52 / 52
番外編2-10 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋
しおりを挟む
ヴィオが宮にいる。
それを教えてくれたのは妹のルーシーだった。ヴィオは母上とお茶をしているらしい。
「たまには、約束の日以外にも会って下さい!」
ルーシーが何故かそんな事を言って聞かないから、俺は急遽ヴィオに会うことにした。
侍女に取り次いでもらってからおよそ2時間後、母上とのお茶を終えたヴィオは庭園にいる俺の下にやって来た。
「お待たせしました」
彼女はそう言って微笑んだ。俺は彼女の前に手を差し出す。散歩に行こうと合図を送ったのだ。
彼女が俺の手を取ると、俺達はゆっくりと庭園の中を歩いた。
「"魔除け"のバングルの効き目は絶大ですわ」
花を見ながらヴィオが言った。
「そう。良かったよ」
「これで殿下の邪魔にならなくて済みますね」
"邪魔"という言葉に引っかかった。
「そういうつもりであげたんじゃないんだけど」
花を見ていたヴィオが俺に顔を向けた。
「では、どういうつもりで? まさか、本当に魔物対策の施されたアクセサリーなのでしょうか」
彼女の発言に俺は思わず苦笑をしてしまった。
━━これは俺の伝え方が悪いんじゃなくて、ヴィオが鈍いんだよね?
心の中で呟いてみても返事をしてくれる人はいない。後でルーシーに聞いてみよう。
大きくなってからは、自分からはヴィオの事を話さないようにしていた。妹に婚約者への恋慕を語るのが恥ずかしくなったからだ。
でも、久しぶりに相談と情報収集を兼ねてヴィオの事を話そうと思う。そうしないと、彼女との心の距離が埋められないのかもしれない。
「殿下、何かおっしゃって下さいな」
俺の気も知らないでヴィオは返事の催促をしてくる。
「"魔除け"っていうのは、『君に悪意を向けてくる人を排除する』っていう意味だよ。アニー嬢みたいな子をね」
━━それから、君に近付きたがっている男達を牽制するって意味合いもあるんだ。
何て事は、恥ずかしくて言えない。
「納得してくれたかな?」
俺の問にヴィオは吹き出した。
「何がおかしいの?」
「ごめんなさい。殿下がとても真面目におっしゃるものだから・・・・・・」
そう言ってヴィオはクスクスと笑った。
その態度からして、どうやらヴィオは"魔除け"の意味を知っていたらしい。
「まさか、俺をからかったの?」
「はい。申し訳ございません」
口調は丁寧な癖にちっとも悪びれた様子がない。
「わざわざ言わせないでくれ・・・・・・」
「あら? 怒りましたか」
「いや。そんな事はないけど」
━━ただ、悔しいだけ。
俺は遠回しな形であれど、彼女にいつも好意を伝えているつもりだ。ルーシーには俺のヴィオに対する愛情表現を分かってもらえないが。それでも、ヴィオ本人には伝わる形で表現しているはずだ。
それなのに、ヴィオの方は俺に対して愛情表現をしてくれない。
「もう。拗ねないで下さい」
彼女はそう言いながら小さな鞄の中から箱を出した。
「バングルのお礼を差し上げますから、これで機嫌を治して下さい」
プレゼントで機嫌を取ろうなんて、まるで小さな子供扱いだ。癪に触るけれど俺はそれを受け取った。そんな俺を見てヴィオはにこりと笑う。
貰った箱の包装を解いて中身を確認すると、クッキーが入っていた。
「これは?」
「私が焼いたんです」
「へえ。上手だね」
「それは食べてから言って下さいな」
それもそうだ。俺は早速、口に入れた。
「美味しいですか?」
ヴィオの問に俺は頷いた。
しっとりした食感にふんだんに使われたバターの香り。これは・・・・・・。
「気づきました? 王太子妃殿下直伝のクッキーです」
ヴィオはいたずらっぽく笑った。
━━彼女は俺の好物を作って持って来てくれた。
「これって、期待してもいいのかな?」
呟くとヴィオは「何にでしょう?」と言った。
「君が俺を好きって表現してくれてると思っていいのかなって」
そう言うと、ヴィオは「えっと・・・・・・」と呟いた。
「殿下よりも、私の方が日頃から表現していると思いますの」
物怖じしないヴィオにしては歯切れの悪い返答だと思った。
━━こんなヴィオの一面を知っているのはきっと俺だけだ。
ヴィオの親友であるルーシーだって知らないだろう。そう思うと心の内側から優越感が込み上げてきた。
「ねえ、ヴィオ」
「はい」
「好きだよ」
俺は今まで恥ずかしくて言えなかった事を思い切って言ってみた。
━━ヴィオも、好きだと言ってくれるよね?
