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節分祭

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「────よ、この前ぶり」


いつもより少し早くに社を明けて、朝から次々とやってくる節分祭関係者の対応に当たっていると、開式の1時間前に社務所に顔を出したのは八瀬童子やせどうじ一族の鬼の妖、同い年の男の子鬼市きいちくんだった。

今日は私たちと同じで白衣に白袴という神職の姿だ。

私たちの姿を見つけると、軽く手を挙げた。一番近くにいた私の元へ歩いてくる。


「鬼市くん、おはよ。今日はよろしくお願いします」

「おはよ。こちらこそ。八瀬童子やせどうじの待機場所、去年と同じ二階の会議室でいいのか」

「うん、大丈夫。他の皆さんも到着してるよね? 着替えて待っててくださいって伝えてもらっていい? すぐに禰宜が最終打ち合わせしに行くから」


了解、とひとつ頷いた鬼市くん。くるりと背を向けて歩き出すかと思えば、またくるりと半回転してこちらに向き直す。

思わず目を瞬かせた。


「荷物の衣装、多いから運び込むの手伝ってくんない?」


あ、なんだ、そういうことか。

もちろんと頷いてついて行こうとしたその時、突然後ろから二の腕をガシッと掴まれて身体がつんのめる。振り向くと険しい顔をした恵衣くんが私を冷たい目で見下ろしている。


「自分の持ち場の仕事すらまだ終わってないくせに、人を手伝える余裕があるのか」


ごもっともな言葉に返す言葉もない。大きなため息を疲れて思わず唇をとがらせる。

別に少しだけ持ち場を離れて少しの間だけ手伝おうとしただけなのに、そんな態度を取らなくても。


「なんだよその顔。間違ったことは何一つ言ってない」

「それはそうなんだけど……少し手伝おうとしただけだよ」

「そういうのは自分の事が出来るようになってから言え」


正論だ。ぐうの音も出ない。

恵衣くんは今度は鬼市くんを見た。鬼市くんの方が背が高いので少し見上げる体勢になっている。


「お前も鬼の血筋なら衣装箱くらい自分で運べるだろ。そもそも自分たちの荷物は自分たちで何とかしろ」


自分にも人にも厳しい恵衣くんだ。物申すのは身内も他人も関係ないらしい。


「俺が誰に頼もうとお前に何か言われる筋合いもないと思うけど」

「神職は祭りの用意で忙しいんだ。見て分かるだろ。せめて周りの者に許可を取れ」


なんでだろう。

鬼市くんは表情を変えずに冷静に話しているし、恵衣くんもいつもと同じ険しい顔で淡々と話しているのに、二人の間にバチバチと火花が散っているように見える。


「じゃあ何、気になる子に話しかけて二人きりになるタイミング作るのに、お前の許可がいる訳?」

「だから周りをよく見てから────は?」

「え?」


恵衣くんと私の声が重なった。

相変わらず落ち着いた表情の鬼市くんと目が合った。目が合うなり僅かに目尻を下げて微笑んだ鬼市くん。

え、待って今────気になる子って言った?


「まぁいいや。また後で声かける」


そう言って来た時と同じように小さく手を挙げた鬼市くん。入口に置いていた衣装ケースを両肩に三箱ずつ担ぐとせっせと階段を昇って二階の会議室へ上がって行った。

ぽかんと口を開けてその背中を見送る。

え……え? 気になる子ってつまりその、そういうことだよね?

