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第一章

第13話 ローザ、幼き心を救われる

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ローザが朝起きると、相変わらずとなりでアーサーがスヤスヤ寝ていた。

思わず慈愛に満ちた笑顔になるローザ。

が、それをソファに座っていたブラッドリーが見ていた。

「……おはようございます」

「……おはようございます」

挨拶を返すものの、なんとなく気恥ずかしく、ローザは顔を赤らめる。

なぜか、ブラッドリーの顔も赤くなっていた気がしたが、朝日のせいでそう見えただけかもしれない。

「……昨日の件について報告があります」

「んん……」

ブラッドリーが言うのと同時にアーサーが目を覚ます。

目をこすり、大きなあくびをする。

(か、かわいい……!指入れたくなっちゃう……!)

アーサーに指をかまれてみたい欲求に抗えず、そーっと指を近づけるローザ。

ブラッドリーが見ているのに大胆な犯行だとは言えたが、直前で口は閉じられ、アーサーと目が合う。

「あれ……?ローザ、なんでここにいるの……?」

「えっ!?ええと……!」

犯行現場を見られた犯人のように慌てたローザは、ブラッドリーを見て思いつく。

「……朝食をみんなで食べましょう!」

「みんな……?」

小首をかしげてアーサーは振り返り、ブラッドリーがいるのに気付いた。

ローザとアーサーの視線が集中したブラッドリーはため息を吐く。

「……いいでしょう。今日は3人で朝食をとりましょう」

まるで観念したように、そう言ったのだった。


「はい、あ~ん!アーサー様」

「……ん」

ローザはハチミツのたっぷり染み込んだパンケーキを切り分けると、当たり前のようにアーサーの口に運び、アーサーも当然のようにモグモグした。

「おいしいですか?」

「……うん」

幸せな空気がふたりを包んでいる。

「……なにをしているんですか?」

呆れているのはブラッドリーである。

ローザとアーサーは長いダイニングテーブルに並んで座り、ブラッドリーは家長席に一人で座っている。

3人の距離はほど近いが、ローザとアーサーの距離は密接だと言えた。

「ああ、わたし、アーサー様のお口に食べ物を運ぶ係なんですの」

「……ん」

ローザはどこか誇らしげに答え、その間にも流れるようにパンケーキをアーサーに食べさせている。

「係って……!」

「いえ、なんなら天職です。わたしはこのために生まれたのかもしれません……!」

「……ん」

戸惑うブラッドリー、曇りなき眼で答えるローザ、モグモグするアーサー。

「……やめなさい」

ブラッドリーが断固とした表情と口調で言う。

「えっ!?」

「……!」

ローザとアーサーは、まったく予想外のことを言われ驚愕の表情になった。

「な、なにを仰っているの?」

「そのような無作法は許しません。アーサー。お前もたるんでいるぞ」

思わず声が震えるローザに、ブラッドリーは容赦なく告げる。

「そ、そんな……!わたしの天職を奪うというのですか……!」

「……そんな天職はありません!」

「……!」

ブラッドリーは無慈悲に告げ、ローザは雷に打たれたようなショックを受ける。

「第一、そんなことをいつまでも続けてはいられないでしょう?大人になっても、口に食べ物を運ぶつもりですか?ひとりで食べられもしない大人になったらどうするんですか?」

「うっ……!」

実の父親にそう言われてしまっては、さすがに弱い。

「わかったら、そんなにくっついてないで、速く離れて……」

「……た、たまにならどうですか?」

「往生際の悪い……!」

ブラッドリーは意外な粘り腰に呆れる。

「アーサー様はまだ子どもですし……!」

「子どものうちから慣らしておく必要があるでしょう」

「甘えられるうちは、甘えてもらったほうが……なんというか……」

ローザは言葉を精一杯探しているようだった。

「……なんというか?」

「その……幸せな人生を歩めるのでは、ないでしょうか……?」

「……」

自信に溢れた意見ではなかったが、実感はこもった意見だった。

ブラッドリーも意表を突かれたような表情になる。

「……そうかもしれませんね」

「でしょう!?わたし、アーサー様に出会ってわかったんです!甘えるのって良くないことだって思ってたけど、甘えるのってすごくうれしくて、すごくパワーをもらえることだって!甘えられるのだって、すごくうれしい!甘えるとか、甘えられるとかってすごく幸せで、これが愛なんじゃないかって……!だから、わたしはアーサー様を甘やかしたいんですっ!」

