婚約破棄をしたいので悪役令息になります

久乃り

文字の大きさ
38 / 51

ジークフリート目線7

しおりを挟む
 ついに別宅の改装工事が始まることとなった。この屋敷を建てたのは先々代の公爵で、俺の曾祖父にあたる人物だ。妻を亡くしたのをきっかけに隠居したと聞いている。が、普通隠居するのなら領地に移り住むものだと思っていたのだが、なぜだか本邸の庭の隅の方にこの別邸を建てたらしい。まぁ公爵領はこの王都に隣接している様なものだから、移り住んでも隠居と言う感じにはならないからだろう。墓も国教会にあるぐらいだからそんなものか。既にセレスティンは母である公爵と下見を済ませていて、おおよその図案を決めてあるという。母である公爵はこの屋敷をセレスティンへの誕生日プレゼントにするらしいので、俺が決めることはほとんどないと言っていい。

「寝室の壁紙は落ち着きのある色でまとめてくれ。装飾なんかも今の部屋に近くていい」
「賜りました」
「客室の数は……このままでいいんじゃないか?」
「パーティーの招待客を泊めることございます」
「泊まるような客人なら本邸に泊めるだろう。ここはあくまでもセレスティンの物になるんだ」
「かしこまりました」

 執事長は深深と頭を下げた。出すぎた意見だと感じたのだろう。そう、この屋敷はセレスティンの物になるのだ。泊めるような客人などが来るはずがない。来たところでせいぜい……いや、いま考えることでは無いな。俺は頭の中に浮かんだマイナスな思考を振り払った。

「セレスティンは変わった風呂を欲しがったらしいな」
「はい。ヒノキを使った大きな浴槽との事でしたので、元からここにあった大理石の浴槽はアルト様が譲り受けられました」
「ああ、そう言えば欲しがっていたな、アルトのやつは。しかし、セレスティンはなかなか変わった趣味をしていたのだな」

 ヒノキとはなかなか欲しがるものでは無い。木でできた浴槽は手入れが大変だから、それなりの使用人を雇える様な貴族でなければ用いることはない。手入れは大変だが、独特な香りに人気があるため、騎士団の風呂でも使われてはいる。香りにリラックス効果があるらしい。常に俺たち公爵家の人間の顔色を伺っているセレスティンには必要なのかもしれない。そんなことを考えながら次々と部屋の間取りの確認をしていく。
 古い家具は処分したり、地下倉庫にしまわれたらしいが、使用人部屋は何故かそのままだった。

「ここは手直しをしないのか?」
「使用人の部屋になりますので、特に必要はないかと」
「しかし、この家具はもうダメだろう。軋みが酷い。上からこんな音がしたら気になってしまうな」
「かしこまりました。家具は入れ替え致します」

 執事長は手帳にメモをする。何をどう書き残しているのか分からないが、書くのはなかなかに早い。念の為全ての使用人部屋を見て回ると、一部屋だけきっちりとした部屋があった。

「ここは?」
「こちらの屋敷の管理人が使っていた部屋ですね」
「管理人?」
「執事ではなく管理人だったようです。先々代の公爵閣下の隠居後の金銭管理のみしていたようです」
「へえ」
「メイドの数も少なかったようです」
「なるほど」

 先々代の公爵とは言えど、隠居した身であれば最低限の使用人の数で屋敷を回していたのだろう。そう思いつつ台帳のようなものを一冊手に取った。記録簿と背表紙に書かれていて、人物の名前が記入されている。屋敷の使用人一人一人の記録簿とはマメなことだと思いつつ、開いてみればそこには最初のページに写真が貼られていた。金髪に淡いオレンジ色の瞳の美しい人物だ。写真の隣のページに名前や誕生日などの詳細が書かれていた。
 ページをめくると日付とその日の起床時間や食事の内容が書かれていた。そして、閨に呼ばれたかどうか……

「これは……」

 俺は他の記録簿も手に取った。また違う人物の写真が貼られ、その人物の記録が記入されている。記録簿は全部で五冊。つまり5人分あった。そして、最後に手にした一冊を開いた時、俺の頭は真っ白になった。
 息が止まるほどの衝撃とはこのようなことを示すのかも知れない。俺は目の前に書かれている内容を読んではいるが、それを咀嚼して理解することを脳が拒否していた。

