23 / 32
番外編1 〜ライナスAfter story〜
5. 当主としての矜持
しおりを挟む失意の中、辺境から戻ると更に俺に追い討ちをかける出来事が起こった。
父が商会で倒れ、意識不明だと連絡を受けたのだ。
急いで病院に駆けつけると、青白い顔をした父がベッドに寝ている。その顔にはくっきりと隈が出ていて、頬もこけていた。
久しぶりに会う父は随分と痩せていて驚いた。
最近ずっと商会に寝泊まりして帰ってこなかったから、ここまで酷い状態だった事に気づかなかった。
それでも、自分が商会に顔を出せば良かったことだ。騎士と領地にしか目を向けず、父と商会の事は放置していた。
いや──、正確には俺は父を避けていた。
最初に理不尽に罵られたこともあったし、生まれた頃から別居していて親子として接したことなどほとんどなかったから、今更どう接していいのかわからないのもある。
「旦那様、担当医の方がお話したいと言われておりますが」
「ああ、すぐ行く」
家令に促されて医者の元に向かう。
担当医の話によると、父は酷い肝機能障害を起こしているらしい。
アルコールの飲み過ぎと過労が原因の為、今の生活を変えなければ悪化して死に至ると言われた。
俺は頭が真っ白になった。
それはつまり、言外に父に仕事を辞めさせろと言っているのだ。今のままだと死ぬと言われている。
父が経営から外れるなら誰がその代わりをやるんだ?
俺か?
商売なんて一切やったことないから無理だろ。領地運営の一環で道を整備して運搬コストが減らせればいいとは思っていたが、商会の経営の事までは考えていなかった。
今まで父にも何も言われていない。
それ以前に、騎士と領地運営に加えて商会の経営までやるなんて無理だ。
もういっその事、商会も手放した方がいいのでは。と父の寝顔を眺めながら考えていた時、父の瞳がゆっくりと開いた。
「───父上」
「・・・・・・ライナス?・・・・・・・・・ここは?」
記憶が曖昧らしく、戸惑いが見られたのでこれまでの経緯と医者から言われた事を父に話すと、絶望した顔で天井を見つめていた。
「そうか・・・、今までの行いのバチが当たったんだな。────もういっそ、死んでもよかったかもしれない」
「何を言ってるんですか父上!」
「・・・・・・・・・冗談だ」
嘘だ。
父も俺と同じように別れた妻に未練を残し、現実が受け入れられなくて過去の思い出に浸って生きている。
生きる事が苦しいはずだ。だから酒と仕事で紛らわしているんだろう。
本当に思考がそっくり過ぎて、思わず自嘲した。
「誰に何を言われようと、俺は仕事を辞めるつもりはない。あの商会だけは人に渡したくないんだ」
「でも、もう父上に経営は無理ですよ。今の生活を続ければ悪化して命が危ないと医者にはっきり言われました。もう引退して商会は人に売ったらどうですか」
「ダメだ!あの商会は私の祖父の時代からある老舗の商会だ。他は譲れてもあれだけは他人に譲れない。俺を止めるならお前が俺の後を継げ」
「無理ですよ。今だって騎士と領地運営の仕事で手いっぱいなんだ。商会の仕事までやる時間はどこにもない」
「その騎士を辞めればいいだろう。そもそもお前はもう侯爵なんだぞ。本来なら商会の経営だってお前が継いでいるはずなんだ。うちは元々武官の家系じゃないんだぞ。嫡男のお前が騎士をやってるのが異例なんだよ」
「それは・・・わかってますけど」
それでも父に軽々しく騎士を辞めろと言われるのは抵抗を感じる。
「お前が騎士になることは、クラウディアがどうしてもお前の夢を叶えてやりたいと俺に熱心に頼むから許したんだ。お前が騎士を引退するまではクラウディアが領地運営を担うと言ったからな。だがクラウディアがいないなら、もうお前の我儘を許してやる義理はないだろう。もういい加減当主としての腹をくくれ。それでも騎士を辞めたくないというなら俺が過労で死ぬのを黙って見てろ」
「・・・なぜそこまでして商会を守るんです?経営だってギリギリ赤字にはなっていないだけで、そこまで利益出ていないでしょう。領地運営だけでも贅沢しなければやっていけるじゃないですか」
