死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第五十一話 花嫁の嗜み

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 穏やかな日々。それは私が祈った通りのことなんだけど。

 書斎を出て、無意識に溜め息をつく。そして、溜め息をついたことに気がついて、慌てて咳払いをして、しゃきっと前を向く。

 ホールを通りかかると、死霊たちとレイラの姿が見えた。
 ……なんか、だいぶ死霊の数が減ったような気がする。私に気が付いて、レイラが名を呼びながら近付いてくる。

「お疲れ様、レイラ。だいぶ数が減ってきたね」
「あ、うん。なんか、最近ミハイルが真面目に仕事してるのよね」

 腕を組んで、思案するようにレイラが首を傾げる。

「最近……?」
「言ったじゃない、ミオがいない三年間、あいつダメダメだったって。何やっても裏目に出るし、死霊は増えるし、すごくやる気なかったのよ。まぁ、三年前ミオが来る前もそうだったんだけど」

 その、ダメダメなミハイルさんというのも、あまり想像できないんだけど。

「あいつ元々霊嫌いだし、死霊にも自分から関わることなかったんだけどね。ついでに人嫌いで領主の仕事もしてないし」

 それは……何もやってないことにならないだろうか?

「死霊はともかく、よく書類とか見てるイメージあるんだけど」
「それもごく最近のことよ。しかもちゃんと仕事してるかは怪しいわ。……それより、ミオ。今日は髪結ってるのね?素敵よ」
「そ……そう? リエーフさんがやってくれたんだけど」


 半端な長さなのに、リエーフさんはいとも容易く、しかもめちゃくちゃ早く、綺麗な編み込みにしてくれた。しかもとても楽しそうだった。

「リエーフ? もう帰ってたの」
「その日中に帰って来てたよ」

 めちゃくちゃ急いで帰ってきたっぽい。何をそんなに急いでるのか知らないけど。いや薄々見当つくけど。

「で、どうだったのよ。黒でしょ?」
「会えなかったみたいよ。引っ越したみたいで」
「黒ね!」

 間髪容れずにレイラが断定する。
 いや……疑いが晴れたとは言えないかもしれないけど、そうと決めつけるのはどうだろうか……。私もニーナさんのことは苦手だけど、あの人がミハイルさんの敵に回るようなことするかな。
 私が聞いたのは会えなかったことだけで、それからもミハイルさんとリエーフさんは二人で何か話していたけど、何を話していたのかはわからない。
 レイラは尚も何か言い募ろうとしたが、まじまじと私の顔をみて口を閉じた。そして、再び開く。
 
「ミオ、お化粧もしてる? 背も高くなってスタイルも良くなったような?」
「それもリエーフさんが」

 背は、ヒールのせいだろう。かなり高いヒールを履いてるせいで、まだ午前中だけど足が痛い。

「へぇ……、そりゃミハイルも喜ぶでしょうね」
「気が付かないんじゃないかな、多分」

 最近忙しそうで、あまり話してない。食事の席には来るけど、いつも通りそこまで会話もない。

「なんか、最近ミオもあんまり掃除してるの見かけないんだけど。何してるの?」
「リエーフさんに、この国の歴史とか、他の国のこととか教えてもらったり、マナー講習してもらったり」
「…………」

 私が喋るに連れて、どんどんレイラがジト目になっていく。

「アンタたち、真面目すぎ」

 そう言うと、レイラは浮いたまま膝を抱え、聞こえよがしに「ハァー」と溜め息をついた。そして、私の手を掴んで引っ張る。

「……レイラ? どこいくの?」
「会いたいときに会える、触れられるうちに触れ合えるのがどれだけ贅沢なことだと思ってるの?」

 こちらを見もせず、レイラが呟く。
 軽い調子だったけど、もう生きていない彼女が言うと重い。そして、彼女がどこに向かっているかもわかった。
 言いたいことはわかる。わかるけど。