頬が熱くなるのと同時に浮かぶのが「なんで私?」という疑問だった。

好意を持ってもらえるのは何だか恥ずかしいけれど凄く嬉しい。でも鬼市くんと会ったのは以前彼が打ち合わせで社へやって来たあの一日だけだ。

目が合って笑いかけられた事は何度かあったけれど、大した会話をした覚えはない。自分の容姿が人を魅了するようなレベルでないのは自分が一番分かっている。

だとすると余計に「何で?」という疑問が強くなる。


呆然と固まっていると、不機嫌な顔を露骨に出した恵衣くんが「ぼうっとする暇ないだろ」と私を睨んだ。

慌てて任されていた仕事に手を伸ばす。


「あれ、巫寿顔赤いけどどったのー?」


通りかかった慶賀くんに指摘されてびくりと肩が跳ねる。


「だ、大丈夫。何でもないよ」

「そ? そういやさっき鬼市と何話して────」

「何でもないよ……!」


堪らず声を被せれば慶賀くんは驚いたように「お、おお?」と頷く。怪訝な顔で私を見たあと、すぐに興味をなくしたのか泰紀くんへ話しかけに行った。

なんというか、照れくさいし気まずいし、ひたすら恥ずかしい。

これまで恋バナをする機会は何度もあったけれど、恵理ちゃんの相談に乗ったり人の恋愛を噂したりする程度。自分も話題が上がったことはなかった。

お兄ちゃんと二人暮らしだったから家事を手伝ったり受験勉強で忙しかったのもある。


こういう時って、普通みんなどうするんだろう。でも鬼市くんは「気になる子」って言っていただけだし、言葉通りただ気になる子なのかもしれない。

自意識過剰、なんだろうか。

でも、そうなるとむしろどういう意味で気になるのか、余計に私が気になる。


「おい、突っ立ってるなら隅でやれ。邪魔になる」


恵衣くんのそんな突っ慳貪な声に我に返った。ごめん、と身を引くと冷たい目で一瞥した恵衣くんが私の真後ろを通り過ぎていく。

とりあえず気持ちを切り替えて、目の前のことに集中しなきゃ。

今日は節分祭だ、忙しい一日になる。




忙しかったのはどうやら前日の準備段階までだったようで、いざ節分祭が始まるとかなり余裕が出来た。

午前中は授与所の留守番を任されているので座って待機していたけれど、参拝客が御守りを求めに来ることも無く、社頭の舞台も正面に見えるので特等席から奉納舞や奉納神楽を眺めることが出来た。

地元の子供たちによる浦安の舞の奉納が始まって、可愛いなぁと頬を緩ませながら眺める。

私もそろそろ鼓舞の明の練習に本腰を入れないとな。

ぼんやりと舞台を見つめながら小さく息を吐く。

神社実習は二月末で終わってしまう。もう一ヶ月を切った。実習が終わってしまえば私たちは神修に戻らないといけないし、志らくさんから直接教えて貰う事は難しくなる。

今のうちに教えて貰えることは全て教わっておかないと。

三月あたまにある昇階位試験には間に合わないかもしれないけれど、教えてもらったことはきっと試験でも生かせるはずだ。

節分祭で昨日と今日はマスター講座が休みだった。明日から再開するし、気合い入れなきゃな。

よし、と自分を鼓舞するように気合いを入れ直したその時。


「何百面相してんの」


そんな声が聞こえてハッと我に返った。授与所の前に立っていたのは鬼市くんだった。


「何か考えてるなって思ってたから黙ってたけど、表情ころころ変わって面白かったから声掛けた」


え、と頬に手を当てる。


「そんなに面白い顔してた?」

「いや、可愛い顔してた」


かわ……っ。

その一言に今朝のやり取りが脳裏を駆け巡りカァーッと耳が熱くなる。

何を返せばいいのか分からなくて黙って俯く。鬼市くんの視線をおでこの辺りにじんじんと感じる。

な……何か喋って欲しい。

そっと視線をあげると鬼市くんと目が合った。相変わらず冷静な顔でじっとこちらを見つめている。

初めて会った時も感じたけれど、鬼市くんは話しかけられたちゃんと答えるけれど基本は口数が少ないタイプらしい。そんな性格だからか沈黙もさほど気にならないみたいだ。

今ならさっきの「気になる子」発言について尋ねられるかとも思ったけれど、自分から聞くには勇気が足りな過ぎる。


「えっと……鬼市くんはまだ着替えなくて平気なの? あと1時間くらいで豆撒きの神事始まるよ」


結局その話題には触れずに、大して乱れていない御守りの陳列台を整える振りをして尋ねた。


「八瀬童子一族の中では頭領の次に俺が力が強いから、今日は抑止役」

「抑止役?」


打ち合わせでは聞いていない役に思わず聞き返した。

ああ、と頷いた鬼市くん。


「節分祭の鬼役って鬼の妖にとっちゃ一年で一番楽しい日だからさ。みんな張りきってんの。そんで収拾がつかなくなった時に止めに入るのが俺」

「なる、ほど……?」


たしかに一番楽しみにしているお祭りなら、楽しくなってしまって収拾がつかなくなることもあるかもしれない。というか、最初から抑止役が配員されている時点で、そうなる未来は確定しているんだろう。


