Ωの国

うめ紫しらす

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外伝:アレクシス

あいしてるの罪 ep5

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「その日、発見されたアレクシス様は酷く衰弱し、昏睡されておられました。翡翠宮で治療に当たりましたが、ご回復ならず……ひと月の後にお亡くなりになりました。受胎されていたと分かったのはその後です。……これを」
 と、ハクロは包みを開いて手紙の束を取り出す。
「お部屋を片付けた際に見つけました。僭越ながら中身を改めさせていただき、それ故にご懐妊されていた事が明らかになりました」
 サリューが手にとって改めると、手書きの表書きはルシアンに宛てられていた。けれど封をした跡はない。出すつもりのない、手紙。それが何通も。
「ルシアンには?」
「お伝えしていません。その……アレクシス様がお望みにならないと。そう判断いたしました」
 サリューは躊躇ためらいながら、一番上の手紙を手に取った。
「先日の証言はこの手紙を根拠にしたのか」
「はい。私の推測も入っていますが、おそらく、アレクシス様がお望みになっただろう内容を証言いたしました」
 ハクロの証言は、ルシアンの国外追放を命じた神官長の判断が妥当であったかどうかを審議する上で、重要な判断材料となった。
 曰く、アレクシスの両腕に具現化していた呪いが、ルシアンの意志を奪い、アレクシスの意志を体現する形で行為に及んだと。
 それはルシアン自身の証言とも一致した。
「アレクシス様の両腕の呪いは、神官の誰も解くことが叶いませんでした。宮司様でさえ、その全容を理解することはできなかった。けれど手紙の中身を読めば……アレクシス様が神殿を恨み、禰宜を憎み、おのが存在を嫌い、全てを炎に焚べ、灰に帰すことを願っていたのは明らかでした」
 ハクロの言葉を聞きながら、サリューは手に取った封筒から手紙を取り出した。分厚く重なった便箋には、癖のある筆跡で、日々のことが取り留めもなく書き記されている。おそらく最初から出す気も、誰かに読ませる気も無かったのだろう。ただ体裁として、ルシアンの手紙が届くたびに、その時々のことを書き留めた、という風に読み取れた。
 ざっと内容に目を通して、サリューは溜息をついた。
「……この禰宜は、誰だかわかっているのか」
「はい。別途調査いたしました。おそらく、第四王子、アンドレア様かと」
 ハクロはそう言うと視線を落とす。
「あの頃、もっとアレクシス様とお話出来ていればと悔やんでなりません。こんな無体をはたらかれて……」
 悔しさに唇を噛んで、ハクロは涙をこぼした。
「……確か、アンドレア王子は病没されたと発表されていたな」
「はい。アレクシス様が亡くなられたあと、半年ほどしてそのような公式発表がなされています。ただ……消息不明だったと、当時の関係者に言質を取りました」
 その事実に、サリューは頭を抱えた。
「仮にも王子だろ。……誰も知らないのか」
「最後の立ち寄り先は大神殿です。アレクシス様の茶会相手だったと」
 翡翠の間から消えてしまった王子。アレクシスの両腕に残された、強い呪いの痕跡。手紙に残された、死と破壊を願うアレクシスの精神状態。それらを繋ぎ合わせて導かれる答えは決して楽しいものではない。
「思いつく限り最悪な取り合わせだな。他にこの手紙を知るものは?」
「いません。アレクシス様は、手紙を人目につかぬよう隠しておいででした。そのため秘匿すべきと。内容を考えても……アレクシス様のお気持ちを考えれば、公表することは出来ません」
 ハクロの言葉に、サリューは強く頷いた。
「ただ、ルシアンは……知りたがるだろうな」
 そもそもアレクシスの一件を調査して欲しいとサリューに依頼したのはルシアンだ。本当は何が起こったのか、その真相を暴いて、彼の名誉を回復したいと。
「……お伝えすることが、真に善いことだとは、私には思えません」
 ハクロの言い分はもっともだった。アレクシスと直接交流のないサリューですら、この事実は重く、容易には受け止め切れないと感じる。
「ありがとう。ルシアンには俺から話してみる。手紙は預かっておいて欲しい」
「承知しました」
 ハクロは深々と頭を下げた。

