上 下
51 / 52

番外編2-9 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋

しおりを挟む
 次の日、お兄様は購入したバングルをヴィオお姉様に渡したようだ。お姉様は早速、バングルを身に着けていて、お姉様の細い腕を彩っていた。

 ヴィオお姉様はバングルを人に見せびらかす事はしなかった。お兄様からもらった事も言わず、そっと身に着けているだけだ。
 でも、お姉様が時折、バングルを指でなぞっていた事を私は知っている。その時のお姉様は柔和な笑みを浮かべているのだ。



 それから僅か1日で、お兄様達のお揃いのバングルは噂として学園中に広がった。
「ルーシー様」
 カフェテラスで一人本を読みながらお茶をしていると、アニー嬢に声をかけられた。
 本当はヴィオお姉様の悪口を言っていたアニー嬢とは口もききたくなかったのだけれど。自分の好悪を露骨に表現するのはよくない事だから、大人の対応をする。
「ごきげんよう。アニー嬢」
 読んでいた本を閉じて彼女に向き合うと、アニー嬢はいきなり用件を言ってきた。
「ルーシー様はヘンリー様とバングルを買いに行ったというのは本当ですか」
「ええ。そうよ」
 私は昨日の買い物を友達には話していなかった。お兄様との買い物をわざわざ話題に出す理由もなかったからだ。お兄様も誰にも話していないことだろう。

 でも、お兄様とお姉様のお揃いのバングルはすっかり噂の的になっていた。お兄様がヴィオお姉様のためにわざわざ私を連れて揃いのバングルを買ったのだと。
 あれだけ多くの店に入ったのだから、誰かに見られていても不思議ではない。

 ━━もしかして、私はお兄様に利用されたのかしら?

 ふとそんな考えが頭を過った。

 ヴィオお姉様を悪く言う人の声が日に日に大きくなっていたから、お兄様がやんわりと牽制したのではないかしら。
 昨日、二人で街中の店を練り歩いたのは、買い物をしている所を見られるため。そして、私を同伴させたのは、選んだアクセサリーにケチをつけさせないためだとしたら合点がいく。

「アクセサリーのセンスにケチをつけたら、私にも喧嘩を売ることになるものねぇ・・・・・・」
「ルーシー様?」
 アニー嬢に呼ばれてはっとする。考えていた事をいつの間にか口に出してしまっていたようだ。
「何でもありませんわ・・・・・・。あはは・・・・・・」
 笑って誤魔化すのも難しい。私はコホンと咳払いをした。

「ところであのバングル、お二人にとても似合っていると思いませんこと?」
 誤魔化しを兼ねて二人の事に言及すると、アニー嬢は露骨に顔を歪めた。
「ええ、そうですわね」
「私も選ぶのを手伝って良かったわ。お兄様のヴィオお姉様への気持ちも確認できたし」
 アニー嬢は唇を噛み締めたのを私は見逃さなかった。
 もう一言くらい何か言ってやりたい気持ちもあったけれどやめておく。私は意地悪な人間になりたくないし、何よりそういう事はヴィオお姉様がとても嫌っていたからだ。

「他に何かご用があるのかしら?」
「・・・・・・いいえ。ありがとうございます」
 アニー嬢は顔を曇らせて早々に去っていった。私はそんな彼女の背中を見送る事なく、再び本を開いた。







 今日はヘンリー殿下のお母様であるイザベラ王太子妃殿下とお茶をする日だった。王子宮の応接室で王太子妃殿下と二人きりでお茶をするのも久しぶりだった。
 非公式な場ということもあるのだろうけれど、今日の会話はありふれた日常の話が多かった。ヘンリー殿下とは、魔法学の応用と発展、そして社会への貢献ばかり話しているせいだろうか。たまにはこういう緩い会話も悪くはないと思った。

「いいわねえ。私もそういうプレゼントをされてみたかった」
 雑談の中で、王太子妃殿下はぽつりと呟いた。
 うちの学園の生徒に言われたなら嫌味と捉えてしまったかもしれない。でも、王太子妃殿下は正直な人で、嫌味な言い回しをしない人だ。現に、彼女は心底羨ましそうに私のバングルを見つめていた。
「王太子殿下なら王太子妃殿下に相応しい、もっと高価で素敵なアクセサリーをご用意できるのではありませんか」
 そう言うと王太子妃殿下は「ヴィオ嬢は何も分かっていないわ」と言って口を尖らせた。
「学生の内にもらえるのだからいいのよ」
「はあ・・・・・・?」
 一瞬、何を言っているのかよく分からなかったけれど、王太子妃殿下の過去を思い出した。
 王太子妃殿下は、そもそも王太子殿下とは別の方と婚約していたのだ。そして、その婚約者とはあまり良い関係ではなかったのだと話に聞いている。
 だから、王太子妃殿下は学生の時に婚約者からこういったプレゼントをされた経験がないのだろう。

「これ、魔除けのおまじないらしいですよ」
「魔除け?」
 王太子妃殿下はバングルをもう一度見つめた。
「魔法がかかっているようには見えないのだけれど」
 王太子妃殿下の美しい指が私のバングルに触れた。

 ━━やっぱり、お顔は似ているけれど、ヘンリー殿下とはまるで違うわ。

 裏表のない王太子妃殿下を見ると改めてそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

両親の愛を諦めたら、婚約者が溺愛してくるようになりました

ボタニカルseven
恋愛
HOT1位ありがとうございます!!!!!! 「どうしたら愛してくれましたか」 リュシエンヌ・フロラインが最後に聞いた問いかけ。それの答えは「一生愛すつもりなどなかった。お前がお前である限り」だった。両親に愛されようと必死に頑張ってきたリュシエンヌは愛された妹を嫉妬し、憎み、恨んだ。その果てには妹を殺しかけ、自分が死刑にされた。 そんな令嬢が時を戻り、両親からの愛をもう求めないと誓う物語。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...