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リリアーナ編
45.失態
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フェラーラ侯爵夫人が、悲鳴にも似た、耳を劈くような金切り声を上げ、閑寂とした空気を貫いていく。
その様は、後宮の女官長という立場にあった己の立場もプライドもかなぐり捨て、必死に命乞いをしているようにすら見えた。
にも関わらず、ブラマーニ公爵夫妻も、ディアマンテも、そして、夫であるフェラーラ侯爵でさえも彼女に助け舟を出そうとする素振りは見せないことに、リリアーナは同情と憐憫の情を感じる。
自分は必死に国のために尽くしてきたと訴える姿はこの上なく無様だった。
そんなフェラーラ侯爵夫人に対して、恐ろしい程に無表情のまま淡々と問いかけるエドアルドに、フェラーラ侯爵夫人は瞠目しながら唇を戦慄かせることしか出来ていなかった。
「兄上の言うように、フェラーラ侯爵夫人はディアマンテの………ブラマーニ公爵家の為に動いていたのは誰の目にも明らかなのに、まだこうして食い下がるとは………本当に往生際が悪いですよね」
またしてもラファエロがリリアーナの耳元でそう囁いて嘲笑する。
「その往生際の悪さを、王弟殿下は楽しんでらっしゃるのではないのですか?」
「おや、そのように見えていたとは心外ですね」
ふふ、と小さく笑い声を上げたラファエロをちらりと見、それから彼の兄へと視線を移した。
フェラーラ侯爵夫妻を糾弾しているエドアルドの姿は、『冷厳』と称されるキエザ国王エドアルドの『王』としての姿に違いなかった。
温情など、全く持ち合わせていないかのような、何の感情も浮かばない、どこまでも冷え切った水色の瞳は容赦ない光だけを宿してフェラーラ侯爵夫妻を射抜いている。
それを見ているリリアーナですらも思わず背筋が粟立つようだった。
問い詰められる夫人に変わってフェラーラ侯爵が口を開いた直後だった。
「黙って聞いていれば、次から次へと………よくもまあそれだけの屁理屈が浮かんで来ますね。呆れを通り越して、賞賛して差し上げたい程です」
ずっとリリアーナに向かって話しかけるだけで、それ以外はじっと事の成り行きを見守っていたラファエロが、初めてエドアルドとフェラーラ侯爵夫妻とのやり取りに口を挟んだ。
エメラルド色の、深い森を思わせるその瞳は、優しげな笑みを浮かべながらも怒りが込められていて、リリアーナは彼の横でじっと彼の横顔を見つめた。
「兄上。欲に目が眩み、人を人とも思えない下賤な輩は、残念ながら兄上の言葉の意味を全く理解していないようですよ?こんなにお粗末で頭の悪い輩を相手に証拠を掴めず手こずっていたと思うと、腹立たしくなりますね。………あぁ、証拠といえば、船の事故に関しての証拠の話が途中でしたね」
そう言いながら、ラファエロはダンテに目配せをした。
すると、ダンテはその精悍な顔ににやりと笑みを浮かべると、懐から紙切れを二枚取り出した。
それは、フェラーラ侯爵邸から押収した証拠となる品物だった。
しかも、フェラーラ侯爵が脅しの為に人質にとっていたらしい船頭たちの家族も既に保護しているという事に、リリアーナは驚きを隠せなかった。
いつの間に、そんな準備を進めていたのだろうか。
見事としか言いようがないエドアルドとラファエロ、そして彼らに付き従った近衛騎士達の手腕には脱帽してしまう。
言い逃れが出来ない証拠をつきつけられたフェラーラ侯爵の表情が、明らかに変わった。
赤い目は瞳孔が開き、青白い顔は更に青さが増していく。
「………あれは、我が家の使用人です。粗相をしたために地下室に閉じ込めていただけで………決して人質などでは………」
「………ダンテは、保護したとしか言っていない。………何故人質などという言葉が出てくるのだ?」