「そちらの方は先々代の妾です」
「……そうか」

 事実を淡々と告げてきた執事長を思わず睨みつけそうになった。当然だが彼は悪くは無い。ここで俺はようやく以前母が言っていたことを思い出したのだった。『同じ顔なんだ』と言っていた。そう、つまりはそうう事なのだ。

「なるほど……確かに同じ顔だ」

 セレスティンと、いや、シャロン殿と同じ顔をした人物。執事長が言うには先々代の妾と言う立場でこの屋敷に住んでいたそうだ。5人の中で一番若かった。この屋敷に来たのがまだ十六のときで、ここから学園にも通っていたようだ。そうして週に一度閨に呼ばれる。学生であるから呼ばれるのは週末、授業に差支えのないようにとの配慮なのだろう。彼に対する出資はノートやインクなどの学用品が多かった。制服やカバン、靴なども仕立てていたようだ。
 そうして、先々代が亡くなったあと、彼は実家に戻ることなく子爵家へ嫁いだと書かれてあった。結納金は結構な額が書かれていたが、若いうちからこの屋敷に囲われていた彼への慰謝料にも思える額だった。

「この屋敷に、最後まで残られたのは平民の女性でした。年齢的な問題もありましたが、ここでの暮らしに慣れてしまっては外に行くのは難しかったのでしょう」
「彼女はここで寿命を?」
「そうです。墓は公爵が手配して建てております。他のお三人様は手切れ金をもって実家に帰られました」
「詳しいのだな」
「本邸に保管されている決算書にそのように記載されておりました」
「そうか……」

 俺は手にしていた記録簿をとじると元の位置へと戻した。つまりここにいた5人の妾のうち4人は公爵家から金を持たされて出ていったということだ。そのうちの一人がセレスティンの祖母に当たると言うことになる。セレスティンが、もう少し成長すれば記録簿にあった写真の人物と同じ顔になることだろう。

「セレスティンはこの部屋には?」
「来てはおりません。公爵様がご一緒でしたので、使用人部屋のあるこちらの階には……」
「そうか、それならいいんだ」

 俺が一瞥をすると、執事長は心得たとばかりに頭を下げた。決してこの部屋にセレスティンを近づけてはならない。

「この別邸の管理を任せる者を選定しなくてはならないな」
「はい、私の下で働く者を推薦させて頂きたく」
「そうか、それとメイドと料理人か」
「はい。庭師などは不要かと」
「新しく雇う必要があるな」
「レストランの料理人は、セレスティンの気に入った物を作るのが上手い」
「左様でございましたか。手配を試みるということで」
「ああ、そうしてくれ」
「メイドは今付いている者を優先致しますか?」
「本人の希望を優先してやってくれ……ああ、そうだ。確かウィンス伯爵家でセレスティン付きのメイドがいたはずだが」
「以前声はかけたことがございますが」
「さすがに公爵家へは抵抗があったか」
「いえ、ウィンス伯爵家の料理人が夫でしたので、離れて働くのは、と」
「そうか……さすがに料理人を引き抜くのは気が引けるな。だが、声はかけておいてくれ」
「夫婦で、ということでよろしいのでしょうか」
「ああ、子どももいることだろうしな」
「たまわりました」

 ウィンス伯爵家のメイドの名前は確かマリと言った。セレスティンも懐いていて、面倒見のいいメイドだ。赤みがかった金髪の小柄な女性、ウィンス伯爵が言うにはセレスティンのために既婚女性を付けたということだったな。だから俺も信頼出来るメイドだと思っているのだ。出来れば引き抜きに応じて貰いたいのだが、

「ああ、そうか」

 俺はなんとも簡単なことに気がついた。

「ウィンス伯爵家に俺が交渉にいけばいいのか」
「と、もうされますと?」
「そのメイド夫婦をセレスティンのために融通してもらうんだ」
「左様でございますか。ええ、働き先の家格が上がるのですから断られることはないでしょう」
「まだ一年以上は時間がある。とりあえずゆっくり交渉させてもらおう」

 セレスティンのため、と言えばウィンス伯爵が断ることは無いだろう。とりあえずはセレスティンの誕生日プレゼントのお礼と称して訪問の約束を入れるとしよう。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。

きっと、君は知らない

mahiro
BL
前世、というのだろうか。 俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。 大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。 皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。 あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。 次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。 次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。 それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。 ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。 死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...