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第二幕 みんなが子猫を探してる
夜伽話
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余三郎は自分の屋敷(借家)の板間で寒さに震えながら蓑虫のように丸くなっていた。
自分よりも遥かに尊き身の愛姫が猫柳家に逗留することになったので、この屋敷で最も豪華な部屋(マシな部屋ともいう)である余三郎の寝所を彼女のために空けたからだ。
余三郎の部屋からは愛姫の他に百合丸と霧の話声も聞こえる。愛姫が二人に夜伽話をせよと命じたからなのだが、一人で寝床に入るのが寂しかった愛姫が近しい年代の女子とおしゃべりしたかっただけのことだ。
梅の花が咲く弥生(三月)は日中こそ温かいものの夜はまだ寒い。
余三郎は菊花が貸してくれた打掛を体に被せて、土間から流れてくる冷気に体温が奪われないようにできるだけ体を縮こまらせている。
百合丸と霧の二人が愛姫と一緒に余三郎の部屋に行っているのだから必然的に二人の部屋が空くので、余三郎は今夜だけそこで寝かせてもらおうとしたのだけれど、百合丸に「ダメでござる! この部屋は男子禁制でござる!」と全力で断られてしまった。
『わし、この家の主なのに……』
余三郎はかなり切ない気持ちになってきた。
思えば夕飯の時も切なくなるような対応をされている。
お腹が膨れれば今の窮地から逃れる手立てが浮かぶかも……ということで食事を先にしたのだが、食ったら食ったで久しぶりの満腹感で眠くなり、早々に床を敷く流れになってしまった。
しかも、余三郎が一番頼りにしていた菊花は食器の洗い物を終えると「あ、そろそろ刻限ですので私は帰りますね」と早々に帰ってしまった。
「え? ちょ、菊花さん!?」
その時の余三郎の顔は「まるで極楽から垂らされた蜘蛛の糸を笑顔でプッチンされた亡者のようじゃった」と、後に愛姫は語った。
せめてもの救いは、菊花が帰り際に「今日あたり母が城から帰ってきているはずですから、この件を相談してみますわ」と言ってくれたことくらいだ。
菊花の母とは余三郎の乳母だった人物。
余三郎が赤ん坊の頃はただの乳母でしかなかったが、今ではかなり出世して大奥で働く女中たちの中でも相当に高い地位にいるらしい。
現役で大奥勤めをしている高位の女中であれば愛姫を帰すために何かしら良い思案もあるかもしれない。
余三郎はそこに期待するしかもう手はなかった。
『……いかんな。こうも寒いと厠が近くなってしまう』
余三郎は冷気にぶるりと体を震わせる。
せっかく打掛の中が体温で温まってきたところだったが、余三郎は押し寄せてくる尿意に負けて渋々と厠に立った。
余三郎が家の外の別棟に建てられている厠に行っている頃、百合丸たちは夜伽として愛姫に身の上話を披露していた。
「猫柳家は拙者たちにとって最後の居場所なのでござるよ」
独り言のように小さな声で百合丸は語る。
「最後の居場所?」
「拙者も霧殿も見ての通りの女子。普通ならば旗本の家臣として取り立てられる事は無いでござる」
三人は部屋の真ん中に三枚の薄い布団を重ねて全員同じ布団の中に入っていた。
それぞれの薄い布団一枚だけでは寒いからそういう方法で対処することに行きついたのだが、この状態を余三郎が見れば『こらこら、将軍の一人娘に対して気安すぎるぞ』と小言を零す事だろう。
もっとも、当の愛姫本人は歳が近くて気安く話の出来る二人に挟まれながらコショコショと夜話出来ることが嬉しくて、身分差などは全く気にしていない。
「ふむ、確かにそうじゃの。二人とも叔父上の近くにいるのが馴染みすぎていて変に思わなかったが……確かに確かに。だがなぜじゃ? なぜ二人は……いや、言いたくなければ妾も強いて訊くつもりはないが」
「……」
「……」
百合丸と霧は互いに目を合わせてから二人同時に頷いた。
