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第三幕 子猫はもっと遊びたい
秘密の抜け路 3
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「抜け路は城の東側に向かっていると見当がついたものの、そこから先が分からぬな……」
「城の東側というだけでは範囲が広すぎますものねぇ」
囲炉裏の火を眺めながら愛姫、余三郎、菊花の三人がそれぞれに思案を巡らせてみるものの文殊の知恵は湧いてこない。
余三郎は愛姫に他の手がかりになりそうな会話はなかったかと訊いたが、愛姫は抜け路に対してそれほど興味を持っていたわけではないので、これに関して父と話した回数が少ない。
新たな手がかりが無いために推理も行き詰まる。
愛姫は最初こそワクワクした顔で余三郎の推理を期待していたのだけれど、それっきり推理に進展がないまま無駄に時間が経つにつれ、彼女の顔には退屈の色が滲み始めた。
暇を持て余した愛姫が考えているふりをしながら手の中の湯呑を無意味に回していると、遠くの方から笛の音が聞こえてきた。
『む? この音は……昨日見物に行った神社の方からか? もしかして今日もまだ祭りが続いているのか?』
笛の音に誘われるように愛姫が腰を浮かしかけた丁度その時、
「ただいま戻ったでござる」
「ただいま、なの」
町内清掃に出かけていた百合丸たちが帰ってきた。
「おお、帰ったか二人とも! ちょうど良いところで帰って来た。あの笛の音は昨日の神社からか? ふむ、今日は餅撒きが無い代わりに露店が並ぶ日だと? よし、それならば今日も見物に行くぞ。二人とも妾についてまいれ!」
「ちょ、愛姫!?」
愛姫が飛び上がるように立ち上がったので余三郎は慌てて引き留めようと膝を立てたが、余三郎の手が愛姫に届くよりも早く彼女はヒラリと土間に降りた。
「叔父上、妾は百合丸たちと祭り見物に行ってくるのじゃ! 話の続きは帰って来てからじゃな!」
愛姫は帰ってきたばかりの百合丸たちの手を掴むと、余三郎に余計なことを言われる前に早口で言い放って韋駄天のような早さで出て行ってしまった。
「あぁ、深窓の令嬢のはずなのになんて足の速さだ……。さすが亀宗兄者の娘というところか」
土煙を巻いて出て行った愛姫の健脚っぷりに余三郎が舌を巻く。
「そうですわね。そして性格の方は母親ゆずりかしら。あの強引さは母親にそっくりですよ。うふふふ」
「え? 菊花さんは義姉上を知っておるのですか。わしでも一、二度挨拶した程度しか会ってないのに……」
親族の余三郎でも滅多に会えない高貴な婦人に、なぜ一介の女中が……と余三郎は眉を寄せた。
「そこはほら、私の母が御台所様(将軍正室)の側近ですからね。その縁で何度か私も伺候させてもらったことがありますわ。私がこうして殿と縁ができているのも母がいたからですし、何も不思議なことなんてないでしょう?」
言われてみれば納得の理由だった。
「あの方は少々気が強いところもありますけれど、少女のように好奇心旺盛でちょっとした悪戯が好きな可愛らしいお方ですよ。まるで愛姫をそのまま大きくしたような女性ですわね」
「遠目で見た感じでは、嫋やかな貴婦人って印象だったのじゃが中身は違うものじゃな……まぁいい。それよりも、です」
やはり余三郎は自分の今の立場が気にかかるようで、話題をすぐに秘密の抜け路に戻した。
「それで、愛姫が言っていた『鉄下駄』の話はどういう解釈をしたらいいと思います? 『潮臭くなる』という言葉以外ではこれくらしか手がかりになりそうな言葉は無いのですが」
「そうですねぇ。難しく考えずに、そのままの意味で足腰を鍛えておけってことでは? つまり、その路を歩くのには相応の体力が必要なのでは? 例えば、そこは高低差が激しい路で何度も上り下りしなきゃいけないような作りになっているとか」
「なるほど……でも、抜け路はそんな頻繁に高低差が出るような路ではないはずですよ」
菊花の予想を余三郎ははっきりと否定した。
「なぜわかるんです?」
「抜け路が地下を掘った路だからですよ。鉱山などがそうですが、地下抗は水が湧き出すことが多いので排水に気をつけなければならないんです。通路に僅かな角度をつけて水を吸い込んでくれる孔に流れを導くんですよ」
「あら、そうなんですか」
「ええ。何度も高低差が出るような掘り方をしたらその回数の分だけ排水孔が必要で、もし充分な排水が出来なくなればあっという間に水没します。天然の鍾乳洞ならば地下を流れる川を内包している場合が多いのでその限りではないんですけどね」
「へぇ~随分とお詳しいんですね。それも城で暮らしていた時に学者の先生から教わったんですか」
「いえ、これは出家した柿宗兄者からの受け売りで」
「あー……発明が大好きな道楽法主ですか……」
「なんだか嫌そうな顔をしてますね。柿宗兄者と何かあったんですか?」
「いえね、五男の柿宗様だけなら別にいいんですよ。ただあの人が芸術家として名を上げている四男の栗宗様と一緒になると無駄に意気投合して、発生した創作意欲が妙な方向に暴走した挙句、結果としてろくでもないことしかしませんので、そうなるともう……控えめに言ってブッ殺したくなりますわね」
「ブッころ……」
