死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第五十六話 依存と固執

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 それから、詰所で話を聞いたあと、近隣住民にも聞き込みをして回った。
 手当てしてもらったおかげで傷が擦れなくなったし、包帯の厚みのおかげで微妙な隙間が埋まったのか、ミハイルさんはあれからも過剰に心配したけど足は全然平気だった。

 詰所で聞いた話によると、あの子の母親が亡くなったのは二週間ほど前のことらしい。とくに事件性はなく、病気とのことだった。元々病弱だったようだ。

 さらに近隣住民の話によると、三年前の混乱時に父親も亡くしていて、それから母子二人の暮らしだったそうだ。随分苦労したみたいだけど、他人の家の掃除や買い物などの雑用をして食い繋いでいたみたい。私と同職だ……私は以前、家事代行の仕事をしていた。

 魔法があったのなら、そんな仕事は成立していないだろう。話のついでに聞けたのだけど、魔法がなくなって不便になった代わりに、仕事は増えたみたい。以前のような平和や安息はなくなったみたいだし、その頃に比べれば治安も悪くなったようだけど、私の目から見れば、比較的治安のよかった転生前に私が住んでいたところとそう変わらないように思えた。

 しかも、この街は他の街に比べ、死霊にも帝国にも脅かされることはない。街の活気はそのお蔭じゃないのかな。
 ミハイルさんは、領主として何もしていないみたいなことを言っていたけど……そんなことはないと思う。

「しかし、時間を食ったな」

 一通り話を聞き終えた頃には、すっかり陽が暮れていた。
 帰ろうと思えば帰ることもできたのだけど、明日また来ることを考えて、結局宿を取ることになった。
 軽く食事をして、ようやくヒールから解放され、宿の部屋で一息つく。靴擦れはだいぶよくなったとはいえ、歩き回って単純に疲れた。

「エフィル、最初はお母さんは生きてるって言ってたみたいですね」

 一人残されたエフィルの処遇を街の人は悩んだらしい。他に親戚はいなかったものの、引き取ると申し出た人はいたらしいが、彼が拒んだという話だった。そのときに彼は「お母さんは死んでいない」と言ったようだ。
 街の人は、エフィルが哀しみのあまり母の死を受け入れられないと思っていて、落ち着くまで「お母さんがいるから家にいる」と言った彼の意志を尊重することにしたと言っていた。結局すぐにエフィルは母の異変に気付いたのだろうけど……

「あれ、そういえば街の人には見えないのに、どうしてエフィルにはお母さんが見えるんでしょう?」
「幼い子どもは得てして見えやすい。或いは、血縁であることや、あの母親の意志が影響しているとも考えられる。まあそうでなくとも、ただ『見える』だけならさほど特異な能力というわけでもない」

 そう……見えるだけで、触れることはできない。幽霊もまた現世のものには触れられない。だから、食事の世話なども近隣住民がしていた。

「だから、直にあの女性も気が付くだろう。いや……息子以外の誰の目にも映らず、食事を作ることも我が子に触れることもできないその違和感に、もう薄々気が付いているはずだ」
「……やっぱり、事実を伝える以外にはないんですね」
「恐らくは一人残る幼い息子が心配で逝けなかったのだろう。だが霊体の身では、彼女が思うようなことはもうしてやれない。その事実に気が付いたときに、あるいは息子の目にも映らなくなったときに、絶望して堕ちてしまうよりは……その方がいいだろうな」

 ミハイルさんが私の言葉を肯定し、そして改めて私を見る。

「約束してくれ、ミオ。例えあの母親が受け入れられず気が触れても、指輪は決して使わないと。できないならお前を連れてはいけない。もし狂って堕ちれば、俺が囚えて地下に封印する。いいな」
「……はい」

