猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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リリアーナ編

68.鉄鎚(1)

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「………無様で、哀れだな」

凄まじい嘲笑を浮かべたエドアルドがぽつりそう呟いたのが聞こえた。

ディアマンテは自分自身を愛しすぎている故に、フィリッポから愛されているという幻想に取りつかれ、フィリッポが求めていた肉欲を愛と勘違いしていたのだろう。

「あ………ああっ…………」

鼻先に触れるか触れないかという距離で血濡れの剣を突きつけられているせいで、俯くことすらも叶わないディアマンテは、絶望の嗚咽を漏らし始めた。
それは、ディアマンテの自尊心を大きく傷つけるのに、エドアルドとラファエロが成功した瞬間だった。

(流石ですわ………)

二人の息がぴったりと合った、見事としか言いようのない手法にリリアーナは感嘆の溜息を零した、その時だった。

「………ははっ、叔母上も案外あっけないな………。つまらない。………退屈で、死にそうだ………」

暫しの静寂に包まれた室内に、ジュストの落とした不気味な呟きが響き渡ってリリアーナは嫌々ながらそちらに目を向けた。

口に剣先を捩じ込まれ、足の甲を刺されたというのに、そんな事はまるで無かったかのように、口と足から血を流しながら、ジュストが薄ら笑いを浮かべていた。

「相変わらず………気持ち悪い男………」

リリアーナが嫌悪を露にしながら眉根を寄せると、ラファエロが微笑みながら気遣うように話しかけてきた。

「あとは兄と私でしておきますので、リリアーナ嬢はクラリーチェ嬢の所へ行かれてもも構いませんよ?」
「あら、ありがとうございます、王弟殿下。クラリーチェ様とご一緒できるのはとても魅力的なご提案ですけれど、そこにいる精神異常の元婚約者に、鉄槌を下してやりたくて参ったのですから、最後までお付き合い致しますわ」

リリアーナはラファエロに向かって極上の笑顔を浮かべて見せると、ゆっくりとジュストの元へと歩み寄っていった。

「………ふん、お前か」

ジュストは、冷めた目でリリアーナを見た。
この男はいつだってそうだった。
それを悲しいとか、悔しいとも思わなかったし、寧ろこの男の関心が自分に向かなかったのはありがたいと思った。
………但し、まさかその関心がクラリーチェに向くとは思わなかったが。

リリアーナは、一度綺麗な作り笑いを浮かべて見せた。
ジュストと婚約してから、彼の前ではこの表情を浮かべていることが多かったせいか、反射的にそうなっているかもしれないと、リリアーナは思った。

「お前の顔など、見たくない。私に捨てられた途端に、そっちの母殺しの呪われた王子に媚を売る尻軽女などな………」

母殺しの呪われた王子という言葉に、ピクリとラファエロが反応した事に、リリアーナは気がついた。
ラファエロには何の罪もないどころか、被害者であることが明かされたというのに、わざわざ侮蔑を込めてその言葉を口にするジュストに、リリアーナは苛立ちを覚えた。

「あら、平民の大罪人が何を言うかと思えば…………」

リリアーナはうんざりしたように眉を顰めると、盛大に溜息をついた。

「『私に捨てられた』ですって?………私、きちんとお伝え致しましたわよ?婚約解消だと。………まぁあなたが私を捨てたというのなら、たっぷりと慰謝料を請求させていただきますけれどね?」

嫌いで仕方のないジュスト婚約者を、長年観察していただけあって、この男が何を好み、何を嫌うのかははっきりと理解していた。

ブラマーニ家の例に漏れず自尊心が強いジュストにとって最も我慢ならないのが、人前で醜態を晒すこと、そしてプライドを傷つけられることだ。
先程大衆の前で殴りつけられただけでも相当なダメージだったのは間違いないが、そんなもので済ませようとは、リリアーナは考えていなかった。
………そう。そのために、ラファエロの誘いに乗り、この場までついてきたのだ。
リリアーナは再び艶やかな微笑みを顔に張り付けた。
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