栗宗兄者と柿宗兄者は菊花さんにいったい何をやらかしたんだろう? そんな事を本人に聞いても藪蛇にしかならないと察した余三郎は何も聞かなかったことにした。
「城の東側というだけでは範囲が広すぎますものねぇ」
囲炉裏の火を眺めながら愛姫、余三郎、菊花の三人がそれぞれに思案を巡らせてみるものの文殊の知恵は湧いてこない。
余三郎は愛姫に他の手がかりになりそうな会話はなかったかと訊いたが、愛姫は抜け路に対してそれほど興味を持っていたわけではないので、これに関して父と話した回数が少ない。
新たな手がかりが無いために推理も行き詰まる。
愛姫は最初こそワクワクした顔で余三郎の推理を期待していたのだけれど、それっきり推理に進展がないまま無駄に時間が経つにつれ、彼女の顔には退屈の色が滲み始めた。
暇を持て余した愛姫が考えているふりをしながら手の中の湯呑を無意味に回していると、遠くの方から笛の音が聞こえてきた。
『む? この音は……昨日見物に行った神社の方からか? もしかして今日もまだ祭りが続いているのか?』
笛の音に誘われるように愛姫が腰を浮かしかけた丁度その時、
「ただいま戻ったでござる」
「ただいま、なの」
町内清掃に出かけていた百合丸たちが帰ってきた。
「おお、帰ったか二人とも! ちょうど良いところで帰って来た。あの笛の音は昨日の神社からか? ふむ、今日は餅撒きが無い代わりに露店が並ぶ日だと? よし、それならば今日も見物に行くぞ。二人とも妾についてまいれ!」
「ちょ、愛姫!?」
愛姫が飛び上がるように立ち上がったので余三郎は慌てて引き留めようと膝を立てたが、余三郎の手が愛姫に届くよりも早く彼女はヒラリと土間に降りた。
「叔父上、妾は百合丸たちと祭り見物に行ってくるのじゃ! 話の続きは帰って来てからじゃな!」
愛姫は帰ってきたばかりの百合丸たちの手を掴むと、余三郎に余計なことを言われる前に早口で言い放って韋駄天のような早さで出て行ってしまった。
「あぁ、深窓の令嬢のはずなのになんて足の速さだ……。さすが亀宗兄者の娘というところか」
土煙を巻いて出て行った愛姫の健脚っぷりに余三郎が舌を巻く。
「そうですわね。そして性格の方は母親ゆずりかしら。あの強引さは母親にそっくりですよ。うふふふ」
「え? 菊花さんは義姉上を知っておるのですか。わしでも一、二度挨拶した程度しか会ってないのに……」
親族の余三郎でも滅多に会えない高貴な婦人に、なぜ一介の女中が……と余三郎は眉を寄せた。
「そこはほら、私の母が御台所様(将軍正室)の側近ですからね。その縁で何度か私も伺候させてもらったことがありますわ。私がこうして殿と縁ができているのも母がいたからですし、何も不思議なことなんてないでしょう?」
言われてみれば納得の理由だった。
「あの方は少々気が強いところもありますけれど、少女のように好奇心旺盛でちょっとした悪戯が好きな可愛らしいお方ですよ。まるで愛姫をそのまま大きくしたような女性ですわね」
「遠目で見た感じでは、嫋やかな貴婦人って印象だったのじゃが中身は違うものじゃな……まぁいい。それよりも、です」
やはり余三郎は自分の今の立場が気にかかるようで、話題をすぐに秘密の抜け路に戻した。
「それで、愛姫が言っていた『鉄下駄』の話はどういう解釈をしたらいいと思います? 『潮臭くなる』という言葉以外ではこれくらしか手がかりになりそうな言葉は無いのですが」
「そうですねぇ。難しく考えずに、そのままの意味で足腰を鍛えておけってことでは? つまり、その路を歩くのには相応の体力が必要なのでは? 例えば、そこは高低差が激しい路で何度も上り下りしなきゃいけないような作りになっているとか」
「なるほど……でも、抜け路はそんな頻繁に高低差が出るような路ではないはずですよ」
菊花の予想を余三郎ははっきりと否定した。
「なぜわかるんです?」
「抜け路が地下を掘った路だからですよ。鉱山などがそうですが、地下抗は水が湧き出すことが多いので排水に気をつけなければならないんです。通路に僅かな角度をつけて水を吸い込んでくれる孔に流れを導くんですよ」
「あら、そうなんですか」
「ええ。何度も高低差が出るような掘り方をしたらその回数の分だけ排水孔が必要で、もし充分な排水が出来なくなればあっという間に水没します。天然の鍾乳洞ならば地下を流れる川を内包している場合が多いのでその限りではないんですけどね」
「へぇ~随分とお詳しいんですね。それも城で暮らしていた時に学者の先生から教わったんですか」
「いえ、これは出家した柿宗兄者からの受け売りで」
「あー……発明が大好きな道楽法主ですか……」
「なんだか嫌そうな顔をしてますね。柿宗兄者と何かあったんですか?」
「いえね、五男の柿宗様だけなら別にいいんですよ。ただあの人が芸術家として名を上げている四男の栗宗様と一緒になると無駄に意気投合して、発生した創作意欲が妙な方向に暴走した挙句、結果としてろくでもないことしかしませんので、そうなるともう……控えめに言ってブッ殺したくなりますわね」
「ブッころ……」
栗宗兄者と柿宗兄者は菊花さんにいったい何をやらかしたんだろう? そんな事を本人に聞いても藪蛇にしかならないと察した余三郎は何も聞かなかったことにした。
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