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番外編1 〜ライナスAfter story〜
5. 当主としての矜持
しおりを挟む失意の中、辺境から戻ると更に俺に追い討ちをかける出来事が起こった。
父が商会で倒れ、意識不明だと連絡を受けたのだ。
急いで病院に駆けつけると、青白い顔をした父がベッドに寝ている。その顔にはくっきりと隈が出ていて、頬もこけていた。
久しぶりに会う父は随分と痩せていて驚いた。
最近ずっと商会に寝泊まりして帰ってこなかったから、ここまで酷い状態だった事に気づかなかった。
それでも、自分が商会に顔を出せば良かったことだ。騎士と領地にしか目を向けず、父と商会の事は放置していた。
いや──、正確には俺は父を避けていた。
最初に理不尽に罵られたこともあったし、生まれた頃から別居していて親子として接したことなどほとんどなかったから、今更どう接していいのかわからないのもある。
「旦那様、担当医の方がお話したいと言われておりますが」
「ああ、すぐ行く」
家令に促されて医者の元に向かう。
担当医の話によると、父は酷い肝機能障害を起こしているらしい。
アルコールの飲み過ぎと過労が原因の為、今の生活を変えなければ悪化して死に至ると言われた。
俺は頭が真っ白になった。
それはつまり、言外に父に仕事を辞めさせろと言っているのだ。今のままだと死ぬと言われている。
父が経営から外れるなら誰がその代わりをやるんだ?
俺か?
商売なんて一切やったことないから無理だろ。領地運営の一環で道を整備して運搬コストが減らせればいいとは思っていたが、商会の経営の事までは考えていなかった。
今まで父にも何も言われていない。
それ以前に、騎士と領地運営に加えて商会の経営までやるなんて無理だ。
もういっその事、商会も手放した方がいいのでは。と父の寝顔を眺めながら考えていた時、父の瞳がゆっくりと開いた。
「───父上」
「・・・・・・ライナス?・・・・・・・・・ここは?」
記憶が曖昧らしく、戸惑いが見られたのでこれまでの経緯と医者から言われた事を父に話すと、絶望した顔で天井を見つめていた。
「そうか・・・、今までの行いのバチが当たったんだな。────もういっそ、死んでもよかったかもしれない」
「何を言ってるんですか父上!」
「・・・・・・・・・冗談だ」
嘘だ。
父も俺と同じように別れた妻に未練を残し、現実が受け入れられなくて過去の思い出に浸って生きている。
生きる事が苦しいはずだ。だから酒と仕事で紛らわしているんだろう。
本当に思考がそっくり過ぎて、思わず自嘲した。
「誰に何を言われようと、俺は仕事を辞めるつもりはない。あの商会だけは人に渡したくないんだ」
「でも、もう父上に経営は無理ですよ。今の生活を続ければ悪化して命が危ないと医者にはっきり言われました。もう引退して商会は人に売ったらどうですか」
「ダメだ!あの商会は私の祖父の時代からある老舗の商会だ。他は譲れてもあれだけは他人に譲れない。俺を止めるならお前が俺の後を継げ」
「無理ですよ。今だって騎士と領地運営の仕事で手いっぱいなんだ。商会の仕事までやる時間はどこにもない」
「その騎士を辞めればいいだろう。そもそもお前はもう侯爵なんだぞ。本来なら商会の経営だってお前が継いでいるはずなんだ。うちは元々武官の家系じゃないんだぞ。嫡男のお前が騎士をやってるのが異例なんだよ」
「それは・・・わかってますけど」
それでも父に軽々しく騎士を辞めろと言われるのは抵抗を感じる。
「お前が騎士になることは、クラウディアがどうしてもお前の夢を叶えてやりたいと俺に熱心に頼むから許したんだ。お前が騎士を引退するまではクラウディアが領地運営を担うと言ったからな。だがクラウディアがいないなら、もうお前の我儘を許してやる義理はないだろう。もういい加減当主としての腹をくくれ。それでも騎士を辞めたくないというなら俺が過労で死ぬのを黙って見てろ」
