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第62話 遭遇
しおりを挟む休養を取って英気を養い、装備を改めた俺たちは、新たな未調査ダンジョンの調査討伐依頼を受け、目的地の近くの農村に来ている。
「おぉ、かわいい子だねぇ」
「人懐っこい子だよー。かわいー!」
「よしよし、撫でてやるぞ」
ガチャは農村の住民たちにおやつもらおうとして、全力で媚を売ってるなー。
今日ここに来るまでの道中、俺は鉄の意志を発揮しておやつ出さなかったし、お腹が空いてるんだろう。
でも、村で水を補給したら移動するつもりだから、おやつをもらってる暇はないぞ。
「ヴェルデ様、村長さんから許可もらいましたー」
交渉を頼んでいたアスターシアが、頭の上に両手で大きな丸を作る。
この世界、『渡り人』の技術で近代化されているが、水源から水道管を引っ張ってある水道があるのは、ホーカムの街のような街中だけで、農村では雨水を貯めたものや、川の水、そして井戸水が使用されている。
よそ者が勝手に水を補給すれば、住民たちはいい顔をしない。
いくばくかのお金を村長に渡し、水を補給させてもらうのが、この世界の農村における常識だそうだ。
その許可が出たので、井戸の手押しポンプの取っ手を上下に動かし、水を汲みあげていく。
汲んだ水を木の樽に入れていった。
「さすがに、隊商の馬車を引いてた馬がへばってたところに道中で遭遇することまでは想定しなかったよなぁ。ありったけの水を出してあげたから感謝されたけどさ」
「ですね。でも、水が尽きてた隊商の人たちはとても喜んでいましたよ。旅程が遅れて水が尽きて、水場の場所も分からない様子でしたし。わたしも両親と旅してた時は、ああいった事態は何度も経験してて、助けてもらったことも多かったですし」
隊商は急ぎの品を運んでいる途中で、旅程をなるべく短くするため、最小限の補給に留め、遠くから物を運んできたらしく、ギリギリの物資しか持ち合わせてなかった。
そこにきて休息なく走らせた馬がバテて動かなくなり、ギリギリだった物資も尽きたところに、俺たちが通りがかった。
ホーカムの街に繋がる街道は、意外と田舎道だから、人が多く行き交うわけでもないし、水場も少ないので切れたら補充するのが難しい。
俺たちも3人にしてかなり多めの水を木樽に詰め、空間収納に入れて持ち歩いている。
水筒の水がなくなれば、樽から補給できるし、野外で調理する場合はそちらから水を使っていた。
今回はその樽を全て隊商の人たちに分けたのだ。
おかげで俺たちの水は水筒分以外、完全に空っぽになっている。
「水は多めに持ってて正解だったな。まさかの事態にも対応できたわけだし」
「それができるのは、ヴェルデ様の持つ魔法の袋があればこそですけどね。普通の探索者じゃ、あの事態には対応できなかったかと思います。さすがヴェルデ様ですね」
「無視することもできたけど、さすがにあの状況を見れば、無視するのはためらわれたからね。やれることをやっただけさ。よっし、水の補給はできた」
水を補充した木樽にそれぞれ栓をすると、魔法の袋と称した布袋をかぶせ、空間収納のインベントリにしまいこんだ。
「ガチャ様ー! そろそろ出発しますよー! お戻りくださいー!」
住民たちと遊んでいたガチャが、アスターシアの呼びかけに応じ、こちらに向かって駆けてくる。
レバーがガチャガチャと回っているが、もしかしたらあの短い時間で住民たちからおやつゲットしたのか?
俺の前に戻ってきたガチャのレバーが、何かを咀嚼しているようにゆっくりと動く。
「ガチャ、おやつもらったのか?」
ビクリとしたガチャが、俺からレバーが見えないように慌てて顔を背けた。
これはクロだな……。絶対にもらったと思われる。
「ガチャ様、おやつをもらう時はヴェルデ様の許可もらってくださいねーって、お約束でしたよね?」
アスターシアの方を見上げたガチャは、『これは、その、あの、おやつじゃありません!』的な身振りを示す。
その間もレバーはゆっくりと動いたままだ。
誤魔化してる姿も可愛いぞ。ガチャ!
思わず抱きしめたくなるが、グッと我慢して様子を見守る。
「ガチャ様、おやつを食べるなとは申しておりません。ちゃんと、食べるよと申告してもらえれば、あとでお食事の調整ができるのです。最近、お腹の辺りが少しぷにぷにしており、わたしもヴェルデ様も心配しているのです」
屈んだアスターシアにお腹をプニプニされながら諭されたガチャは、シュンとして項垂れる。
そんなに凹まれると心が痛いっ! バンバンおやつを食べさせてあげたいが、こればっかりは少し取りすぎかなと思い始めてるところで、自由にさせるわけにはいかないのだ。
「ガチャ、ちゃんと報告はしてくれよな」
ガチャは俺を見上げると、頭を上下に振り、頷いてくれた。
「では、お昼は少し減らしますね」
アスターシアの言葉に、ガチャの頭がガクンと項垂れた。
すまんな……ガチャ、許しておくれ。
お野菜食いなさい攻撃は、俺が身を挺して守るからさ。
「さて、ダンジョンに向かうとするか」
項垂れたガチャを慰めるため抱えると、水を分けてくれて村人たちに頭を下げ、村の外に向かい歩き始める。
村の外に出ようとしたら、血相を変えた村人らしき男が駆け込んできた。
「た、大変だ! 魔物が! 魔物が溢れ出してる! ものすごい数だ! こっちに来るぞ!」
「魔物だって? どれくらいの数?」
「あんた探索者の人!? すげー数だよ! 今までみたこない数が溢れ出してこっちに向かってるんだ! それもゴブリンだけじゃなくて、見たこともない魔物も混じってた!」
「魔物が来ている方角はどっちだ?」
「あっちだ!」
村人が指差した方角は、俺たちが今日調査討伐しようとしていたダンジョンとは違っていた。
あっち側には、たしか探索者トマスが調査依頼をまとめて受けてたダンジョンがあるはず。
魔物が溢れ出してるってことは、強いダンジョンが生まれてるってことか?
それにしても、ダンジョンから急に魔物が溢れ出すなんてことあるのか?
男の話に首をひねっていると、道の奥にゴブリンと思しき影が多数見えてきた。
「魔物の相手は俺がするから、村人はすぐに建物の中に入ってくれ! あんたもな!」
村にいる人たちにも聞こえるよう大きな声で支持を出す。
「手伝った方が――」
村人の男が助力を申し出てくれたが、正直戦力としては未知数なので、俺一人が戦った方が戦いやすい。
「いや、建物の中に隠れててくれた方が戦いやすい。ゴブリン程度なら、何体こようが俺の敵じゃないからな」
丁重に助力を断ると、男は頷いて村の中に戻り、住民たちを建物の中に避難させてくれた。
その姿を見届けると、俺はアスターシアに隠れるよう視線を送る。
無言で頷いたアスターシアはガチャを抱え、影潜りの外套の力を発動させた。
「これでよし」
改めて迫るゴブリンたちの集団を確認する。
10……14……18……25か。
けっこうな数の魔物が溢れて村を襲ってきてるな。
やれない数ではないけども少し時間はかかりそうだ。
集団の中には、シャーマンだけでなく、Gランクダンジョンでは見かけない、体格のよいゴブリンも数体ほど混じっているように見えた。
俺は腰に差した打ち刀の柄を握ると、迫る魔物との接敵をを待った。
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