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312.配慮

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そんな穏やかで心地の良い時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよティルゲルの刑の執行が始まる正午が近づいてくると、それまで落ち着いていたアリーチェもそわそわと落ち着かない気持ちになってきた。

ティルゲルの処遇について、アリーチェ自身後悔はしていない。
けれども覚悟はしていても、自分の決断によって一人の人間が命を落とすという事実に向き合うと、心は沈む。

「………あなたは正しい決断をした。アンジェロ殿もそう言っていただろう?」

まるでアリーチェの心の中を読み取ったのかと思う程に絶妙なタイミングで、ルドヴィクが話し掛けてきた。
暗い気持ちが顔に出てしまっていたのだろうかと、アリーチェはそっと自分の頬を隠すように掌で触れた。
そんなアリーチェの手に、自らの手を重ねるとルドヴィクは穏やかな眼差しを向ける。

「………自分の決断が人の命を奪うというのは辛い事だ。私はこの手で数多の人間を斬ってきたから、その気持ちは痛いほどよく分かる」

凪いだ海のように静かな声音に、アリーチェははっとして顔を上げた。
ルドヴィクは王であり、騎士だ。
国の為に、そして今の立場になる前は守るべき主の為に、その剣を振るってきたのだから、国の為に人を殺めるということがどういうことなのか、彼以上に知る者はいないだろう。

「………そう感じるのは、命の尊さを知っているからだ」

ほんの少しだけ、ルドヴィクの声に力が籠もったようだったが、相変わらず柔らかな口調だった。

「あなたは優しいから………罪を感じるなと言っても感じるのだろう。………あのような輩があなたの心に入り込むのは許しがたいが、そこは致し方ないことだと諦めよう」

ルドヴィクは肩を落として、溜息をついてみせた。
その様子が何だか可笑しくて、アリーチェは再び笑顔を浮かべる。

おそらくセヴランやティルゲルの事は、一生忘れることが出来ないだろう。
だが、ルドヴィクがその事実を否定するのではなく、あくまでもアリーチェの気持ちを汲んで、尊重してくれる。
そんな彼の優しさを感じ、アリーチェは彼の指に自分の指を絡めると手を下ろした。
そして処刑が行われる広場へと向かう為の馬車が用意された玄関へとルドヴィクを伴って歩き出した。
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