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外伝:アレクシス
あいしてるの罪 ep6
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王宮の私室に戻ると、サリューは重い荷物を下ろすように外套を脱ぎ捨てた。
どさりと身体をソファの上に投げ出して、考えをまとめる。集めた断片的な事実が積み重ねられ、一つの形を、作り出していく。
アレクシスはきっと、ルシアンを愛していたのだ、とサリューは結論付けた。そして、それをルシアン自身に知られることを、良しとしなかったのだと。
長く出仕を拒んだことも、出せない手紙を書き続けたことも、最初の禰宜を拒んだことも、自らの遺体を炎に焚べさせたのも。それから、彼の魔力をルシアンに遺していったことも。
ただまっすぐに、愛していたから。そうであるなら、理解ができた。
アレクシスの行動は全て、ルシアンに向いていて。きっと自分自身の事よりも、ルシアンのことを一番に考えていた。
もしそうなら。
彼にとって『在るべき場所』とは、つまりルシアンの側、だと言うことになる。
サリューはソファの上で、ぼんやりと天井を見つめる。
アレクシスが亡くなって、八年が過ぎていた。
八年前。
サリューにとっては、ルシアンと出会う前だ。彼の身の周りにどのような変化があったのか、直接見知っているわけではない。
けれど、推し量る事は出来た。
アレクシスはきっと、ずっとルシアンの側にいることを望んだのだろうから。
ふぅ、と溜息をついて、ソファから立ち上がり、私室から出る。
「どちらへ?」
護衛の声に「少し城内を散歩する」と答える。向かうのは大広間。
そこには、王家の面々の肖像画が掲げられていた。記憶が間違っていなければ、アンドレア王子のものも掲出されていたはず。
サリューはその絵の前に立って。
理解した。
長い栗色の髪に、明るい鳶色の瞳。人懐っこい微笑みを浮かべた表情。
それは、ジャンの容姿によく似ていた。
**
ジャンについて調べる必要があった。それも、ルシアンに知られぬように。サリューには気が進まない仕事だったが、そのままにするわけにもいかなかった。
夜。食事の席でサリューは週末に気分転換をしたい、とルシアンに隣国の居宅への来訪を持ちかけた。
「いいですね。ちょうど収穫祭の時期です。祭りを見て回りますか」
その提案を受け入れて、「そういえば、ジャンはどうしてる?」と水を向ける。
「元気にしてますよ。もうすぐ三級魔法師の試験を受ける予定です」
何なら一緒に祭りを回りますか、とルシアンが言うので。サリューは「それも良いな」と返した。
「三級って、どのくらいの試験なんだ?」
サリューが普段王宮で目にする魔法使いは、大抵は一級の証を首から下げている。だから、国一流の証が一級であることは認識していた。だがその下になると力の程度は推し量れない。
「三級に受かると、魔術師として仕事を請負う事ができるようになります。ランクの低いものに限りますが。ジャンが受かれば、きっと最年少記録でしょうね」
「へぇ。いま、いくつになるんだ?」
十一です。とルシアンは答えた。
ということは、八年前なら三歳だ、とサリューは心に書き留める。
「そりゃ、凄いな。その年で、一人前になるってことだろ? ……ご両親も喜ぶだろうな」
世間話のていでサリューは言ってみせる。自然な会話を紡ぎながら自分の欲しい情報を引き出すのは、サリューにとっては造作のないことだった。ただ、それをルシアン相手にやるのは、気持ちの良いものではなかった。
「ええ、……ただ、彼は孤児なんです。いまの両親は里親で。彼らはジャンの魔法の才を歓迎していますが、……どこか恐れているように思えます」
それがジャンの抱える一つの問題だと言うように、ルシアンはわずかに眉毛を寄せた。
里親。では本当の両親は、どこにいるのか。おそらくルシアンはそこまでは知らないだろう。魔法大学校に問い合わせればわかるだろうか。それとも、いっそ里親を訪ねるべきか。
心の中で確認すべきことを書き留めて、サリューは会話をつなげる。
「そうか……まぁ、魔法って、出来ない奴からすると本当にわからないからな。ジャンの才能に、理解が追いつかないのかもな」
慰めるように言って、サリューは微笑んだ。
「そうですね。……彼の早熟さは、周囲の理解を得るのは難しい……もっと、対等に振る舞える相手がいると良いのですが」
「ルシアンがその立場じゃなくて?」
魔法の才をいえば、ジャンに取ってルシアンこそ対等に話せる相手だろう。
「ある意味では。ただ、私とジャンでは、どうしても先生と生徒の域を出ませんし、……出るつもりはありません」
自戒するように言って、ルシアンは苦い顔をする。
「先日、……ジャンが初めての発情を迎えて。その場に立ち会わせてしまって……。すぐ治まりましたが、……その、相手をとせがまれて困りました。もちろん断りましたが。……どうにか諦めて貰いたいのですが」
