上 下
39 / 43
’(7)終局

迂闊にも!

しおりを挟む
 二人の野望を乗せたジェット機は絶海の上空を飛行していた。機内には二人のほか運航乗務員二人がコックピットに乗っていた。他の研究部員などは定期便を乗り継いでフェルノザ共和国の首都に向かっていた。そこから今乗っているチャーター機が迎えに行く事になっていた。

 クリス島は滑走路と観測所があるだけのところで、今のところ施設らしいものといえば観測所しかなかった。当面は観測所の脇に仮設施設を使うが、今後は強化人間を量産するための施設を拡張する計画だった。そのための資材の調達は進められており、当然人体実験用の素材になる人間も集められつつあった。今の混乱した世界では、収入と生活拠点を与えるといえば人々が集まるのは当然であるから。

 「ただいま赤道を通過いたしました。目的地までは一時間で到着します。現地の情報によれば天候は晴れ、気温29度です。当機は予定よりも早く到着する見込みです」

 機長からのメッセージがインターフォンを通じて届けられた。二人はアルコールも入り上機嫌だった。二人はうつらうつらしていた。その時、今後の野望の夢を見ていた。自分たちの改造人間たちによる軍隊が世界を征服する夢を。そのためには日本やアメリカなどの政治家たちから多くの援助を受ける必要があったが、それも問題なさそうだった。あとクリス島に到着すれば。その時だった、二人の夢が覚めたのは。突然臭気が機内を覆いつくしたのだ!


 「なんか、臭いぞ! パク! おならでもしたのか!」

 「冗談じゃないぞ! それよりもあれを見ろ!」

 二人が振りかえってみたら、後部のドア付近で何やら気色の悪いアメーバー上の物質がうごめいていた。それは・・・実験体十三号が纐纈が扉を閉める際に投げ入れた身体を構成していた細胞の塊が増殖していた!


 「これって何故だ? 実験体の細胞って特殊な培養液がなければここまで成長しないだろうが・・・まさか!」

 パクが後部に収められているコンテナを見ると、細胞の塊の一部が浸食していた。どうも伸びた触手がコンテナ内にある人造人間製造のための特殊な化合物を接種しているようだった。それに気づいたパクは横にあったアタッシュケースから注射器を取り出して投与しようとしたが・・・注射器を構えたところで塊から無数の触手が飛び出してパクの身体を貫いたかと思うと、赤い霧状にして一瞬にして取り込んでしまった!

 「パク! なんてこったい! なんなんだよ!」

 纐纈は狼狽えたが、塊が狙ったのは纐纈じゃなかった。コックピットにいる運航乗務員だった。運航乗務員は短い悲鳴を上げたかと思ったが、姿は消えてしまった! 機内には纐纈一人だけになった。

 「お前はいったいなんなんだ?」

 細胞の塊は大きくなり機内は細胞の塊に覆われてしまった。纐纈はイチかバチか操縦室に入ってみたが、それは絶望しかなかった。パイロットの遺体の一部の残骸が散らばっていた。その光景は纐纈によって改造された実験体と呼ばれる人々の亡骸のようであった。そして触手は纐纈から地上に戻るチャンスを奪い去っていた。操縦席の計器盤は細胞に覆われ見えなくなっているほか、通信装置も使用できる状態じゃなくなっていた。チャーター機は自動操縦でどこかに向かっているだけだった。

 そのとき、計器盤から与圧システム異常のアラームが鳴り響いた。どうも触手が与圧システムに干渉したようだった。それに高度も燃料が消費されどんどん上昇している様だった。その異常に際し纐纈が出来ることは何もなかった。そして纐纈の意識は薄らいでいった。酸素の濃度がどんどん低下していったためだ。

 「こ、こんなところで・・・死んでたまるか! くそ・・・」

 それがボイスレコーダーに残された纐纈最期の言葉だった。その後、チャーター機は飛行し続けたが、燃料が枯渇し巡航高度からほぼ垂直で墜落したという。機体は音速を突破した状態で海面に激突したため、粉々に粉砕した。纐纈とパクの野望も粉々になった。

 以上が悪夢の改造人間の終わりになるはずだった。関係各国政府は緘口令をひき、そのような事実はなかったと隠蔽しようとした。一連の惨劇は隠されたはずだった。しかし、悪夢は終わりでなかった。門田と静香の意識が残っていたから・・・
しおりを挟む

処理中です...