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会稽郡

酔い

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 一体どれだけの敵を倒したのだろうか。

 周囲には動けなくなった男たちが幾人も伏せている。数える気にもならなかった。

 芽衣は肩で息をしながら、相変わらずゆらゆらと揺れていた。ただし、離れを出た時とは全く様子が違う。

 着物はあちこち破れ、傷も無数に受けていた。ぎりぎりで捌いた攻撃が、致命傷にはならずとも少しずつ芽衣の力を奪っている。

 大きく口を開け、苦しそうに喘ぐような呼吸を繰り返した。その様子は凄惨という言葉が最も当てはまるだろう。

 周囲にまだ敵は多くいる。倒しても倒しても、きりがなかった。

 しかし、敵もここまで多くの仲間たちを倒してきた芽衣に警戒して、簡単には打ち込んでこなくなった。女とはいえ、まともにやり合っても勝てないことはすでに分かっている。

 一見倒せそうに見えるのだが、当たりそうな攻撃が不思議と当たらない。そして予想もしていなかった所から攻撃が伸びてくるのだ。

 しかし、女一人を恐れてばかりもいられない。三人の男が剣を構え、芽衣を取り囲むようにじわじわと近づいてきた。

 普段ならば三人同時に相手にしないよう、足を使って立ち位置を変えるのだが、そうするだけの体力がすでに無い。

 三人が同時に斬りかかってきた。違う方向から違う角度で三つの斬撃が襲いかかる。

(仕留めた!)

 三人がそう思った瞬間、芽衣の揺らめきが一際大きくなった。信じられないことに、芽衣の体は柔らかくしなって剣と剣の間をすり抜けた。そして男たちとすれ違うように通り抜ける。

 その直後、男たちの一人が人形のように倒れた。誰も気づかなかったが、首筋に手刀を叩き込まれていたのだ。

 さらに芽衣は振り向きざまに隣りの男の顔面に裏拳を叩き込んだ。

(浅い)

 瞬間的にそう思った。普段なら倒せたはずの一撃だったが、段々と力が入らなくなっている。

 芽衣は立て続けに拳を叩き込んでその男を昏倒させた。

 しかし、その余分な一動作が命取りだった。

 残った一人の男が剣を振り上げる。間合い、態勢を考えると防ぐのは難しそうだった。

(やられる!)

 そう思った次の瞬間、男の背後の方で物が壊れる大きな音がした。

 一瞬だが、その音に気を取られて男の動きに淀みが生じだ。

 芽衣はその隙を逃さず一歩踏み込んで、男の腹を掌底で突いた。苦悶の表情を浮かべて下がった顔を蹴り上げる。それでその男も動かなくなった。

(ありがとう、欽兄ちゃん)

 芽衣は心の中で許欽に感謝した。先ほどの音は、許欽が離れの窓から物を投げた音だった。そうやって何かしら物音を立て、芽衣への注意が少しでも逸れるようにしてくれていた。

 地味だが、これまでにも実際に助かったことが何度かあった。

(やっぱり欽兄ちゃんは賢いな。好きだな、そういうところ)

 芽衣はぼんやりと霞む意識の中で、自分の最も大切な人のことを想った。

 許欽は自分が足手まといであることを理解して、離れから出ては来なかった。しかし、傷ついた身体で出来ることを頑張ってくれている。

 許欽のことを想うと、心が温かくなった。体中が苦痛の叫びを上げていても、不思議と幸せな気持ちに包まれた。

 敵はまだまだいて、とても全てを倒せそうにはない。

(このまま、ここで欽兄ちゃんと一緒に死ぬのも悪くないかな……)

 そう思った瞬間、芽衣の足腰は急激に力を失ってその場にうずくまってしまった。

 そして体のどこをどう動かそうとしても、全く反応しなくなった。

(しまった……だめ!動いて!)

 芽衣は必死に立ち上がろうとしたが、一度緊張の糸が切れてしまった体は鉛のようにピクリとも動かない。

 敵はうずくまった芽衣に、初めは警戒した。これまでも予測不能の動きをしてきたのだ。また虚を突かれるかもしれない。

 しかし長い時間そうしている芽衣に、どうやら罠でもなさそうだと感じた一人が恐る恐るといった様子で近づいてきた。

 目の前に立っても全く身動き取れない芽衣に安心した男は、手に持った剣を振り上げた。

 その気配を頭上に感じながら、芽衣は死を覚悟した。

 それはもう受け入れるしかないが、もし叶うなら、もう一度だけ許欽を抱きしめたいと思った。

「もう一度だけ……」

 最後になるはずだった芽衣のつぶやきは、突如として屋敷に響き渡った声でかき消された。

「……謝倹!謝倹、聞こえるか!?」

 突然の謝倹への呼びかけに、男は振り上げた剣を止めた。

 声は遠くから聞こえるようだが、それにしてははっきりとした言葉として聞こえる。よほどの大音声のようだ。 

「謝倹よ!聞こえていたら返事をしろ!私は王朗!会稽かいけい郡太守の王朗だ!」

 王朗の叫び声の合間に、男たちの驚きと戸惑いのどよめきが上がった。
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