言いにくそうに視線を落として、ルシアンは溜息をついた。
「そう……」
サリューは答えるべき言葉を失った。
初めての発情は、通常ちょっとした発熱と芳香がでるだけで、すぐに自然と治まるものだった。十一なら、初めてを迎える年としては自然なころだ。これから少しずつ発情の長さと程度が大人のそれに近づいて、やがて性的な成熟を迎えるはずだった。
「もし諦めなかったら……どうなるの」
ジャンはずっとルシアンのことが好きで。隠すこともなくまっすぐにその気持ちを伝え続けていることを、サリューは知っている。サリューと結婚した後ですら諦めていない様子を見ると、このあとも、ルシアンを諦めて他の誰かを禰宜にするとは容易には思えなかった。
サリューが口にした懸念は、ルシアンも感じていたのだろう、答えは明確だった。
「どのような状況であれ、承諾はしません。あちらでも、若年者は神殿が相手を探してくれる様です。ただ、あまり評判は良くないようで。……心配はしています」
言ってから、ルシアンはサリューの目を見返して「ジャンが自分に相応しい相手を見つけてくれることが一番です」と言い切った。
「うん……」
それが道理だとサリューは同意する。けれど、と逡巡した気持ちを見抜いたのか、ルシアンはさらに言葉を重ねた。
「あなたが気に病むことじゃない。私はあなたのものです。それは、私自身が望んでいること。忘れないでください」
強く諭すように言われて、サリューは「わかってるよ」と微笑んで見せた。
譲れないことの線引は明確でなければならない。下手な期待を持たせるような真似は避けるべきだった。
その週末。ルシアンに伴われてサリューは隣国の収穫祭を訪れた。そこにはジャンを含めた学生六人が二人を待ち構えていた。
「私の研究室のメンバーです」とサリューに紹介されたメンバーの中には、サリューが以前に会った女の子も含まれている。
「こんにちは。リュージュよ。今日は迷子にならないようにね」
そう笑った彼女に「気をつける」とサリューは笑い返した。
「ゼミ生ってことは今年卒業なの?」
と聞くと「そう。ジャンとアーサー以外はね」とリュージュは言葉を繋いだ。
「二人は進学するから、まだ先生のゼミに残るよ」
そうなんだ、と相槌を打って、サリューはルシアンと話しているジャンを見た。
「ねえ、ジャンが先生を好きなの、サリューは知ってるの?」
「……知ってるよ」
「なら良かった。ちょっと、ね。心配してた」
含むように言って、彼女は微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫。彼は俺のだから」
異国の言葉で上手く表現できず、かなり直接的な表現でサリューが言うと、彼女は「その意気!」と発破をかけるように笑った。
「先生、ジャンに甘いから……! しっかり見ててね」
リュージュに『甘い』と形容されたのを確認するように、サリューは話している二人の様子を視界に入れる。ルシアンにとってジャンは庇護すべき対象であることも、ルシアンがジャンの境遇に共感しているのも、サリューは理解はできていた。その上で見ても、確かにただの先生と生徒にしては親しげに映るのは確かだった。
「いこう」
とリュージュに手を引かれて、サリューがついて行くと、彼女はルシアンとジャンの会話に強引に割り込んでいく。
「先生、ちゃんとエスコートしないとだめだよ。また迷子になったらどうするの」
そう捲し立てる彼女に、ジャンも笑っていて。
「すみません。行きましょう」
そう、言ったルシアンはサリューの手を取って歩きだす。
「良いのか」
とサリューが問えば、「いいんです」とルシアンは耳元で囁くように答えた。それから手を繋ぐどころか、ぴったりと身体を寄り添わせて、サリューの腰を抱くように腕を回す。
「やめろよ」
「心配しなくても、ゼミ生にはあなたが番だと知らせてます。この国では、これくらいなんともありません」
言われながら、まるで見せつけているようだ、とサリューは思い当たる。
「……知らないぞ」
言って、サリューはされるがままにぴたりと腰を寄せて歩きだした。後ろから学生たちの、ジャンの視線を感じるが、気にしないように自分に言い聞かせる。
聞いていた通り、祭りの人混みは尋常ではなかった。市場は人で溢れ、活気に満ちている。
「これ、美味しいですよ。あなたの好きそうな味です」
「……何?」
見たことのない屋台料理に、サリューは指された先を覗き込む。大きな肉の塊を火で焙って、切り落とし、串に刺してタレをつける。一連の作業を見せつけながら、屋台はあたりに美味しそうな匂いを振りまいていた。
「ヤーガーの肉です」
ひとつ、と店主に声をかけてルシアンは串に刺された肉を買ってくれる。
「ありがとう」
受け取って齧ると、匂いから想像した通りの美味しさだった。
「うまいな。お前も食べるか?」
