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第35話 ①
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王宮に近い貴族街の一角にある生花店『プフランツェ』の一室にて。
店長代理のバラバノフが、店の経営者で最高責任者でもあるフライタークから呼び出しを受けていた。
「最近、生花部門の売上が著しく低下しているようですね。店長代理として、何か言い訳はありますか?」
フライタークの口調は丁寧だが、その言葉には言いしれぬ怒りが込められていた。綺麗な顔も相俟って、強面のバラバノフより遥かに迫力がある。
「申し訳ありません……! ……恐らく、王女殿下の婚約式の装花を請け負った店に……その、顧客が流れたから……だと思われます」
「王女の婚約式は諸外国からも注目されていた行事なのはご存知でしたよね? そんな大口の受注をどうして他の店に奪われたのです?」
「そ、それが……っ! 王女殿下のたっての希望で、その店が指名されまして……! その……っ!」
バラバノフが辿々しく説明する。しかしどう説明しても、フライタークの怒りは収まらない。
「そんな事はわかってます。聞けば女主人が経営するかなり小さい店だそうですが。……そんな店にこの私の店が負けた、と?」
フライタークの言葉には、”どうしてその店を潰さなかったのか?”という意味が込められている、とバラバノフは理解する。
「その店に圧力を掛けようと試みはしたのですが……っ! 花を自分で生産しているらしく、流通ルートを断てなかった上、店がある区画一帯の警備が強化されており、手を打つことが出来ず……」
「ならば他にやりようがあったのでは? 貴方はちゃんと頭を使って考えたのですか? その女主人を懐柔するとか、いくらでも方法はあったでしょう?」
「そ、それは……っ!」
「職務怠慢ですね。せっかく製菓部門の売上が好調だと言うのに……。生花部門がこのザマだとは」
フライタークがため息交じりに呟いた。
その様子を見たバラバノフは恐怖に震え上がり、必死にフライタークに懇願する。
「も、申し訳ありません!! もう一度チャンスを下さい!! あの店を! 『ブルーメ』を必ず潰してみせます!!」
バラバノフの必死な様子に、フライタークはもう一度ため息をついた。
「頭を使えと言っているでしょう? いま評判の店を潰してどうするんです? それよりもそんな評価が高い店ならば、我が商会に吸収した方が得策ではありませんか?」
「……な、なるほど! さすがはフライターク様! 仰るとおりです!」
バラバノフはこれ以上失望されないために、必死にフライタークを持ち上げる。その姿はかなり無様であったが、バラバノフは形振り構っていられなかった。
それほどフライタークは恐ろしい存在なのだ。
「……まぁ、その前に。我々の面子を潰した落とし前として、一度痛い目を見て貰いましょうか」
そう言うフライタークの顔は、いつも浮かべている穏やかな表情ではなく、見る者をゾッとさせるような、残虐さを滲ませていたのだった。
* * * * * *
日はまだ高いけれど、花が完売したこともあり、早々にお店を閉めた私は市場へと買い物に出かけた。
今日は何を食べようかと考えていると、道の先に酔っぱらいらしき人たちがたむろしているのが見えた。
(うわ……ちょっと怖そうだなぁ……)
酔っ払いたちは通行人を睨みつけ、何か怒鳴りつけている。
そんな様子に、人々はその道を避けるように歩いていく。
(私も違う道から行こう。ちょっと遠回りだけど、仕方ないよね)
そう決めた私が横道に入ると、後ろから声を掛けられた。
「よう、ねぇちゃんよぉ。なんで俺らを避けるんだぁ?」
「ずいぶん冷てぇじゃねぇかよぉ。お詫びに俺らと遊んでくれよぉ」
私に声を掛けてきたのは避けたはずの酔っぱらいたちで、何故か私を追いかけてきたらしく、いつの間にか私は五人の酔っ払いたちに取り囲まれていた。
「いや、今急いでますから! 道を開けてください!」
顔が赤いし、ろれつが回っていないから、酔っ払いだと思っていたけれど、それにしては動きが速い気がする。