 返事はしたものの、場合によっては……、もし、前のようなことがあったら。

 そう考えてしまったのがバレているのか、返事をしても彼は疑わしそうな顔をやめなかった。

「もし約束を破ったら、指輪は返してもらう」
「二度と外さない、二度と返さないと言ったはずですが」
「それはそれ、これはこれだ」
「嘘つき」

 盛大に溜め息をつかれた。

「……もういい。お前が使う前に俺が何とかすればいいだけだ。くそ」

 悪態までつかれた。
 ……ミハイルさんが私を心配してくれているのはわかる。だけど。

「だけどそれじゃ、私は何のためにいるんですか。何もできないならいなくても変わらない。むしろその方が、ミハイルさんは力を使わなくて済むし、帝国に弱みを握られることもないじゃないですか」
「馬鹿なことを言うな。いなくていいなら俺は何のために寿命を削ったんだ。そんな思いをさせるとわかっていて指輪を与えて傍に置いているのは俺自身だ」

 私を見る目が険しくなる。それから彼はかけていた椅子から立ち上がった。

「……言っただろ。お前がいないなら全部無意味だ」
「…………」

 沈黙が流れる。ややあって、ミハイルさんが罰が悪そうに私を見下ろす。

「すまん。少し極端になりすぎた……負担だったら言ってくれ」
「あ、いえ……」

 確かに、ミハイルさんには極端なところはある。過剰に心配しすぎるところもある。だけど、結局のところは。

「そこまで言ってくれるのは、その……、嬉しい……です……」

 俯いて、思ったままを口にすると、また少し静寂が流れた。

「……俺は隣の部屋にいるから何かあったら呼んでくれ……」
「あ……はい」

 また少し拍子抜けする。
 ……なんだろう。お屋敷に帰ってから、ミハイルさんは少し変だ。何か距離を感じる気がする。
 私のせいなのかな。嫌じゃないとは言ったはずなんだけど、でもあの後も抵抗しちゃったし……、お屋敷の部屋が結局別々のままなのも私の要望だし。恥じらう歳でもないくせにいつまでたっても慣れないし、可愛げもないし。呆れられてるのかもしれない。

 ぎゅっと、手を握りしめる。
 ええい。恥じらうような歳じゃないぞ私。

「あの、私、同じ部屋でも……!」
「ばっ……、馬鹿なことを言うな」

 かなり、勇気を出して言ったら言葉は、一刀の元に切り捨てられる。

「……なにもしない自信がない」
「い、今まで散々しておいて?」
「人聞きの悪いことを言うな。そもそも、そういう返答がくる時点でかなり不安になる」

 何を考えているのかさっぱりわからない。
 遠慮しないとか言っておいて、あれを最後に、馬に乗るとか怪我をするとか、そういうことでもなければ触れることすらない。
 握りしめた手の、力が抜ける。
 ミハイルさんが出て行こうとするのをぼんやり見ていると、ふと彼は扉に手をかけたまま、首だけでこちらを振り向いた。

「……あの、ネメスの領主……、名は何だったか」
「……? フェオドラさんのことですか?」

 唐突な話題に、それでも一応返事をすると、彼は「ああ」と思い出したようにうなずいた。

「固執や依存は易いが脆い、と言っていただろう。何も言い返せなかった。あのとき……、俺はお前さえ無事ならいいと……、俺や他人がどうなってもいいと……、結果あの有り様だ」

 言われて思い出す。忠告だと、彼女は言っていた。それに、あのときのミハイルさんの行動は、確かに後先考えなさすぎだったと私も思う。

「今の俺では自分を律することができん。これ以上を望めばきっと溺れる。だから……すまん。一人にさせてくれ」

 扉が開いて、そして閉まる音がする。

 なんだろう。すごく……胸がモヤモヤする。だけど、その原因がわからない。机に頭を投げ出すと、知らず溜め息が零れた。
 歩き回った疲れが睡魔を連れてくる。それに抗う理由も見当たらなくて、そのまま私は眠りに落ちていた。
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