4 / 21
夜桜お七
しおりを挟む
「ごめんなさいね」
「いいよ、いいよ。困ったときはお互い様だから」
由佳ちゃんの言葉に、私がそう言って笑っていられたのは一年前のこと。
大学へは私の家が近いからって、高校時代の友達でもある由佳ちゃんは、私の家に下宿することになったんだ。
ちょうどウチは学生相手の下宿屋も兼ねている。だからお父さんもお母さんも、
「亜子が面倒見てあげなさい」
って言いながら、空いている一室を彼女に貸した。
彼女は基礎理学、私は家政学っていう学部の違いはあったけど、仲良くやっていける、そう信じてた。
いつも明るくて美人で、私より頭だって良くて…私の憧れの女の子だったからさ。
桜も散り終わった前期授業半ば。
「亜子ちゃーん…」
最初は心細げな声で、彼女は私を呼んだ。
「風邪引いちゃったみたい…」
「あ、大変じゃない! いいから寝てなさいよ」
慣れない下宿生活で、由佳ちゃんは熱を出した。私は慌てて階下へ降りてこようとした彼女を部屋へ帰して、おかゆを作ってあげた。
「ありがとう…こういう時に頼れるの、亜子ちゃんだけよ」
由佳ちゃんはとても喜んでくれて、
「ううん、私が出来るのはこういうことだけだから」
私も単純に嬉しくて、そう答えていた。
今日は本当は、友達と一緒にショッピングへ行く予定だったのをキャンセルした。だけどキャンセルしただけの甲斐はあった、この時は心からそう思えた。
そして次の朝。
なんだか熱っぽい。どうやら由佳ちゃんの風邪が伝染ったみたい。お父さんもお母さんも仕事にいってるから、私はふらふらしながらも自分で台所でおかゆを作る。
「あ、亜子ちゃん」
そこへ階段を降りてきた由佳ちゃんが、私を認めて言った。
「私の風邪、伝染しちゃったのかな。ごめんね」
「ううん。いいの」
私が無理に笑ったら、由佳ちゃんは済まなさそうな顔をして、でも、
「ごめんね。私、前から予定があって、クラスの男の子と遊びに行くんだ。ひょっとしたらカレになってくれるかも、なーんて、うふふ」
なんのためらいもなく笑って、玄関の扉を開けて出かけていった。
自分の風邪を伝染した私に笑顔を向けて。
でもこの時はまだ、私も、『まあ…いいか』くらいにしか思っていなかった。
…それが去年の春のこと。
この時、窓から入ってきた、咲き遅れた桜の花びらが、私が作っているおかゆのお鍋に入りそうに感じた。それを見た私はその花びらを咄嗟につかもうとした。普通ならそんなのつかめるはずないのに、その時はたまたまつかめてしまった。そして私は、手の中にあった花びらを、ほとんど無意識のうちにコンロの炎へ投げ入れてた。
ふあって感じで燃え上がり光を放ち、でもあっという間に小さな灰になって、それは風に吹かれてどこかへ消える。
「亜子ちゃん」
そしてそれからまた一年が経った。下宿の一斉掃除があるっていう春先。
由佳ちゃんは、廊下の掃き掃除をしていた私に声をかけてくる。
「どういう風に掃除したら良いのかな」
「あ、それはね…入っていい?」
「どうぞ」
彼女の部屋へ招き入れられて、私は思わずギョッとなった。
『一体、前に掃除したのはいつなんだろう?』
一目見てそう思った。
布団はさすがに干されているものの、大学のレポートや教科書なんかが畳の上に散乱している。
「…まず、この本なんかを片付けなくちゃ。それから、畳をお酢で拭いて」
私が内心、呆れているのを隠しつつそう言うと、
「私一人じゃ出来ない…」
由佳ちゃんは、心底困ったように私を見る。
そんな彼女の様子に私はため息をつきながら、
「…手伝ってあげる。ほら、片付けて」
「ありがとう」
結局、由佳ちゃんは「亜子ちゃんすごーい」「あ、ここ届かない」とか口ばかり動かすだけで、ほとんど手を動かそうとはしなかった。
彼女は、本音を言わせてもらえばかなりムッとなっていた私に気付く気配すらなかったと思う。
由佳ちゃんの部屋の掃除を終えた後、私は下宿の玄関先を掃除していた。彼女は自分の部屋の掃除をほとんど私にやらせておいて、それが終わったら呑気に寛いでた。私を手伝おうとする素振りさえ見せずに。
「……」
