3 / 3
後編
しおりを挟む
ジェイソンは牢獄の中で苦痛に顔をゆがめていた。捕らえられても貴族の特権として拷問を伴う取り調べはなくても、精神的に追い詰められていた。
あの日、婚約破棄され当主代行の座から追い出された姪が出奔する時の顔を思い出していた。彼女の顔は幸せそのものだった。なぜあんな嬉しそうな顔をしていたのか・・・その理由を知り愕然とした! なぜ、あんな顔をしていたのか理解できた! 自分にジョーカーを押し付ける事に成功したからだ!
「ジェイソン! 貴様の絞首刑を執行する! お前の兄を殺害し伯爵家を乗っ取った罪だ!」
目の前には、「死刑宣告人」である担当検事が国王陛下による死刑執行命令書を持ってやってきた。全ての悪事が露見し今日の日を迎えてしまった。兄を事故に見せかけて殺し、伯爵家を乗っ取ったが、今では全て虚しい事であった。兄の命を奪った事で自分の命を失う事になったし、乗っ取った伯爵家の財産は全て失ってしまった。
「これで貴様は死をもって罪を償ってもらう! 何か言い残すことはあるか?」
「いいえ、ございません」
ジェイソンはそう言ったが、怒りの感情を隠していた。姪のマリーを嵌めたつもりが逆に嵌められてしまった! その感情を隠したまま、刑場の露に消えていった。
……………………………………………
結婚から三年、キャサリンは途方に暮れていた。父と結託しウォレス家の全てを従姉妹のマリーから婚約者と一緒に奪ったが、そのほとんどを失ってしまったことに。未来は既に閉じられているかのような絶望感に苛まれていた。手元には「夫」のトーマスがいたが、とんでもなく無能で真面な仕事に就職できなかった。だから今はキャサリンが家計を支えていた。
ウォレス家が財務省の管理下に置かれ、財産のほぼすべてを没収された直後、今度は父のジェイソンが拘束されてしまった。前伯爵家当主であった実兄殺しの容疑で!
「不当」に伯爵になったとされたため、キャサリンはトーマスと一緒に館を追い出されてしまった。トーマスの実家であるアンドリュー家にお世話なろうとしたが、拒絶されてしまい、二人とも平民階級に落とされてしまった。
「キャサリン、酒はないか?」
トーマスは憂さを晴らすための酒を要求してきた。この男は顔は相変わらずで美しいが、お金を稼ぐ能力は皆無だった。
「ありません! 残った塩でも嘗めていたら?」
そういうとトーマスは諦めて自分の居場所にしている部屋の片隅に行った。トーマスは暴力こそ振るわないが、それすらも出来ないほど無気力であった。伯爵家を追い出され平民になったことが余程堪えてしまったようだ。生きる気力に乏しいとしかいえなかった。
「く、くそー! ざまあねえな!」
それがトーマスの口癖になっていた。その言葉を吐き出されるとキャサリンの気分は憂鬱になった。こんな生活力のない無能を従姉妹から奪った事を後悔していた。また最近になって自業自得だったとキャサリンは思うようになっていた。
「マリーに騙された! でも、最初に悪だくみしたのはうちらだし・・・お父様は死んでしまったし」
キャサリンは昼も夜もなく働きに出て疲れた体を苦痛に思いながら、ざまあねえなと感じていた。借金を押し付けて逃げた彼女の方が幸せだったのではないか? いったいマリーはどこに消えたのだろう? どこかで生きているような気がしていた。
今にも屋根が崩れてしまいそうなスラム街の部屋で、マリーから全てを奪ったはずの二人は生存ギリギリの貧困に苦しんでいた。二人ともそれほど長生きできずに人生を終えたのであった。
……………………………………………
ウォレス伯爵ジェイソンのスキャンダルは国の内外で強い関心を得ていた。兄を殺し姪を追放して全てを手に入れたが、知らなかった債務によって伯爵家は没落させ、法的制裁によって命をも失った事に対してだ。他にも兄殺しの隠蔽に協力した警官も処罰された。なおジェイソンの遺体はキャサリンに経済的余裕がないため引き取りを拒否され、貧民者用の共同墓地に打ち捨てられるように葬られた。
ウォレス伯爵家は、ほぼ全ての財産を没収されたが、家名だけは残った。マリーが失踪する直前、自分が亡くなった後の相続を依頼する書簡を遠い親戚に出していたことが判明した。そこでジェイソンの後継が無効になったあとで、その親戚がウォレス伯爵家を継承した。家名のほかに残っていたのは債務返済後に残った僅かな金融資産と歴代ウォレス家の墓所だけであった。
そののち墓所に葬られたジョセフ8世の墓の横にマリーの墓が建立された。遺体もなくどこで亡くなったかわからない彼女の墓碑にはこう刻まれていた。
”婚約破棄され全てを奪われた少女の魂ここに眠る”
マリーは悲劇のヒロインとして人々の心に残った。だが、彼女は生きていた!
