死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第五十話 三年前も

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 結局その後、怪我だらけのくせにさらに自傷しようとするミハイルさんをリエーフさんと2人掛かりで止め、さんざんからかった幽霊たちはさっさと散っていき、どうにか彼を宥めて食事を終えて。

 そして私はというと、ミハイルさんの部屋にいた。

「あの……、それで、何でしょうか」

 扉の前で立ったままの私を、少し離れたところでミハイルさんが振り返る。

「話の前に。さっきは聞きそびれたんだが……あの退魔士の少年に何もされていないだろうな?」

 早口に問い掛けられてポカンとする。そう来るとは予想もしてなかった。

「何もされてないですよ」
「夜はどうしていた」
「宿に泊まりましたけど……、私気を失ったままでしたし、その次はレナートが気を失っていましたし」
「宿に泊まっただと……?」

 そういえば宿代を払っていなかったと申し訳ない気持ちになっていたが、ミハイルさんの鬼気迫る表情を見て、それどころじゃなくなった。

「部屋は」
「だから気を失っていたから。それに、私お金持ってないのに、別がいいとか言えないじゃないですか。大体、レナート、まだ子供……」

 ギロリと睨みつけられて、口を噤む。つかつかと詰めよって来たミハイルさんが、私の背後にある扉をバンと叩く。
 おお……これはもしかして噂に聞く壁ドン……、なんかもっとこう、甘いものかと思ってたけど、私は今、ただただ怖い。

「お前、少し危機感がなさすぎる」
「そんなことは……」
「ある。あと、簡単に男に触らせるんじゃない」

 確かに、ミハイルさんと再会したとき、レナートに抱え上げられてたけれど。……もしかして、それでめちゃくちゃ怒ってたのか?

「自分だってすぐ荷物みたいに抱えるくせに……」

 思わず言い返すと、ミハイルさんの手が伸びて、私の頬を摘まんだ。

「お前は誰の花嫁なんだ、誰の」
「あ……あなたれす……」
「だったら俺はいいだろうが」
「け、結果論であってですね」
「結果論? 俺は三年前から――」

 ふと、摘ままれていた頬から手が離れ、視線が逸れる。それから、壁についていた手も離して、彼はまた少し私と距離を取った。そして咳払いをして、再び私を見る。

「……すまん。その三年前のことについて、やはりちゃんと話をすべきかと思って呼んだ」

 ドクンと心臓が波打つ。けれどその先を迷う彼を見て、私は歩み寄るとそっと腕に触れた。

「とりあえず、座りましょう。傷に障りますし」
「……かつて俺の祖先は自分の息子を蘇らせようとし、その報いを受けた。もう何百年も前の話だ。なのに、その子孫にすぎない俺ですらこんな体になっている。……そのくらい、失われた命を蘇らせるのは、最大の禁忌だ」

 腕に触れている私の手を握りしめて、ミハイルさんが言葉を継ぐ。

「お前をここに存在させることに、いくつもの不文律の隙間を掻い潜った。いつ、何がそれに触れてしまうかわからなかった。それによって俺が報いを受けるのは構わないが、お前が……、消えてしまうのではないかと……、そう思って何も話せなかった」

 まるで私の存在を繋ぎ止めようとするように、握っている手に力が籠る。

「つまり……、私が三年前の記憶を取り戻すことも、今私が存在できる要件を満たさなくなる可能性があるということですね?」
「ああ。そう伝えれば良かったのかもしれないが、半端に伝えてお前が過去に興味を持ったらと思うと、それもできなかった。だが結局、余計にお前を危険に晒した……」

 自嘲と後悔が入り混じる、悲痛な声。
 リエーフさんが言ってた通りだ……、彼が一番責めているのは、自分自身だって。

「……座りましょう」

 声を掛けると、ミハイルさんは手を離して、ソファに腰を下ろした。私もその隣に腰を下ろす。

「確かに私は、何も話してもらえないことを不満に思ってました。でも、あなたが何も言わなかったからこそ、今私がここにいることが自分の意志だって自信を持って言えます」

 もし、彼が私を引き留めていたら。
 三年前のことを断片的にでも話していたら。
 私はきっと、それに引きずられていたと思う。

「私、もう記憶はいりません。わかったから……、三年前も私はきっと、あなたのことが好きだったって」
「……なぜ、そんなことが言い切れる」
「だって、記憶がなくても同じ私自身だったら、私と同じ……はず……」

 ただ根拠を伸べただけのつもりでいたけど、よく考えたらこれ、めちゃくちゃ盛大に告白してないか??
 いやまぁ……今更なのかもしれないけど……

「前から思ってたが、お前はどうしてそういうことをサラっと言えるんだ」
「えぇと……どうしてでしょう……、喋りながら考えをまとめているからでしょうかね……?」

 なぜか睨んでくる視線から顔を背ける。怖いというより、顔が赤いのを見られたくなかったからだけど。

「くそ……、今言ったら便乗してるみたいになるだろ」
「何がですか」
「何でもない」

 ムスッとしながらミハイルさんが即答する。

「……疲れてるところすまなかった。もう部屋に戻って休め」
「あ……はい」

 少し……ほっとしたような、拍子抜けしたような。あんな風に迫ってきたりするくせに、今日はえらくよそよそしいんだな。

「それとも、ここで寝るか」
「いえっ、部屋に戻ります!!」

 即答して立ち上がった私を見て、ミハイルさんが顔を押さえて肩を震わせる。くっ……からかわれた。

「特に恥じらうような歳でもないのにすみません!」
「何も言ってない。面白いから俺は別に構わん」
「面白いって……」

 笑いを収めると、座ったままミハイルさんは膝の上に手を組み、それに頭を乗せるようにして俯いた。

「まぁ、あんまり説得力がないかもしれんが。俺はお前がいてくれればそれでいい。それ以上は望まん……」

 ……なんでだろう。
 嬉しいはずなのに、どうして……なんだか寂しい気持ちになるんだろう。
 考えても答えが出そうになくて、思考を手放す。

「……おやすみなさい」
「ああ」

 少し顔を上げ、ミハイルさんが微笑する。私も少し笑ってから踵を返し、部屋の扉を開ける。そして――半眼になる。

「……何してるんですか?」
「いえ、出てこられるとは思わず…………」

 扉のすぐ外にいたリエーフさんと目が合って、私は深くため息をついた。同時に、幽霊3人組がパーッと散っていく。

「お前ら!」

 ミハイルさんの怒声が、お屋敷に響き渡った。
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