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それからまた一日、監禁生活は続いた。やることは相変わらずない。私はベッドの上に寝転がりぼんやりと天井を眺めた。
ーーなんの変哲もないただの天井だ。
それしか感想はない。それくらい退屈だった。退屈で退屈で。だから私が普段、意図的に考えないようにしていることをつい考えてしまう。
私はエルドノア様について何も知らない。
フィアロン公爵がエルドノア様のことを"かつてこの国に存在し、封じられた邪神"と言っていたからそう認識している。でも、それが事実かそうでないのかすら、分からない。
まあ、願いを叶えるために、対価として生贄を必要とするくらいだ。エルドノア様は決して良い神様ではないのだろう。
そもそも、この国で神と認められる存在はたった一人しかいなかったはずだ。
"女神シトレディス"
彼女はこの世界を創造した神であり、守護する存在だという。そして、世界に危機が訪れた時、異なる世界から聖女を呼び寄せるとも伝えられている。
他にも神話やら伝説やら、ありがたいお話がいくつもあったような気がするけど覚えていない。貧しい者にとってそれを知っていたところで生活の役に立つわけではなかったからだ。
あれやこれやと考えているうちに、いつの間にか眠っていた。目が覚めた時には、真っ暗になっていて、ドアの隙間からは外の明かりが漏れていた。
おそらく真夜中なのだろうか。私は起き上がると枕元に置いてあったランタンに火を灯した。
明るくなった部屋を見渡すと、テーブルの上に食事が用意されていないことに気がついた。今までは、例え私が寝ていてもテーブルの上に食事が置かれていたのに。
不審に思って扉の向こう側にいるであろう兵士に声をかけた。扉越しに食事がないことを伝えたのだけれど、返事どころか物音一つしなかった。
私は思い切ってドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。
部屋を出て真っ先に目に入ったのは、倒れ伏した衛兵たちだった。鎧にある僅かな隙間から何かで刺されたのだろうか。そこから大量の血が溢れ出ていた。
ーー 一体誰がこんなことをやったの?
少なくともエルドノア様はこんな風に人を食べたりはしない。彼は「食べ残しは下品だから」と言って血はおろか、髪の毛の一本すら残さない。彼に捧げたものは何一つ残らないのだ。
私は廊下を歩き本館へと向かった。捧げ物の数が減っていないか、確認したかった。
本館へ向かうまでの道のりでいくつもの死体を見つけた。背中から斬られたであろう人、鎧が凹んだ兵士、壊れた泥人形までいた。
ーー十数の捧げ物を失った。
そのことに愕然とする。こんなことになるならすぐに捧げておけばよかった。
本館の正面玄関にたどり着くまででこの有様だ。中はもっと悲惨な事になっているかもしれない。そう覚悟をした上で、扉を開けた。
しかし、中の状況を見て私は吐き気を催した。
エントランスには、折り重なるようにして捨て置かれた死体の山があった。そして、床には彼らの血を使って書かれたのであろう真っ赤な魔法陣があった。
ーー私は、この魔法陣を知っている。
かつてフィアロン公爵が描いたものと同じだった。
ーー気持ち悪い。血の臭いも、死体の山も、この魔法陣も。
「あら、遅かったわね」
正面玄関から見て真正面にある階段の上に聖女ミオが立っていた。彼女が着ていた白いドレスには所々赤黒いものが滲んでいる。そして、彼女の右手の指先も血で汚れていた。
彼女がこの状況を作り出した犯人だろう。
「あなた、何をしているの?」
彼女の残虐な行いに耐えかねて言った。するとミオは私を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「何って、分かるでしょ? あなただって昔やったんだから」
ミオは手すりをもって階段を降りてくる。
「私、どうしてもエルドノアが欲しいの。ジブリデもイレトも好きだけど、一番はやっぱりエルドノアよ」
「・・・・・・」
「だから私、隠しルートを選んじゃった」
そう言ってミオはにっこり笑った。
「何の話?」
ミオは私の質問を無視して魔法陣の中に入った。
手を胸の前で組み、目を閉じて呪文を唱える。そして、長い呪文を全て言い終えた後、ミオは言った。
「さあ、来て、エルドノア」
しかし、何も起こらなかった。
「どうして!どうして何も起こらないの!!」
わめくミオを無視してエントランスの中をよく確認する。
死体はざっと数えて五十はある。その中にジブリデとイレトの死体もあった。シブリデは用心深い男で、イレトは武術に長けた男だったはずだ。そんな彼らがこんな風に簡単に殺されるなんて・・・・・・。騙し討ちにあったとしか考えられない。
"聖女"はいつも信頼されて大事にされていた。聖女であるミオなら彼らを殺すことも容易かったのだろう。
「今回の聖女は、優しい人じゃなかったね」
ジブリデとイレトの死体に話しかけた。信じていた人に裏切られるなんてとても哀れだ。私はこんな死に方をしたくないし、こんな風に誰かを裏切りたくない。
彼らに同情の目を向けていると、背後から誰かに抱きしめられた。
「愛おしい私の信徒」
「エルドノア様」
「シトレディスの怒る声がお前には聞こえるかな」
私は首を振った。
「いいえ、何も聞こえません」
「そう。ならいい」
エルドノア様は私をより強く抱きしめた。
「世界はまた、終わるのですか」
「ああ。そしてまた始まる。だから私から離れないで」
私はエルドノア様の腕に手を添えて目を閉じた。