はい、と言うのでサリューが串を差し出すと、そのまま齧り取られる。買ってもらったものだったが、仕草としては食べさせているような形になって、サリューは思わず微笑んだ。こんな風に無防備に連れだって歩くのは、自国の祭りではなかなか出来ないだろう。
「何が可笑しいんです?」
「別に。他にお勧めは?」
立ち並ぶ屋台を眺めながら串焼きを食べ終わると、離れていた生徒たちが集まってきた。
「花菓子、やらないの? 先生」
あれ、とリュージュが指した方を見ると、色とりどりの花をかたどった菓子が飾られている。
「花?」
いいから、やってきなよ、と生徒たちに囃し立てられるようにして、まるで花屋のような店の前に押し出される。
「……よくある遊びですから。好きなのを選んで下さい」
言われて、並んだ花を見比べる。色だけじゃなく花の形も様々で、ずいぶん手の込んだ菓子だ。サリューが訝しむと、隣でルシアンが花を取る。紫色のトルコキキョウに似た花だった。
「じゃあ、これ」
サリューは目についた赤い花を手に取った。ダリアに似た、華やかな花だ。
ルシアンが支払いを済ませると、どうぞ、と彼は花をサリューに差し出した。
「俺に? じゃあ、どうぞ?」
差し出された花を受け取って、代わりにサリューは自分の選んだ花をルシアンに差し出した。
「ありがとう。花の中に占いが入っています。食べ終わったあとに見て下さい」
ここに、とルシアンが指した花弁の奥には確かに小さな紙切れが見える。
「へぇ。これは、飴?」
そうです、と答えを受けて、サリューはバリ、と花をかみ砕いた。
「ちょっと、丸かじり?!」
寄ってきたリュージュに笑われて「え、だめか?」とサリューは笑い返す。割れた花弁の奥から紙片を取り出して、「読んで」と異国の文字でつづられた紙片をルシアンに差し出すと、リュージュはやっぱり大笑いした。
「先生、なんもっ、説明、しなかったの?」
「説明したらやってくれませんよ、この人は」
はぁ、とため息をついて、ルシアンは差し出された紙片を読み上げる。
「“最上の相手、離してはいけません”」
ふ、とルシアンが笑うと、リュージュだけでなく、取り巻いた生徒たちが一斉に囃し立てた。
「なに?」
「あなたにとっての、私の価値、です」
サリューの質問にルシアンが応えると、「花をもらった相手がどんなパートナーになるかっていう占いが入ってるの」と、リュージュが付け足す。
「ここで開けていいですか?」
サリューに贈られた花を指してルシアンは言う。
「いいよ」
サリューが笑いかけると、ルシアンは花の花弁を割って、紙片を取り出した。
「“あなたを導く星。見失わないように”」
読み上げたルシアンがじっと見つめるので、サリューは「なんだよ、」とたじろいだ。
「いえ。当たってるなと思って。見失わないよう、追い続けますよ」
さらりと甘く言ってのけたルシアンに、サリューは「ばか」と口ごもる。生徒たちもあっけにとられたのか、囃し立てて良いのか顔を見合わせていた。
「先生、やりすぎ。ほんと、学校と態度が違いすぎない?」
リュージュが呆れたように声をかけると「当然でしょう。仕事とプライベートが違うのは」とルシアンは取り合いもしない。
「そういうのは、先生らしいですけど。……サリュー、知ってた?」
「いや……面白いな」
サリューにとっては普段は知ることのできないルシアンの振舞いだったが、ある意味、想像通りではあった。学生たちとそれなりに仲良くやっている様子が解って――とくにリュージュとの息の合い方が可笑しくて、よかった、と思う。
気になってサリューは視界の端でジャンをとらえた。一連のやり取りを他の学生たちとみていた彼は、終始楽しそうに笑っていた。その心境を、サリューはうまく推し量ることができない。ジャンにとって自分は恋敵であるはずなのに、彼からは少しも嫉妬のような暗い感情を向けられずにいる。それが、不思議だった。
「そろそろ、山車を見に向かいますか?」
「はーい」
ルシアンの声に生徒たちが連れだって歩きだす。豪華な飾りとからくり仕掛けの仕込まれた山車を引きまわすパレードが、この祭りの目玉だった。生徒の中に生家がパレードが通る大通り沿いの商店だという子がいて、その軒先を観覧場所に貸してもらうことになっていた。
「ジャン、見えそう? 前に行く?」
生徒の親である店主に挨拶をするルシアンをよそに、サリューは生徒たちに交じって見物客の中に並び、ジャンに声をかけた。軒先は普段はカフェとして使われていて、路面よりは一段高い。けれどジャンにとっては居並ぶ大人たちを前に十分な視界があるとは思えなかった。
「前に? いけるの?」
「大丈夫、ついてきて」
すいません、前に入れてもらえますか、とサリューが周囲に声をかけると人垣に隙間ができた。サリューに続いて前にたどり着くとジャンは「ありがとう」とサリューを見上げる。
「べつに。俺も隣で見よう」
ジャンの視線に合わせてサリューが膝をつくと、ジャンは面映ゆそうに微笑んだ。嬉しかったら笑い、悲しかったら泣く、ジャンの振る舞いにはそういう直情的な風情があるとサリューは思う。裏表がないというか、なさ過ぎて、掴みどころがないように思える。
