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第七幕 八 「協力を無理強いするのが探偵なんですか!」
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八
「分かりました。食堂までご案内しますね。」
先導して廊下を歩き始める杏子。
ヒョウはリンを抱えたまま、杏子の後ろをついていった。
階段を下り、食堂へと向かい廊下を進んでいく。
窓から臨む庭では、まだ蝉達が啼き続け、太陽も沈むのを拒んでいた。
しばらく進み、温室の見える位置まで進んだ一行。
だが、そんな一行の耳には剣呑な物音が届いた。
それは、温室の方角から聞こえているようだ。
言い争っているような声と、ガラスを叩く音。
急に杏子の顔色が蒼白に変わる。
「すみません、ちょっと見て来ますね。」
一言だけ二人に告げると、杏子は一目散に温室へと走り出した。
「おやおや?何かが動き出したようです。」
杏子の背中を見送りながら、呑気に呟くヒョウ。
「リン、少しだけ覗いてみましょう。」
リンの鈴の音は肯定。否定をしたところで、リンの目的地はヒョウによって決められるのだが。
二人は揃って温室前に到着する。
軽やかな足取りのヒョウとは違い、温室前は揉め事に発展しそうな不穏な空気に包まれていた。地上の楽園とも言える温室のガラス一枚を隔てた庭では、温室の暖かさや柔らかさとは無縁の諍いが起きようとしている。
「何をしてるんですか?」
諌めるような口調の杏子。お仕着せを着たメイドが、客である人間に発しているとは思えないほどの声音。可憐で清楚なカスミ草のような杏子のイメージとはあまりにかけ離れた凛とした声音だった。
背中から突然掛けられた声に驚いて振り返ったのは、ガラスの扉を執拗に叩いていた名探偵霧崎だ。
「いや、あの、巧さんと話をしようと思ったんですが・・・。」
驚愕も手伝って、霧崎は弱腰だ。言い訳のようにも響く。
メイドの杏子は楯になるように、霧崎と温室の間に割り込んだ。両手を広げて、温室への入り口を通せんぼすると、名探偵を睨み付けて対峙する。
「こんなこと、やめて下さい。」
「しかし、事件の話を聞こうと思っただけなんですよ。依頼を受けているんです。それなのに、巧さんは。」
弁解を試みる霧崎。驚愕は薄れたようだが、自分の行為の何がこれほどまでにメイドからの叱責の原因になるのか分かっていないようで、口調はしどろもどろだ。
遠巻きに二人の様子を見ながら、ヒョウが微笑む。
「確かに、あの鈍感な名探偵殿では、温室への入室許可など下りないでしょうね。話など聞かせてもらえることもないでしょう。」
リンの鈴が何度も肯定を響かせる。
温室の前で口論を繰り広げていること自体が、ヒョウの言葉を裏付けるには尤もな根拠だった。
「巧サンにとって、温室はいわば胎内のようなもの。そこに入るには名探偵殿はあまりにも物騒ですし、事件の話など、あの温室には一番不釣合いな話題です。何のために、あの温室があるのかと考えたことはないのでしょうね、あの名探偵殿は。」
涼しげな声音は名探偵の愚行を嘲笑しているようだ。
リンの鈴の音も肯定。
しばらく温室前で押し問答は続く。当事者の巧と霧崎ではなく、メイドと霧崎の。巧は温室にこもったまま出てくる気配すらない。今頃温室の中で、小さく丸まりながら怯えているのか?それとも外の様子を窺っているのか?
