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ラファエロ編
37.自分だけの王子様
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それから数日後の夜。
トゥーリ伯爵の一件に関する残務処理を終えたラファエロは、私室で漸く一息ついたところだった。
トゥーリ伯爵を死なせてしまった件についてエドアルドからは何の咎めもなかったが、却ってその方がラファエロは自責の念に駆られた。
だからこそ、その失敗を挽回するためにここ数日はいつもに増して根を詰めていたのだった。
書類を整え終え、ふと書棚に目を遣ると、あの時書店で買い求めた恋物語の背表紙が目に入った。
「ラファエロ。世の中の女のコは皆『自分だけの王子様』を待っているのよ」
ぼんやりとその背表紙を眺めていると、幼い頃に過ごしたオズヴァルドで、伯母がそんな話をしてくれた事を、ふと思い出した。
「自分だけの王子様、ですか…………」
ラファエロは口元にだけ笑みを浮かべた。
「………何を考えてらっしゃるのです?」
「オズヴァルドの伯母が言っていたことが、ふと頭に浮かんできただけですよ。………しっかりなさった方ですが、少しロマンチストなところがありましてね」
ラファエロにお茶を差し出したマリカは、納得したように笑う。
「それで、『自分だけの王子様』なのですね」
「ふふ。無意識のうちに口に出していたようですね。………女性は、誰しもその『自分だけの王子様』を待っているのだと、童話の読み聞かせをしてくれたあとによく熱く語ってくださったのを思い出しただけです」
「流石はあのオズヴァルドの王妃様ですね。私は実際お会いしたことはございませんが、幼い殿下にそのようなお話をされるとは………。余程父親のようにはなって貰いたくなかったのでしょうね」
「普通に考えれば、誰もあんな人間にはなりたくないですよ」
ラファエロはお茶を一口口にすると、溜息をついた。
「………でも、その言葉はあながち間違いではないと思いますよ。少女なら誰もが一度は夢に見るものだと思います。だからこそ、ああいう類の恋物語の人気が出るのですよ」
ふふ、と穏やかに笑うマリカは実に楽しそうだ。
「マリカも、夢を見たのですか?」
「そうですね。何も知らなかった幼い頃は、少しだけ。………しかし、それをお訊きになって、どうするおつもりですか?」
「マリカにも、そんな可愛らしい一面があるのかと興味があっただけですよ」
ラファエロは薄っすらと笑みを浮かべると、窓の外に視線を移した。
ここ数日は色々と考えさせられることがあり、思いもよらない失態を冒した事で動揺したが、考えを巡らせながらはっきりと分かったことは、自分の中でリリアーナへの恋心は確かに大きくなっているということだった。
自分はトゥーリ伯爵のように、諦めなければならない恋をしているわけではない。
かと言って、最初の頃のエドアルドのように相手の気持ちも考えずに、強引に事を進めたいわけでもない。
リリアーナには、彼女の意志で自分を選んで欲しい。
その為には、リリアーナの気持ちを自分に向けさせなければならない。
少し前は、彼女に自分の存在を意識してもらえれば十分だと思っていたのに、少しずつ欲が出てきていいた。
リリアーナの事がもっと知りたい。リリアーナにも自分の事をもっと知ってほしい。
「………彼女も、『王子様』に憧れているのでしょうかね………?」
ラファエロが静かに呟く様を、マリカが聖母のような慈愛に満ちた瞳で見つめていたのだった。
トゥーリ伯爵の一件に関する残務処理を終えたラファエロは、私室で漸く一息ついたところだった。
トゥーリ伯爵を死なせてしまった件についてエドアルドからは何の咎めもなかったが、却ってその方がラファエロは自責の念に駆られた。
だからこそ、その失敗を挽回するためにここ数日はいつもに増して根を詰めていたのだった。
書類を整え終え、ふと書棚に目を遣ると、あの時書店で買い求めた恋物語の背表紙が目に入った。
「ラファエロ。世の中の女のコは皆『自分だけの王子様』を待っているのよ」
ぼんやりとその背表紙を眺めていると、幼い頃に過ごしたオズヴァルドで、伯母がそんな話をしてくれた事を、ふと思い出した。
「自分だけの王子様、ですか…………」
ラファエロは口元にだけ笑みを浮かべた。
「………何を考えてらっしゃるのです?」
「オズヴァルドの伯母が言っていたことが、ふと頭に浮かんできただけですよ。………しっかりなさった方ですが、少しロマンチストなところがありましてね」
ラファエロにお茶を差し出したマリカは、納得したように笑う。
「それで、『自分だけの王子様』なのですね」
「ふふ。無意識のうちに口に出していたようですね。………女性は、誰しもその『自分だけの王子様』を待っているのだと、童話の読み聞かせをしてくれたあとによく熱く語ってくださったのを思い出しただけです」
「流石はあのオズヴァルドの王妃様ですね。私は実際お会いしたことはございませんが、幼い殿下にそのようなお話をされるとは………。余程父親のようにはなって貰いたくなかったのでしょうね」
「普通に考えれば、誰もあんな人間にはなりたくないですよ」
ラファエロはお茶を一口口にすると、溜息をついた。
「………でも、その言葉はあながち間違いではないと思いますよ。少女なら誰もが一度は夢に見るものだと思います。だからこそ、ああいう類の恋物語の人気が出るのですよ」
ふふ、と穏やかに笑うマリカは実に楽しそうだ。
「マリカも、夢を見たのですか?」
「そうですね。何も知らなかった幼い頃は、少しだけ。………しかし、それをお訊きになって、どうするおつもりですか?」
「マリカにも、そんな可愛らしい一面があるのかと興味があっただけですよ」
ラファエロは薄っすらと笑みを浮かべると、窓の外に視線を移した。
ここ数日は色々と考えさせられることがあり、思いもよらない失態を冒した事で動揺したが、考えを巡らせながらはっきりと分かったことは、自分の中でリリアーナへの恋心は確かに大きくなっているということだった。
自分はトゥーリ伯爵のように、諦めなければならない恋をしているわけではない。
かと言って、最初の頃のエドアルドのように相手の気持ちも考えずに、強引に事を進めたいわけでもない。
リリアーナには、彼女の意志で自分を選んで欲しい。
その為には、リリアーナの気持ちを自分に向けさせなければならない。
少し前は、彼女に自分の存在を意識してもらえれば十分だと思っていたのに、少しずつ欲が出てきていいた。
リリアーナの事がもっと知りたい。リリアーナにも自分の事をもっと知ってほしい。
「………彼女も、『王子様』に憧れているのでしょうかね………?」
ラファエロが静かに呟く様を、マリカが聖母のような慈愛に満ちた瞳で見つめていたのだった。
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