「山車を見るのは初めて?」
「ううん、去年も見ました。でもみんなの後ろからだったから、あんまり見えなかった」
あどけなく答えるジャンは、ただの子供に見える。さて、話す場はできた。それじゃあ、何から、どうやって聞こうか、とサリューが考えているとジャンがあの、と声をかけてきた。
「なに?」
「サリューは、先生と結婚したんだよね」
「そうだよ」
笑いかけると、ジャンも笑って見せる。
「おめでとう、ございます。……あの。僕は先生が好きで……番になりたいけど。でも、先生はサリューがいいっていうから。先生がサリューを好きなら、僕は番になれなくてもしょうがない、です」
ジャンの独特な喋り方は、サリューが出会った頃とそう変わっていなかった。事実は事実、感情は感情、という風に分けて考えているような切り取り方だ。それは彼が見ている、感じている世界を映し出しているのだろう。
「ありがとう。……ねえ、どうしてルシアンが好きなの?」
「……分かりません。ただ、先生に出会ったときに、この人だって思いました。自分がずっと探していた人だって」
「探していた?」
サリューがジャンの瞳を覗き込むと、ジャンはまっすぐにサリューを見返した。その瞳には、嘘をついているような陰りはみじんもない。
遠くからパレードの音が近づいてくる。喧騒が近づく中で、サリューはジャンと距離を詰めてその声に耳を澄ませた。
「そうです。僕は孤児で、お父さんもお母さんも知りません。でも、誰か、ずっと、会いたいと思っていた人がいて。その人のことは何も知らなかったけど、僕はその人に会うために生まれてきたんだって、知ってました。だから、先生に会ったときに、この人だって分かったんです」
少し早口にそういうと、ジャンは「先生には言わないで」と付け加えた。
「恥ずかしいから。あの、だから僕は先生とずっと一緒にいられれば、それでいいんです。番になれなくっても。なれたら嬉しいけど。でも、先生が僕じゃダメっていうなら、仕方がないです。さっき、見てたらちゃんと分かりました。サリューと話している先生、いつもと違って、とても幸せそうでした。先生は、僕よりずっとサリューのことが好きだって、分かりました。だから、僕は二番目でいいです。それで先生とずっと一緒にいられるなら。あの……それじゃ、だめですか」
最後だけ、妙に気弱な口調でジャンはサリューに問いかけた。その言い方が、まるで許しを請うような響きに思えて、サリューは可愛らしいな、と微笑んだ。きっと、ジャンの中ではただ純粋な願いとして、そう思うのだろう。自分のことよりも、誰よりもルシアンのことを優先して、ただ相手が幸せであってほしいと願う。その真摯な気持ちが、痛いほど伝わってくる。
じっと自分を見つめる視線を見返して、サリューはどう答えるべきか、言葉を選んだ。
「ジャンがルシアンのそばにいたいっていう、それは別に構わない。俺が決めることじゃないからね。でも、俺はルシアンが好きだから。だから、一番目は譲れないよ。番になるのは諦めて欲しい。彼は、俺のだ」
大人げない言い方かもしれなかった。でもできるだけ率直に、簡潔な言い方を選んでサリューが告げると、ジャンはギュッっと一瞬、唇を噛んで。静かに目を閉じた。それから、深呼吸を一つして。意を決したようにサリューを見た。
「わかった。僕は、先生のそばにいられれば、それでいいから……。約束する。あの。先生のこと、ずっと好きでいてね。先生、サリューのことすっごく好きだから。約束して」
「わかった。ジャン、俺の国ではね、小指で約束をするんだ。知ってる? 指切りっていう」
サリューが右手の小指を差し出すと、ジャンは「知ってる、やったことはないけど」と答えた。
「じゃあ、指切りげんまん。大丈夫、絶対に約束は守るよ」
サリューが小指を絡めて言うと、ジャンは嬉しそうに笑ってみせる。その笑顔には何の屈託もない。
パレードの音が近づく。ほら、とジャンの視線を山車に向けさせて、サリューはジャンを後ろから眺めた。小さな身体と不釣り合いな魔法の才能に、不安定で何かが欠けた心。それから、ただルシアンを探していたという言葉。
彼がアンドレア王子なのか、それともアレクシスであるのか。あるいはその両方なのか。
不確定な要素をつなぎ合わせれば、消えてしまった王子とジャンが無関係だと言い切ることはできなかった。けれど一方で確実な証拠は何もなかった。
あるいは、ルシアンにジャンの体を調べさせればその素性は明らかになるのかもしれない。
でもサリューは、そうすることはできない、と感じた。
例えばそれで明らかになることで。誰が幸せになるだろうか。
誰も。
真相を知りえたとして。それが最良の状況を与えてくれるとは、到底思えなかった。
歌い踊りながら、山車を引くパレードが目の前を通り過ぎていく。
楽し気に声をかけ、囃し立て、人々の熱狂があつまって、華やかに空にこだましていく。