今年も三分咲きだった桜が、少しずつ満開になりかけている。
今夜は風が強い。だから地面に落ちた花びらを、私は箒でかきあつめながら焚き火に放り込んで燃やす。
ああ、掃除、しなきゃ。桜の花びらって、すぐに地面を汚すんだよね……
焚き火の中で踊るように燃えていく花びらを見ながら思い出す。一ヶ月ほど前の出来事を。
「あの、これ、受け取ってください!」
バレンタインに、一生懸命作ったチョコケーキ。
不器用だけどラッピングまで自分でしたその箱を、私は同じ講義を取るようになってから知り合って、ずっと好きだった男の子へ渡そうとした。でも…
「あ、うん…」
戸惑いの返事をして、取り敢えずという感じで受け取るには受け取ってくれた彼。
だけど、彼と同じサークルに入っているという由佳ちゃんが、それから3日後の夜教えてくれた。
「亜子ちゃんが渡したチョコケーキの箱、部室のロッカーの上に置きっぱなしになってるよ」
「…え……?」
その言葉に、サーっと血の気が引くのを感じてた。
…だから私は、彼のサークルの部室へ、部員の人に断わりをいれてその箱を取りに行った。
これ以上、私の想いがさらしものになっているのに耐えられないから。
中のチョコケーキは無くなってたけど、部室に入ろうとした時に断わりをいれた部員の人が言った。
「チョコケーキ美味しかったよ。差し入れありがとう」
彼個人に宛てたつもりのそれは、サークルへの差し入れってことにされたんだとその時に気付いた。
普通に考えたら本命チョコって分かると思うようなラッピングを施してたのに……
いや、たぶん、みんな分かってたんだろうな…分かってて、私の彼への想いが溢れてるそれを話のタネにして笑いながら食べたんだろうな……
胸が…痛い……
それと同時に、体の奥で何かが燃えてるような感じがあった……
そして、今。
「あ、やあ」
夕焼けに染まる頃、下宿の棟へあの彼が訪ねて来る。私を見ても気まずそうな顔一つせず。
「由佳ちゃんなら部屋にいるよ」
それだけを答えて、私は掃き掃除を続ける。彼は「ありがとう」と軽く手を振って玄関に入って行った。
分かってる。私は彼女よりも顔だって頭だってあまりよくない。スタイルだって言うまでもない。
けれど……
(人を想う気持ちだけは負けないつもりだったのにな…)
苦笑しながらため息を着いて、私は中庭に集めたゴミへ再び火をつけた。
…日が落ちて、風は一層強くなった。私が焚いた火の中で、花びらが燃えていた。ゆらゆら動くその様子が、まるで苦し気に身をよじってるようにも見えた。
「じゃあ亜子ちゃん。私達、これから彼の部屋へいくから…おじさんとおばさんには…ね?」
「分かってる…」
しばらくして、由佳ちゃんがそう言いながら、彼と一緒に出かけていく。
彼が住んでいるのは、出来たばかりのワンルームマンション。
「あ、ちょっと待って。これ、二人でどうぞ」
そそくさと立ち去ろうとする二人を呼び止めて、私が作った紅茶が入ったボトルを由佳ちゃんへ押しつけた。
「わあ、さすが亜子ちゃん! 私、こういうのホント、まるっきり出来ないから尊敬しちゃう!」
とても軽い調子で、果たして彼女は喜んだ。その上、
「亜子ちゃんって、本当に家庭的なのよね! ありがとう」
とまで。
だけど私は、背を向けて歩き去っていく二人の姿が痛くて、目を逸らす。私の中に込み上げてくる想いからも目を逸らそうとして。
でも、できなかった。二人の姿を見ないようにはできても、私の中にあるそれを無視することはできなかった。
……そんな女がいいんだ……
私は思う。
……自分の部屋の掃除も出来ない。知り合いが困っているときも自分の都合を優先させる……
……知り合いが好きだったと分かっている男の子を、平気で連れてくる……
……そんな無神経な、心のない女が……
いつか彼女が言った。
「彼と亜子ちゃんとの件は終わってるんでしょ? だったら彼が私に限らず、他の女の子と付き合うことになったのと同じじゃない」
あっけらかんと笑って、「それに私達が」と続けて、
「友達であることに変わりは無いでしょう?」
とか平然と言う……
そんな女がいいんだ……?
