど、どのように話が繋がるかもわからない鉄下駄の意味を考え続けるより、殿がよく知っている江戸城の歴史から推理した方がよろしいんじゃないでしょうか」
「江戸城の歴史ですか……」
そういえば愛姫の証言と江戸城の歴史を照らし合わせたことで、秘密の抜け路が城の東側に向かっているという推理をしたけれど、そこから先を考えもせずに話を次に移していた。
一つの答えを得たことで、余三郎はこの手掛かりから導き出せる解はもう無いものだと錯覚していた。
「確かにもっと考えられる事はあるやもしれませんね。うっかしりてました」
「そうでしょう? じゃあ、一度話を整理しますね」
そう言って菊花は思い出しながら語り出した。
「江戸城に秘密の抜け路を作らせたのはまず間違いなく権現様(徳川家康)でしょう。ですから、時期は殿がさっき仰っていた江戸城大改築の『天下普請』のときで確定ですね」
「うむ、城から脱出するための路を作るのは天下普請の時以外に有り得ない。もし城が完成して徳川家の執政が始まった後になってコッソリ抜け路を作るようなことは不可能だ。大勢の人が出入りする城内でそんな工事をしていれば、どれほど隠そうとしても即座に露見してしまう」
「そうですわね。そして、先ほど殿はその抜け路は東に向かっていると断定しました」
「『潮臭くなる』の一言が決め手ですね」
「で、殿はこうも言ってましたわよね? 昔は江戸の東はほとんどが湿地だったと。東側の土地は天下普請の時に作られた埋め立て地だと……。秘密の抜け路の出口は城の東側がまだ湿地だった時に作られたのでしょうか? それとも埋め立てられた後?」
「わしが読んだ史書では江戸城の大改築と湿地の埋め立ては同時に行われたと書いてありましたね。改めて考えれば、秘密の抜け路を作るのも天下普請の一環だったと考えた方が自然ですね」
「大事業に紛れて秘密の工事も並行してやっていた。と?」
余三郎は大きく頷いた。
「だとすればですよ? 埋め立て地の完成と、抜け路の完成も同時になるはずですわよね」
「そうなりますね」
「じゃあ、埋め立てが終わったばかりの更地に秘密の抜け路の出口はポッカリと口を開けて野晒しにされていたのでしょうか?」
「そんなはずはないですね。当然どこかの建物の敷地内にこっそりと隠されているはずです」
「それこそ『そんなはずはない』ですよ。殿」
「え?」
「だってそこは埋め立てが終わったばかりの更地なんですよ? まだ建物が一つもない広大な空き地なんです」
「あ、そうか……、いや、まてよ……」
余三郎は菊花と会話をしているうちに段々と推理の筋道が見えてきて目を見開いた。
「そうだ。元々土地がない所に抜け路の出口を作ったのだから、そこに目をつけて考えればいいのか……」
余三郎は腕を組んで独り言のように呟きながらこれまでの推論を整理した。
「天下普請が行われたときに城の東側が埋め立てられた。同時に秘密の抜け路が作られた。逆に言えば抜け路が作られるよりも前に、城の東側で建物が建てられるほどしっかりした土地なんて存在していなかった」
余三郎の独白を菊花は黙って聞いている。
「埋め立ての直後は土が馴染むのを待つのにある程度の時間が必要。しかし、それくらいの期間なら建築資材を積み上げて隠しておくことも出来る。そして、土が馴染んで建築しても良い時期に入れば出来上がったばかりの広大な更地で一斉に建築が始まる。あちこちで競うように建築しているのだから、その中で一ヵ所くらいおかしな作業をしていても人目を惹くような事にはならないはずだ」
余三郎の目が爛々と輝き出す。
「埋め立て直後に建てられた建物と言うことは、言い換えればその地で最も古い建物だということだ。つまり、これまでの推理を総合するとこうなる……」
ようやく正当に辿り着いた。その嬉しさが込み上げてきて心地良い緊張が体を駆け巡った。