「でも、節分って鬼が悪役の行事だよね? なのに楽しみなの?」

「俺らは別物だからそこは割り切ってる」


ああなるほど、と深く頷いた。

以前授業で習ったけれど節分の行事は厄除け、「鬼は外」という言葉の本来の意味は「邪気祓い」だ。

わかりやすいようにそういう怖いものを「鬼」と表現しているけど、鬼市くんたち八瀬童子や酒呑童子、茨木童子のような頭に角があって力の強い妖としての鬼ではない。


「妖が主役になれる行事ってあんま無いからさ。もう半年前から鬼役の練習してるんだわ」

「そんなに前から? ふふ」


そんなに張り切ってるなんて、なんかちょっと可愛い。

くふくふと笑えば鬼市くんの冷静な表情が崩れた。優しげに目尻を口角を上げる。思わぬ微笑みにどきりと心臓がはねた。また急いで目を伏せて、いそいそと御守りを整理する振りをした。


「気にならないの」

「え、え?」


思わぬ質問に手元が滑った。触っていた交通守りの束が他の御守りの上に散らばる。


「俺の発言の意味、気にならないの」

「あ、えっと……」


まさか鬼市くんの方からその話題に触れてくるとは思わなくて、退路を絶たれたような気持ちになった。

御守りの配置を戻しながら熱くなる頬を隠すように一層俯いて「気になります」ときゅっと唇をすぼめる。

目を細め口元に手を当ててくくくと笑った鬼市くんは一歩こちらに歩み寄る。両手を白衣の袖に入れて腕を組んだ。

授与所に立つ私の方が目線は高いので、鬼市くんが見上げる。

目を細めた。


「意味も何も、そのまんまだけど。"昔から"」


それは、と言葉に詰まる。耳が熱い。

そのまんまって、それはつまり。


その時、「おーい鬼市!」と人混みを掻き分けて泰紀くんがこちらへ走ってきた。鬼市くんはいつも通りの冷静な顔に戻って振り向き小さく手を挙げた。


「なんだここにいたのか! 頭領さんがお前のことずっと探してたぞ!」

「頭領が? 分かった」


ひとつ頷いた鬼市くんが泰紀くんの後ろを歩き出す。少し歩いて、急に振り返った。その拍子に目が合って心臓が跳ねる。

鬼市くんは僅かに口角を上げると、すぐにまた前を向いて歩き出した。

人混みにその背中が消えて、堪らず深い息を吐きながら頭を抱える。

言葉の意味ははぐらかされた。でも私の自意識過剰じゃなければ、つまり鬼市くんは私を────。

ばっと両手で顔を覆うと掌に触れる頬が熱い。

駄目だ、頭が処理しきれない。

妙に意識してしまう自分が恥ずかしい。今日一日ずっと一緒に働くのに、どんな顔をして会えばいいんだろう。

はぁぁ、と肺の空気を全て吐き出す。


「巫寿ちゃーん、そろそろ福神の衣装着替えて────って、姿勢悪いで! 神職は姿勢よく!」


裏の扉から授与所に入ってきた千江さんに頭を抱えているのを見付かってペシンと背中を叩かれる。飛び起きるように慌てて姿勢を正した。


「なんやの赤い顔して」


不思議そうに私の顔を覗き込んだ千江さんに、ぶんぶんと首を振って立ち上がった。前髪を引っ張り整える振りをしながら「衣装着替えてきます!」と授与所を飛び出した。


福神の衣装に着替えて社務所に顔を出すと、既に着替え……というか変身を終えて言葉通り「鬼」の姿になった八瀬童子一族の皆さんで溢れかえっていた。

朝、揃って挨拶に来てくれたけれど、優しそうな面持ちでスラリとした体型の人が多かった。

けれど今社務所を埋めつくしているのは、ボディビルダーばりの盛り上がった筋肉に燃えるような赤い肌、頭には太く鋭いツノを生やした正真正銘の鬼だ。

事前に聞いていなかったら多分私も悲鳴を上げていたかもしれない。こりゃ毎年阿鼻叫喚の図になるよね、と苦笑いをうかべる。

すみません、ちょっとすいません、と談笑する皆さんの間をすり抜けて奥を目指す。

途中で誰かの胸筋と誰かの背筋に挟まれて動けなくなっていると、突然腕を引っ張られた。


「何やってんの巫寿ちゃん」


助け出してくれた志らくさんだった。私と同じように福神の衣装に着替えている。


「志らくさん……! 助かりました、ありがとうございます」


志らくさんが呆れた顔で笑った。


