落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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ユリアの意図

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リースの地下神殿。

ユリアがダンジョンマスターを務めるダンジョンに、リリスとイライザは強制的に転移されてしまった。
しかも目の前には女神の像が立っている。

どうして第5階層に居るのよ!

女神の像の背後に広がる大空間。
間違いなくダンジョン化したリースの地下神殿の最下層である。

「リリス。ここは何処なの?」

イライザは不安で表情が固まってしまっている。
突然転移してしまったのだから無理もない。

「私の記憶が正しければ、リースの地下神殿の最下層。タイムトライアルで最奥部の部屋まで脱出する階層だったわね。」

訥々と話すリリスの口調がイライザの不安を更にかき立てた。
リリスは周囲を見回し、その様子を探ったのだが、とりあえず魔物の気配は無い。

この階層は女神像から浄化の波動を受けてスタートする設定だったわね。

リリスは以前に訪れた際の記憶を呼び起こしながら、再度探知を掛けてみた。
すると、女神像の背後から小さなブルーの光が近付いて来た。
多分、ユリアだ。

リリスの真横で不安に怯えるイライザの目の前でその光が停止し、形を変えてブルーのロングドレスを着た女性の姿になった。
その顔は女神像の顔と同じだ。

「ユリア。私達をどうするつもりなのよ!」

リリスの言葉にユリアはフフッと不敵な笑いを見せた。

「悪いようにはしないわよ。あんたたちには危害が及ばない様にシールドを掛けてあげるからね。」

そう言うとユリアはパチンと指を鳴らした。
その途端にリリスとイライザの頭上に球形のシールドが現われ、リリスとイライザをその内部に取り込んでしまった。
半透明のシールドなので内部から外の様子は良く見える。

「あんた達の移動に合わせてシールドも移動するからね。さあ、浄化の波動を纏って、奥の部屋まで突っ走るのよ!」

「ちょっと待って!」

リリスの制止も聞かず、ユリアは女神像から浄化の波動を自分の手に纏わらせた。

「イライザと言ったわね。魔法の杖を持っているでしょ? それを出しなさい。」

ユリアの言葉を受けてイライザは詠唱の為の小さな杖を懐から取り出した。
その杖にユリアは浄化の波動を自分の手から移動させた。
長さ30cmほどの小さな杖に、膨大な魔力の塊が纏わり、ブルーの光を放っている。

「これって・・・これってどうするの?」

新たな不安に駆られたイライザにリリスはそれを放つタイミングを教えた。

「数百体のスケルトンが多方向から押し寄せてくるから、浄化の波動を放って進路を創るのよ。私が合図するからそれに合わせて放って。」

数百体のスケルトンと聞いて、イライザの表情が固まってしまった。
だがそんな事はユリアの眼中には無い。

「さあ、始めるわよ。スタート!」

ユリアの号令と共に広間の奥からドドドドドッと激しい振動が伝わって来た。リリス達の前方の三方向から、完全武装の無数のスケルトンの軍勢が押し寄せてくる。その数は300体以上だろう。メタルアーマーの金属的な光沢が光をチカチカと反射し、遠くから既に魔力を纏った矢が多数飛んできている。

ふと振り返るとユリアの姿は消えてしまっていた。

ここまで来たら、やるしかないわね。

リリスは決断し、イライザを促した。

「イライザ! 走るわよ! 5分以内に奥の部屋まで行くのよ!」

そう言って走り出すと、球形のシールドも付いてくる。だがそのシールドの中にイライザも入っているので、イライザが走らなければ移動速度が落ちてしまう。
その仕様を理解してイライザは懸命に走り始めた。

シールドには多方向から矢が降り注ぎ、ビリビリビリと音を立てて振動している。だがシールドが破られる事は無さそうだ。

「ユリアのシールドを信頼するしかないわね。」

リリスはそう言ってイライザの不安を打ち消させ、押し寄せてくるスケルトンの軍勢との距離を測った。
もう少し間合いを詰めた方が良い。
距離はまだあるが、中には魔剣を投げつけてくるスケルトンも居て、シールドの前方から魔剣がこちらに向かってくるので、思わず悲鳴を上げてしまう二人である。