そんな女を選ぶような低レベルの男が好きだった自分にも、私は苦笑する。
……そして花びらは、今も炎の中で燃えている。焼き焦がされる苦痛に身をよじるようにゆらめきながら。
いつの間にか私は、彼のワンルームマンションへ向かっていた。
彼と由佳ちゃん、一体どういう『話』をしていていたのかはしらないけど。なんとなく楽しくなって、クスクス笑いが込みあげてしまうのを感じながら、私は二人のいる部屋へ行く。
その手には、2Lのペットボトルに入れた灯油とマッチ。
そして由佳ちゃんが持っている彼の部屋の鍵から作った複製の鍵。
こういう大事なものを雑然とした机の上に置きっぱなしだなんて、って、マスターキーで彼女の部屋に入ったときは私はまた苦笑したものだ。
(…燃えるがいい)
炎の中でゆらめく花びらを思い出しながら鍵を開けて堂々と彼の部屋に入ると、二人は机の上に突っ伏していた。
(燃えろ)
私に、こんな思いをさせた貴方達、許さない……!
紅茶の中に混ぜておいた睡眠薬で、ぐっすり眠っている二人の体と絨毯に灯油を振り掛けて、私はマッチを落とす。
幸せなまま、一緒に逝けるなら本望でしょう。
……そして、彼の部屋を後にして歩く私の視線の先に、見事に咲き誇る桜の木が。
(…ああ、素敵)
夜桜って、綺麗ねえ。
消防車と救急車にすれ違いながら、私は家へ帰る。
(…夜桜って、こんなに綺麗だったのねえ)
暖かい春の夜の風に吹かれて私、やっと笑ってる自分に気付いたのだった。
「いいよ、いいよ。困ったときはお互い様だから」
由佳ちゃんの言葉に、私がそう言って笑っていられたのは一年前のこと。
大学へは私の家が近いからって、高校時代の友達でもある由佳ちゃんは、私の家に下宿することになったんだ。
ちょうどウチは学生相手の下宿屋も兼ねている。だからお父さんもお母さんも、
「亜子が面倒見てあげなさい」
って言いながら、空いている一室を彼女に貸した。
彼女は基礎理学、私は家政学っていう学部の違いはあったけど、仲良くやっていける、そう信じてた。
いつも明るくて美人で、私より頭だって良くて…私の憧れの女の子だったからさ。
桜も散り終わった前期授業半ば。
「亜子ちゃーん…」
最初は心細げな声で、彼女は私を呼んだ。
「風邪引いちゃったみたい…」
「あ、大変じゃない! いいから寝てなさいよ」
慣れない下宿生活で、由佳ちゃんは熱を出した。私は慌てて階下へ降りてこようとした彼女を部屋へ帰して、おかゆを作ってあげた。
「ありがとう…こういう時に頼れるの、亜子ちゃんだけよ」
由佳ちゃんはとても喜んでくれて、
「ううん、私が出来るのはこういうことだけだから」
私も単純に嬉しくて、そう答えていた。
今日は本当は、友達と一緒にショッピングへ行く予定だったのをキャンセルした。だけどキャンセルしただけの甲斐はあった、この時は心からそう思えた。
そして次の朝。
なんだか熱っぽい。どうやら由佳ちゃんの風邪が伝染ったみたい。お父さんもお母さんも仕事にいってるから、私はふらふらしながらも自分で台所でおかゆを作る。
「あ、亜子ちゃん」
そこへ階段を降りてきた由佳ちゃんが、私を認めて言った。
「私の風邪、伝染しちゃったのかな。ごめんね」
「ううん。いいの」
私が無理に笑ったら、由佳ちゃんは済まなさそうな顔をして、でも、
「ごめんね。私、前から予定があって、クラスの男の子と遊びに行くんだ。ひょっとしたらカレになってくれるかも、なーんて、うふふ」
なんのためらいもなく笑って、玄関の扉を開けて出かけていった。