……………………………………………
ひまわり畑を見下ろす丘の上の邸宅の窓辺に安楽椅子で涼んでいる妊婦がいた。彼女は幸せそうな表情で自分のお腹の中の子とお話をしていた。そこに夫が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「もうすぐだねマリー」
「そうね」
二人の会話は短くても心は通じていた。二人にとってウォレス家にいた時の事は。はるかに遠く昔の事であった。だから一切語ることはなかった。
お日様が傾きかけた時、産婆が呼ばれ男の子が誕生した。二人はその子にジョセフと命名した。その名は二人が尊敬していた人の名前だった。
そのあと、二人の家族は増えていき、半世紀後には大家族になっていた。でも、大家族たちは二人が結婚する前の事は何も教えられなかった。ジョセフにだけは何があったかを伝えられていた。全てをわざと奪われて愛を育んだと。彼が両親を見送った後に周囲にこう語った。
「結婚する前の事はたいして重要ではない。家族として幸せに生きて来れたかの方が大事だ。だから昔の事は語らない。でも全てを奪われたとしても愛だけは失ってはいけない」
あの日、婚約破棄され当主代行の座から追い出された姪が出奔する時の顔を思い出していた。彼女の顔は幸せそのものだった。なぜあんな嬉しそうな顔をしていたのか・・・その理由を知り愕然とした! なぜ、あんな顔をしていたのか理解できた! 自分にジョーカーを押し付ける事に成功したからだ!
「ジェイソン! 貴様の絞首刑を執行する! お前の兄を殺害し伯爵家を乗っ取った罪だ!」
目の前には、「死刑宣告人」である担当検事が国王陛下による死刑執行命令書を持ってやってきた。全ての悪事が露見し今日の日を迎えてしまった。兄を事故に見せかけて殺し、伯爵家を乗っ取ったが、今では全て虚しい事であった。兄の命を奪った事で自分の命を失う事になったし、乗っ取った伯爵家の財産は全て失ってしまった。
「これで貴様は死をもって罪を償ってもらう! 何か言い残すことはあるか?」
「いいえ、ございません」
ジェイソンはそう言ったが、怒りの感情を隠していた。姪のマリーを嵌めたつもりが逆に嵌められてしまった! その感情を隠したまま、刑場の露に消えていった。
……………………………………………
結婚から三年、キャサリンは途方に暮れていた。父と結託しウォレス家の全てを従姉妹のマリーから婚約者と一緒に奪ったが、そのほとんどを失ってしまったことに。未来は既に閉じられているかのような絶望感に苛まれていた。手元には「夫」のトーマスがいたが、とんでもなく無能で真面な仕事に就職できなかった。だから今はキャサリンが家計を支えていた。
ウォレス家が財務省の管理下に置かれ、財産のほぼすべてを没収された直後、今度は父のジェイソンが拘束されてしまった。前伯爵家当主であった実兄殺しの容疑で!