そろそろ頃合いね。

リリスは三方向から押し寄せるスケルトンの軍勢との距離を定め、イライザに大きな声で叫んだ。

「イライザ!今よ! 浄化の波動を放って!」

リリスの声にビクッとしながら、イライザは杖を前方に向け、浄化の波動を放つように念じた。
その途端に杖に纏わりついていた膨大な魔力が前方に放たれ、太いブルーの光の流れとなってスケルトンの軍勢に向かった。それは前方に進むとともに稲光のように細かく枝分かれになり、相互に干渉し合いながら網目状になってリリス達の前方を覆い尽くした。
その激しい振動で大空間の壁や床や天井がビリビリビリと激しく揺れ、リリスとイライザの身体にも空気を通してその振動が伝わってくる。

目の前を覆い尽くしていたブルーの光が消えた時、スケルトンの軍勢はほとんど消滅していた。だが側方で倒れているスケルトンが起き上がり、こちらに向かって来ようとしている。その数は30体ほどだ。

「さあ!一気に走り抜けるわよ!」

リリスの掛け声に応じてイライザも駆ける。
ユリアのシールドに包まれた二人は最奥部の部屋に、雪崩れ込むように駆け込んだ。その途端に開口部の両側から格子状の扉が現われ、徐々に閉まっていく。だがその閉まるスピードがやたらに遅い。

その間、格子状の扉越しに矢が飛んでくる。シールドを纏っているので問題は無いが、リリスは念のため、部屋の前方に長さ10mほどの土壁を出現させた。土壁は部屋の開口部を覆い、飛んでくる矢を受け止めてカンカンと音を立てている。

待つ事約1分。開口部の扉が完全に閉まった。

終わった!

息が切れ、声を出すことも出来ず、リリスは心の中で歓声を上げた。

イライザもまだ息が荒い。ハアハアと荒い息を吐きながら、額の汗を拭いリリスは部屋の後ろに視線を向けた。

「宝箱が出てくるはずよ。」

そう言いながらもリリスは単純な疑問を持った。
このタイムトライアルをやる必要があったのだろうか?
心の中にわだかまりが沸々と湧いてくる。

程なく奥の扉が開き、大きな宝箱が出現した。
だがその宝箱の蓋が静かに開き、中から黒い人影がすくっと立ち上がった。

「ええっ! まだ魔物が出てくるの?」

突然の事で怯えるイライザを制して、リリスはその黒い人影にゆっくり近付いた。
リリスにはそれが魔物ではないと分かったからだ。

「あなたって・・・もしかしてこのダンジョンのダンジョンコアの疑似人格?」

リリスの言葉に黒い人影はうんうんと頷いた。
やはりそうだ。
だがそうするとギースの本体と言う事になる。
何と呼べば良いの?
ややこしいわね。

リリスの思いを察したのか、黒い人影は声を発した。

「リースと呼んでくれ。」

「えっ? どうしてよ? 元はギースのダンジョンのコアでしょ?」

リリスの言葉に黒い人影は首を横に振った。

「既にこのダンジョンのコアとして定着してしまったので、それで良いのだ。」

何となく自虐的な発言に聞こえる。
リースはそう言いながらリリスに近付き、リリスの左の手首をじっと見つめた。黒い人影なので目があるわけではない。だがその様子から凝視している雰囲気が伝わってくる。

「そうか。お前が私の分身を育ててくれたのか。」

リースは少し後ろに引き、リリスに向けて軽く頭を下げた。

「私の分身をよろしく頼む。この階層の踏破の褒賞は宝箱の中にあるから持ち帰ってくれ。」

その言葉を最後にリースは霧のように消えていった。

う~ん。
良く分からないわね。
でもこう言う形でなければ出現出来なかったのかしら?
憶測を抱きつつリリスは宝箱の中を覗き込んだ。

そこには宝玉や魔剣、アクセサリーが大量に入っていた。そのどれもが魔力を強く放っている。相当に価値のあるもののようだ。

「とりあえず私のマジックバッグに収納するわ。後で二人で山分けね。」

リリスはそう言うとマジックバッグを取り出し、宝箱の中のアイテムを片っ端から収納してしまった。

ふと顔を上げて宝箱の背後に目を向けると、向かう階段が目に入った。

何かが降りてくる気配がする。

身構えたリリスとイライザの見守る中、その階段を誰かが降りて来た。

降りて来たのは・・・ユリアだった。
ブルーの光を纏った女神が二人をじっと見つめている。
ユリアはニヤッと笑ってリリスに語り掛けた。

「ああ言う形でなければ疑似人格を出現させられなかったのよ。奴にはかなりの行動制限を掛けているからね。」

そうなの?