  **

 ハクロとの密談を終えると、サリューは王宮に戻る前に宮司の執務室を訪ねた。アレクシスを知る者として、カーニャに話を聞かないわけにはいかなかった。
「失礼します」
 ノックもそこそこに、サリューは執務室のドアを開ける。副官時代に、この部屋にはいつでも入って良いと許可をもらっていた。
「なんじゃ、珍しい。何か問題でもあったか?」
 文机に向かっていた顔をあげて、カーニャはサリューに微笑んだ。
「少し込み入った話をしたく。人払いのできる場所をお貸しください」
 サリューは声を落としてそう言うと、カーニャは短く、分かった、と頷く。
「ついてこい」
 椅子から降りると、カーニャは執務室の次の間へと足を向けた。付き従って扉をくぐれば、その口元が印を結んで。部屋の中にサッとカーテンのような魔法の皮膜が降りる。
「遠見避けじゃ。掛けよ。で、話とはなんじゃ」
 応接間として整えられた部屋は、内密な話をするのには適した空間だった。ローテーブルを挟んでソファに対峙すると、サリューは重い口を開いた。
「いま、アレクシス様について調べています。当時のことをお話し下さいますか」
 言えば、沈黙が落ちた。
「……よいぞ。しかし、妾は蚊帳の外でしか無かった。アレクシスは妾の遠見を避けておったからの」
 カーニャはしぶしぶと口火を切った。
「では、宮司様は……アンドレア王子とアレクシス様の仲をご存知ないと」
「ほう。そこまで掴んで来たか。……そうじゃ。詳しくは何も知らぬ。ただ、最初の神託の後、アレクシスはアンドレア様ではなく、他の禰宜を、と頼んできた。もっと不躾な物言いじゃったがな。じゃから次の神託で妾は王子を選ばなかった。それを、ねじ曲げたのは神官どもよ。妾の出した神託をすり替えた。おそらくは王子自身の差し金じゃろう。貴族の中には、神官に神託を強要するものが稀に出る」
 ふぅ、と厄介なことだというようにカーニャはため息をついた。その推測について、サリューはあり得る事だと同意した。遺された手紙の中で、アンドレア王子は、アレクシスを強引に茶会に誘い出していた。そのアレクシスに対する執着と、王子のもつ権威の強さを考えれば、神託をすり替えることもいとわないだろう。
「では最初の神託についてお聞きします。なぜアンドレア王子を選んだのか、理由を覚えておいでですか」
 サリューの問いに、カーニャは眉間に深く皺を寄せた。
「二つある。一つは、王家からの依頼じゃ。決まった相手のいない王子に、似合いの巫覡を見つけてくれと頼まれていた。王家に嫁げる巫覡は限られるからな。アレクシスなら格としては問題なかろうと、妾はアンドレア王子を夢見にかけた。そして、妾が見たビジョンの中で、アレクシスは王子の腕の中に大人しく抱かれておった。……珍しいと思うてな。うまが合うのかも知れぬと思うた。じゃが、まったく的外れであったな。……悔いておるよ、妾も」
 ぽつりぽつりと思い出をたどるようにカーニャは言葉を繋いだ。
「思えば最初の神事で、禰宜を刺した時、アレクシスは夢見の中で笑っていた。その笑顔を読み違えたのも妾じゃ。……妾はあの子のことを少しも分かってやれていなかった。つまりは、そういうことじゃろう」
 もう一度、深いため息がこぼれる。
「宮司様。責めるつもりはありません。アレクシス様は……宮司様を避けていた。いえ、宮司様ばかりでなく、神殿の中の誰も、彼は信頼していなかったのでしょう。記録を見れば、他の誰とも神事を行っていない。……完全に、孤立してしまっていた。その状況で、アレクシス様の望みに沿うことは、簡単なことではありません」
 サリューは慰めるように声のトーンを落として言う。
「それでも、……救ってやらねばならなかった」
 ぐ、と拳に力を込めてカーニャは唇を引き結んだ。
「では、……アレクシス様の両腕に現れた呪いについては何かご存知ですか」
 サリューが言うと、カーニャはじっとその瞳を覗き込んだ。
「ハクロから聞いたのか」
「はい。先ほど。その呪いについて、ルシアンは内容を知らない、という認識であっていますか」
 カーニャはどう答えるべきか、考えているようだった。サリューはその目をじっと見返して、言葉を足した。
「この調査を依頼したのはルシアンです。けれど、結果を全て伝えるかは、まだわかりません。アレクシス様のお気持ちを考えれば、伝えない方が良いこともあるだろう、とハクロとは話しています」
 それで良い、とカーニャは一言いった。サリューから視線を外すと、その瞳は窓の外を映す。
「妾は呪いには通じておらぬ。じゃから、あのおびただしい量の印を正しく読み解けたとは思わぬ。ただ、あれは……世界と自身の在り方そのものを呪う、恐ろしいものじゃった。いまここにある生命を否定し、作り変えるべきまがい物として呪い、在るべき場所へ還れと迫る、そういったたぐいの術じゃった」
「在るべき場所、とは……?」
 言葉通りに受け取るなら、消えた王子は、在るべき場所に還った、ということになる。
「わからぬ。魔術のことばは願いを抽象化し、その適応範囲を拡げることで力を増幅する。アレクシスが真に願った具体の内容は、ことばの中身から推し量ることしかできぬ。……ルシアンなら、読み解けるかも知れぬ。ただ、そうできないように、アレクシスはあの場で己の身体を焼かせた……妾はそう解釈しておる」
 カーニャは言い終えると、深く溜息をついた。
「そこまでして……アレクシス様は、何を隠そうとしたのでしょうか」
 サリューの問いに、カーニャはただ首を振った。
「わからぬ。もしそれが分かるなら……アレクシスは死なずとも済んだはずじゃろう」
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