自分の風邪を伝染した私に笑顔を向けて。
でもこの時はまだ、私も、『まあ…いいか』くらいにしか思っていなかった。
…それが去年の春のこと。
この時、窓から入ってきた、咲き遅れた桜の花びらが、私が作っているおかゆのお鍋に入りそうに感じた。それを見た私はその花びらを咄嗟につかもうとした。普通ならそんなのつかめるはずないのに、その時はたまたまつかめてしまった。そして私は、手の中にあった花びらを、ほとんど無意識のうちにコンロの炎へ投げ入れてた。
ふあって感じで燃え上がり光を放ち、でもあっという間に小さな灰になって、それは風に吹かれてどこかへ消える。
「亜子ちゃん」
そしてそれからまた一年が経った。下宿の一斉掃除があるっていう春先。
由佳ちゃんは、廊下の掃き掃除をしていた私に声をかけてくる。
「どういう風に掃除したら良いのかな」
「あ、それはね…入っていい?」
「どうぞ」
彼女の部屋へ招き入れられて、私は思わずギョッとなった。
『一体、前に掃除したのはいつなんだろう?』
一目見てそう思った。
布団はさすがに干されているものの、大学のレポートや教科書なんかが畳の上に散乱している。
「…まず、この本なんかを片付けなくちゃ。それから、畳をお酢で拭いて」
私が内心、呆れているのを隠しつつそう言うと、
「私一人じゃ出来ない…」
由佳ちゃんは、心底困ったように私を見る。
そんな彼女の様子に私はため息をつきながら、
「…手伝ってあげる。ほら、片付けて」
「ありがとう」
結局、由佳ちゃんは「亜子ちゃんすごーい」「あ、ここ届かない」とか口ばかり動かすだけで、ほとんど手を動かそうとはしなかった。
彼女は、本音を言わせてもらえばかなりムッとなっていた私に気付く気配すらなかったと思う。
由佳ちゃんの部屋の掃除を終えた後、私は下宿の玄関先を掃除していた。彼女は自分の部屋の掃除をほとんど私にやらせておいて、それが終わったら呑気に寛いでた。私を手伝おうとする素振りさえ見せずに。
「……」
今年も三分咲きだった桜が、少しずつ満開になりかけている。
今夜は風が強い。だから地面に落ちた花びらを、私は箒でかきあつめながら焚き火に放り込んで燃やす。
ああ、掃除、しなきゃ。桜の花びらって、すぐに地面を汚すんだよね……
焚き火の中で踊るように燃えていく花びらを見ながら思い出す。一ヶ月ほど前の出来事を。
「あの、これ、受け取ってください!」
バレンタインに、一生懸命作ったチョコケーキ。
不器用だけどラッピングまで自分でしたその箱を、私は同じ講義を取るようになってから知り合って、ずっと好きだった男の子へ渡そうとした。でも…
「あ、うん…」
戸惑いの返事をして、取り敢えずという感じで受け取るには受け取ってくれた彼。
だけど、彼と同じサークルに入っているという由佳ちゃんが、それから3日後の夜教えてくれた。
「亜子ちゃんが渡したチョコケーキの箱、部室のロッカーの上に置きっぱなしになってるよ」
「…え……?」
その言葉に、サーっと血の気が引くのを感じてた。
…だから私は、彼のサークルの部室へ、部員の人に断わりをいれてその箱を取りに行った。
これ以上、私の想いがさらしものになっているのに耐えられないから。
中のチョコケーキは無くなってたけど、部室に入ろうとした時に断わりをいれた部員の人が言った。
「チョコケーキ美味しかったよ。差し入れありがとう」
彼個人に宛てたつもりのそれは、サークルへの差し入れってことにされたんだとその時に気付いた。
普通に考えたら本命チョコって分かると思うようなラッピングを施してたのに……