「秘密の抜け路の出口は、天下普請の折の埋め立て地である日本橋から銀座にかけての地域。そこで最も古い建造物の中に隠されている!」
「おめでとうございます、殿。少ない手がかりを元によくぞここまで。偉い、偉い」
菊花がにっこりと微笑む。そんな彼女の笑顔に余三郎は感激で目を潤ませた。
「わしの考えが行き詰っていたところを菊花さんが別の角度から考えるように助言してくれたおかげですよ。菊花さんのおかげで助かった。あぁ、優しく微笑んで導いてくれる菊花さんはまるで菩薩のようだ……ありがたや、ありがたや」
「いやですわ殿ぉ、そんなに拝まれても何も出ませんわよ。……頑張ればお乳くらい出るかもですけど」
「え、出るんですか?」
「殿が私を愛してくだされば出るようになるかもしれませんよ?」
菊花が目を細めて意味深な笑顔を向けてきた。それで余三郎はようやく菊花にからかわれたのだと気が付く。
「えっ、その……わしは……」
そこで気の利いた返し文句でも言えれば『粋』な男のだろうが、色恋本を読んだことすらない余三郎に綺麗な返しを求めるのはいささか無理な注文である。
余三郎はパシリと自分の膝を叩いて、菊花から視線を逸らせながら強引に話を元に戻した。
「さ、さぁて、ここまで分かれば後は行動するだけだな! 推理した条件に該当する建造物を片っ端から見て回らなくては! ぐずぐずはしておれぬ!」
あからさまな話の逸らし方に菊花はクスリと笑った。もうちょっとからかってみたいという欲求もあったけれど、これ以上突っつくと泣くか怒るかしそうな気がしたので追い打ちはやめておいた。
「それでしたら、殿。古い建物を全部見て回らなくても、候補はもっと絞れるんじゃありませんか? 例えばその時期に作られた建物であっても、個人の邸宅やどこかの大名屋敷は候補として有り得ませんわよね。そんな施設の中に幕府の心臓部へ直接繋がる路を作るわけがないですもの」
「そ、そうですな。そうなると幕府直轄の施設……金座や銀座などの鋳造所か、奉行所とか?」
「そうですわね。その他の候補としては徳川家がその時期に勧進したお寺や神社という線もありますわ。むしろこっちのほうが有力な候補だと思いますけど」
「なるほどなるほど! うむ! なんとかなりそうな気がしてきました! 菊花さん、心から感謝します。今から早速探索してきます!」
すでに半分ほど見つけた気分になった余三郎は興奮して顔を上気させながらおっとり刀で飛び出していった。
「いってらっしゃーい。お気をつけてー」
見送りの声をかけたばかりだというのに、余三郎はすぐに帰ってきた。
「あら、何か忘れものですか?」
「えぇ、言うのを忘れていました。今日は帰るのが遅くなるかもしれませんが、わしの分の飯は用意しておいて下され」
「わかりましたわ」
「あと、もう一つ。さっき菊花さんが舌を出しておどけた仕草が凄く可愛らしくて良かったです。色っぽい笑顔よりも可愛く微笑んでる方の菊花さんのほうがわしは好きですよ。では、行ってきます!」
それだけ言い残すと余三郎は再び背を向けて走り去った。
「……好きって。……もう、殿ったら。さっきの仕返しかしら」
誰もいなくなった家の中で菊花は珍しく眉を八の字にして頬を赤く染めていた。
「体を鍛えることが目的じゃない場合ですか……。もしかして秘密の抜け路には鉄下駄を履かないと通れないような所があるとか? 地下から熱泉が噴き出ていてものすごく熱くなっている部分があるのかも?」
「熱ですか……でも、それだとむしろ鉄下駄を履いている方が熱くなる気がしますね。鉄は熱をすぐ通しますし」
「そうですわねぇ」
「鉄下駄を履かないと通れない場所があるのだとすれば……鉄下駄で足を守らないと通れない針山のような場所があるとか? ……いや、違うな。秘密の抜け路は緊急時の脱出用として作られたものだ。それなのに途中で針山のような罠を仕掛けていたのでは脱出するのに不都合が生じる。それでは本来の用途に使えない、本末転倒じゃ」
