Legendary Saga Chronicle

一樹

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 「どうして」

 カガリは、それ以上は言葉にならなかったようだ。

 「いやいや、驚き過ぎでしょう」

 カガリの態度に、やはりレジナは呆れている。

 「うーん、まぁ、このファルゼルはかの勇者王伝説の残る地だし。
 君の名前、服装諸々とか色々総合して考えたらねぇ」

 「…………」

 「それに、最近は物騒な話も聞くし」

 「物騒な話?」

 「伝説の魔王だか魔神だかの封印が解かれて復活したーとか、あるいはこれから復活予定だーとか」

 レジナは、話しつつカガリの様子を窺う。
 その瞳は今は紅から翠に戻っていた。
 
 「実際、それを裏付けるような高位魔族の活動が世界各地で確認されてる。
 そして、世界各地で確認されてるのは高位魔族だけじゃない。
 ここ半年の間に、神話時代の伝説が残る国で君みたいな人間が確認されつつある」

 「伝説?」

 「そう、少なくとも千年以上も前の遥かな太古の世界。神話の時代のお話。
 その殆どが口伝なんだけど、世界各地に似たような話が残ってる。
 王道ーーよくある伝説のストーリーは、世界を破滅させる魔王が現れて、それを退治する勇者が神様によって選ばれる。
 この選ばれる勇者っていうのが、天界から遣わされる存在なんだよ。
 これは、ずっと何かの暗喩だと思われてた」

 「はぁ」

 「あたしは、世界各地に残るそう言った伝説やお伽噺が大好きでね。それを調べるためにあちこち旅してるんだ。
 で、調べれば調べるほど色々出てくるんだわ、これが」

 言ってレジナは指を振る動作をした。
 たったそれだけの動作で、彼女の目の前に一冊の紅い本が現れる。
 タイトルにはカガリには読めない文字で、金色の文字が書かれていた。
 それをパラパラ捲りながら、レジナは続ける。

 「ストーリーもさっき言ったように細かい部分だといろんなパターンがあるんだけど、大筋は一緒。
 神様に選ばれた存在が、魔王を倒す。
 この選ばれた存在には二つパターンがあって、一つは天界から遣わされる。もう一つは地上の人間から選ばれる。
 君の場合はこの前者のパターンね。
 これは、色々調べてきたからわかったんだけど、この手帳、見てよ」

 レジナはもう一度指を振る動作をして、カガリには見覚えのありすぎる小さな黒い手帳を出現させた。
 一旦、紅い本は脇に置いて、レジナはその古びた手帳をカガリに見せた。
 それはカガリがいた世界、いた国では文具店でよく見かける何処にでも売っていた手帳だった。
 レジナはそれを慎重に開いて、中をカガリに見せてくる。
 どうやら手記のようだ。

 開いたページは一番最初の方で、そこにはカガリにも読める字でたった一言こう書かれていた。

 ーー異世界に転移してしまったみたいだーー

 と、そう書かれていた。

 「この手帳はね、ちょっと前に偶然見つけた遺跡があるんだけどね。
 そこに潜った時に発見したんだ。その遺跡はお墓だったけど。
 そのお墓のあった周囲の街や村に住む人達の話す言い伝え遺跡に遺されていた他の情報を信じるなら、あの遺跡は少なくとも二千年くらい前のものらしいんだ。
 別の国や地域だと、そういったものが出土して場合によっては聖遺物として博物館なんかに飾られてたりするし。
 でもさ、不思議だよね。二千年前の物なのに保存状態凄い良いんだよ」

 おそらく、失われた魔道技術ロスト・テクノロジーで処理されているのだろうと思われる。
 レジナが解析を試みたところ、解析不能な未知の術がこの手帳には掛けられていることがわかっている。
 たぶん、どんな環境でも劣化させないような魔法だと思われる。

