上 下
34 / 51
渡り鳥と竜使い

第17話 お前のような馬の骨に、娘はやらんっ!

しおりを挟む

「この家から、さっさと出て行くがいいッ! 小僧っ!!」

 怒られた。 

 僕の目の前には、威圧感と貫禄を備えた大男が、豪華なソファーに腰かけている。
 その横には、抜け目のなさそうな才女が、共に座っていた。

 ヤト皇国のシュレーゲン公爵家の当主と、その妻――。

 シャリーシャの父親と母親だ。


 座りながら、ふんぞり返った公爵様は――
 世の父親が一度は口にしてみたい、憧れのセリフを言い放つ。

「お前のような馬の骨に、娘はやらんっ!」 


 一応、子爵家の生まれなので、『素性の知れない者』という訳では無い。
 しかし、上級貴族から見れば僕のような下級貴族は、平民とさほど変わらないのかもしれない。

 馬の骨と言われても、仕方がないと言える。
 だが、ここで大人しく、引き下がるわけにはいかない。



 僕の隣に座っていたシャリーシャから、静かに殺気が漂いだしてきた。
 彼女は自分の思い通りに事が進まないと、不機嫌になってしまうのだ。

 
 このまま放っておくと、庭で待機しているシャーリとタッグを組んで、この公爵邸を破壊してしまいかねない。

 そうなったら、僕が指名手配されてしまうことになるだろう。
 早く本題に入らなければ――





 予定していた飛空船の試験飛行を終え、フリュードル王国へと帰還したライル商隊は、積み荷をデルドセフ商会に販売し、大金を稼ぐことに成功した。

 白金貨六百六十枚で購入してきた商品が、白金貨千二百三十枚で販売できた。
 日本円に置き換えると、十二億三千万円くらい金を稼ぎました。

 ――という話だ。


 危険の多い旅だった。
 シャリーシャとシャーリがいなければ、間違いなく途中で死ぬか、積み荷を強奪されている。
 
 でもそれだけに、成功した時の実入りも大きかった。

 交易で得た資金で、船の建造を造船会社に依頼した。
 空を飛ぶ前提の船を、設計から相談して二隻。

 建造費用は、二隻で白金貨七百枚。

 船の建造を待つ間に、まだ使用できる試作船で、貿易を続けた。




 
 貿易ルートは、ヤト皇国から北へと海岸沿いを伝い、ライドロースへと向う。
 そこから折り返して、フリュードル王国に入り、フリュードルから交易都市サラーグへと向かい、そこからヤト皇国へと帰還する。

 これをくり返していけば、さらなる大金を生むことが出来る。




 聖ガルドルム帝国を縦断するのは、止めることにした。
 あそことシナーズ大陸には、もうかかわらない方が良いだろう。

 宗教と狂信者は怖い、それに厄介だ。


 ライドロースへは降り立つが、あそこは辺境で天主創世教の教えに反発がある。  
 貴族階級にも、反感を持っている者が多い。

 辺境伯とも仲良くなれたし、得られる利益も大きい――


 交易をする間、立ち寄るだけだ。
 不穏な空気を感じれば、すぐに逃げればいい。


 僕はデルドセフ商会との協力関係もあり、順調に利益を上げ続けた。
 そうこうしているうちに、新造の飛空船二隻が完成する。


 一隻は僕たちが貿易に使う貨物船で――

 もう一つは、僕がシャリーシャとの結婚を、認めてもらう為の船だ。
 その船は今、この公爵邸の上空で待機させている。





「お嬢様とのお付き合いを認めて頂く前に、ぜひともご覧頂きたい品がございます」

 シャリーシャのご両親が、怪訝そうな顔をする。

「お前ごときが用意できる物で、娘との仲を認めると思うか?」


 無理もないことだが、完全に見下されている。

 とにかく見て貰おう。
 僕はご両親に一緒に外に出て貰い、新たに建造した飛空船を披露する。

 それは、貿易用の貨物船ではなく……。
 軍用に建造した、飛空戦艦――。



「天帝陛下への献上品でございます。公爵様には陛下への取次ぎをお願いしたく、この度、訪問させて貰いました」


 …………。

「…………ふんっ! 小癪な」
 
 僕の要請を聞いた公爵は、苦虫を噛み潰した顔で僕を睨み、忌々しそうに飛空船を眺めていた。

 

 空に浮かぶ、空中空母――
 ワイバーンを操る空戦騎士の、拠点として活用できる補給基地。

 それだけでも価値がある。
 それに加えて、移動も可能だ。

 上から魔法で、岩でも落としてやれば――
 飛行能力のない相手や、対空攻撃の手段のない相手を一方的に蹂躙できる。




 軍事兵器としての価値は計り知れない。

 それをこの国のトップに、公爵を仲介者として献上する。
 受け取った統治者は、献上した僕に対し、相応の対価を授けなければいけなくなる。

 シュレーゲン公爵を仲介者としておけば、功績を低く見積もられたり、ちょろまかされることもないだろう。

 有用な兵器を見出した公爵の株も上がって、みんなが幸せになる。
 



 空戦母艦を献上してから、一か月後――
 僕は、辺境伯に任じられた。

 辺境伯といっても、領土を下賜されたわけではない。


 敢えて言うなら、僕は空を任された。

 空域辺境伯――
 といったところだ。


 辺境伯というのは曖昧で、幅の広い地位だ。
 敵国と接する地方の護りを任される都合上、大公に準じる地位だったりするが、辺境の田舎貴族として、伯爵以下と見做されたりもする。