「不当」に伯爵になったとされたため、キャサリンはトーマスと一緒に館を追い出されてしまった。トーマスの実家であるアンドリュー家にお世話なろうとしたが、拒絶されてしまい、二人とも平民階級に落とされてしまった。
「キャサリン、酒はないか?」
トーマスは憂さを晴らすための酒を要求してきた。この男は顔は相変わらずで美しいが、お金を稼ぐ能力は皆無だった。
「ありません! 残った塩でも嘗めていたら?」
そういうとトーマスは諦めて自分の居場所にしている部屋の片隅に行った。トーマスは暴力こそ振るわないが、それすらも出来ないほど無気力であった。伯爵家を追い出され平民になったことが余程堪えてしまったようだ。生きる気力に乏しいとしかいえなかった。
「く、くそー! ざまあねえな!」
それがトーマスの口癖になっていた。その言葉を吐き出されるとキャサリンの気分は憂鬱になった。こんな生活力のない無能を従姉妹から奪った事を後悔していた。また最近になって自業自得だったとキャサリンは思うようになっていた。
「マリーに騙された! でも、最初に悪だくみしたのはうちらだし・・・お父様は死んでしまったし」
キャサリンは昼も夜もなく働きに出て疲れた体を苦痛に思いながら、ざまあねえなと感じていた。借金を押し付けて逃げた彼女の方が幸せだったのではないか? いったいマリーはどこに消えたのだろう? どこかで生きているような気がしていた。
今にも屋根が崩れてしまいそうなスラム街の部屋で、マリーから全てを奪ったはずの二人は生存ギリギリの貧困に苦しんでいた。二人ともそれほど長生きできずに人生を終えたのであった。
……………………………………………
ウォレス伯爵ジェイソンのスキャンダルは国の内外で強い関心を得ていた。兄を殺し姪を追放して全てを手に入れたが、知らなかった債務によって伯爵家は没落させ、法的制裁によって命をも失った事に対してだ。他にも兄殺しの隠蔽に協力した警官も処罰された。なおジェイソンの遺体はキャサリンに経済的余裕がないため引き取りを拒否され、貧民者用の共同墓地に打ち捨てられるように葬られた。
ウォレス伯爵家は、ほぼ全ての財産を没収されたが、家名だけは残った。マリーが失踪する直前、自分が亡くなった後の相続を依頼する書簡を遠い親戚に出していたことが判明した。そこでジェイソンの後継が無効になったあとで、その親戚がウォレス伯爵家を継承した。家名のほかに残っていたのは債務返済後に残った僅かな金融資産と歴代ウォレス家の墓所だけであった。
そののち墓所に葬られたジョセフ8世の墓の横にマリーの墓が建立された。遺体もなくどこで亡くなったかわからない彼女の墓碑にはこう刻まれていた。
”婚約破棄され全てを奪われた少女の魂ここに眠る”
マリーは悲劇のヒロインとして人々の心に残った。だが、彼女は生きていた!
……………………………………………
ひまわり畑を見下ろす丘の上の邸宅の窓辺に安楽椅子で涼んでいる妊婦がいた。彼女は幸せそうな表情で自分のお腹の中の子とお話をしていた。そこに夫が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「もうすぐだねマリー」
「そうね」
二人の会話は短くても心は通じていた。二人にとってウォレス家にいた時の事は。はるかに遠く昔の事であった。だから一切語ることはなかった。
お日様が傾きかけた時、産婆が呼ばれ男の子が誕生した。二人はその子にジョセフと命名した。その名は二人が尊敬していた人の名前だった。
そのあと、二人の家族は増えていき、半世紀後には大家族になっていた。でも、大家族たちは二人が結婚する前の事は何も教えられなかった。ジョセフにだけは何があったかを伝えられていた。全てをわざと奪われて愛を育んだと。彼が両親を見送った後に周囲にこう語った。
「結婚する前の事はたいして重要ではない。家族として幸せに生きて来れたかの方が大事だ。だから昔の事は語らない。でも全てを奪われたとしても愛だけは失ってはいけない」
205
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!
サイコちゃん
恋愛
十二歳の少女が男を殴って犯した……その裁判が、平民用の裁判所で始まった。被告はハリオット伯爵家の女中クララ。幼い彼女は、自分がハリオット伯爵に陥れられたことを知らない。裁判は被告に証言が許されないまま進み、クララは絞首刑を言い渡される。彼女が恐怖のあまり泣き出したその時、裁判所に美しき紳士と美少年が飛び込んできた。
「裁判を無効にせよ! 被告クララは八年前に失踪した私の娘だ! 真の名前はクラリッサ・エーメナー・ユクル! クラリッサは紛れもないユクル公爵家の嫡女であり、王家の血を引く者である! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!」
飛び込んできたのは、クラリッサの父であるユクル公爵と婚約者である第二王子サイラスであった。王家と公爵家を敵に回したハリオット伯爵家は、やがて破滅へ向かう――
※作中の裁判・法律・刑罰などは、歴史を参考にした架空のもの及び完全に架空のものです。
大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?
サイコちゃん
恋愛
第一王子クライドは聖女アレクサンドラに婚約破棄を言い渡す。すると彼女はお腹にあなたの子がいると訴えた。しかしクライドは彼女と寝た覚えはない。狂言だと断じて、妹のカサンドラとの婚約を告げた。ショックを受けたアレクサンドラは消えてしまい、そのまま行方知れずとなる。その頃、クライドは我が儘なカサンドラを重たく感じていた。やがて新しい聖女レイラと恋に落ちた彼はカサンドラと別れることにする。その時、カサンドラが言った。「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」
天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました
サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。
「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」
やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる