猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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新婚編

49.旧知の仲

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「………あれからもう十年以上経っているというのに、あなたは全く変わりませんね、ベッキオ翁」

 店に入ってからずっと沈黙を守っていたラファエロが、深く溜息をつきながら呟いた。

「………えっ?お………お知り合い、ですの?」

 思いもよらない言葉に、リリアーナは驚いてラファエロを振り返る。
 先程からやけに老人がーーーどうやら名はベッキオと言うらしいが、ラファエロの方を気にしていることには気がついていた。
 しかしそれは、大通りですれ違った人々と同じように、ラファエロがあまりにも美しいために見惚れていたのではなく、単純にラファエロの知り合いだったかららしい。

 リリアーナの問いに、ラファエロもベッキオも同じように軽く数回頷くと、互いをじっと見つめるような仕草をした。

「知り合い、と言っても…………幼少期にリベラートに連れられて街に来たときに逢っただけですから、顔見知りのほうが正しいでしょうね」

 やや小さな声で呟いたかと思うと、ラファエロは何故かそっぽを向いてしまった。

「ただ逢っただけではなかろうに。王太子殿下殿下方と逸れ、一人ぼっちになって泣いていたラファエロ殿下を保護して差し上げたのは、どこの誰だったんじゃ?」
「…………っ!」

 ベッキオがいたずらっぽく片目を瞑ってみせると、いつも穏やかな笑顔を浮かべているラファエロが珍しく頬を紅潮させた。

「そ………、それは幼い頃の話なのですから、仕方ないでしょう………!それに、あなたと逢ったのはその時の一度だけのはずですよっ」
「幼子の頃でも今でも、私にとってはあまり変わらんぞ。それに私は記憶力が他のものと………いいのでな。一度見た顔は絶対に忘れはせんぞ?」

 そう言うと食わせ者、という言葉がこれほどまでに似合う人物もないであろうベッキオを相手に、口髭に埋もれた口を塞ごうとしているラファエロの姿に、リリアーナは思わず笑みを零した。
 普段の様子からは全く想像がつかないほどの慌てぶりだった。

「そんな事があったなんて………世間というのは本当に狭いものですわね」

 思わぬ場所で、思いがけずにラファエロの幼少期の話を聞くことが出来、リリアーナは嬉しそうに手にした『月夜の灰かぶり姫』を握りしめたのだった。
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