「ただアレクシス様の望むとおりに」
喧騒の中に溶かすように、サリューはそうつぶやいた。
どさりと身体をソファの上に投げ出して、考えをまとめる。集めた断片的な事実が積み重ねられ、一つの形を、作り出していく。
アレクシスはきっと、ルシアンを愛していたのだ、とサリューは結論付けた。そして、それをルシアン自身に知られることを、良しとしなかったのだと。
長く出仕を拒んだことも、出せない手紙を書き続けたことも、最初の禰宜を拒んだことも、自らの遺体を炎に焚べさせたのも。それから、彼の魔力をルシアンに遺していったことも。
ただまっすぐに、愛していたから。そうであるなら、理解ができた。
アレクシスの行動は全て、ルシアンに向いていて。きっと自分自身の事よりも、ルシアンのことを一番に考えていた。
もしそうなら。
彼にとって『在るべき場所』とは、つまりルシアンの側、だと言うことになる。
サリューはソファの上で、ぼんやりと天井を見つめる。
アレクシスが亡くなって、八年が過ぎていた。
八年前。
サリューにとっては、ルシアンと出会う前だ。彼の身の周りにどのような変化があったのか、直接見知っているわけではない。
けれど、推し量る事は出来た。
アレクシスはきっと、ずっとルシアンの側にいることを望んだのだろうから。
ふぅ、と溜息をついて、ソファから立ち上がり、私室から出る。
「どちらへ?」
護衛の声に「少し城内を散歩する」と答える。向かうのは大広間。
そこには、王家の面々の肖像画が掲げられていた。記憶が間違っていなければ、アンドレア王子のものも掲出されていたはず。
サリューはその絵の前に立って。
理解した。
長い栗色の髪に、明るい鳶色の瞳。人懐っこい微笑みを浮かべた表情。
それは、ジャンの容姿によく似ていた。
**
ジャンについて調べる必要があった。それも、ルシアンに知られぬように。サリューには気が進まない仕事だったが、そのままにするわけにもいかなかった。
夜。食事の席でサリューは週末に気分転換をしたい、とルシアンに隣国の居宅への来訪を持ちかけた。
「いいですね。ちょうど収穫祭の時期です。祭りを見て回りますか」
その提案を受け入れて、「そういえば、ジャンはどうしてる?」と水を向ける。
「元気にしてますよ。もうすぐ三級魔法師の試験を受ける予定です」
何なら一緒に祭りを回りますか、とルシアンが言うので。サリューは「それも良いな」と返した。
「三級って、どのくらいの試験なんだ?」
サリューが普段王宮で目にする魔法使いは、大抵は一級の証を首から下げている。だから、国一流の証が一級であることは認識していた。だがその下になると力の程度は推し量れない。
「三級に受かると、魔術師として仕事を請負う事ができるようになります。ランクの低いものに限りますが。ジャンが受かれば、きっと最年少記録でしょうね」
「へぇ。いま、いくつになるんだ?」
十一です。とルシアンは答えた。
ということは、八年前なら三歳だ、とサリューは心に書き留める。
「そりゃ、凄いな。その年で、一人前になるってことだろ? ……ご両親も喜ぶだろうな」
世間話のていでサリューは言ってみせる。自然な会話を紡ぎながら自分の欲しい情報を引き出すのは、サリューにとっては造作のないことだった。ただ、それをルシアン相手にやるのは、気持ちの良いものではなかった。
「ええ、……ただ、彼は孤児なんです。いまの両親は里親で。彼らはジャンの魔法の才を歓迎していますが、……どこか恐れているように思えます」
それがジャンの抱える一つの問題だと言うように、ルシアンはわずかに眉毛を寄せた。
里親。では本当の両親は、どこにいるのか。おそらくルシアンはそこまでは知らないだろう。魔法大学校に問い合わせればわかるだろうか。それとも、いっそ里親を訪ねるべきか。
心の中で確認すべきことを書き留めて、サリューは会話をつなげる。
「そうか……まぁ、魔法って、出来ない奴からすると本当にわからないからな。ジャンの才能に、理解が追いつかないのかもな」
慰めるように言って、サリューは微笑んだ。
「そうですね。……彼の早熟さは、周囲の理解を得るのは難しい……もっと、対等に振る舞える相手がいると良いのですが」
「ルシアンがその立場じゃなくて?」
魔法の才をいえば、ジャンに取ってルシアンこそ対等に話せる相手だろう。
「ある意味では。ただ、私とジャンでは、どうしても先生と生徒の域を出ませんし、……出るつもりはありません」
自戒するように言って、ルシアンは苦い顔をする。
「先日、……ジャンが初めての発情を迎えて。その場に立ち会わせてしまって……。すぐ治まりましたが、……その、相手をとせがまれて困りました。もちろん断りましたが。……どうにか諦めて貰いたいのですが」
言いにくそうに視線を落として、ルシアンは溜息をついた。
「そう……」
サリューは答えるべき言葉を失った。