「ミハイル!」

 ミハイルさんの部屋の前で、レイラが叫ぶ。ほどなくして扉が開き、仏頂面のミハイルさんが顔を出す。

「何の用……」

 そして私を見て、口を噤んだ。

「何か言うことは?」

 なぜか腰に手を当ててふんぞり返るレイラを一瞥して、いつも通りの声のトーンでミハイルさんが答える。

「……リエーフか?」
「はい」
「嫌なら嫌だと言えばいい。言えないなら俺から言うが」

 レイラを見ると、呆れたような顔をして「馬鹿じゃないの」と呟いた。

「いえ、自分で頼んだので……」
「……ならいいが」

 会話が終わってしまう。しばしの沈黙の後、ミハイルさんは、もはや苛立ちの頂点に達したような顔のレイラへと視線を移した。

「で、お前は何の用だ」
「アンタに用なんかないわよ、バーカバーカ」

 そのまま、レイラはふっと姿を消した。

「なんなんだ」
「さあ……」

 怒ったように呟くミハイルさんに曖昧に答える。いいな、レイラは好きに姿を消せて。私はここからどうすればいいんだ。

「まぁいい。丁度お前に用があった。入れ」

 珍しい。部屋に引き返していくミハイルさんの後を追う。久しぶりに入る彼の部屋は、書類と本で散らかっていた。……片づけたくてうずうずする。

「……急にどうした」
「え? いえ、別にどうというわけではないですが。身なりくらいちゃんとしといた方がいいのかなと」
「別に誰が来るわけでもないだろう」

 最近そうでもないと思うけど。あと、そんな不特定多数の誰かのためにやったわけじゃない……。

「変ならやめます」
「そうは言ってない」

 少し苛立ったように、ミハイルさんが前髪をかき上げる。が、すぐにはっとしたようにその手を下ろした。

「……すまん。別に機嫌が悪いわけじゃない」
「わかってますよ、そのくらいは」

 言いながら、不意に思い出したことがあった。
 遠くを見るような目付きをした私を見て、ミハイルさんが怪訝そうな顔をする。

「いえ、少し昔のことを思い出して」
「昔……?」
「三年前のことじゃなくて。もっと前……、ここではない世界にいたときのことです」

 不安げな顔をしたミハイルさんに、慌ててそう補足する。
 それは、薄れていく記憶の中でも、忘れていたことだったけど。夢の中の出来事のように、ぼんやりと思い出せる。

「就職するために、今みたいに慣れない化粧をして、高いヒール履いて、たくさん面接受けたんです。全部落ちたけど」
「何故」
「笑顔がないからとか、受け答えがつまらないとか」

 なんでかな。そのときの面接官の、人を値踏みするような表情は忘れられない。

「ふっ。なら俺も無理だろうな」
「男性だとまた違うと思いますが。可愛げのない女は駄目なんでしょうね」

 含んだことに気が付いたのか、ミハイルさんが気まずそうに目を逸らす。

「……俺は駄目だなどと言っていない」
「ふふ。ありがとうございます」

 ここに置いてもらえてるだけでもありがたいなと改めて思った。それに……
 駄目だとは言ってないってことは、つまり駄目じゃないってこと。だから、いいってことかな。

 ものすごく言いづらそうに言うからには、きっと褒めてくれてるんだろう。勝手な解釈だけど、駄目じゃないってだけで少し嬉しかった。でもお礼を言うと、彼は私に目を戻し、少し驚いたような顔をした。

「…………、」
「はい?なんですか?」

 何か言ってる気がするけど、小さい上に早口すぎて全然わからなかった。聞き返すと、彼は険しい顔で眉を寄せ、ひとつ溜め息を挟んでから私の頭に手を置いた。編んだ髪が乱れないようにか、壊れ物でも触るかのように、そっと。

「……よく似合っている。綺麗だ。だが無理をせずともいつも通りで充分だ」
 
 手が離れ、彼が執務机の方まで行くまで、きょとんと突っ立ってしまった。言われたことを理解するまで、さっきよりも遥かに時間が掛かったけど、理解したら、顔が爆発するかと思うくらい熱くなった。

「だ、駄目じゃないだけで充分ですよ、私……! ミハイルさんこそ無理しないで下さい!!」
「うむ……」

 見られたくないのか、顔を押さえてミハイルさんが唸る。最高にらしくないことを言った自覚はあるっぽい。あのやたらと険しい顔は、リエーフさんの言う通り、ほんとに照れ隠しなのかもしれないな……。

 ……それに、らしくなかったのはどうやらお互い様みたいだ。

「あの。用ってなんですか?」
「ああ……、お前が作ってくれた屋敷にいる死霊のリスト。助かっている。礼を言う」
「本当ですか? 役に立てて嬉しいです」

 思わず顔がほころぶと、彼も少し口元を緩ませた。

「で……だ。午後から少し出掛ける。自分が誰に殺されたのか知りたいとか、探し人がいるなどの要望に関しては、役人や自警団に当たった方が早いだろう」
「なるほど、そうですね」
「他の領地だと中々難しいが、領内ならすぐだからな。まぁ駄目元ではあるが、何もしないよりは」
「いいと思います!」

 ほんとだ、レイラの言う通り、ミハイルさん少し変わった。今までもダメダメだとは思わないけど、どこか「やっても無駄」っていうところはあった。

「私も一緒に行っていいですか?」
「ああ……、いや、連れていくつもりではいたんだが……」
「何か問題があるんですか?」

 言葉を迷うようにして、少し間がある。手持ち無沙汰のようにタイを緩めてから、彼は先を続けた。

「俺は領民から好かれていない。一緒にいると嫌な思いをするかも」
「なんだ。そのくらい平気です」

 拍子抜けして、途中で言葉を被せてしまった。今度は彼が拍子抜けしたような顔をして私を見る。

「……そうか……」
「はい。着替えて丁度良かった……、だ、大丈夫でしょうか、こんなので」

 ばっちり決めたつもりでいたけど、急に不安になってきた。ミハイルさんと一緒に行くということは、その……やっぱりそういう目で見られるよね。恥をかかせないだろうかと思うと、まったく自信がない。

「俺は大丈夫ではないな」

 そう考えていたところに言われたから、しょげそうになったけど。

「お前に見惚れる男でもいたらうっかり刺しそうだ」
「どうしてそういうことはサラっと言えるんですか……」

 唸りながら、私はもはや湯気がでそうなくらい熱い顔を両手で顔を押さえたのだった。
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