一気に言って、ローザはブラッドリーがポカンと口を開けているのに気づき、ハッとなった。

顔が真っ赤になる。

いつの間にか立ち上がってもいたので、ローザは座って目を伏せた。

「……ほどほどにしてくださいよ」

ローザが目をあげると、ブラッドリーはそれまでローザを見つめていた真紅の瞳を照れたようにそらす。

「……アーサー、お前もわかったな?」

「……?」

アーサーは小首をかしげて、フォークでパンケーキを刺した。

そのまま自分の口に持っていくのかと思いきや、ローザの口元に持っていく。

「……あーん」

「ア、 アーサー様……!」

ローザはさすがにブラッドリーが見ているのが気になる。

チラッと見ると、ブラッドリーはとても怪訝な表情を浮かべていた。

「……ローザ、あーん」

「あ、あーん……」

しかし、アーサーの追撃に逆らえるわけもなく、ローザはパンケーキをブラッドリーの目の前であーんしてもらったのだった。

「……ローザ、おいしい?」

「……はい」

嘘だった。味がしない。

「……ずいぶん甘やかされているようですね」

「こ、これは……!」

ブラッドリーが冷ややかな目を向けてくる。

「……お父様も、あーん」

「!?」

なんと、アーサーは“戦神”ブラッドリーにまでパンケーキを刺し向けた。

ブラッドリーは見るからに焦った表情になり、チラチラとローザを見た。

「……まさか、アーサー様の、御子息のパンケーキを受け取らないなんてことないですよねえ?」

ローザのサファイア色の瞳が冷たく光る。

「なっ……!?」

「……あーん」

アーサーのパンケーキが近づくが、テーブルを挟んでいるのでブラッドリーの口元までは届かない。

「い、いや、アーサーよ。残念ながら届かないようだ。今回は……」

「なにをしているんですか?速く身を乗り出して、首を伸ばしてください」

ブラッドリーが断ろうとするのを、低い声でローザが被せる。

「くっ……!」

ブラッドリーはローザに殺し屋のような目つきで睨まれて、渋々身を乗り出した。

「……ん」

「……お父様、おいしい?」

「あ、ああ……!」

うれしそうに微笑むアーサー。

「まあまあ……!よかったですわね、アーサー様!」

なにやら感動したように労うローザ。

「……」

パンケーキを食べただけで異様に消耗したブラッドリー。

「うん!」

アーサーは天使の微笑みをローザに向ける。

「じゃあ、次はローザがお父様にあーんして」

「「……え?」」

「……お父様がローザにするのが先でもいいけど」

大人ふたりが固まっているのを見て、アーサーは譲歩してくれた。

しかし、どちらにしろ、あーんを交互にさせられるらしい。

ローザとブラッドリーはその瞬間、目を見つめ合って、言葉はなくとも通じあった。

「……ブラッドリー様、なにやら報告があると仰っていませんでしたか?」

「……その通りです」

ブラッドリーは小さく咳払いをし、表情を厳しいものに引き締めた。

「侍女頭のコートニーのことです」


ブラッドリーは、コートニーを侍女頭から解任したこと。

本日中に辺境領の北方拠点に異動となることを告げた。

「本日中、ですか……」

ずいぶん性急に感じられて、ローザはつぶやく。

「ええ、そこは本人の希望ですが」

考えてみれば、もはやこの城はコートニーにとって針の筵だろう。

ならば、本日中に出ていこうとするのは納得がいった。

「……謝罪も無く、ですか?」

「……たしかに迷惑を被ったあなたは納得いかないでしょうが、本人に謝罪の意思が無ければ、無理やり謝罪させたところで意味がないですから」

「わたしのことはどうでもいいです。実害もありませんでしたし。ですが、アーサー様に対しては、無理やりにでも謝罪させるべきでしょう」

たしかにアーサーのことを思えば、その意見は正当のもののように思えた。

ブラッドリーの困ったような表情を見て、ローザはカチンと来る。

「……ブラッドリー様って、アーサー様とコートニーさんのどちらの味方なんですか?」

ブラッドリーは、そう問われて顔色を失う。

その時、ローザの袖をアーサーが引っ張った。

「……ローザ、いいから」

「……ごめんなさい。出しゃばり過ぎました」

ローザは後悔した。

険悪な雰囲気をおさめるために、アーサーに我慢を強いるような結果になってしまったかもしれない。

少なくとも、アーサーの前でする問答ではなかった。

「……いえ」

ブラッドリーは水を一口飲んでから、アーサーのスミレ色の瞳を見つめた。

「……アーサー」

そっと長い腕をアーサーの目の前に伸ばした。

「手を」

アーサーはおずおずとブラッドリーの開かれた大きな手に、自分の小さな手を置く。

「……」

ブラッドリーは小さな手の温かさを、改めて確認するようにやさしく握る。

「……愛してる。俺はお前のことを愛してる。今回の件で、守ってやれなくてすまなかった。気付けなくて、すまなかった。許して欲しい」

アーサーは目を見開いて驚いていた。

おそらく、こんなことをブラッドリーから直接言われるのは初めてのことなのだろうと想像できる表情だった。

「……いいよ。ぼくも、お父様のこと愛してるから」

ふんわりと、すべてを救うようなやさしい眼差しでアーサーは微笑んだ。

ブラッドリーはホッとしたような笑みを見せる。

「ううっ……!」

そして、ローザは泣いていた。

「うわっ!?なんでですか!?」

「……ローザ、ぽんぽん痛いの?」

ブラッドリーは驚き、アーサーは心配する。

「……う、うれしくて……!」

それ以上は言葉にならなかった。

ローザは心の奥底で、幼い自分が救われたような気がしたのだった。

アーサーは頭をなでてくれた。

ブラッドリーは困ったような表情で、自分のパンケーキを皿ごとローザに寄せてくれた。

ちょっと、おかしい。

ローザは幸せだった。
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