「似合うとるわ福神の衣装。もうそろそろ出番やから、打ち合わせ通り頼むわな」

「はい。鬼の皆さんが出て十分後に、私も社頭に出ればいいんですよね」

「そうそう、バッチリみたいやな。巫寿ちゃんが先に出て行って、少しした後にうちも社頭出るからな」


一緒に出て行かないんだ、なんて思いながらも「分かりました」と頷く。

やがて社頭の方から、禰宜の「間もなく追儺式ついなしきです」というアナウンスが聞こえた。

追儺式、疫鬼や疫神を祓う節分祭の儀式だ。


「よっしゃお前ら気合い入れや!」


八瀬童子一族頭領、鬼三郎きさぶろうさんがそう叫べば、円陣を組んだ皆さんが「ウオオッ!」と声を上げる。

なんというか、この光景だけでも子供たちは泣き出しそうな気がする。

そして社頭から報鼓がなって、棍棒こんぼう────と言っても子供たちの安全のため発泡スチロール素材なのだけれど、棍棒を担いで社頭へ駆け出して行った。

なんでも以前棍棒を使っていた際に「子供に当たったらどうするんですか!」というクレームが来たらしい。

妖でさえコンプライアンスを気にしなければならないなんて、なんだか世知辛い。

やがて社頭から子供たちの悲鳴が響き渡った。


「今年も始まったなぁ。巫寿ちゃんも準備運動しときや。腰やられるで」


子供たちの悲鳴を聞きながらのんびりと屈伸運動を始めた志らくさん。

前々から「腰が死ぬ」と聞いていたけれど、そこまでなんだろうか?

念の為軽く準備運動を始める。

いやぁぁぁ、ぎゃぁぁぁ、と普通に生きていたら聞かないような子供たちの悲鳴が社務所の扉を閉じていても聞こえてくる。


「あの、志らくさん? 外の様子大丈夫なんでしょうか?」

「ん? 大丈夫大丈夫。毎年こんなもんよ」


お母さぁぁぁん、ごめんなさいぃぃぃ、いやぁぁぁ。

社頭のボルテージは開始時より高まっている気がする。

本当に大丈夫なんだよね?


「なぁ、巫寿ちゃん。突然やねんけど"利他的行動"って分かる?」

「利他的行動……ですか?」

「知らんか。神職の心得のひとつでな、自分を犠牲にして他人のために動くことを言うんやけどな、神職に求められる資質のひとつやね」


なるほど。他者を救い導くためならば自分を犠牲にしてでも動けるような人間であれ、と言う事だろう。

でもなぜ志らくさんは急にそんな事を?


やがて出番の時間になった。


「これからすることは利他的行動や。つまり、巫寿ちゃんが、私を助けるための行動ちゅうことや」

「えっと……?」


首を捻っていると「ほな幸運を祈る、腰の」と志らくさんがまるで瀕死の子猫でも見るような目で私を見下ろし肩を叩いた。

話の繋がりがよく分からない。

手に持っていたお面を顔に付けると、ほれ行け!と背中を押されて転がるように社頭へ出た。おっとっと、とたたらを踏むも何とか踏ん張って顔を上げる。

目の前に広がっていた地獄絵図にポカンと口を開く。

てっきり鬼に追いかけ回されているだけなのかと思っていたけれど、そこに広がっていた光景は想像以上だった。

逆さ吊りにされた子供たちに肩に担がれた子供たち、鬼二人に手足をガッシリ掴まれてぶんぶんと振り回される子供たちの姿に目を瞬かせる。

安全には配慮されているようで随所に気遣いが見えるけれど、子供たちはきっとそれどころじゃないはずだ。

後ろの方で見ている大人達は「私らの時もあんな感じやったなぁ」なんて笑いながらそれを眺めて、助ける気はさらさらない。


そりゃ泣き叫ぶよね、と心の中で同情していたその時、


「ふくのかみさまやーーッ!」


子供たちの一人が私を指さしてそう叫んだ。

泣き叫んでいた子供たちがバッと顔を上げて私を見た。次の瞬間、どこにそんな力があるのかと目を疑うほど激しく暴れて鬼の手から逃げ出した。

見たこもないような必死の形相で、転んでも這いながら私の方へ走ってくる。

"逃げてくる子供たちを福神っぽく迎えてあげて"

事前に志らくさんからそう言われていたのでとりあえず両手を広げて受け入れる体勢をとる。

子供たちがどんどん近付いてくる。鬼が後ろから追いかけて来ているからか走るスピードはどんどん加速しているようだ。

待って待って、これ大丈夫だよね?