「・・・なぜそこまでして商会を守るんです?経営だってギリギリ赤字にはなっていないだけで、そこまで利益出ていないでしょう。領地運営だけでも贅沢しなければやっていけるじゃないですか」
「はっ、経営を傾けている元凶のお前がそれを言うのか?親子揃って離縁されただけでなく、侯爵家当主が副団長をクビになり、一般騎士に降格されたなど醜聞以外の何ものでもない。客先で何度お前の事を嘲笑されたかわからんさ。それでも赤字にならないように信頼回復に努めながら必死で繋いで来たんだよ。それを当主のお前が・・・、祖父の時代から代々守ってきた事業を手放せなど軽々しく口にするなっ。そこで働いている人間だってウチの領民なんだぞ!お前の粗末な騎士道と商会で働く領民の生活、どちらを守るかなど天秤にかけるまでもない」
「・・・・・・・・・」
「もういい、出て行け。お前と話しただけで疲れた・・・。もうしばらく寝る」
そう言うと父は瞳を閉じ、口を閉ざした。
「ごめん、医者に目覚めたと報告してくるよ」
病室を出ると、家令から父の話を聞いてくれと頼まれた。
自分達の離縁に伴い手放した商会は、引き渡し契約では従業員達はそのまま雇い入れるという話になっていたのに、実際は閑職に回され、遠回しに辞職に追いやられた者が数多くいたらしい。
父は自分の愚行のせいで人生を狂わせてしまった従業員達への償いなのか、助けを求めてきた元従業員達を受け入れ、仕事を与えて彼らの生活を守る為に奔走していたのだとか。
増えた人件費については私財を売って賄っていたらしいが、それも限りがあるので長く続かないだろう。
それを何とか打開するべく知恵を絞り、体を酷使した結果、ついに倒れてしまった。・・・それが事の顛末らしい。
俺はそれを聞いて打ちのめされた。
心のどこかで父を馬鹿にしていたんだ。実力で副団長にまでなった自分は父より格上なのだと奢っていた。
ずっと父のような男になるなと言われて来たから、俺の中で父は見習うに値しない無価値の男だと思っていたのだ。
それなのに、父は俺の知らない所で従業員達を守る為に奔走していた。従業員達も自領の民だからと、倒れるくらい必死に守ろうとしていた。
男として母に見限られたとしても、侯爵家当主としての矜持は俺よりも強く持っていた。
今の商会を手放すことは、自領の民を見放すのと同意なのだ。だから父は商会を売る事に激しく抵抗したんだろう。
『もういい加減当主としての腹をくくれ。それでも騎士を辞めたくないというなら俺が過労で死ぬのを黙って見てろ』
さっきは脅しかと思ったが、アレは商会を守る為の父の決意なのだろう。俺の決断次第では後継を別に立てるかもしれない。
辺境で、アシュリーへの未練も騎士としてのプライドも全部へし折られた。
その上、領主としても父に負けるのか?
そんな事になったら、俺こそ無価値の人間になってしまう。
父は領民を守るために身を粉にして働いているのに、俺は母から準備された仕事をそのまま継いでこなしてるだけ。
俺が自分で成し得た事など一つもない。
侯爵家当主は俺なのに、まだ一つもない。
「頼みがある。商会の経営状況がわかる資料を早急に用意してくれ」
「旦那様・・・っ」
家令が期待に満ちた目を俺に向けた。
「ああ、もう腹をくくるよ。これ以上父上に無理させるわけにはいかないし、負けるわけにもいかないからな」
もう助けてくれる母はいないのだ。俺の我儘で、領民の生活を脅かしてはいけない。
俺が率先して領民を守らなきゃいけない。
父ではなく俺が、セルジュ侯爵なのだから。
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