猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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リリアーナ編

34.ジュスト

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「………このような場所で立ち話などしていないで、広間に行きませんか?もう他の貴族たちも集まって、国王陛下の婚約者であるクラリーチェ姫の到着を待っている筈ですよ」
「え………?」

それまで黙ってクラリーチェとリリアーナのやり取りを眺めていたジュストが、徐に口を開くと、クラリーチェは驚いたような表情を浮かべ、それからしばらく考え込んで、すうっとその美しい顔から表情が消えた。
クラリーチェの反応を見る限り、あの事故の詳細は聞かされてはいないようだった。
だが、クラリーチェは賢い。ジュストの言動と、自分の記憶から何かに勘づいたに違いなかった。

「………おや、クラリーチェ姫?随分顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?やはり海に落ちた影響があったのでしょうか………それとも、王宮に戻ると愛しの国王陛下を思い出して、居た堪れない気持ちになったのですか?」
「………っ」

クラリーチェの様子がおかしいことに気が付いたのだろうか。ジュストが猫撫で声で、クラリーチェに語り掛ける。
彼女にとって残酷な現実を、突き付けるように。
その効果は絶大で、クラリーチェの淡い紫色の瞳が、大きく揺らいだ。
その瞬間、リリアーナは頭に血が上るのを感じ、リリアーナは感情を爆発させた。

「………っ、この下衆が!」

リリアーナは思い切り侮蔑の気持ちを込めて、およそ令嬢らしからぬ言葉をジュストに向かって吐き捨てた。
この世のあらゆる罵詈雑言を寄せ集めて、思い切りジュストにぶつけてやりたい気持ちだったが、あまりに強い怒りを感じると人は言葉を忘れるのだと、リリアーナはこの時初めて思い知った。

「………黙れ、リリアーナ!お前などにもう用はない。………私は望むものを、この手に入れるのだからな」

ジュストはリリアーナを睨めつけると、狂ったような高笑いをしながら、クラリーチェの腕を乱暴に掴み上げた。

「………痛っ!」
「さあ、クラリーチェ姫。参りましょうか」

クラリーチェが痛みに顔を顰めるのもお構いなしに、ジュストはクラリーチェを引き摺るように連れていく。

「クラリーチェ様!」

リリアーナは慌ててクラリーチェをジュストから引き離そうとするが、深窓の令嬢が、普段から体を鍛えている男性に敵う筈がない。
案の定、ジュストの腕はびくともしなかった。

「リリアーナ様……私は、大丈夫です……」

俯いたまま、クラリーチェが悲しそうに呟いた。
優しいクラリーチェは、リリアーナが傷つけられることを心配してくれているのだろう。
リリアーナはそんなクラリーチェに何もしてやれない自分の無力さに、悔しそうに唇を噛み締めると、そっと手を離した。
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