「・・・・・・」
期待を込めてヴィオを見れば彼女は目を丸くした。そして、ぱちぱちと瞬きをした後にはっきりと俺に向けて言ったのだ。
「私も、好きですよ」
━━思った通り、負けん気の強いヴィオは、俺の想いに応えてくれた。
ヴィオが愛おしくて顔が綻ぶと、彼女はむすっとした顔で言う。
「これのどこが氷の王子?」
彼女は俺の頬を愛おしそうに撫でた。
「どういう意味?」
「みんなヘンリー殿下の事を何も知らないなって思ったんです。殿下は、感情豊かなのにポーカーフェイスで、ずる賢い人なのに。"氷細工の今にも壊れてしまいそうな儚く美しい王子様"と思い込んでいるなんておかしいですわ」
「何で急に貶すの?」
「貶してなんていませんよ。私は私しか知らない殿下の顔を思って優越感に浸っているんです」
ズケズケとはっきりと物を言うヴィオらしい表現。その中に俺は確かに彼女の愛情を感じた。
「氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋」了
それを教えてくれたのは妹のルーシーだった。ヴィオは母上とお茶をしているらしい。
「たまには、約束の日以外にも会って下さい!」
ルーシーが何故かそんな事を言って聞かないから、俺は急遽ヴィオに会うことにした。
侍女に取り次いでもらってからおよそ2時間後、母上とのお茶を終えたヴィオは庭園にいる俺の下にやって来た。
「お待たせしました」
彼女はそう言って微笑んだ。俺は彼女の前に手を差し出す。散歩に行こうと合図を送ったのだ。
彼女が俺の手を取ると、俺達はゆっくりと庭園の中を歩いた。
「"魔除け"のバングルの効き目は絶大ですわ」
花を見ながらヴィオが言った。
「そう。良かったよ」
「これで殿下の邪魔にならなくて済みますね」
"邪魔"という言葉に引っかかった。
「そういうつもりであげたんじゃないんだけど」
花を見ていたヴィオが俺に顔を向けた。
「では、どういうつもりで? まさか、本当に魔物対策の施されたアクセサリーなのでしょうか」
彼女の発言に俺は思わず苦笑をしてしまった。
━━これは俺の伝え方が悪いんじゃなくて、ヴィオが鈍いんだよね?
心の中で呟いてみても返事をしてくれる人はいない。後でルーシーに聞いてみよう。
大きくなってからは、自分からはヴィオの事を話さないようにしていた。妹に婚約者への恋慕を語るのが恥ずかしくなったからだ。
でも、久しぶりに相談と情報収集を兼ねてヴィオの事を話そうと思う。そうしないと、彼女との心の距離が埋められないのかもしれない。
「殿下、何かおっしゃって下さいな」
俺の気も知らないでヴィオは返事の催促をしてくる。
「"魔除け"っていうのは、『君に悪意を向けてくる人を排除する』っていう意味だよ。アニー嬢みたいな子をね」
━━それから、君に近付きたがっている男達を牽制するって意味合いもあるんだ。
何て事は、恥ずかしくて言えない。
「納得してくれたかな?」
俺の問にヴィオは吹き出した。
「何がおかしいの?」
「ごめんなさい。殿下がとても真面目におっしゃるものだから・・・・・・」
そう言ってヴィオはクスクスと笑った。
その態度からして、どうやらヴィオは"魔除け"の意味を知っていたらしい。
「まさか、俺をからかったの?」
「はい。申し訳ございません」
口調は丁寧な癖にちっとも悪びれた様子がない。
「わざわざ言わせないでくれ・・・・・・」
「あら? 怒りましたか」
「いや。そんな事はないけど」
━━ただ、悔しいだけ。
俺は遠回しな形であれど、彼女にいつも好意を伝えているつもりだ。ルーシーには俺のヴィオに対する愛情表現を分かってもらえないが。それでも、ヴィオ本人には伝わる形で表現しているはずだ。
それなのに、ヴィオの方は俺に対して愛情表現をしてくれない。
「もう。拗ねないで下さい」
彼女はそう言いながら小さな鞄の中から箱を出した。
「バングルのお礼を差し上げますから、これで機嫌を治して下さい」
