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会稽郡
酔い
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(……遅い!)
花琳は舌打ちでもしたい気持ちにかられた。
心の声を実際に口にしようかとも思ったが、それは止めた。すでに何度も口にしていたからだ。
花琳が苛立っているのは、兵の行軍速度に関してだ。
街から謝倹の屋敷までそれほど遠くはない。もし自分一人で駆けるなら、当の昔に到着しているはずだ。
進みが遅いことに関して何度も王朗に言ったが、夜でもあり、斥候を出しつつの行軍になるのでこれが精一杯だと言われた。
花琳の隣りを歩く小芳、陶深、許靖も同じ気持ちだった。息子や娘のことを思うと、どうしたって焦る気持ちが募る。
花琳は初め小芳と陶深には街に残るように言ったが、ついて行くと言って聞かなかった。それはそうだろう。花琳だってそうなのだから。
花琳たちは王朗に付き、兵たちの中心に配置されている。命令権のある王朗が側にいるため、何度も急かしてしまった。
王朗が急いでくれていることは分かる。しかし、ただ黙って到着を待つことに耐えられなかった。
「……やっぱり私一人で行けばよかった」
今度は心の声が口から出てしまった。それは街を出る時からずっと思っていたことだ。
許靖が花琳をなだめるように声をかけた。
「無茶を言わないでくれ。相手は相当な人数のはずだし、もし許欽や芽衣を人質に脅されたら何も出来ないだろう。状況が悪化するだけだ」
「なんで芽衣にもそれを言ってあげなかったんですか」
花琳は珍しく夫にも当たってしまった。
許靖も妻の気持ちは分かるので反論せず、すまない、とだけ返した。
花琳は許靖に当たってしまった自分にも苛立って、さらに文句を続けた。
「それに、斥候なんて必要なかったんじゃないですか。もうだいぶ来たはずなのに、敵襲どころか相手の見張りにも会ってないなんて。警戒なんてせずに最高速度で進めばよかったんです」
その文句には王朗が答えた。
「それはあくまで結果論であり、警戒せずに行軍する理由にはならない」
その言いように、花琳は王朗を睨んだ。
許靖は王朗のこういった反応には慣れているし、王朗に悪気がないことは分かっているのでなんとも思わなかったが、普通の人間なら花琳のように反応するだろう。
「しかし奥方の言うことも、もっともではある。敵は民兵として軍の任務にも協力したことがあると聞いていたから警戒していたが、基本的には一般人やいわゆるゴロツキだ。もう少し緩やかに考えても良かったのかもしれん」
王朗のその言葉は事実を事実として言っただけで、花琳に気を遣ったわけではなかった。
許靖も焦る気持ちは花琳と変わらないので、一つ提案してみた。
「王朗、ならば斥候の頻度を減らし、一度に見てこさせる距離も伸ばしたらどうだろうか?ならば少しでも早く進めると思うが」
王朗は首を振ってそれを拒否した。
「いや、二つの理由でそれはしない。まず第一に、希望的観測で軍全体を危険に晒すわけにはいかないからだ」
花琳、小芳、陶深は、相変わらずの王朗に苛立ちを募らせた。わざと大きくため息を吐いたりして、苛立ちを隠そうともしない。
しかし王朗はその雰囲気に全く頓着せず、淡々と言葉を続けた。
「そして第二に、もう目的地に到着するからだ。あれを見ろ」
四人が王朗の指さした先に目をやると、多くの篝火で照らされた木々がぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。
花琳は舌打ちでもしたい気持ちにかられた。
心の声を実際に口にしようかとも思ったが、それは止めた。すでに何度も口にしていたからだ。
花琳が苛立っているのは、兵の行軍速度に関してだ。
街から謝倹の屋敷までそれほど遠くはない。もし自分一人で駆けるなら、当の昔に到着しているはずだ。
進みが遅いことに関して何度も王朗に言ったが、夜でもあり、斥候を出しつつの行軍になるのでこれが精一杯だと言われた。
花琳の隣りを歩く小芳、陶深、許靖も同じ気持ちだった。息子や娘のことを思うと、どうしたって焦る気持ちが募る。
花琳は初め小芳と陶深には街に残るように言ったが、ついて行くと言って聞かなかった。それはそうだろう。花琳だってそうなのだから。
花琳たちは王朗に付き、兵たちの中心に配置されている。命令権のある王朗が側にいるため、何度も急かしてしまった。
王朗が急いでくれていることは分かる。しかし、ただ黙って到着を待つことに耐えられなかった。
「……やっぱり私一人で行けばよかった」
今度は心の声が口から出てしまった。それは街を出る時からずっと思っていたことだ。
許靖が花琳をなだめるように声をかけた。
「無茶を言わないでくれ。相手は相当な人数のはずだし、もし許欽や芽衣を人質に脅されたら何も出来ないだろう。状況が悪化するだけだ」
「なんで芽衣にもそれを言ってあげなかったんですか」
花琳は珍しく夫にも当たってしまった。
許靖も妻の気持ちは分かるので反論せず、すまない、とだけ返した。
花琳は許靖に当たってしまった自分にも苛立って、さらに文句を続けた。
「それに、斥候なんて必要なかったんじゃないですか。もうだいぶ来たはずなのに、敵襲どころか相手の見張りにも会ってないなんて。警戒なんてせずに最高速度で進めばよかったんです」
その文句には王朗が答えた。
「それはあくまで結果論であり、警戒せずに行軍する理由にはならない」
その言いように、花琳は王朗を睨んだ。
許靖は王朗のこういった反応には慣れているし、王朗に悪気がないことは分かっているのでなんとも思わなかったが、普通の人間なら花琳のように反応するだろう。
「しかし奥方の言うことも、もっともではある。敵は民兵として軍の任務にも協力したことがあると聞いていたから警戒していたが、基本的には一般人やいわゆるゴロツキだ。もう少し緩やかに考えても良かったのかもしれん」
王朗のその言葉は事実を事実として言っただけで、花琳に気を遣ったわけではなかった。
許靖も焦る気持ちは花琳と変わらないので、一つ提案してみた。
「王朗、ならば斥候の頻度を減らし、一度に見てこさせる距離も伸ばしたらどうだろうか?ならば少しでも早く進めると思うが」
王朗は首を振ってそれを拒否した。
「いや、二つの理由でそれはしない。まず第一に、希望的観測で軍全体を危険に晒すわけにはいかないからだ」
花琳、小芳、陶深は、相変わらずの王朗に苛立ちを募らせた。わざと大きくため息を吐いたりして、苛立ちを隠そうともしない。
しかし王朗はその雰囲気に全く頓着せず、淡々と言葉を続けた。
「そして第二に、もう目的地に到着するからだ。あれを見ろ」
四人が王朗の指さした先に目をやると、多くの篝火で照らされた木々がぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。
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