「拙者も霧殿も『存在が邪魔な子』だったのでござる」
「存在が邪魔?」
思いもかけなかった言葉を聞いて愛姫は思わず猫のように目を丸くした。
自分よりも遥かに尊き身の愛姫が猫柳家に逗留することになったので、この屋敷で最も豪華な部屋(マシな部屋ともいう)である余三郎の寝所を彼女のために空けたからだ。
余三郎の部屋からは愛姫の他に百合丸と霧の話声も聞こえる。愛姫が二人に夜伽話をせよと命じたからなのだが、一人で寝床に入るのが寂しかった愛姫が近しい年代の女子とおしゃべりしたかっただけのことだ。
梅の花が咲く弥生(三月)は日中こそ温かいものの夜はまだ寒い。
余三郎は菊花が貸してくれた打掛を体に被せて、土間から流れてくる冷気に体温が奪われないようにできるだけ体を縮こまらせている。
百合丸と霧の二人が愛姫と一緒に余三郎の部屋に行っているのだから必然的に二人の部屋が空くので、余三郎は今夜だけそこで寝かせてもらおうとしたのだけれど、百合丸に「ダメでござる! この部屋は男子禁制でござる!」と全力で断られてしまった。
『わし、この家の主なのに……』
余三郎はかなり切ない気持ちになってきた。
思えば夕飯の時も切なくなるような対応をされている。
お腹が膨れれば今の窮地から逃れる手立てが浮かぶかも……ということで食事を先にしたのだが、食ったら食ったで久しぶりの満腹感で眠くなり、早々に床を敷く流れになってしまった。
しかも、余三郎が一番頼りにしていた菊花は食器の洗い物を終えると「あ、そろそろ刻限ですので私は帰りますね」と早々に帰ってしまった。
「え? ちょ、菊花さん!?」
その時の余三郎の顔は「まるで極楽から垂らされた蜘蛛の糸を笑顔でプッチンされた亡者のようじゃった」と、後に愛姫は語った。
せめてもの救いは、菊花が帰り際に「今日あたり母が城から帰ってきているはずですから、この件を相談してみますわ」と言ってくれたことくらいだ。
菊花の母とは余三郎の乳母だった人物。
余三郎が赤ん坊の頃はただの乳母でしかなかったが、今ではかなり出世して大奥で働く女中たちの中でも相当に高い地位にいるらしい。
現役で大奥勤めをしている高位の女中であれば愛姫を帰すために何かしら良い思案もあるかもしれない。
余三郎はそこに期待するしかもう手はなかった。
『……いかんな。こうも寒いと厠が近くなってしまう』
余三郎は冷気にぶるりと体を震わせる。
せっかく打掛の中が体温で温まってきたところだったが、余三郎は押し寄せてくる尿意に負けて渋々と厠に立った。
余三郎が家の外の別棟に建てられている厠に行っている頃、百合丸たちは夜伽として愛姫に身の上話を披露していた。
「猫柳家は拙者たちにとって最後の居場所なのでござるよ」
独り言のように小さな声で百合丸は語る。
「最後の居場所?」
「拙者も霧殿も見ての通りの女子。普通ならば旗本の家臣として取り立てられる事は無いでござる」
三人は部屋の真ん中に三枚の薄い布団を重ねて全員同じ布団の中に入っていた。
それぞれの薄い布団一枚だけでは寒いからそういう方法で対処することに行きついたのだが、この状態を余三郎が見れば『こらこら、将軍の一人娘に対して気安すぎるぞ』と小言を零す事だろう。
もっとも、当の愛姫本人は歳が近くて気安く話の出来る二人に挟まれながらコショコショと夜話出来ることが嬉しくて、身分差などは全く気にしていない。
「ふむ、確かにそうじゃの。二人とも叔父上の近くにいるのが馴染みすぎていて変に思わなかったが……確かに確かに。だがなぜじゃ? なぜ二人は……いや、言いたくなければ妾も強いて訊くつもりはないが」
「……」
「……」
百合丸と霧は互いに目を合わせてから二人同時に頷いた。
「拙者も霧殿も『存在が邪魔な子』だったのでござる」
「存在が邪魔?」
思いもかけなかった言葉を聞いて愛姫は思わず猫のように目を丸くした。
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