スピード緩める様子がないんだけど、このまま全員私に突進してくるとかじゃないよね……?

うわあああ、と泣き叫びながら子供たちが猛スピードで駆け寄ってくる。あと数歩くらいまで迫ってきた。

あ、駄目かもしれないこれ。

そんな考えが頭をよぎった3秒後、無数の小さな手が伸びてきてドンッ!と体に衝撃が走った。腰に飛びついてきた子供たちがうわぁっ!と私にしがみついて泣き出す。

すぐさま第二派が来て支えきれずによろめくも、すぐに背中から第三波の衝撃が来て堪らず「うっ」と呻き声をあげた。


「逃げてんじゃねぇぞガキども!」

「病気になりたくねぇなら戦え~!」

「おらおら逃げても無駄だぞ!」


追いついた鬼たちが、外側にいる子供たちを引き剥がしていく。うぎゃぁあ、とまるで世界に絶望したかのような悲鳴が響いた。


「ふくのかみさまたすけてぇぇ」

「たすけてこわいよぉぉぉ」


他の子を押しのけてでも抱きつこうとする必死の形相の子供たち。

本来ここで私が「鬼よ去れ」と手を振りかざすことで鬼の皆さんは鳥居から逃げ出し、社をぐるっと回って裏から社務所へ戻っていくという手筈だった。

子供たちにもみくちゃにされながらも何とか「鬼よ去れ……!」と叫んでみるものの、子供たちの悲鳴によってかき消される。

でも福神が出てきたら鬼は立ち去る、という段取りだったはず。なのに笑いながら次々と泣き叫ぶ子供たちを引き剥がしては米俵のように肩に担いで一層泣かせた。

剥がされたら空いた隙間を奪うように子供たちがどんどんタックルしてくる。その度にお腹と腰に衝撃が走って呻き声が漏れた。

遅れて出てくると言っていたはずの志らくさんが社務所から少しだけ顔を出してこちらを見ている。私と目が合うなり「ごめん、任せたわ」と口を動かして手を合わせた。

泣き叫びながらタックルしてくる子供たち、楽しくなってしまった鬼の皆さん、誰にも声が届かない。正しく地獄絵図だった。

もう私一人じゃ収拾がつかない。

泣きたい気持ちを堪えながら助けを求めるように周りを見回したその時。


「終わりだつってんだろ」


落ち着いたそんな声が聞こえて、子供達を担いでいた鬼の一人が視界から消えたと思えば「グハッ」と声を上げて地面に伸びていた。


「オッサンら毎年やり過ぎなんだよ。自重を覚えろ自重を」


そんな声とともに次々と鬼役の人達がバタバタと倒れていく。その先にいた人物に目を見開いた。


「鬼市くん……!」

「ごめん巫寿。すぐ出て行こうとしたんだけど、頭領に羽交い締めにされてた」


そう言いながらそばに居た鬼の首に手刀を落として気絶させていく鬼市くん。


「お前ら、鬼市をヤれ!」


吉祥宮司と舞台の上から見ていた鬼三郎さんが、そう叫んだ。まだ生き残っている鬼たちがばっと振り返り鬼市くんを見る。


「マジでいい加減にして」


額に手を付いて息を吐いた鬼市くんは、次々と飛びかかってくる鬼たちを淡々と相手にしながら容赦なく倒していく。

泣き叫んでいた子供たちも私も、その光景を呆然としながら見つめる。

あっという間に最後の一人を倒した鬼市くんは地面の上で伸びてしまった屍を適当にどさどさ纏めると一気に「よっ」と肩に担いだ。騒がせて悪かったな、といつもの冷静な顔で言うと鳥居に向かって歩き出す。

鬼が居なくなった社頭は困惑で静まり返っていた。

やがて禰宜の「以上を持ちまして追儺式を終了します」という声が響き、子供たちは両親の元へ走って行った。

一件落着って事でいいんだろよね……?

はぁと息を吐いて、鈍く痛む腰をそっと摩った。


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