 「と、ここまでが前提ね。
 あたしが、カガリの事を異世界人だと見抜いた理由。
 で、ここからは君の事情を話して欲しい」

 「なんで?」

 質問を返されて、レジナは正直に答える。

 「あたしは君に協力を求めなければならないから」

 「?」

 「さっき、ここが勇者王の伝説が残る地だってことは、言ったよね?
 その詳しいストーリーは割愛するんだけど、この国のどこかにその勇者王が遺した剣が突き刺さってて選ばれた人にしか抜けない、なんて王道も王道な話があんの。
 単刀直入に言うと、あたしはそれが欲しいんだ。
 で色々調べた結果、この勇者王なる人物はどうやら【天界から遣わされた】バージョンの人ってことがわかった。
 その人以外で抜けたのは初代勇者王の血を引く人物か、同じく天界から遣わされた別の人だったらしくて。
 前者の場合、時代が進むに連れて天界の人の血が薄くなりすぎたのか、直系であるとされてる現ファルゼル王国王族の人でも抜けないだろうって言われてる。
 抜くことが出来れば、どんなに王位継承権が低くてもあるいはそれこそ血なんて関係なしに、その辺の一般人でも玉座に座ることができるらしいんだけど、まぁ勇者王の時代は今から五千年くらい前の話で、そもそもそんな剣が見つかっていないんだけどね」

 そこで、楽しげにレジナはカガリを見つめた。

 「もしも、だよ。もしも、その剣をあたしが見つけることが出来たとしても、伝説の通りに突き刺さってたんじゃ、この世界の人間である、あたしじゃ当然抜けないわけでしょ?
 だから、君に協力してもらおうと思ったんだ。
 さて、あたしはここまで自分の事情を話した。
 次は君の番だよカガリ。
 あたしは君が協力してくれるなら、あたしはあたしの目的のために少なくともしばらくは君の身を護ることができる。
 でも、君の事情を知らなければ君を護ることはできない。
 あ、一応言っておくと剣が抜けない場合は、それはそれで別の作戦を考えてあるんだ。
 でも出来るなら引き抜いた方が手間がかからないからね。
 これは、そのための交渉だよ」

 言外に、カガリが断っても別に自分は困らないとも含ませておく。
 つまり行きがかり上助けたけれど、協力しないなら見捨てることも出来ると言ってるのだ。
 カガリは彼女に見捨てられたら、確実に死んでしまうことだろう。

 「レジナは、俺を助けてくれたから。今も、水をくれたし」

 それは自分への言い訳めいていた。
 カガリは、本当ならこんな世界とは今すぐおさらばしたかった。
 何故なら彼は、自分の意思でこちらの世界に来たわけではなかったからだ
 有無を言わせず、強制的にこちらの世界に召喚されてしまったのである。
 一方的に利用される為に召喚され、そして捨てられてしまったのだ。
 そのことを思い出し、歯を食いしばる。
 悔しくて、恨めしくて、そしてわいてくる怒りでギリっと歯軋りした。
 一方的なそれは、まるで試しに買った道具が使えなかったからいらないばかりにポイ捨てされてようなものだった。
 まだ保護者の庇護下にあって、社会の理不尽さに触れていなかった彼には異世界とはいえ、まるでゴミでも捨てるように人を捨てる人間がいるなんて考えたことがなかったのだ。
 能力に差はあろうと、人は平等に扱われると何故か無条件にカガリは信じていたのだ。
 
 しかし、現実はコレである。
 同じように約立たず扱いされて捨てられた仲間たちは殺されてしまった。
 そして、助かったものの、カガリだってレジナがいなければ明日にも死んでしまうかもしれないのだ。

 「そうだね。その通りだね。
 あたしはカガリの命の恩人なわけだね」

 うんうん、わかってるじゃないか、ととてもレジナは嬉しそうだ。

 「恩は返したいと思う。
 でも、俺は元の世界にも帰りたい」

 言葉を慎重に選びながら、カガリは言った。

 「図々しいとは思うよ。でも、どうしても帰りたいんだ。
 家族に会いたい。
 だから、君がもしも今まで集めてきた伝説やお伽噺の中に、天界からきた勇者が元の世界に帰ったとかそういう情報や方法があったら教えてほしいんだ」

 切羽詰まったカガリのお願いに、レジナは天使のようにニッコリと美しい笑みを浮かべると返した。

 「もちろん」



 
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