いや、たぶん、みんな分かってたんだろうな…分かってて、私の彼への想いが溢れてるそれを話のタネにして笑いながら食べたんだろうな……
胸が…痛い……
それと同時に、体の奥で何かが燃えてるような感じがあった……
そして、今。
「あ、やあ」
夕焼けに染まる頃、下宿の棟へあの彼が訪ねて来る。私を見ても気まずそうな顔一つせず。
「由佳ちゃんなら部屋にいるよ」
それだけを答えて、私は掃き掃除を続ける。彼は「ありがとう」と軽く手を振って玄関に入って行った。
分かってる。私は彼女よりも顔だって頭だってあまりよくない。スタイルだって言うまでもない。
けれど……
(人を想う気持ちだけは負けないつもりだったのにな…)
苦笑しながらため息を着いて、私は中庭に集めたゴミへ再び火をつけた。
…日が落ちて、風は一層強くなった。私が焚いた火の中で、花びらが燃えていた。ゆらゆら動くその様子が、まるで苦し気に身をよじってるようにも見えた。
「じゃあ亜子ちゃん。私達、これから彼の部屋へいくから…おじさんとおばさんには…ね?」
「分かってる…」
しばらくして、由佳ちゃんがそう言いながら、彼と一緒に出かけていく。
彼が住んでいるのは、出来たばかりのワンルームマンション。
「あ、ちょっと待って。これ、二人でどうぞ」
そそくさと立ち去ろうとする二人を呼び止めて、私が作った紅茶が入ったボトルを由佳ちゃんへ押しつけた。
「わあ、さすが亜子ちゃん! 私、こういうのホント、まるっきり出来ないから尊敬しちゃう!」
とても軽い調子で、果たして彼女は喜んだ。その上、
「亜子ちゃんって、本当に家庭的なのよね! ありがとう」
とまで。
だけど私は、背を向けて歩き去っていく二人の姿が痛くて、目を逸らす。私の中に込み上げてくる想いからも目を逸らそうとして。
でも、できなかった。二人の姿を見ないようにはできても、私の中にあるそれを無視することはできなかった。
……そんな女がいいんだ……
私は思う。
……自分の部屋の掃除も出来ない。知り合いが困っているときも自分の都合を優先させる……
……知り合いが好きだったと分かっている男の子を、平気で連れてくる……
……そんな無神経な、心のない女が……
いつか彼女が言った。
「彼と亜子ちゃんとの件は終わってるんでしょ? だったら彼が私に限らず、他の女の子と付き合うことになったのと同じじゃない」
あっけらかんと笑って、「それに私達が」と続けて、
「友達であることに変わりは無いでしょう?」
とか平然と言う……
そんな女がいいんだ……?
そんな女を選ぶような低レベルの男が好きだった自分にも、私は苦笑する。
……そして花びらは、今も炎の中で燃えている。焼き焦がされる苦痛に身をよじるようにゆらめきながら。
いつの間にか私は、彼のワンルームマンションへ向かっていた。
彼と由佳ちゃん、一体どういう『話』をしていていたのかはしらないけど。なんとなく楽しくなって、クスクス笑いが込みあげてしまうのを感じながら、私は二人のいる部屋へ行く。
その手には、2Lのペットボトルに入れた灯油とマッチ。
そして由佳ちゃんが持っている彼の部屋の鍵から作った複製の鍵。
こういう大事なものを雑然とした机の上に置きっぱなしだなんて、って、マスターキーで彼女の部屋に入ったときは私はまた苦笑したものだ。
(…燃えるがいい)
炎の中でゆらめく花びらを思い出しながら鍵を開けて堂々と彼の部屋に入ると、二人は机の上に突っ伏していた。
(燃えろ)
私に、こんな思いをさせた貴方達、許さない……!