「針山ですか……もしかして罠として針山を作ったのじゃなくて、歴代の将軍様が底を放置しているうちに自然に針が生えちゃっただけかもしれませんよ?」
「自然に針が生えるって、どんな状態ですかそれ」
「なんとなく言ってみただけです」
菊花はぺろっと舌を出しておどけてみせた。どうやら張り詰めた状態の余三郎の心を解そうとしてわざと冗談を言ったようだ。
年上だけれど相変わらず可愛い人だなぁ……。
あざといほどの可愛らしさに余三郎は心を丸ごと持っていかれそうになったが、ハッと我に返った余三郎はブンブンと頭を振って慌てて気を引き締め直した。
「もぉ……菊花さん真面目に考えて下され。わし、命を拾えるかどうかの崖っぷちなんですよこれでも」
「そうでしたわね。でも、私思ったんですけど、どのように話が繋がるかもわからない鉄下駄の意味を考え続けるより、殿がよく知っている江戸城の歴史から推理した方がよろしいんじゃないでしょうか」
「江戸城の歴史ですか……」
そういえば愛姫の証言と江戸城の歴史を照らし合わせたことで、秘密の抜け路が城の東側に向かっているという推理をしたけれど、そこから先を考えもせずに話を次に移していた。
一つの答えを得たことで、余三郎はこの手掛かりから導き出せる解はもう無いものだと錯覚していた。
「確かにもっと考えられる事はあるやもしれませんね。うっかしりてました」
「そうでしょう? じゃあ、一度話を整理しますね」
そう言って菊花は思い出しながら語り出した。
「江戸城に秘密の抜け路を作らせたのはまず間違いなく権現様(徳川家康)でしょう。ですから、時期は殿がさっき仰っていた江戸城大改築の『天下普請』のときで確定ですね」
「うむ、城から脱出するための路を作るのは天下普請の時以外に有り得ない。もし城が完成して徳川家の執政が始まった後になってコッソリ抜け路を作るようなことは不可能だ。大勢の人が出入りする城内でそんな工事をしていれば、どれほど隠そうとしても即座に露見してしまう」
「そうですわね。そして、先ほど殿はその抜け路は東に向かっていると断定しました」
「『潮臭くなる』の一言が決め手ですね」
「で、殿はこうも言ってましたわよね? 昔は江戸の東はほとんどが湿地だったと。東側の土地は天下普請の時に作られた埋め立て地だと……。秘密の抜け路の出口は城の東側がまだ湿地だった時に作られたのでしょうか? それとも埋め立てられた後?」
「わしが読んだ史書では江戸城の大改築と湿地の埋め立ては同時に行われたと書いてありましたね。改めて考えれば、秘密の抜け路を作るのも天下普請の一環だったと考えた方が自然ですね」
「大事業に紛れて秘密の工事も並行してやっていた。と?」
余三郎は大きく頷いた。
「だとすればですよ? 埋め立て地の完成と、抜け路の完成も同時になるはずですわよね」
「そうなりますね」
「じゃあ、埋め立てが終わったばかりの更地に秘密の抜け路の出口はポッカリと口を開けて野晒しにされていたのでしょうか?」
「そんなはずはないですね。当然どこかの建物の敷地内にこっそりと隠されているはずです」
「それこそ『そんなはずはない』ですよ。殿」
「え?」
「だってそこは埋め立てが終わったばかりの更地なんですよ? まだ建物が一つもない広大な空き地なんです」
「あ、そうか……、いや、まてよ……」
余三郎は菊花と会話をしているうちに段々と推理の筋道が見えてきて目を見開いた。
「そうだ。元々土地がない所に抜け路の出口を作ったのだから、そこに目をつけて考えればいいのか……」
余三郎は腕を組んで独り言のように呟きながらこれまでの推論を整理した。
「天下普請が行われたときに城の東側が埋め立てられた。同時に秘密の抜け路が作られた。逆に言えば抜け路が作られるよりも前に、城の東側で建物が建てられるほどしっかりした土地なんて存在していなかった」
余三郎の独白を菊花は黙って聞いている。