初めての発情は、通常ちょっとした発熱と芳香がでるだけで、すぐに自然と治まるものだった。十一なら、初めてを迎える年としては自然なころだ。これから少しずつ発情の長さと程度が大人のそれに近づいて、やがて性的な成熟を迎えるはずだった。
「もし諦めなかったら……どうなるの」
ジャンはずっとルシアンのことが好きで。隠すこともなくまっすぐにその気持ちを伝え続けていることを、サリューは知っている。サリューと結婚した後ですら諦めていない様子を見ると、このあとも、ルシアンを諦めて他の誰かを禰宜にするとは容易には思えなかった。
サリューが口にした懸念は、ルシアンも感じていたのだろう、答えは明確だった。
「どのような状況であれ、承諾はしません。あちらでも、若年者は神殿が相手を探してくれる様です。ただ、あまり評判は良くないようで。……心配はしています」
言ってから、ルシアンはサリューの目を見返して「ジャンが自分に相応しい相手を見つけてくれることが一番です」と言い切った。
「うん……」
それが道理だとサリューは同意する。けれど、と逡巡した気持ちを見抜いたのか、ルシアンはさらに言葉を重ねた。
「あなたが気に病むことじゃない。私はあなたのものです。それは、私自身が望んでいること。忘れないでください」
強く諭すように言われて、サリューは「わかってるよ」と微笑んで見せた。
譲れないことの線引は明確でなければならない。下手な期待を持たせるような真似は避けるべきだった。
その週末。ルシアンに伴われてサリューは隣国の収穫祭を訪れた。そこにはジャンを含めた学生六人が二人を待ち構えていた。
「私の研究室のメンバーです」とサリューに紹介されたメンバーの中には、サリューが以前に会った女の子も含まれている。
「こんにちは。リュージュよ。今日は迷子にならないようにね」
そう笑った彼女に「気をつける」とサリューは笑い返した。
「ゼミ生ってことは今年卒業なの?」
と聞くと「そう。ジャンとアーサー以外はね」とリュージュは言葉を繋いだ。
「二人は進学するから、まだ先生のゼミに残るよ」
そうなんだ、と相槌を打って、サリューはルシアンと話しているジャンを見た。
「ねえ、ジャンが先生を好きなの、サリューは知ってるの?」
「……知ってるよ」
「なら良かった。ちょっと、ね。心配してた」
含むように言って、彼女は微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫。彼は俺のだから」
異国の言葉で上手く表現できず、かなり直接的な表現でサリューが言うと、彼女は「その意気!」と発破をかけるように笑った。
「先生、ジャンに甘いから……! しっかり見ててね」
リュージュに『甘い』と形容されたのを確認するように、サリューは話している二人の様子を視界に入れる。ルシアンにとってジャンは庇護すべき対象であることも、ルシアンがジャンの境遇に共感しているのも、サリューは理解はできていた。その上で見ても、確かにただの先生と生徒にしては親しげに映るのは確かだった。
「いこう」
とリュージュに手を引かれて、サリューがついて行くと、彼女はルシアンとジャンの会話に強引に割り込んでいく。
「先生、ちゃんとエスコートしないとだめだよ。また迷子になったらどうするの」
そう捲し立てる彼女に、ジャンも笑っていて。
「すみません。行きましょう」
そう、言ったルシアンはサリューの手を取って歩きだす。
「良いのか」
とサリューが問えば、「いいんです」とルシアンは耳元で囁くように答えた。それから手を繋ぐどころか、ぴったりと身体を寄り添わせて、サリューの腰を抱くように腕を回す。
「やめろよ」
「心配しなくても、ゼミ生にはあなたが番だと知らせてます。この国では、これくらいなんともありません」
言われながら、まるで見せつけているようだ、とサリューは思い当たる。
「……知らないぞ」
言って、サリューはされるがままにぴたりと腰を寄せて歩きだした。後ろから学生たちの、ジャンの視線を感じるが、気にしないように自分に言い聞かせる。
聞いていた通り、祭りの人混みは尋常ではなかった。市場は人で溢れ、活気に満ちている。
「これ、美味しいですよ。あなたの好きそうな味です」
「……何?」
見たことのない屋台料理に、サリューは指された先を覗き込む。大きな肉の塊を火で焙って、切り落とし、串に刺してタレをつける。一連の作業を見せつけながら、屋台はあたりに美味しそうな匂いを振りまいていた。
「ヤーガーの肉です」
ひとつ、と店主に声をかけてルシアンは串に刺された肉を買ってくれる。
「ありがとう」
受け取って齧ると、匂いから想像した通りの美味しさだった。
「うまいな。お前も食べるか?」
はい、と言うのでサリューが串を差し出すと、そのまま齧り取られる。買ってもらったものだったが、仕草としては食べさせているような形になって、サリューは思わず微笑んだ。こんな風に無防備に連れだって歩くのは、自国の祭りではなかなか出来ないだろう。
「何が可笑しいんです?」