「とにかく、こんなことはやめて下さい。事件の話なら、他の人間に聞いてください!」
「しかし、俺が話を聞きたいのは巧さんなんです。巧さんの話を聞くのは、真実を追究する上で重大なことなんです。」
神聖な真実を持ち出して力説を始める霧崎。
だが、温室内の巧はおろか、目の前の杏子にすら届かない。
「そんなこと、どうでもいいんです!」
「・・・どうでも・・・いい・・・。」
杏子の剣幕に押されて、霧崎は怯んだ。得意の神聖な真実も、崇高な理想も、太刀打ちできそうにもない。
杏子は敵意を見せながらまくし立てる。
「いくら探偵さんでも、やっていいことと悪いことがあります!マナーとか、人の気持ちとか考えて下さい!それとも、依頼のためなら無理矢理話を聞きだすのが、協力を無理強いするのが探偵なんですか!」
一気にまくし立て、杏子は荒く息を吐く。必死に温室を守ろうとしている杏子は、健気な強さを感じさせた。
「分かりました。食堂までご案内しますね。」
先導して廊下を歩き始める杏子。
ヒョウはリンを抱えたまま、杏子の後ろをついていった。
階段を下り、食堂へと向かい廊下を進んでいく。
窓から臨む庭では、まだ蝉達が啼き続け、太陽も沈むのを拒んでいた。
しばらく進み、温室の見える位置まで進んだ一行。
だが、そんな一行の耳には剣呑な物音が届いた。
それは、温室の方角から聞こえているようだ。
言い争っているような声と、ガラスを叩く音。
急に杏子の顔色が蒼白に変わる。
「すみません、ちょっと見て来ますね。」
一言だけ二人に告げると、杏子は一目散に温室へと走り出した。
「おやおや?何かが動き出したようです。」
杏子の背中を見送りながら、呑気に呟くヒョウ。
「リン、少しだけ覗いてみましょう。」
リンの鈴の音は肯定。否定をしたところで、リンの目的地はヒョウによって決められるのだが。
二人は揃って温室前に到着する。
軽やかな足取りのヒョウとは違い、温室前は揉め事に発展しそうな不穏な空気に包まれていた。地上の楽園とも言える温室のガラス一枚を隔てた庭では、温室の暖かさや柔らかさとは無縁の諍いが起きようとしている。
「何をしてるんですか?」
諌めるような口調の杏子。お仕着せを着たメイドが、客である人間に発しているとは思えないほどの声音。可憐で清楚なカスミ草のような杏子のイメージとはあまりにかけ離れた凛とした声音だった。
背中から突然掛けられた声に驚いて振り返ったのは、ガラスの扉を執拗に叩いていた名探偵霧崎だ。
「いや、あの、巧さんと話をしようと思ったんですが・・・。」
驚愕も手伝って、霧崎は弱腰だ。言い訳のようにも響く。
メイドの杏子は楯になるように、霧崎と温室の間に割り込んだ。両手を広げて、温室への入り口を通せんぼすると、名探偵を睨み付けて対峙する。
「こんなこと、やめて下さい。」
「しかし、事件の話を聞こうと思っただけなんですよ。依頼を受けているんです。それなのに、巧さんは。」
弁解を試みる霧崎。驚愕は薄れたようだが、自分の行為の何がこれほどまでにメイドからの叱責の原因になるのか分かっていないようで、口調はしどろもどろだ。
遠巻きに二人の様子を見ながら、ヒョウが微笑む。
「確かに、あの鈍感な名探偵殿では、温室への入室許可など下りないでしょうね。話など聞かせてもらえることもないでしょう。」
リンの鈴が何度も肯定を響かせる。
温室の前で口論を繰り広げていること自体が、ヒョウの言葉を裏付けるには尤もな根拠だった。
「巧サンにとって、温室はいわば胎内のようなもの。そこに入るには名探偵殿はあまりにも物騒ですし、事件の話など、あの温室には一番不釣合いな話題です。何のために、あの温室があるのかと考えたことはないのでしょうね、あの名探偵殿は。」
涼しげな声音は名探偵の愚行を嘲笑しているようだ。
リンの鈴の音も肯定。
しばらく温室前で押し問答は続く。当事者の巧と霧崎ではなく、メイドと霧崎の。巧は温室にこもったまま出てくる気配すらない。今頃温室の中で、小さく丸まりながら怯えているのか?それとも外の様子を窺っているのか?
「とにかく、こんなことはやめて下さい。事件の話なら、他の人間に聞いてください!」
「しかし、俺が話を聞きたいのは巧さんなんです。巧さんの話を聞くのは、真実を追究する上で重大なことなんです。」
神聖な真実を持ち出して力説を始める霧崎。
だが、温室内の巧はおろか、目の前の杏子にすら届かない。
「そんなこと、どうでもいいんです!」
「・・・どうでも・・・いい・・・。」
杏子の剣幕に押されて、霧崎は怯んだ。得意の神聖な真実も、崇高な理想も、太刀打ちできそうにもない。
杏子は敵意を見せながらまくし立てる。
「いくら探偵さんでも、やっていいことと悪いことがあります!マナーとか、人の気持ちとか考えて下さい!それとも、依頼のためなら無理矢理話を聞きだすのが、協力を無理強いするのが探偵なんですか!」
一気にまくし立て、杏子は荒く息を吐く。必死に温室を守ろうとしている杏子は、健気な強さを感じさせた。
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