それにこれだけ酔っ払っていると、普通ならアルコールの匂いがしそうなのに、そんな匂いが全く無い。
店長代理のバラバノフが、店の経営者で最高責任者でもあるフライタークから呼び出しを受けていた。
「最近、生花部門の売上が著しく低下しているようですね。店長代理として、何か言い訳はありますか?」
フライタークの口調は丁寧だが、その言葉には言いしれぬ怒りが込められていた。綺麗な顔も相俟って、強面のバラバノフより遥かに迫力がある。
「申し訳ありません……! ……恐らく、王女殿下の婚約式の装花を請け負った店に……その、顧客が流れたから……だと思われます」
「王女の婚約式は諸外国からも注目されていた行事なのはご存知でしたよね? そんな大口の受注をどうして他の店に奪われたのです?」
「そ、それが……っ! 王女殿下のたっての希望で、その店が指名されまして……! その……っ!」
バラバノフが辿々しく説明する。しかしどう説明しても、フライタークの怒りは収まらない。
「そんな事はわかってます。聞けば女主人が経営するかなり小さい店だそうですが。……そんな店にこの私の店が負けた、と?」
フライタークの言葉には、”どうしてその店を潰さなかったのか?”という意味が込められている、とバラバノフは理解する。
「その店に圧力を掛けようと試みはしたのですが……っ! 花を自分で生産しているらしく、流通ルートを断てなかった上、店がある区画一帯の警備が強化されており、手を打つことが出来ず……」
「ならば他にやりようがあったのでは? 貴方はちゃんと頭を使って考えたのですか? その女主人を懐柔するとか、いくらでも方法はあったでしょう?」
「そ、それは……っ!」
「職務怠慢ですね。せっかく製菓部門の売上が好調だと言うのに……。生花部門がこのザマだとは」
フライタークがため息交じりに呟いた。
その様子を見たバラバノフは恐怖に震え上がり、必死にフライタークに懇願する。
「も、申し訳ありません!! もう一度チャンスを下さい!! あの店を! 『ブルーメ』を必ず潰してみせます!!」
バラバノフの必死な様子に、フライタークはもう一度ため息をついた。
「頭を使えと言っているでしょう? いま評判の店を潰してどうするんです? それよりもそんな評価が高い店ならば、我が商会に吸収した方が得策ではありませんか?」
「……な、なるほど! さすがはフライターク様! 仰るとおりです!」
バラバノフはこれ以上失望されないために、必死にフライタークを持ち上げる。その姿はかなり無様であったが、バラバノフは形振り構っていられなかった。
それほどフライタークは恐ろしい存在なのだ。
「……まぁ、その前に。我々の面子を潰した落とし前として、一度痛い目を見て貰いましょうか」
そう言うフライタークの顔は、いつも浮かべている穏やかな表情ではなく、見る者をゾッとさせるような、残虐さを滲ませていたのだった。
* * * * * *
日はまだ高いけれど、花が完売したこともあり、早々にお店を閉めた私は市場へと買い物に出かけた。
今日は何を食べようかと考えていると、道の先に酔っぱらいらしき人たちがたむろしているのが見えた。
(うわ……ちょっと怖そうだなぁ……)
酔っ払いたちは通行人を睨みつけ、何か怒鳴りつけている。
そんな様子に、人々はその道を避けるように歩いていく。
(私も違う道から行こう。ちょっと遠回りだけど、仕方ないよね)
そう決めた私が横道に入ると、後ろから声を掛けられた。
「よう、ねぇちゃんよぉ。なんで俺らを避けるんだぁ?」
「ずいぶん冷てぇじゃねぇかよぉ。お詫びに俺らと遊んでくれよぉ」
私に声を掛けてきたのは避けたはずの酔っぱらいたちで、何故か私を追いかけてきたらしく、いつの間にか私は五人の酔っ払いたちに取り囲まれていた。
「いや、今急いでますから! 道を開けてください!」
顔が赤いし、ろれつが回っていないから、酔っ払いだと思っていたけれど、それにしては動きが速い気がする。
それにこれだけ酔っ払っていると、普通ならアルコールの匂いがしそうなのに、そんな匂いが全く無い。
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