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第五章
第四十話 思惑
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頼守はひとり部屋に残り、朝凪を眺めながら一つ、珍しく溜め息を吐いた。
『何を考えている、頼守』
「……水埜辺さま……」
部屋から覗く庭の松の木枝に影があった。その影はゆっくりと木から落ち――正確には下りた――、そして頼守の目の前に立つ。水埜辺は少し酒に酔っているようで陽気な雰囲気を纏っていた。
漆黒に輝く長い髪が夜風に揺蕩う。ああ、この人は本当に妖しい人なんだなと頼守は見惚れた。水埜辺は頼守の隣に腰かけ、頼守の頬をひと撫でした。まるで愛おしいものを愛でるように。頼守はその愛情に申し訳なく思う。
「……申し訳ありません」
『何を謝る。……俺から妖怪の力を、自由を、奪ってしまったことか?』
「……いえ……。私たちはいわば一心同体の身……。私の考えていることなどすでに全て御見通しのはず」
『そうだな』
水埜辺は頼守のもとに置いてあった湯呑を持ちそれを一口飲んだ。
『少なくとも、お前がこれから母上に会うことも、その先の狙いも』
「……」
『――死ぬつもりか……頼守』
その言葉に頼守の表情が一瞬消える。その後、ふふっと笑みを零すと頼守は水埜辺の目を真っ直ぐ見つめた。それが答えだと、言わんばかりに。
「……さすがです水埜辺さま。完敗です」
『俺はいい。お前と残りを共にすると決めた時から心中することは覚悟していたし、それを決めるのはお前だと決めていた。だが、それをしてどうなる? ……生きることに、疲れたか』
この体になって数百年。月に一度の体の交換時以外、頼守がこの世界を知る術はない。これまで一度も水埜辺の意見に反対することなどなかった。だからだろうか。妙に心が騒めくのは。
「……いいえ。生きることは楽しゅうございますし、疲れたことなどありません。あの時、水埜辺さまが私の魂を黄泉より掬い上げてくださらなかったら、私は後悔ばかりしていたことでしょう。ただ……そうですね。潮時だと、思ったのです」
その時の頼守の表情を見て、水埜辺は納得せざるを得なかった。
全てはあの時に決まっていたことだ。体を共有し始めた、あの時から。今更とやかく言うつもりは水埜辺にはない。水埜辺は『そうか』ともう一口お茶を飲んだ。
『お前が決めたことが俺にとっては全てだ。心中でもなんでもしてやるよ』
「……ありがとうございます。水埜辺さま」
頼守は少しだけ申し訳なさそうに笑顔を見せた。
❀
あの時、朝凪の輝きが頼守に囁いた。
――裏業という娘は、源頼舟の子孫だと。
――娘は、水埜辺の首を刎ねる命を受けている。
――奴良野山を火柱にて焼失させ落とすつもりだ。
――あの桔梗院の力も使おうとしている。
もしも、朝凪の囁きが本当ならば、妖怪である水埜辺が出向いたところで勝ち目がない。妖怪と陰陽師なんて、相性が悪すぎる。それに相手はあの桔梗院だという。桔梗院家の力は強力だ。妖力が高いほど不利になる。それに奴良野との因縁も根深い。
ならば、勝つには? そこで頼守は思いついた。人間であるこの朔日の状態をそのまま維持していける方法があればこちらにも勝機はあると。だがそれは諸刃の剣でもあった。自殺も同意だ。人間としての体がやられてしまえば水埜辺も自分も死ぬ。彼はそれを分かっていて、迷うことのない目で「心中する」と言ってくれたのだ。
――ありがたい。
長きに渡る桔梗院家との因縁を果たすためにこの命を捧げよう。そう、頼守は胸に決めたのだった。
『何を考えている、頼守』
「……水埜辺さま……」
部屋から覗く庭の松の木枝に影があった。その影はゆっくりと木から落ち――正確には下りた――、そして頼守の目の前に立つ。水埜辺は少し酒に酔っているようで陽気な雰囲気を纏っていた。
漆黒に輝く長い髪が夜風に揺蕩う。ああ、この人は本当に妖しい人なんだなと頼守は見惚れた。水埜辺は頼守の隣に腰かけ、頼守の頬をひと撫でした。まるで愛おしいものを愛でるように。頼守はその愛情に申し訳なく思う。
「……申し訳ありません」
『何を謝る。……俺から妖怪の力を、自由を、奪ってしまったことか?』
「……いえ……。私たちはいわば一心同体の身……。私の考えていることなどすでに全て御見通しのはず」
『そうだな』
水埜辺は頼守のもとに置いてあった湯呑を持ちそれを一口飲んだ。
『少なくとも、お前がこれから母上に会うことも、その先の狙いも』
「……」
『――死ぬつもりか……頼守』
その言葉に頼守の表情が一瞬消える。その後、ふふっと笑みを零すと頼守は水埜辺の目を真っ直ぐ見つめた。それが答えだと、言わんばかりに。
「……さすがです水埜辺さま。完敗です」
『俺はいい。お前と残りを共にすると決めた時から心中することは覚悟していたし、それを決めるのはお前だと決めていた。だが、それをしてどうなる? ……生きることに、疲れたか』
この体になって数百年。月に一度の体の交換時以外、頼守がこの世界を知る術はない。これまで一度も水埜辺の意見に反対することなどなかった。だからだろうか。妙に心が騒めくのは。
「……いいえ。生きることは楽しゅうございますし、疲れたことなどありません。あの時、水埜辺さまが私の魂を黄泉より掬い上げてくださらなかったら、私は後悔ばかりしていたことでしょう。ただ……そうですね。潮時だと、思ったのです」
その時の頼守の表情を見て、水埜辺は納得せざるを得なかった。
全てはあの時に決まっていたことだ。体を共有し始めた、あの時から。今更とやかく言うつもりは水埜辺にはない。水埜辺は『そうか』ともう一口お茶を飲んだ。
『お前が決めたことが俺にとっては全てだ。心中でもなんでもしてやるよ』
「……ありがとうございます。水埜辺さま」
頼守は少しだけ申し訳なさそうに笑顔を見せた。
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あの時、朝凪の輝きが頼守に囁いた。
――裏業という娘は、源頼舟の子孫だと。
――娘は、水埜辺の首を刎ねる命を受けている。
――奴良野山を火柱にて焼失させ落とすつもりだ。
――あの桔梗院の力も使おうとしている。
もしも、朝凪の囁きが本当ならば、妖怪である水埜辺が出向いたところで勝ち目がない。妖怪と陰陽師なんて、相性が悪すぎる。それに相手はあの桔梗院だという。桔梗院家の力は強力だ。妖力が高いほど不利になる。それに奴良野との因縁も根深い。
ならば、勝つには? そこで頼守は思いついた。人間であるこの朔日の状態をそのまま維持していける方法があればこちらにも勝機はあると。だがそれは諸刃の剣でもあった。自殺も同意だ。人間としての体がやられてしまえば水埜辺も自分も死ぬ。彼はそれを分かっていて、迷うことのない目で「心中する」と言ってくれたのだ。
――ありがたい。
長きに渡る桔梗院家との因縁を果たすためにこの命を捧げよう。そう、頼守は胸に決めたのだった。
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