紅茶の中に混ぜておいた睡眠薬で、ぐっすり眠っている二人の体と絨毯に灯油を振り掛けて、私はマッチを落とす。
幸せなまま、一緒に逝けるなら本望でしょう。
……そして、彼の部屋を後にして歩く私の視線の先に、見事に咲き誇る桜の木が。
(…ああ、素敵)
夜桜って、綺麗ねえ。
消防車と救急車にすれ違いながら、私は家へ帰る。
(…夜桜って、こんなに綺麗だったのねえ)
暖かい春の夜の風に吹かれて私、やっと笑ってる自分に気付いたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
教師(今日、死)
ワカメガメ
ホラー
中学2年生の時、6月6日にクラスの担任が死んだ。
そしてしばらくして不思議な「ユメ」の体験をした。
その「ユメ」はある工場みたいなところ。そしてクラス全員がそこにいた。その「ユメ」に招待した人物は...
密かに隠れたその恨みが自分に死を植え付けられるなんてこの時は夢にも思わなかった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
血だるま教室
川獺右端
ホラー
月寄鏡子は、すこしぼんやりとした女子中学生だ。
家族からは満月の晩に外に出ないように言いつけられている。
彼女の通う祥雲中学には一つの噂があった。
近くの米軍基地で仲間を皆殺しにしたジョンソンという兵士がいて、基地の壁に憎い相手の名前を書くと、彼の怨霊が現れて相手を殺してくれるという都市伝説だ。
鏡子のクラス、二年五組の葉子という少女が自殺した。
その後を追うようにクラスでは人死にが連鎖していく。
自殺で、交通事故で、火災で。
そして日曜日、事件の事を聞くと学校に集められた鏡子とクラスメートは校舎の三階に閉じ込められてしまう。
隣の教室には先生の死体と無数の刃物武器の山があり、黒板には『 35-32=3 3=門』という謎の言葉が書き残されていた。
追い詰められ、極限状態に陥った二年五組のクラスメートたちが武器を持ち、互いに殺し合いを始める。
何の力も持たない月寄鏡子は校舎から出られるのか。
そして事件の真相とは。
汚人形
にしのこうやん
ホラー
この小説は主人公が人形によって悲惨な結末を迎えたり、奇跡体験する小説です。
1話のあらすじのみここでは紹介します。第1話の主人公は、西上 浩二。
浩二は40代の株式会社華芽の嘱託パートナー社員。
ある日の事浩二はネットオークションで見た目はとてもかわいいドール人形を説明欄を見ずに落札して購入した。1週間後ドール人形の送り主の大町が謎の死を遂げた。
そして夜寝静まった時にドール人形が浩二のお尻から体の中へ入ってしまった。
ドール人形に体の中へ入られた浩二は体の中にいるドール人形に動きを制御された。
浩二は体の中にいるドール人形に制御されてからは仕事が捗るようになり、浩二は体の中にいるドール人形に独立させられて気づけば有名画家になってた。
6ヵ月半後今度は株式会社華芽のマドンナの浜辺さんが謎の死を遂げた。
浜辺さんが謎の死を遂げてから1週間後、魔法女子の法之華さんが入社した。
半月後ドール人形がやっと浩二の体の外へ出た。
魔法女子法之華さんと主人公浩二とは7年ぶりの再会だった。
法之華さんが小さな頃よく遊んでくれたし、法之華さんが高校生の時は法之華さんと電車の中で話し合ってた。
浩二は法之華さんを警察署に自主出頭するように説得したが、法之華さんは自主出頭せず。浩二は法之華さんに自主出頭を求め過ぎた結果法之華さんに殺された。
浩二が殺されたを知った株式会社華芽大山住社長は悔やんでた。
最後に先輩であった天野が浩二が遺体となって見つかったアパートに花束を置いた。