「埋め立ての直後は土が馴染むのを待つのにある程度の時間が必要。しかし、それくらいの期間なら建築資材を積み上げて隠しておくことも出来る。そして、土が馴染んで建築しても良い時期に入れば出来上がったばかりの広大な更地で一斉に建築が始まる。あちこちで競うように建築しているのだから、その中で一ヵ所くらいおかしな作業をしていても人目を惹くような事にはならないはずだ」
余三郎の目が爛々と輝き出す。
「埋め立て直後に建てられた建物と言うことは、言い換えればその地で最も古い建物だということだ。つまり、これまでの推理を総合するとこうなる……」
ようやく正当に辿り着いた。その嬉しさが込み上げてきて心地良い緊張が体を駆け巡った。
「秘密の抜け路の出口は、天下普請の折の埋め立て地である日本橋から銀座にかけての地域。そこで最も古い建造物の中に隠されている!」
「おめでとうございます、殿。少ない手がかりを元によくぞここまで。偉い、偉い」
菊花がにっこりと微笑む。そんな彼女の笑顔に余三郎は感激で目を潤ませた。
「わしの考えが行き詰っていたところを菊花さんが別の角度から考えるように助言してくれたおかげですよ。菊花さんのおかげで助かった。あぁ、優しく微笑んで導いてくれる菊花さんはまるで菩薩のようだ……ありがたや、ありがたや」
「いやですわ殿ぉ、そんなに拝まれても何も出ませんわよ。……頑張ればお乳くらい出るかもですけど」
「え、出るんですか?」
「殿が私を愛してくだされば出るようになるかもしれませんよ?」
菊花が目を細めて意味深な笑顔を向けてきた。それで余三郎はようやく菊花にからかわれたのだと気が付く。
「えっ、その……わしは……」
そこで気の利いた返し文句でも言えれば『粋』な男のだろうが、色恋本を読んだことすらない余三郎に綺麗な返しを求めるのはいささか無理な注文である。
余三郎はパシリと自分の膝を叩いて、菊花から視線を逸らせながら強引に話を元に戻した。
「さ、さぁて、ここまで分かれば後は行動するだけだな! 推理した条件に該当する建造物を片っ端から見て回らなくては! ぐずぐずはしておれぬ!」
あからさまな話の逸らし方に菊花はクスリと笑った。もうちょっとからかってみたいという欲求もあったけれど、これ以上突っつくと泣くか怒るかしそうな気がしたので追い打ちはやめておいた。
「それでしたら、殿。古い建物を全部見て回らなくても、候補はもっと絞れるんじゃありませんか? 例えばその時期に作られた建物であっても、個人の邸宅やどこかの大名屋敷は候補として有り得ませんわよね。そんな施設の中に幕府の心臓部へ直接繋がる路を作るわけがないですもの」
「そ、そうですな。そうなると幕府直轄の施設……金座や銀座などの鋳造所か、奉行所とか?」
「そうですわね。その他の候補としては徳川家がその時期に勧進したお寺や神社という線もありますわ。むしろこっちのほうが有力な候補だと思いますけど」
「なるほどなるほど! うむ! なんとかなりそうな気がしてきました! 菊花さん、心から感謝します。今から早速探索してきます!」
すでに半分ほど見つけた気分になった余三郎は興奮して顔を上気させながらおっとり刀で飛び出していった。
「いってらっしゃーい。お気をつけてー」
見送りの声をかけたばかりだというのに、余三郎はすぐに帰ってきた。
「あら、何か忘れものですか?」
「えぇ、言うのを忘れていました。今日は帰るのが遅くなるかもしれませんが、わしの分の飯は用意しておいて下され」
「わかりましたわ」
「あと、もう一つ。さっき菊花さんが舌を出しておどけた仕草が凄く可愛らしくて良かったです。色っぽい笑顔よりも可愛く微笑んでる方の菊花さんのほうがわしは好きですよ。では、行ってきます!」
それだけ言い残すと余三郎は再び背を向けて走り去った。
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