猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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ラファエロ編

71.断罪(7)

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「まあ謝罪したところで、助かるわけではないですけれどね」

リリアーナの笑顔に、満足気に微笑んだラファエロが、アマンダに視線を移すと、嘲りを含んだ吐息を一つ零した。

「コルシーニ伯爵夫人。そこの礼儀知らずな罪人が騒がないように猿轡でも噛ませておいてください」

コルシーニ伯爵夫人に指示すると、ラファエロは涼しい顔でリリアーナの真横へと戻った。
目的は達成された。あとはエドアルドの気が済むようにしておけばいいだろうと考えていると、アマンダが悔しそうにこちらを睨んでいる事に気がついたが、最早相手にする価値もないと判断し、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべ直して素知らぬふりをした。

「さて、待たせたな。気分はどうだ?」

唐突にエドアルドから声を掛けられたディアマンテの紫暗色の瞳が、怯えたように揺らいだ。

「………後宮の女帝が、………無様な姿になったものだな」

エドアルドが嘲りの言葉を吐き出すと、ディアマンテは突如として短くなってしまった髪を振り乱して騒ぎ出した。

「………っ、どうして………どうして私がっ、こんな………!」
「どこかで聞いたような台詞だな。………ああ、確か火あぶりに処したトゥーリ伯爵夫人がそのような事を口にしていたぞ。………自尊心ばかり高く、ないものねだりばかりするような罪人の思考回路は皆同じということか」
「………エドアルドっ、ラファエロ!あなた達のせいよっ………あなた達が生まれてこなければ………あなた達の母親が、嫁いで来なければ、私はこんな目に遭わずに済んだのよ!」

ディアマンテの耳障り名叫びが部屋に響くのを、ラファエロは聞き流した。

「…………自分の不甲斐なさを、人のせいにするのは簡単だ。そうやって、自分は悪くない、己の身に降りかかる不幸は全て他人が自分を貶めているからだと考えて生きているのはさぞかし楽だろうな」

どんなに喚こうが、エドアルドは痛くも痒くもないということに気が付かないらしい。
実に冷静な兄の言葉に、ラファエロは頷いた。

「何よ!………私の何が分かるというの?………あの女を………リオネッラを初めて見たときの私の気持ちが…………!」

そう叫ぶと、ディアマンテが人目も憚らずに泣き出した。
そして、ディアマンテが正妃になれなかったことやフィリッポに愛され、自分達を授かったリオネッラに対して並々ならぬ嫉妬心を抱いていたことを語るが、その自分本意な考えに、ラファエロは同情心の欠片も湧いてこない事に皮肉げな笑みをひっそりと浮かべた。

「…………何て自分本位な考え方ですの…………」

ふと隣に佇んだリリアーナが、溜息混じりにリリアーナが呟いたのが聞こえた。
だがその声は、ディアマンテには届いていないようで、自白剤の効果もあってか、ディアマンテは続いてクラリーチェの母についても嫉妬心を顕わにしながら内心を吐露した。
そして、クラリーチェの両親が殺された理由が、リオネッラ妃の死の真相を知ったせいだということもはっきりと口にした。
自分自身を愛してやまないディアマンテは、自分より優れた存在というものを受け入れる事が出来なかったのだろう。
実に愚かで、低俗な考えだとラファエロは呆れる。

ディアマンテが全てを白状し終わったのを待っていたかのように、エドアルドがカストとジュストの血と唾液に濡れた剣先を突き付けるのを、ラファエロは微笑みを浮かべたまま見つめた。

「ひっ………!お願い………っ………や、止めて………顔は、顔だけは………っ、傷つけないで………!」

先程手の骨を踏み砕かれたとは思えない饒舌ぶりに些か感心していると、ディアマンテは己の容姿を先王フィリッポが褒めてくれたことをどこか懐かしそうに口にした。
ディアマンテは心底父の事を愛していたらしいが、父の気持ちを知っていたのだろうか。
ラファエロは小さく微笑むと、徐ろに口を開いた。

「………一度訊いてみたいと思っていたのですが………、あなたは父を愛していたのですか?」
「当り前じゃない!私はずっと、フィリッポ様をお慕いしていたわ!」

父の気持ちには強い確信を持っているらしいディアマンテは即答してみせた。

「父を愛していながら、多くの側妃………もとい愛妾と床をともにするのを管理していたとは、何ともいじらしいことですね」

ディアマンテに対して、ラファエロが意味ありげな微笑みを浮かべて見せた。
国王がいつ、どの妃の許を訪れたのかを全て把握し、管理するのは正妃の役目だからだ。

「当り前よ。フィリッポ様をお慕いしていたからこそ、辛い役目も務め上げられたのだわ!」

ラファエロはその答えに笑みを深くすると、ラファエロの意図を察したらしいエドアルドが皮肉げに口元を歪めた。

「献身的に尽くしていたそなたに、父は労いの言葉を、掛けたか?………そなたに愛を囁いたか………?」
「フィリッポ様はああいう御方ですもの。言葉でいただかなくても、たっぷりと愛して頂く事で私にはきちんと伝わっているわ………!」

今度はエドアルドの笑みが深くなる。

「そうか。………だが、母が存命中、父は母に愛していると何度も伝えていた。そして母亡き後はその墓前で同じことを呟いていた。ディアマンテよ。………そなたは一度でも言われたことがあったか?」

エドアルドの抑揚のない声で紡がれた言葉に、ディアマンテは崩れた厚化粧の中心に存在する紫暗色の瞳を限界まで見開き、真っ赤な唇を動かしているだけで、言葉を紡ぐことすらできない様子だった。
だが皮肉なことに、その表情からは言葉にする以上のものが伝わってくる。
ラファエロは笑顔のまま、冷たい視線をディアマンテに向けた。
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