 結局は、その貴族の持つ力によって、評価も変わってくる。


 爵位は授けられたが、その地位の価値は、自分で上げなければならない。
 
 ――その為にも、金が要る。
 これからも当分は、海外貿易に精を出さなければならなくなった。



 空飛ぶ船は作り上げた。
 それを使って、交易も成功させた。

 さらに――
 辺境伯となったことで、将来実現したいビジョンが出来た。


 空に浮かぶ、天空の城。

 それを作り上げて、そこを――
 シャリーシャと一緒に暮らす、僕の居城にしたい。



 辺境伯に任じられたこともあり、シャリーシャとの婚約も正式に認められた。
 後は、足りない城や領土、戦力や領民を揃えていけばいい。

 ……どれだけあっても、金が足りそうにない。
 だが、やるしかない。

 目標ははるか遠くだが、焦らずやれることから順番にやっていこう。

 ――という訳で、僕は早速シャリーシャを伴い、新たに建造した飛空船で、交易の旅に出る。





 今回の旅から、用心棒を一人追加で雇った。
 なんでも大型の魔物を、たった一人で倒した強者らしい。

 闘気刀術を扱える『剣豪』が、『ぜひ、雇うべきです』と言って推薦してきた。



 腰に大きな刀を差し、背中に白色の棒を背負った、三十前後の剣士……。

 ルドル・ガリュード――
 それが、その男の名前だった。



 なんと彼は、魔法も操れるらしい。
 面接も兼ねて軽く話してみたが、誠実そうな人柄だった。

 人を見る目の確かな行商人から太鼓判を押されているし、見ただけで相手の強さが大体分かるシャリーシャとシャーリが、とても強いと評価している。


 彼は世界を旅してみたい、と言っていた。

 僕は護衛として、採用することに決めた。



 
 飛空船で補給と交易をしながら、海岸線を進む。
 明日には目的地の、ライドロースへと到着する。

 旅は順調だった。

 しかし、何の前触れもなく、破綻は訪れる。





 ライル商隊は、『天使』の襲撃を受けた。
 
 天主創世教で神の使いと言われている、羽を生やした人型の、空飛ぶ異形。


 そいつが、現れた。

 シャリーシャとシャーリがいち早く空中に出て、応戦しているが分が悪い。
 天使の数は、数百はいる。

 空を覆うように、蠢いている。
 風竜と、天才少女のコンビも、複数で襲い来る天使に苦戦している。




 天使の内の一体が、こちらを目指して飛んでくる。
 甲板の上に降り立ち、僕の方を見る。


「……こいつが、ターゲット」

 僕をじっと見て、確かめている。
 殺し間違いが、ないように……。


 こいつらの狙いは、ドラゴンのシャーリじゃないのか?

 僕が狙い――?
 凡人の僕を、何故天使が狙う……。


 ……。

 ひょっとして――
 以前、天馬騎士団を壊滅させたことに対する報復か?

 あれは、向こうが先に……。
 いや、言い訳は通用しそうにない。



 いずれにせよ。
 僕は、ここで死ぬ。

 天使を見た瞬間に、恐怖で身体が動かなくなった。
 僕だけではなく、船に乗っていた護衛の冒険者たちも――



 シャリーシャとシャーリ以外、誰も動けない。

 僕は、ここで殺されて――
 そして、僕が作り上げてきた魔法文明の息吹も、ここで終わる。
 
 全て無かったことになる。

 『リセット』される。
 それこそが、天使の使命なのだろう。
 
 僕は、ここで終わる――






「……いや、終わらせねーよ」

 そんな声と共に、突然天使の身体が崩れ落ちる。

 いつの間にか、崩れ落ちる天使の隣に、ルドル・ガリュードがいた。
 抜き身の刀をぶら下げている、彼が天使を斬ったのだろう。



 僕には全く見えなかったが、彼に命を救われた事だけは分かった。

 その後、新しく護衛として雇った彼は、風魔法を剣に纏わせ振るい、斬撃を飛ばして――
 
 空中を舞う天使を、次々に仕留めていった。


 数百はいたはずの凶悪な天使が、あっという間に殲滅される。

 強いなんてものでは無い。
 他を寄せ付けない最強の剣士に、僕たちの未来は守られたのだった。





 天使の襲撃から、十年後――

 僕はヤト皇国で、渓谷の上部を開拓し町を作っている。
 シャリーシャが天使から回収していた、魔導コアと聖剣を分析して研究し、魔道具や魔法陣関連の知識レベルも、大幅に向上している。


 貿易業は順調で、資金は潤沢にある。
 正式にシャリーシャと結婚することも出来た。


 …………。

 あの襲撃以来、僕たちの前に天使が現れることは無かった。
 でもまた、あいつらが襲ってきてもいいように――


 迎え撃てるように、準備をしておこう。
 僕はそう決意し、天空の城の建造を開始した。


 -END-
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...