「別に。他にお勧めは?」
立ち並ぶ屋台を眺めながら串焼きを食べ終わると、離れていた生徒たちが集まってきた。
「花菓子、やらないの? 先生」
あれ、とリュージュが指した方を見ると、色とりどりの花をかたどった菓子が飾られている。
「花?」
いいから、やってきなよ、と生徒たちに囃し立てられるようにして、まるで花屋のような店の前に押し出される。
「……よくある遊びですから。好きなのを選んで下さい」
言われて、並んだ花を見比べる。色だけじゃなく花の形も様々で、ずいぶん手の込んだ菓子だ。サリューが訝しむと、隣でルシアンが花を取る。紫色のトルコキキョウに似た花だった。
「じゃあ、これ」
サリューは目についた赤い花を手に取った。ダリアに似た、華やかな花だ。
ルシアンが支払いを済ませると、どうぞ、と彼は花をサリューに差し出した。
「俺に? じゃあ、どうぞ?」
差し出された花を受け取って、代わりにサリューは自分の選んだ花をルシアンに差し出した。
「ありがとう。花の中に占いが入っています。食べ終わったあとに見て下さい」
ここに、とルシアンが指した花弁の奥には確かに小さな紙切れが見える。
「へぇ。これは、飴?」
そうです、と答えを受けて、サリューはバリ、と花をかみ砕いた。
「ちょっと、丸かじり?!」
寄ってきたリュージュに笑われて「え、だめか?」とサリューは笑い返す。割れた花弁の奥から紙片を取り出して、「読んで」と異国の文字でつづられた紙片をルシアンに差し出すと、リュージュはやっぱり大笑いした。
「先生、なんもっ、説明、しなかったの?」
「説明したらやってくれませんよ、この人は」
はぁ、とため息をついて、ルシアンは差し出された紙片を読み上げる。
「“最上の相手、離してはいけません”」
ふ、とルシアンが笑うと、リュージュだけでなく、取り巻いた生徒たちが一斉に囃し立てた。
「なに?」
「あなたにとっての、私の価値、です」
サリューの質問にルシアンが応えると、「花をもらった相手がどんなパートナーになるかっていう占いが入ってるの」と、リュージュが付け足す。
「ここで開けていいですか?」
サリューに贈られた花を指してルシアンは言う。
「いいよ」
サリューが笑いかけると、ルシアンは花の花弁を割って、紙片を取り出した。
「“あなたを導く星。見失わないように”」
読み上げたルシアンがじっと見つめるので、サリューは「なんだよ、」とたじろいだ。
「いえ。当たってるなと思って。見失わないよう、追い続けますよ」
さらりと甘く言ってのけたルシアンに、サリューは「ばか」と口ごもる。生徒たちもあっけにとられたのか、囃し立てて良いのか顔を見合わせていた。
「先生、やりすぎ。ほんと、学校と態度が違いすぎない?」
リュージュが呆れたように声をかけると「当然でしょう。仕事とプライベートが違うのは」とルシアンは取り合いもしない。
「そういうのは、先生らしいですけど。……サリュー、知ってた?」
「いや……面白いな」
サリューにとっては普段は知ることのできないルシアンの振舞いだったが、ある意味、想像通りではあった。学生たちとそれなりに仲良くやっている様子が解って――とくにリュージュとの息の合い方が可笑しくて、よかった、と思う。
気になってサリューは視界の端でジャンをとらえた。一連のやり取りを他の学生たちとみていた彼は、終始楽しそうに笑っていた。その心境を、サリューはうまく推し量ることができない。ジャンにとって自分は恋敵であるはずなのに、彼からは少しも嫉妬のような暗い感情を向けられずにいる。それが、不思議だった。
「そろそろ、山車を見に向かいますか?」
「はーい」
ルシアンの声に生徒たちが連れだって歩きだす。豪華な飾りとからくり仕掛けの仕込まれた山車を引きまわすパレードが、この祭りの目玉だった。生徒の中に生家がパレードが通る大通り沿いの商店だという子がいて、その軒先を観覧場所に貸してもらうことになっていた。
「ジャン、見えそう? 前に行く?」
生徒の親である店主に挨拶をするルシアンをよそに、サリューは生徒たちに交じって見物客の中に並び、ジャンに声をかけた。軒先は普段はカフェとして使われていて、路面よりは一段高い。けれどジャンにとっては居並ぶ大人たちを前に十分な視界があるとは思えなかった。
「前に? いけるの?」
「大丈夫、ついてきて」
すいません、前に入れてもらえますか、とサリューが周囲に声をかけると人垣に隙間ができた。サリューに続いて前にたどり着くとジャンは「ありがとう」とサリューを見上げる。
「べつに。俺も隣で見よう」
ジャンの視線に合わせてサリューが膝をつくと、ジャンは面映ゆそうに微笑んだ。嬉しかったら笑い、悲しかったら泣く、ジャンの振る舞いにはそういう直情的な風情があるとサリューは思う。裏表がないというか、なさ過ぎて、掴みどころがないように思える。
「山車を見るのは初めて?」
「ううん、去年も見ました。でもみんなの後ろからだったから、あんまり見えなかった」