主人公浩二を殺した魔法女子法之華さんは浩二を殺してしまった事を後悔した。
主人公浩二を含め3人殺した法之華さんは警察に疑われなければ捕まる事なかった。
なぜなら魔法で証拠無く殺せるから。
目次 第1話 ネットオークションで買った体の中へ入るドール人形
第2話 廃屋に住む超巨大球体人形と人形群
第3話 超巨大過ぎる謎のテディーベア
第4話 謎の建物とドール人形達
第5話 中古で購入した家の奥に潜む謎の人形
第6話 ドール人形を肛門へ押し込む障がい者の男
超怖い少女
にしのこうやん
ホラー
あらすじ
第1話
僕の名前は、踝 壮也「くるぶし そうや」42歳。
僕が電車内で出会った2人の少女は味方なのか。
南と成美は僕をいじめてた日牧課長をクビにさせた。
南と成美はいったい何者なのか。
3日後日牧元課長が何者かに殺された。
日牧元課長が殺されて1週間後から成美はアパートで僕の膝の上に座って宿題をするのが日課になった。
南はの門限が厳しいので僕のアパートへ入らず10階建てのマンションへ帰った。
成美は僕の膝の上でもお構いなしにおならをするが僕にとってとても幸せだった。
成美が指をさした先には3階建ての鉄筋コンクリート増の一途建て新築の家が。
しかも僕が住んでるアパートの目の前に存在してた。
4週間後南と成美の予想は的中して、日牧元課長を殺した犯人が捕まった。
2話
僕の名前は、戸坂 陽太「とさか ようた」38歳。
僕は毎日自転車と電車に乗って通勤している。
僕は基本的に持てないタイプ。
特に若い女性からは気持ち悪がられていた。
出世できない僕は後輩にすら邪魔者扱いにされる粗末。
4月上旬学生が増えて車内はごった返しになってた。
僕はなんとか席に座れた。この時一風変わった少女達が僕の前に立ってた。
夢子とメイサとまどかだ。
夢子には頭上にも耳があるし九尾のしっぽがある。現実的にあり得ない少女だ。
翌日、電車内で夢子は何を思ったのかいきなり僕の膝の上に座った。
僕はふっと思い出した15年前の記憶を。
15年前の夏僕は登山をするため登山道を目指して車を走らせた。
車を駐車場に止めていざ出発をしようと思ったら登山道の横で酷いけがをした狐が子狐を3匹連れてさまよったので怪我した母狐と3匹の子狐をアパートまで連れて帰り保護した。
夢子達は15年前に僕が助けた狐達だったのだ。
3話
子供を粗末にするとこうなるかも・・・。
2040年心町の廃校{旧楠木小学校}に5人の少女達が住んでた。
1人は月丸 美和「つきまる みわ」2030年3月25日生まれの10歳。
2人目は夢神 望愛「ゆめかみ のあ」2032年5月6日生まれの8歳。
3人目は嵐山 未来「あらしやま みく」2035年8月3日生まれの4歳。
4人目は久米原 真優「くめはら まゆ」2025年2月3日生まれの15歳。
5人目は道後 優梨愛「どうご ゆりあ」2027年7月7日生まれの13歳。
廃校の中で大人を狩って飢えをしのぐ5人。
このような生活がいつまで続くのか不透明だ。
人を襲って食べ続けた5人の少女達。
この後どんな結末が待ち構えているのだろうか。
大人だけでは物足りなくなった真優と優梨愛は嘗ての友達までも食料にする。
この小説は1話ごとに主人公が変わります。
ウロボロスの輪が消える時
魔茶来
ホラー
ショートホラーを集めました。
その1:
元彼が事故で死んでから15年、やっと立ち直った冴子は励まし続けてくれた直人と家庭を持ち1男1女の子供を設けていた。
だがその年の誕生日に届いた花には元彼の名があった。
そこから始まる家庭の崩壊と過去の記憶が冴子を恐怖に落とし込んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる