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16. 崩壊の前触れ① side シグルド
しおりを挟む「もうすぐ旅行が終わってしまうのですね」
帰りの馬車の中で、隣に座るローラが俺の胸にしなだれかかる。
「こら、旅行じゃなくて視察だろう? 間違ってもイリスの前で怪しまれるような発言は慎んでくれよ。二人の時間を取り上げられてしまうからな」
バカな真似をしないように釘を刺す。
「そんなのイヤです! もう私は貴方なしではいられない体なのに……っ」
完全に鬱陶しい女と化したローラ。
先に本人を切れば逆上しかねない。まずは家族を人質に取って立場をわからせた方がいいだろう。
(やはり、ローラの弟妹の学費援助を打ち切るのが手っ取り早いか?)
「シグルド様、愛してます」
俺の腕にぎゅっと抱きつき、その豊かな胸を押し付けた。
嫌悪で顔が歪みそうになるのを堪え、笑顔を貼り付ける。
「次の町が最後の休憩だ。そこからはただの侍女としての距離を弁えてくれ。お互いの香りが残ってはすべてが台無しだからな。これからも二人で過ごせる時間を大事に思ってくれるなら、理解してくれるよな?」
「……んっ」
弱点の耳元で、洗脳するように囁く。
この視察中、何度も繰り返した会話。
「もしイリスに気づかれてお前と引き離されてしまったら、お前の弟妹の学費も打ち切りで、公爵家から返済を求められることになる。家族思いのお前を、そんな辛い目に遭わせたくないんだよ。何より、この関係がバレたら、二度とお前に触れられなくなるかもしれない」
「そんな……っ、私もシグルド様と離れたくないです! 本当に愛してるんです! どうかずっとお側においてください」
「じゃあ、ちゃんと俺たちの関係を秘密にできるな?」
耳を攻めて快感を煽りながら、俺の言う通りに動くよう何度も言い聞かせる。
(お前は何度言えばわかるんだ?……いい加減気づけよ)
己の立場を弁えろ。
そう刷り込むように、何度も囁く。
こんな俺を、イリスに知られるわけにはいかない。
綺麗で繊細なイリスに、行き場のない劣情をぶつけて傷つけるのが怖くて、応急処置でこの女に吐き出していた。
それなのに、この女のせいでイリスを傷つけたら本末転倒だ。
こんなどうでもいい女のことで、綺麗なイリスを壊されてたまるか。少しでもそんな素振りを見せれば、ローラの実家ごと潰すつもりだ。
ローラの実家は、商才のない父親のせいで多額の借金を抱えている。最近は危ない商売に手を出している証拠も掴んだ。
それが明るみになれば、一家離散は確実だ。
元々その件があって、手切れ金を渡して切ろうかと考えていた。
(その前に、ローラ自体が雇用の条件を忘れて違反行為をするとはな)
俺に愛を求めるな。
イリスに害をなすな。
これは、ローラを雇用するにあたって絶対条件だった。
そもそもが、高位貴族のコネでない限り、男爵令嬢が公爵家の侍女として働けるわけがない。せいぜい洗濯女がいいところだろう。
面接の時点で、ローラの置かれている環境は調査済みだった。都合がいい女だったから面接を受けさせたんだ。そうでなきゃ一次審査の段階で落としている。
「シグルド様……っ、好き……好きです……」
「俺もだよ。だから俺たちの関係を続けるためにも、絶対にイリスに近づいてはいけないよ? わかったかい?」
「わかりましたっ……だから、お願いします……っ」
(バカな女……まるで発情期の獣だな)
契約に違反すれば、支援金は全額返済してもらうと契約書に明記してある。きっとローラは全てを理解せずに契約書にサインをしたのだろう。
(睦言も閨を楽しむための余興だと、わざわざ契約書に書いたというのにな)
最後の情けで、情欲に濡れた女を組み敷く。買収した御者には、後で口止め料として臨時ボーナスを渡そう。
(この女はもう用無しだ)
帰ったら、イリスを孕ませると決めた。
大事な大事な、愛しいイリス。
もっと俺に依存してほしい。
俺だけを見て、俺だけを愛して。
そして、俺のイリスへの渇望と欲を受け止めてほしい。
(イリス、早く会いたい)
だがその日、久しぶりの帰った王都の邸に、焦がれたイリスの姿はどこにもなかった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
夫がキモくなっていく件……
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