「はっ、経営を傾けている元凶のお前がそれを言うのか?親子揃って離縁されただけでなく、侯爵家当主が副団長をクビになり、一般騎士に降格されたなど醜聞以外の何ものでもない。客先で何度お前の事を嘲笑されたかわからんさ。それでも赤字にならないように信頼回復に努めながら必死で繋いで来たんだよ。それを当主のお前が・・・、祖父の時代から代々守ってきた事業を手放せなど軽々しく口にするなっ。そこで働いている人間だってウチの領民なんだぞ!お前の粗末な騎士道と商会で働く領民の生活、どちらを守るかなど天秤にかけるまでもない」
「・・・・・・・・・」
「もういい、出て行け。お前と話しただけで疲れた・・・。もうしばらく寝る」
そう言うと父は瞳を閉じ、口を閉ざした。
「ごめん、医者に目覚めたと報告してくるよ」
病室を出ると、家令から父の話を聞いてくれと頼まれた。
自分達の離縁に伴い手放した商会は、引き渡し契約では従業員達はそのまま雇い入れるという話になっていたのに、実際は閑職に回され、遠回しに辞職に追いやられた者が数多くいたらしい。
父は自分の愚行のせいで人生を狂わせてしまった従業員達への償いなのか、助けを求めてきた元従業員達を受け入れ、仕事を与えて彼らの生活を守る為に奔走していたのだとか。
増えた人件費については私財を売って賄っていたらしいが、それも限りがあるので長く続かないだろう。
それを何とか打開するべく知恵を絞り、体を酷使した結果、ついに倒れてしまった。・・・それが事の顛末らしい。
俺はそれを聞いて打ちのめされた。
心のどこかで父を馬鹿にしていたんだ。実力で副団長にまでなった自分は父より格上なのだと奢っていた。
ずっと父のような男になるなと言われて来たから、俺の中で父は見習うに値しない無価値の男だと思っていたのだ。
それなのに、父は俺の知らない所で従業員達を守る為に奔走していた。従業員達も自領の民だからと、倒れるくらい必死に守ろうとしていた。
男として母に見限られたとしても、侯爵家当主としての矜持は俺よりも強く持っていた。
今の商会を手放すことは、自領の民を見放すのと同意なのだ。だから父は商会を売る事に激しく抵抗したんだろう。
『もういい加減当主としての腹をくくれ。それでも騎士を辞めたくないというなら俺が過労で死ぬのを黙って見てろ』
さっきは脅しかと思ったが、アレは商会を守る為の父の決意なのだろう。俺の決断次第では後継を別に立てるかもしれない。
辺境で、アシュリーへの未練も騎士としてのプライドも全部へし折られた。
その上、領主としても父に負けるのか?
そんな事になったら、俺こそ無価値の人間になってしまう。
父は領民を守るために身を粉にして働いているのに、俺は母から準備された仕事をそのまま継いでこなしてるだけ。
俺が自分で成し得た事など一つもない。
侯爵家当主は俺なのに、まだ一つもない。
「頼みがある。商会の経営状況がわかる資料を早急に用意してくれ」
「旦那様・・・っ」
家令が期待に満ちた目を俺に向けた。
「ああ、もう腹をくくるよ。これ以上父上に無理させるわけにはいかないし、負けるわけにもいかないからな」
もう助けてくれる母はいないのだ。俺の我儘で、領民の生活を脅かしてはいけない。
俺が率先して領民を守らなきゃいけない。
父ではなく俺が、セルジュ侯爵なのだから。
184
お気に入りに追加
7,706
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです
雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」
セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。
ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。
ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。
(※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。