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エターナル・マザー編

岩弓

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観客たちは困惑していた。
みながステージ上を目を細めて凝視する。
凄まじい攻防の中に起こった出来事だ。

雷球の直撃を受けた青髪の青年レイは岩のドームを作り、それを防ぐ。

ドームが崩れると中から現れたのは確かに青年ではあったが、髪の色は茶色に変化していた。
さらに鋭い目つきと不適な笑みは、数分前の青年の印象とはまるで違う。

脱ぎ捨てられたローブと放り投げられた杖が地面に落ちた。

彼が穿く黒のレザーパンツの左腰にはショートソード、左ももにダガー、右太ももには3つに折りたたまれた槍が差してある。
また、背中には弓が一本のベルトだけでくくりつけてあった。

なによりも、あらわになった肉体は傷だらけで、細身でありながら洗練されたものだった。

向かい合う金髪の男は息を呑む。

「なぜ髪の色が変化した?それに貴様の波動は"水"だろ!!」

その言葉に茶髪の青年は不気味な笑みを浮かべる。

「はぁ?誰の波動が"水"だって?俺は一言もそんなことは言ってないぜ」

確かに今までの全試合を通して青年の波動を見た人間はいない。
それもそのはずで、ほとんどのパーティが赤髪の男を恐れて棄権している。
必然的に青年の波動を見る機会もない。

気になるところはまだある。
それは青年の口調が全く違うところだった。
荒々しく、品性を感じない。
明らかに"この青年"は"先ほどの青年"とは別人のようだ。

「さて……どう喰らってやろうか」

青年はわざとらしく唇を舌で舐める。
そして胸付近にあったベルトの留め具を外して背負っていた弓を掴んだ。

金髪の男はすぐに反応した。
攻撃される前にこちらから動く。
自分の得意な戦闘方法は防御に見せかけた奇襲。
無数の雷球を出現させ、怯んだところに集中砲火。
これが必勝パターンだった。
だが青年は150万相当の雷球を防ぐほどの波動数値を持ってる。
これを突破するには防御用に展開している雷球も含めてぶつける他はない。

瞬間的に思考すると、すぐさま杖を振る。

「波動爆雷!!」

先ほど同様に15個の雷球をステージ上に出現させる。
金髪の男の周りにある雷球を合わせると250万相当の波動数値になる。

現在、世界で確認されている最高波動数値は第三騎士団団長ザイナス・ルザールの214万。
これを超える波動数値などありえない。

「全弾射出だ!!」

雷球は一斉に青年へと向かう。
一度目とは比較にならないほどの稲光がステージ上を包み、同時に土埃も舞い上げた。

相性は悪い。
地の波動に雷の波動は通りづらいが数値の暴力により突破するという力技だ。

「……やりすぎたか?」

殺してしまったかもしれない……そう思った瞬間、金髪の男が立っている地面から高速で"何か"が突き上がり、それは空中へと飛び去る。

「が、はぁ……」

突き上がった"何か"は金髪の男の杖を持つ腕を切断していた。
男の腕は数メートル吹き飛び地面に転がる。

俯き、切断された腕を押さえて両膝をつく男。
かろうじて顔を上げて土埃舞う場所を見た。

「あ、ありえん……波動数値250万相当だぞ……」

土埃から現れたのは、またしても半円形型の岩のドーム。
ドームが崩れ去ると青年が姿を見せるが、その格好は弓を地面に向かって撃つような体勢だった。

「250万なぞ、俺にとっては"低波動"と変わらん」

「なんだと……」

「さっさと降参しないと、もう一撃いくぞ」

青年はそう言うと地面に向かって弓のストリングを限界まで引く。
すると地面の岩が集まり矢のように形状を変化させ装填される。

金髪の男は青ざめた。
いくら波動連続展開のスピードが早かったとしても、展開から攻撃までに時間差がありすぎる。
その隙にストリングを離されたら終わりだろう。
恐らく自分の腕を切断したのは、あの"岩の矢"なのだ。

そう思考した男はすぐさま口を開く。

「こ、降参する!!」

「それでいい。次の一撃はお前を殺しかねん」

青年はゆっくりとストリングを元に戻すと岩の矢も崩れて消えた。

そして審判が割って入り、試合終了を告げるのだった。

青年は落としたローブと杖を拾うとステージを下りた。
待っていたのは赤髪の男だ。
2人は闘技場の出口を目指して歩き出した。

暗がりの廊下で先に口を開いたのは赤髪の男だった。

「久しいなグラッツォ」

「ボス……もう少し遊びたいんだが。明日の試合も俺が出たい」

「それはダメだ。他のやつにも言っておけ、出るのは"レイ"だ」

「残念……また、数年は出て来れないのか」

「そうでもないさ。近々……恐らく大規模な戦闘が起こる。その時は"全員"に出てもらうことになるだろう」

「ほう。それは楽しみだ」

「それまで大人しくしておくことだ。今回は特別に大目に見るが次は無いと思え」

「了解」

そう言うと青年の髪の色が青く変化した。
表情も和やかになり、先ほどまでの張り詰めた緊張感は無い。

「まさか、グラッツォが出てくるとは……申し訳ありません……ボス」

「構わん。だが"アイザック"じゃなくてよかった。アイツが出てきていたら相手を殺してただろう」

「ええ……確実に」

「修行は続けろ。明日の決勝は余裕だが、この先のこともある」

「了解です」

会話はこれだけだった。
2人は酒場を経由して宿へと戻っていった。

こうして明日の決勝は"ナイト・ガイ"対"ブラック・ラビット"で決まった。
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