プレゼントで機嫌を取ろうなんて、まるで小さな子供扱いだ。癪に触るけれど俺はそれを受け取った。そんな俺を見てヴィオはにこりと笑う。
貰った箱の包装を解いて中身を確認すると、クッキーが入っていた。
「これは?」
「私が焼いたんです」
「へえ。上手だね」
「それは食べてから言って下さいな」
それもそうだ。俺は早速、口に入れた。
「美味しいですか?」
ヴィオの問に俺は頷いた。
しっとりした食感にふんだんに使われたバターの香り。これは・・・・・・。
「気づきました? 王太子妃殿下直伝のクッキーです」
ヴィオはいたずらっぽく笑った。
━━彼女は俺の好物を作って持って来てくれた。
「これって、期待してもいいのかな?」
呟くとヴィオは「何にでしょう?」と言った。
「君が俺を好きって表現してくれてると思っていいのかなって」
そう言うと、ヴィオは「えっと・・・・・・」と呟いた。
「殿下よりも、私の方が日頃から表現していると思いますの」
物怖じしないヴィオにしては歯切れの悪い返答だと思った。
━━こんなヴィオの一面を知っているのはきっと俺だけだ。
ヴィオの親友であるルーシーだって知らないだろう。そう思うと心の内側から優越感が込み上げてきた。
「ねえ、ヴィオ」
「はい」
「好きだよ」
俺は今まで恥ずかしくて言えなかった事を思い切って言ってみた。
━━ヴィオも、好きだと言ってくれるよね?
「・・・・・・」
期待を込めてヴィオを見れば彼女は目を丸くした。そして、ぱちぱちと瞬きをした後にはっきりと俺に向けて言ったのだ。
「私も、好きですよ」
━━思った通り、負けん気の強いヴィオは、俺の想いに応えてくれた。
ヴィオが愛おしくて顔が綻ぶと、彼女はむすっとした顔で言う。
「これのどこが氷の王子?」
彼女は俺の頬を愛おしそうに撫でた。
「どういう意味?」
「みんなヘンリー殿下の事を何も知らないなって思ったんです。殿下は、感情豊かなのにポーカーフェイスで、ずる賢い人なのに。"氷細工の今にも壊れてしまいそうな儚く美しい王子様"と思い込んでいるなんておかしいですわ」
「何で急に貶すの?」
「貶してなんていませんよ。私は私しか知らない殿下の顔を思って優越感に浸っているんです」
ズケズケとはっきりと物を言うヴィオらしい表現。その中に俺は確かに彼女の愛情を感じた。
「氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋」了
45
お気に入りに追加
605
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
両親の愛を諦めたら、婚約者が溺愛してくるようになりました
ボタニカルseven
恋愛
HOT1位ありがとうございます!!!!!!
「どうしたら愛してくれましたか」
リュシエンヌ・フロラインが最後に聞いた問いかけ。それの答えは「一生愛すつもりなどなかった。お前がお前である限り」だった。両親に愛されようと必死に頑張ってきたリュシエンヌは愛された妹を嫉妬し、憎み、恨んだ。その果てには妹を殺しかけ、自分が死刑にされた。
そんな令嬢が時を戻り、両親からの愛をもう求めないと誓う物語。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
不謹慎な事を申します、ベラがお母様のように部屋中めちゃくちゃにするシーンが見てみたいです、どんな勘違いでやらかすのか想像出来ないけど、その後は氷が溶けてお茶用の熱湯がシュンシュンと沸きそうです。
読ませていただきありがとうございます😊
コメントありがとうございます。読みながらめちゃくちゃ笑ってしまいました。
一瞬、書いてみたいなと真剣に思いましたが、ベラがヤバい人で終わってしまいそうなのでやめておきます(笑)
コメントいただきありがとうございます。番外編のリクエストもありがとうございます。面白いストーリーを思いついたら書いてみようと思います。それまで気長に待っていただけると幸いです。