Legendary Saga Chronicle

一樹

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 盗賊だろうか?
 聞こえた悲鳴に少女はそう考え、気配を探る。
 血のような紅い髪は肩に掛かるかどうかというところで切りそろえられ、その瞳は明るい翠だ。

 周囲は森である。
 鬱蒼とした森の中を突っ切るように、その街道は走っていた。
 街道とは言ってもここは特に、人気がない。
 都市部からそれなりに離れているし、主要な大きな街道は別にある。
 いわゆる、地元の人しか知らない裏道というやつだ。
 安全だが遠回りになる道と、多少道の状態は悪いが近い裏道。
 少女が今いる国ーーファルゼルは治安がよいことで有名である。
 だからといって盗賊がでないわけではないが、あまりそう言った被害の話は聞いていなかった。
 この道を選ぶ時も、それなりに情報を集めたつもりだったのだが。

 状況は変化してしまうものだ。
 先程聴いた悲鳴も、気の所為だったかもしれない。
 そう考えつつも、何となく気になった彼女は勘がする方へ走った。
 血生臭い臭いが濃くなって行くと同時に、やはり悲鳴のような叫び声が聴こえた。
 その場所に辿り着くと、腰を抜かした少年と、全体を黒で覆った見るからに怪しい、というかどこぞの国の暗殺部隊の部隊員ですと言わんばかりの格好の者達二人が少年を殺そうと細身の剣を振り上げた所だった。
 少年は、服装以外はどこにでもいる本当に【普通】としか言えない少年だった。
 その近くには他にも少年と似たような服装の年の近い子供達が、血塗れで倒れており既に事切れていた。
 所々に、金貨が散乱している。
 少女はその場に踊り出る。
 と、同時に手を軽く振る動作をして自慢のコレクションの一つである長剣を出現させる。
 少女の登場に、少年も黒づくめも驚いたようだ。

 「さて、強盗さん達。逃げるなら今のうちだよー」

 にこやかに、少女は言った。
 その瞳は、今は翠では無く血のように紅かった。
 しかし、それには答えず黒づくめ達は少女を殺そうと決めたらしい。
 互いに目配せして、襲いかかろうとした瞬間。

 ずべしゃあっ!

 派手にすっ転んだ。
 それは、見ていてマヌケという他ない見事な転びっぷりだった。
 
 「相手が女の子で、旅の剣士ってだけで判断したでしょ?
 ダメだよー、人を見掛けで判断しちゃ。
 あたし、これでも魔法使いなんだよねぇ。
 さて、と」

 少女が続けようとした時、黒づくめの二人の喉が動いた。
 何かを飲んだらしい。
 その直後、黒づくめの二人は血を吐いて絶命してしまった。

 「おやまぁ」

 内心、ドン引きしてそれから少女は少年を振り返った。
 
 「大丈夫? 君?
 って、ありゃ」

 少年は失禁して気絶してしまっていた。
 それから周囲を見回して、

 「マジか、これ」

 そう呟いた。


 
 ぱちぱち、と薪火が爆ぜた。
 既に日は暮れ、夜である。
 あの後、少女は金目の物だけ回収すると少年の足に縄を括りつけてえっちらおっちら引き摺ってきた。
 当然、荷物が増えたので次の街に辿り着ける訳もなく、こうして野宿となったのだった。
 
 「うまぁ!」

 前に立ち寄った街で買い込んだベーコンを厚く切って炙り、かぶりついている少女の声に、少年は目を覚ました。

 「あ、起きた?」

 少年の起きた気配に気がついて、少女は声をかけた。

 「あたしは、レジナ・M・ピア
 ベーコンいる?」

 年の頃は少女と同じくらいの十代半ば。
 艶やかな黒髪は短く、その瞳も黒い。
 しばらくぼんやりとしていた少年だったが、やがて気を失う前のことを思い出したのか、ガタガタと体を震わせて吐いてしまった。
 元々、胃には何も入っていなかったのが出てきたのは胃液だけであった。