あどけなく答えるジャンは、ただの子供に見える。さて、話す場はできた。それじゃあ、何から、どうやって聞こうか、とサリューが考えているとジャンがあの、と声をかけてきた。
「なに?」
「サリューは、先生と結婚したんだよね」
「そうだよ」
笑いかけると、ジャンも笑って見せる。
「おめでとう、ございます。……あの。僕は先生が好きで……番になりたいけど。でも、先生はサリューがいいっていうから。先生がサリューを好きなら、僕は番になれなくてもしょうがない、です」
ジャンの独特な喋り方は、サリューが出会った頃とそう変わっていなかった。事実は事実、感情は感情、という風に分けて考えているような切り取り方だ。それは彼が見ている、感じている世界を映し出しているのだろう。
「ありがとう。……ねえ、どうしてルシアンが好きなの?」
「……分かりません。ただ、先生に出会ったときに、この人だって思いました。自分がずっと探していた人だって」
「探していた?」
サリューがジャンの瞳を覗き込むと、ジャンはまっすぐにサリューを見返した。その瞳には、嘘をついているような陰りはみじんもない。
遠くからパレードの音が近づいてくる。喧騒が近づく中で、サリューはジャンと距離を詰めてその声に耳を澄ませた。
「そうです。僕は孤児で、お父さんもお母さんも知りません。でも、誰か、ずっと、会いたいと思っていた人がいて。その人のことは何も知らなかったけど、僕はその人に会うために生まれてきたんだって、知ってました。だから、先生に会ったときに、この人だって分かったんです」
少し早口にそういうと、ジャンは「先生には言わないで」と付け加えた。
「恥ずかしいから。あの、だから僕は先生とずっと一緒にいられれば、それでいいんです。番になれなくっても。なれたら嬉しいけど。でも、先生が僕じゃダメっていうなら、仕方がないです。さっき、見てたらちゃんと分かりました。サリューと話している先生、いつもと違って、とても幸せそうでした。先生は、僕よりずっとサリューのことが好きだって、分かりました。だから、僕は二番目でいいです。それで先生とずっと一緒にいられるなら。あの……それじゃ、だめですか」
最後だけ、妙に気弱な口調でジャンはサリューに問いかけた。その言い方が、まるで許しを請うような響きに思えて、サリューは可愛らしいな、と微笑んだ。きっと、ジャンの中ではただ純粋な願いとして、そう思うのだろう。自分のことよりも、誰よりもルシアンのことを優先して、ただ相手が幸せであってほしいと願う。その真摯な気持ちが、痛いほど伝わってくる。
じっと自分を見つめる視線を見返して、サリューはどう答えるべきか、言葉を選んだ。
「ジャンがルシアンのそばにいたいっていう、それは別に構わない。俺が決めることじゃないからね。でも、俺はルシアンが好きだから。だから、一番目は譲れないよ。番になるのは諦めて欲しい。彼は、俺のだ」
大人げない言い方かもしれなかった。でもできるだけ率直に、簡潔な言い方を選んでサリューが告げると、ジャンはギュッっと一瞬、唇を噛んで。静かに目を閉じた。それから、深呼吸を一つして。意を決したようにサリューを見た。
「わかった。僕は、先生のそばにいられれば、それでいいから……。約束する。あの。先生のこと、ずっと好きでいてね。先生、サリューのことすっごく好きだから。約束して」
「わかった。ジャン、俺の国ではね、小指で約束をするんだ。知ってる? 指切りっていう」
サリューが右手の小指を差し出すと、ジャンは「知ってる、やったことはないけど」と答えた。
「じゃあ、指切りげんまん。大丈夫、絶対に約束は守るよ」
サリューが小指を絡めて言うと、ジャンは嬉しそうに笑ってみせる。その笑顔には何の屈託もない。
パレードの音が近づく。ほら、とジャンの視線を山車に向けさせて、サリューはジャンを後ろから眺めた。小さな身体と不釣り合いな魔法の才能に、不安定で何かが欠けた心。それから、ただルシアンを探していたという言葉。
彼がアンドレア王子なのか、それともアレクシスであるのか。あるいはその両方なのか。
不確定な要素をつなぎ合わせれば、消えてしまった王子とジャンが無関係だと言い切ることはできなかった。けれど一方で確実な証拠は何もなかった。
あるいは、ルシアンにジャンの体を調べさせればその素性は明らかになるのかもしれない。
でもサリューは、そうすることはできない、と感じた。
例えばそれで明らかになることで。誰が幸せになるだろうか。
誰も。
真相を知りえたとして。それが最良の状況を与えてくれるとは、到底思えなかった。
歌い踊りながら、山車を引くパレードが目の前を通り過ぎていく。
楽し気に声をかけ、囃し立て、人々の熱狂があつまって、華やかに空にこだましていく。
「ただアレクシス様の望むとおりに」
喧騒の中に溶かすように、サリューはそうつぶやいた。
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