「あれっ? テイムしたんじゃないの?」

「それがねえ。反発心が強くて手古摺っているのよ。でも会えて良かったでしょ?」

ユリアの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
その実際の関係性は分からないものの、分離された二つのコアがリリスを介して出会えたのは何か意味がある事なのかも知れない。

二人の会話にその傍からイライザが加わって来た。

「あのう・・・。それでユリアさんって何者なの?」

そう言えば詳しく話していなかったわね。

リリスは既に隠しようもない状況なので、イライザには事実を説明する事にした。リリスの部屋に居た使い魔達の召喚主が亜神の本体のかけらである事を・・・。

イライザは最初は信じられないと言った様子だった。
だが、ユリアのこれまでの行動と自分達が置かれた状況を考えると信じざるを得ないと判断したようだ。

「火や水の亜神って居るんですね。伝説の存在だとばかり思っていました。」

イライザの言葉にユリアはふふふと笑った。

「亜神本体の降臨はまだまだ先の事よ。私達は亜神本体のかけらで、その降臨の為のキーだからね。勿論、本体の一部だから亜神の持つ力は存分に発揮出来るわよ。」

「でも基本的にはこの星の生物の行動や生活には関心は無いわ。私達には私達の行動原理があるからね。」

イライザはユリアの言葉を何となく理解した。亜神の行動原理なんて人間には分かる筈もない。
だがそう考えるとふと疑問が浮かぶ。

「ユリアさんは人族の社会に、それなりに関わっているじゃないですか?」

イライザの言葉にユリアは頷いて、滔々と説明を始めた。

「まあ、それは私の気紛れよ。水の女神として私の本体を崇め、神殿を立ててくれる国もあるからねえ。」

「穀物の豊穣や乾燥地帯の水源の確保等々、水を必要とするのは万民の常でしょうからね。」

「それ故に私を水の女神として崇めてくれる。それは私としても嬉しいのよ。」

話しながら自分の言葉に酔ったような雰囲気のユリアだ。
その様子を見ながらリリスはイライザに尋ねた。

「イライザの話から考えると、イシュタルト公国には水の女神を祀る神殿は無いのね。」

「うん。イシュタルト公国には水の女神の神殿は無いわね。それは私の国が水資源が豊富で、当たり前のように水があるからじゃないかな?」

そう言われてリリスは思いを巡らせた。
イシュタルト公国は山脈と高原に囲まれた国で、美しい湖沼群も有名だ。
確かに水が豊かなイメージはある。

「あっ、でもね・・・風の女神を祀る神殿はあるわよ。」

「「ええっ! 風の女神の神殿?」」

ユリアとリリスは同じタイミングで、大きな声をあげて驚いた。

そんなものがあるのだろうか?
リリスは首を傾げた。
その様子を見てイライザはうふふと笑いながら説明を始めた。

「私の国には風車がたくさんあるのよ。小麦や大麦の粉挽きに使うのがメインなんだけどね。イシュタルトの高原地帯は風の流れがあまり変わらないので、風車を使うのには適しているの。」

「それで風が途切れない様にと言う願いを込めて、風の女神の神殿が建てられたんだと思うわ。」

リリスはイライザの話を聞きながら神妙な表情を見せた。

「そうすると・・・風の女神が出現したって事じゃないのね?」

「ああ、それは・・・・・伝説ではそう言う話もあるわよ。そもそも風の女神がイシュタルトの民に風属性の魔法を与えたって言い伝えも残っているからね。」

「イシュタルト公国の民はほとんどが風属性の魔法を使えるわよ。」

そう言いながらイライザは自分を指さした。

「私も実は風属性を持っているのよ。ただ、火属性の魔法に魅せられてそっちにウエイトを置いているけどね。」

イライザの言葉を聞きながら、ユリアは唐突に口を開いた。

「風の女神ってどんな姿なの?」

うんうん。
それは私も関心があるわ。

そう思ったリリスの脳裏にはウィンディの姿があった。
まさかあの姿で祀られているとは思えないが・・・。

「風の女神の姿は・・・・ごく普通の女神さまですよ。白いローブを着て優し気な表情で佇む姿です。」

そうよねえ。
それが普通よね。
普通の女神のイメージって、改めて考えると良く分からないけどね。

イライザの言葉を聞き終えたユリアは、突然ウっと呻いて後方を振り返った。

「拙いわね。」

「リリスと一緒に風の女神!って叫んだものだから、アレを呼んじゃったかも・・・・・・・」

えっ!
アレってまさか。

ユリアの背後に視線を向けたリリスは、大きな魔力の塊が近付いて来ているのを感じた。

シューッと言う風の音と共に、黒い人影が近付いてくる。

「私を呼んだかしら?」

その問い掛けと共に、黒い人影はリリス達の前に出現したのだった。




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