そうしているうちに、世界は終わり、また始まった。
ーーなんの変哲もないただの天井だ。
それしか感想はない。それくらい退屈だった。退屈で退屈で。だから私が普段、意図的に考えないようにしていることをつい考えてしまう。
私はエルドノア様について何も知らない。
フィアロン公爵がエルドノア様のことを"かつてこの国に存在し、封じられた邪神"と言っていたからそう認識している。でも、それが事実かそうでないのかすら、分からない。
まあ、願いを叶えるために、対価として生贄を必要とするくらいだ。エルドノア様は決して良い神様ではないのだろう。
そもそも、この国で神と認められる存在はたった一人しかいなかったはずだ。
"女神シトレディス"
彼女はこの世界を創造した神であり、守護する存在だという。そして、世界に危機が訪れた時、異なる世界から聖女を呼び寄せるとも伝えられている。
他にも神話やら伝説やら、ありがたいお話がいくつもあったような気がするけど覚えていない。貧しい者にとってそれを知っていたところで生活の役に立つわけではなかったからだ。
あれやこれやと考えているうちに、いつの間にか眠っていた。目が覚めた時には、真っ暗になっていて、ドアの隙間からは外の明かりが漏れていた。
おそらく真夜中なのだろうか。私は起き上がると枕元に置いてあったランタンに火を灯した。
明るくなった部屋を見渡すと、テーブルの上に食事が用意されていないことに気がついた。今までは、例え私が寝ていてもテーブルの上に食事が置かれていたのに。
不審に思って扉の向こう側にいるであろう兵士に声をかけた。扉越しに食事がないことを伝えたのだけれど、返事どころか物音一つしなかった。
私は思い切ってドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。
部屋を出て真っ先に目に入ったのは、倒れ伏した衛兵たちだった。鎧にある僅かな隙間から何かで刺されたのだろうか。そこから大量の血が溢れ出ていた。
ーー 一体誰がこんなことをやったの?
少なくともエルドノア様はこんな風に人を食べたりはしない。彼は「食べ残しは下品だから」と言って血はおろか、髪の毛の一本すら残さない。彼に捧げたものは何一つ残らないのだ。
私は廊下を歩き本館へと向かった。捧げ物の数が減っていないか、確認したかった。
本館へ向かうまでの道のりでいくつもの死体を見つけた。背中から斬られたであろう人、鎧が凹んだ兵士、壊れた泥人形までいた。
ーー十数の捧げ物を失った。
そのことに愕然とする。こんなことになるならすぐに捧げておけばよかった。
本館の正面玄関にたどり着くまででこの有様だ。中はもっと悲惨な事になっているかもしれない。そう覚悟をした上で、扉を開けた。
しかし、中の状況を見て私は吐き気を催した。
エントランスには、折り重なるようにして捨て置かれた死体の山があった。そして、床には彼らの血を使って書かれたのであろう真っ赤な魔法陣があった。
ーー私は、この魔法陣を知っている。
かつてフィアロン公爵が描いたものと同じだった。
ーー気持ち悪い。血の臭いも、死体の山も、この魔法陣も。
「あら、遅かったわね」
正面玄関から見て真正面にある階段の上に聖女ミオが立っていた。彼女が着ていた白いドレスには所々赤黒いものが滲んでいる。そして、彼女の右手の指先も血で汚れていた。
彼女がこの状況を作り出した犯人だろう。
「あなた、何をしているの?」
彼女の残虐な行いに耐えかねて言った。するとミオは私を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「何って、分かるでしょ? あなただって昔やったんだから」
ミオは手すりをもって階段を降りてくる。
「私、どうしてもエルドノアが欲しいの。ジブリデもイレトも好きだけど、一番はやっぱりエルドノアよ」
「・・・・・・」
「だから私、隠しルートを選んじゃった」
そう言ってミオはにっこり笑った。
「何の話?」
ミオは私の質問を無視して魔法陣の中に入った。
手を胸の前で組み、目を閉じて呪文を唱える。そして、長い呪文を全て言い終えた後、ミオは言った。
「さあ、来て、エルドノア」
しかし、何も起こらなかった。
「どうして!どうして何も起こらないの!!」
わめくミオを無視してエントランスの中をよく確認する。
死体はざっと数えて五十はある。その中にジブリデとイレトの死体もあった。シブリデは用心深い男で、イレトは武術に長けた男だったはずだ。そんな彼らがこんな風に簡単に殺されるなんて・・・・・・。騙し討ちにあったとしか考えられない。
"聖女"はいつも信頼されて大事にされていた。聖女であるミオなら彼らを殺すことも容易かったのだろう。
「今回の聖女は、優しい人じゃなかったね」
ジブリデとイレトの死体に話しかけた。信じていた人に裏切られるなんてとても哀れだ。私はこんな死に方をしたくないし、こんな風に誰かを裏切りたくない。
彼らに同情の目を向けていると、背後から誰かに抱きしめられた。
「愛おしい私の信徒」
「エルドノア様」
「シトレディスの怒る声がお前には聞こえるかな」
私は首を振った。
「いいえ、何も聞こえません」
「そう。ならいい」
エルドノア様は私をより強く抱きしめた。
「世界はまた、終わるのですか」
「ああ。そしてまた始まる。だから私から離れないで」
私はエルドノア様の腕に手を添えて目を閉じた。
そうしているうちに、世界は終わり、また始まった。
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