大好きな恋人が、いつも幼馴染を優先します

山科ひさき

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「悪い。カミラが買い物に行くから荷物持ちをして欲しいって言ってきて……今日のケーキを食べに行くって約束、キャンセルしてもいいか?」

 硬質な黒髪、均整の取れた肉体を持った精悍な男性──オリビアの恋人は、そう言って申し訳なさそうに眉を下げた。
 待ち合わせの時間をずいぶん過ぎてから息を切らせながら走ってきたと思えばこれだから呆れてしまうし、何より悲しくなる。今日の約束だって、前回のデートが幼馴染が熱を出したことで中止になった埋め合わせだったというのに。
 ロバートと付き合い始めてから半年ほど経つけれど、自分が大切にされていると感じたことはこの半年間ただの一度もなかった。

 そもそも二人の関係の始まりは、オリビアの一目惚れだ。そこからしても、オリビアの立場が弱くなるのは当然なのかもしれない。
 初めてロバートを見かけた時、彼は木の上にいた。街に買い物に出かける途中だったオリビアは、通りすがりの光景に一瞬何をやっているのかと疑問に思ったが、泣きじゃくる男の子と高い位置の枝に引っかかったボールで状況を察した。立ち止まり固唾を飲んで見守っていると、猿の如く器用にボールの位置まで登って行ったロバートは、つかんだボールを地面の男の子に向かって放り投げた。取り落としそうになりながらもボールをしっかり掴んだ男の子に、彼はニカッと笑って見せた。

「ナイスキャッチ」

 その笑顔が、なぜかやけに眩しく見えた。心臓がドキドキしてカッと顔が熱くなって、世界が光で満たされた。その時オリビアは「恋」というものを知ったのだ。

 そこからは、とにかく押して押して押しまくった。
 声をかけてやや戸惑った様子のロバートから名前を聞き出し、その場でお茶に誘ったがそれは断られた。よく見ると騎士団の制服を着ていた彼は、どうやら仕事中だったらしい。
 この周辺でよく見回りをしていると聞いたオリビアは、頻繁に同じ場所をうろついてはロバートに会うたび邪魔にならない程度に声をかけたりなどアプローチを繰り返し、熱意に折れた彼が頷いたのが半年後。くじけそうになった時もあったが、めでたく恋人の地位を手に入れたわけである。

 その時は文字通り天にも上りそうな心地だったものだが、今現在、またしてもくじけそうになっている。その原因というのが、付き合い出す前にもオリビアの頭を悩ませていた存在。ロバートよりも一歳年上の女の幼馴染、カミラである。
 家が隣であるらしく、恋人という関係ではないはずなのに、勤務中以外はほとんど一緒にいる。なんなら勤務中にも何やら親しげに言葉を交わしている。オリビアがロバートに話しかけると、オリビアが知るはずのない二人の昔の話などを話題に出し疎外感を感じさせてくる。一緒に出かける約束をしてもなぜかしれっとついてくる。
 けれど、付き合い始めてしまえばそんなことはなくなるだろうと思っていた。幼馴染という関係上全く関わらなくなることはないにしても、少しはお互いに遠慮してロバートはオリビアを優先してくれるようになるだろうと。しかし、その希望的観測は見事に外れた。
 オリビアとロバートが恋人になった後も、カミラとの距離は全く変わらなかった。それどころか、カミラは彼とデートの約束をするたび何かと彼を引き止めたり、ついてきて邪魔をするようになった。おそらく、というか絶対にわざとだと思っている。なぜそんなことをするのか、その理由は全くわからないのだが。

「はぁ……」

 急いで走り去って行ってしまったロバートの後ろ姿を見届け、とぼとぼと家に向かいながらオリビアはため息をついた。
 いちいち邪魔をしてくる幼馴染ももちろん気に入らないけれど、どちらかと言えば、より責められるべきは恋人との約束をドタキャンして他の女性との用事を優先するロバートのほうだろう。そりゃあ、彼もオリビアとは根負けして付き合ったようなものだし、そんなに女性として好かれているとは思わないけれど。でも、それでも恋人になると決めた以上は最低限の礼儀ってものがあるんじゃないだろうか。
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