エドアルドの言葉に、自ら墓穴を掘った事に気がついたフェラーラ侯爵は、薄い唇を噛み締める。
その様子をリリアーナは呆れながら見つめた。
その様は、後宮の女官長という立場にあった己の立場もプライドもかなぐり捨て、必死に命乞いをしているようにすら見えた。
にも関わらず、ブラマーニ公爵夫妻も、ディアマンテも、そして、夫であるフェラーラ侯爵でさえも彼女に助け舟を出そうとする素振りは見せないことに、リリアーナは同情と憐憫の情を感じる。
自分は必死に国のために尽くしてきたと訴える姿はこの上なく無様だった。
そんなフェラーラ侯爵夫人に対して、恐ろしい程に無表情のまま淡々と問いかけるエドアルドに、フェラーラ侯爵夫人は瞠目しながら唇を戦慄かせることしか出来ていなかった。
「兄上の言うように、フェラーラ侯爵夫人はディアマンテの………ブラマーニ公爵家の為に動いていたのは誰の目にも明らかなのに、まだこうして食い下がるとは………本当に往生際が悪いですよね」
またしてもラファエロがリリアーナの耳元でそう囁いて嘲笑する。
「その往生際の悪さを、王弟殿下は楽しんでらっしゃるのではないのですか?」
「おや、そのように見えていたとは心外ですね」
ふふ、と小さく笑い声を上げたラファエロをちらりと見、それから彼の兄へと視線を移した。
フェラーラ侯爵夫妻を糾弾しているエドアルドの姿は、『冷厳』と称されるキエザ国王エドアルドの『王』としての姿に違いなかった。
温情など、全く持ち合わせていないかのような、何の感情も浮かばない、どこまでも冷え切った水色の瞳は容赦ない光だけを宿してフェラーラ侯爵夫妻を射抜いている。
それを見ているリリアーナですらも思わず背筋が粟立つようだった。
問い詰められる夫人に変わってフェラーラ侯爵が口を開いた直後だった。
「黙って聞いていれば、次から次へと………よくもまあそれだけの屁理屈が浮かんで来ますね。呆れを通り越して、賞賛して差し上げたい程です」
ずっとリリアーナに向かって話しかけるだけで、それ以外はじっと事の成り行きを見守っていたラファエロが、初めてエドアルドとフェラーラ侯爵夫妻とのやり取りに口を挟んだ。
エメラルド色の、深い森を思わせるその瞳は、優しげな笑みを浮かべながらも怒りが込められていて、リリアーナは彼の横でじっと彼の横顔を見つめた。
「兄上。欲に目が眩み、人を人とも思えない下賤な輩は、残念ながら兄上の言葉の意味を全く理解していないようですよ?こんなにお粗末で頭の悪い輩を相手に証拠を掴めず手こずっていたと思うと、腹立たしくなりますね。………あぁ、証拠といえば、船の事故に関しての証拠の話が途中でしたね」
そう言いながら、ラファエロはダンテに目配せをした。
すると、ダンテはその精悍な顔ににやりと笑みを浮かべると、懐から紙切れを二枚取り出した。
それは、フェラーラ侯爵邸から押収した証拠となる品物だった。
しかも、フェラーラ侯爵が脅しの為に人質にとっていたらしい船頭たちの家族も既に保護しているという事に、リリアーナは驚きを隠せなかった。
いつの間に、そんな準備を進めていたのだろうか。
見事としか言いようがないエドアルドとラファエロ、そして彼らに付き従った近衛騎士達の手腕には脱帽してしまう。
言い逃れが出来ない証拠をつきつけられたフェラーラ侯爵の表情が、明らかに変わった。
赤い目は瞳孔が開き、青白い顔は更に青さが増していく。
「………あれは、我が家の使用人です。粗相をしたために地下室に閉じ込めていただけで………決して人質などでは………」
「………ダンテは、保護したとしか言っていない。………何故人質などという言葉が出てくるのだ?」
エドアルドの言葉に、自ら墓穴を掘った事に気がついたフェラーラ侯爵は、薄い唇を噛み締める。
その様子をリリアーナは呆れながら見つめた。
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