 「ふーむ、貰いゲロしたくないからハイコレ、水。
 ちゃんと飲める水だから。口ゆすいで、落ち着いたら話を聞かせて欲しいんだけど」

 レジナから差し出されたのは水の入った皮袋だった。
 それを少年は力なく受け取って、言われた通りに口をすすいで、一口二口と飲んだ。
 レジナは薪火の近くに戻り、ベーコンに齧りついた。
 はぐはぐ、とそこそこ豪快な食べ方をしている彼女は、また次のベーコンが刺さった串に手を伸ばした。
 しばらくして、少年が落ち着いたのか小さく、

 「ありがとう」

 そう言ったのが聞こえた。
 そして、皮袋を返しにレジナの近くまでくると、座った。

 「どういたしまして。それで、君の名前は?」

 「カガリ。ハヅキ・カガリ、あ、ハヅキが苗字でカガリが名前、です」

 その注意に、レジナは目を丸くした。
 
 「へぇ、名前と姓が逆なんだ」

 「はい」

 「それで、君はなんで襲われてたの?」

 当然と言えば当然の疑問に、少年はハッとしてキョロキョロと周囲を見回す。

 「あ、あの!レジナさん、他の子は?
 俺以外にもあの場にいた筈なんですけど!?」

 「君以外、全員殺されてたよ。
 で、君の仲間を襲って殺し、君を殺そうとしてた黒づくめ達は自殺した」

 「そんな、自殺ってどうして」

 「うーん。専門職みたいだしねー。任務の失敗を悟ったのかもしれない。ましてや、相手が魔法が使えるあたしだったからってのもあるかも。
 魔法使いの中には、拷問せずに相手の情報を引き出すために自白させる魔法を使える人がいるし、力量の差を感じて情報が漏れないように自害したってところかな」

 「そう、ですか」

 「たぶん、君を殺しても生かしても結果的には変わらない、とも考えたのかもしれないし」

 「え、それってどういう?」

 「君、この国の人じゃないでしょ?
 それに旅慣れてるって感じじゃないし、そもそもその服がこの辺のじゃないしね。
 うーん、どっちかって言うと軍服をデフォルメしたようなデザインだし。かといって軍事学校の生徒って感じはしないし」

 「服? 学ランのことですか?」

 「へぇ、その真っ黒な服。学ランって言うんだ」

 「はい、俺や俺がいた場所だとそんなに珍しくなくて、ってそうじゃなくて!」

 「うん?」
  
 「その他の子達の、その、遺体は」

 「あー、置いてきた」

 「そんな! 埋葬とか」

 「いやいや、万が一にも誰かきたりしたら余計な誤解招くし。
 そこまでする義務も義理もあたしにはないし。
 だから、路銀だけ拝借して君を引っ張ってここまで来たんだよ。
 血や死肉の臭いで、そういうの目当ての魔物や獣が集まってくるしね。
 あたしに出来るのは精精次の街で、匿名でお役所にこのことを報告するくらい」

 「そんな、冷たくないですか?」

 レジナは、カガリのその言葉には答えなかった。
 その真っ赤なルビーのような瞳に呆れた色を宿しただけだった


 「君、えっとカガリ君って結構良いとこのお坊ちゃま?」

 「呼び捨てで構いません」

 「あ、こっちもそれで良いよー。言葉遣いもタメ口ね。多分、歳同じくらいだろうし」

 不貞腐れたのか、今までいた世界と違いすぎる常識に愕然としたのか。
 おそらく後者だろう。
 カガリの言葉は、さらに力がなくなってしまった。

 「それで、聞くけどさ」

 「はい」

 「貴族とか良いとこのお坊ちゃま?」

 「違います」

 「なら、そもそもこの世界の人じゃない、とか?」
 
 続けて言われて、カガリは目を丸くしてレジナを見返した。

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